おらだの会3

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  • 伊藤桃さんとのエンタメツアー!

     5月9日(土)、「伊藤桃さんとのローソンエンタメツアー」様御一行が、山形鉄道においでになりました。羽前成田駅で木造駅舎の香りを満喫してから、一斉にシャボン玉ゴッコが始まりました。中央の美しい方が、旅鉄タレントとして有名な伊藤桃さんです。おらだの会と伊藤桃さんとのお付き合いの歴史は、おらだの会のブログで「伊藤桃」で検索してみて下さい。
    2026.05.10
  • 7人展がスタートします

     GWも終わり、通常の生活が戻ったようです。成田駅では5月8日(金)から「山形鉄道を応援する7人展」が始まります。7人展は2020年(令和2)9月に立ち上げたものです。コロナ禍の中で、自分たちで何ができるのか、と悩んだ末の答えの一つでした。  この時広田泉さんからは、「沿線の人たちが連携した運動が多様に展開されて行くことでしょう。『ここから始まる』胎動を感じます。」とのメッセージが寄せられたものです。    7人展も今回で10回目となります。4月には泉米会が第一回の展示会を開催してくれました。地元の私たちも初心に帰って、活動していければと思います。皆様のご来場をお待ちしております。なお、今回のポスターは、米屋こうじさんに作成していただきました。米屋さんありがとうございました。     第10回 山形鉄道を応援する7人展    ~ ふるさとの風景には、いつも鉄道があった ~   期  間  5月8日(金)から5月31日(日)の         毎週金、土、日曜日   開場時間  午後1時半から午後4時まで         最終日は午後3時まで   会  場  羽前成田駅旧駅務室(駅茶)
    2026.05.08
  • GW特別企画(5) 79606号はプラモデルに

      左の写真は昭和47年冬の羽前成田駅の風景である。地元の写真愛好家であった故小笠原弘氏が提供してくれたものである。この年の10月に、蒸気機関車は姿を消すことになるのである。真っ白い雪景色の中で汽車を見送る駅員の姿は、その後の国鉄改革の嵐を予感させるようにも見える。鉄道写真で幾多の受賞歴のある小笠原氏の作品の中でも秀逸のものだと思う。    右の写真は、「この模型は最近発売されたものですが、これと同じ番号の蒸気機関車の写真が成田駅に飾られてあったはず。」とのメッセージを添えて、知人が送ってくれたものである。この模型のプレート番号は79606であり、小笠原弘氏が提供してくれた写真に映っていたものと同じである。また米沢機関区の閉区に発行された記念誌には、9634号のさよなら列車の補機となったのが79606号である、と記されている。    なぜこの機関車がプラモデルに採用されたのか不明であるが、小笠原弘氏が残してくれた写真の機関車が、プラモデルとして復活したのである。9634号や59634号のように「さよなら列車」として盛大に見送られることもなかった機関車が、蘇ったのである。  一枚の写真が人と人をつなぎ、過去と現在をつなぐことができるのである。歴史の中にはたくさんのドラマが埋もれているのだろう。  →  (22)国鉄時代の終焉 ~ 線路を残す決意:おらだの会   【おらだの会】 待合室で行ってきましたGW特別企画展は5月6日で終了します。5月8日(金)からは第10回地元写真家7人展がスタートします。どうぞお楽しみに。
    2026.05.06
  • GW特別企画(4) 9634号は新潟市に

     長井線から59634号が旅立った7か月前の1972年(昭和47年)3月14日、米坂線でもキュウロクとの別れがあった。もう一つのさよなら列車となったのは9634号、大正3年生まれの機関車であった。9634号も北九州で働くことになったのである。    成田駅においでになった方が、「9634号の頭が新潟県の新津鉄道資料館に展示されていますよ。」と教えてくれた。59634号はみんなに愛されて遠い九州の地に残り、9634号は故郷の地に戻って余生を過ごしているように思う。68691号と59634号に続いて9634号も、現役を終えてなおそれぞれの地で多くの人に愛され、見守られながら生きていることを確認できたのである。この地で共に生きていた同胞が、全国に散らばりながらも、その人生を全うした姿を見るようで、何とも言えないものを感じる。    →  もう一つの「さよなら列車」も:おらだの会 (samidare.jp)
    2026.05.04
  • GW特別企画(3) 59634号は北九州市に

      1954年(昭和29年)に旅客列車が気動車に代わってからも、SLは貨物列車を牽引していた。けれども1961年(昭和36年)6月10日には梨郷、西大塚、時庭、羽前成田、蚕桑、鮎貝駅で貨物の取扱いが廃止となった。東京オリンピックと東海道新幹線の運行に沸き立った4年後の1968年(昭和43年)には、国鉄諮問委員会が長井線を含む廃止対象83路線を公表されたのです。そして1972年(昭和47年)10月1日に最後の機関車59634号は、皆から「ごくろうさんよ、ありがとう!」と見送られて、北九州にわたって行ったのでした。この年に創刊されたタウン誌「やまがた散歩」には、「わがうちなる長井線」と題したエッセーが寄せられている。  →  わがうちなる長井線 その1:山形鉄道おらだの会  →  わがうちなる長井線 その2:山形鉄道おらだの会  →  わがうちなる長井線 その3:山形鉄道おらだの会  →  わがうちなる長井線 その4:山形鉄道おらだの会    北九州にわたった59634号は、筑豊地区で働いた後に引退し、現在は北九州市の「九州鉄道記念館」に展示されています。右の写真は、北九州市出身の地域おこし協力隊 高橋秀孝氏が提供してくれたものです。長井線で59634号を運転していた方がこの写真を観て、「まるでお召し列車みたいにきれいにしてもらっている。こんな風に残してもらってほんとにうれしい。」と語ってくれました。この人にとって59634号は、懐かしい同胞であり、人生の伴走者でもあったのかもしれません。     【おらだの会】 GW期間中は、旧駅務室(駅茶)はお休みとさせていただきます。申し訳ありませんが、待合室の展示をお楽しみくださいますようお願い申し上げます。  
    2026.05.02
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