2026年度の上杉文華館は「西からの手紙」と題して、国宝「上杉家文書」などを展示します。
書状は一定の規則に則って書かれました。このような規則を書札礼といい、差出人と受取人の関係が反映されていました。それをまとめた書札礼書も作られました。そこ には差出者の社会的地位に応じた規範が示されています。その適用は厳密であり、ゆえに実際の書状の書き方から両者の関係を知ることもできます。
2023年度コレクション展および2025年度上杉文華館では戦国時代の上杉氏に主に東国の領主から送られた書状を、2025年度コレクション展では上杉謙信や景勝、その 家臣らが発給した書状について、書札礼や使用された料紙などについて検討し、展示しました。
2026年度の上杉文華館では、戦国時代に京都やその周辺、中国地方など、越後より西の地域の大名や領主から長尾上杉氏に送られた書状を対象に、書札礼や使用された 紙などについて検討し、展示していきます。東国の領主や上杉氏との相違なども意識しながら、その特徴などを明らかにしていきます。
第3回《室町幕府将軍(3)足利義昭》
【展示期間】5月28日(木)~6月23日(火)
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第3回目は、室町幕府15代将軍足利義昭 をとりあげ、料紙の使われ方や書き方を紹介します。
義昭は12代将軍義晴の次男として、天文6年(1537)に生まれました。同11年に興福寺一条院に入室して覚慶と名乗り、永禄5年(1562)に一条院門跡 (住職)になり ました。しかし、永禄8年5月、13代将軍であった兄義輝 が暗殺されると、興福寺を脱出して将軍就任のための運動を繰り広げ、諸大名へ書状を送って合力を求めました。
義昭は、永禄11年9月、織田信長の助力を得て、ついに将軍就任を果たしました。しかし、信長との対立によって天正元年(1573)7月、京都を追われ、室町幕府は滅亡 しました。しかし、義昭は京都への復帰と、幕府再興の運動を続けていきます。
永禄期の将軍就任、天正年間の幕府再興の運動において、上杉謙信は義顕から大きな期待を受けた一人であり、それに関する書状が「上杉家文書」に伝わっています。斐紙の横切紙を用いたその文書は、僧侶から俗人へ、将軍の地位など、その立場に応じた書状の書き方(書札礼)がなされています。
▼ コレクショントーク
日時:6月7日(日) 14:00
場所:常設展示室 上杉文華館
※入館料が必要です。
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皆さまのご来館を心よりお待ちしております。
【お問い合わせ】
米沢市上杉博物館 0238-26-8001


