今月のハモコミ通信プレゼントCDはこの安岡正篤氏の「吉凶禍福」です。
安岡正篤氏とはいったいどんな人物か?
氏の記念館公式HPから引用しました。
◆世の中を良くするのは主義主張やイデオロギーではなく、公私ともに優れた人物である
との信念の下、在野に在ってその養成に一生を尽くす。特に国民の幸不幸は政治の影響が
大きいとし、政財官界の指導者層の啓発・教化・指導に力を注ぐ。その教えの基本は、
日本の伝統を大切にする立場からの東洋的な思想・哲学であった。
昭和20年8月15日正午、天皇陛下の「終戦の詔書」がラジオで放送された。この詔書を
最終的に刪修(さんしゅう)したのが安岡正篤である。また、元号「平成」の考案者
であり、吉田茂から中曽根康弘に至る歴代の総理大臣の指南番的存在でもあった。
※刪修=不要な字句又は文章を削り取って改めること。
安岡先生の声には力があります。
ブレない信念の中に生きてこられたことが声を通して伝わってきます。
写真の本は、月刊「致知」編集長社長の藤尾秀昭氏が、安岡先生の人物像を表したもの。
亡くなってもなお残る活力を感じる言葉に感化されます。
そして何より圧巻なのは安岡先生の年表。年表に生き様のすべてが表れるわけでは
ありませんが、間違いなくその一端が垣間見られます。
明治31年の誕生から、亡くなった翌年の昭和59年まで37ページ。
葬儀には歴代総理大臣の田中、福田、鈴木、中曽根氏らが参列。会葬者二千有余。
葬儀委員長岸信介氏(安倍総理の祖父)の弔辞の一部
「安岡先生、あなたは日本の秤、いやアジアの秤でありました。内外の時局が混乱し
紛糾してくると、各方面の指導者があなたを訪ねて指針を求めたのも、あなたが常に
秤のように公平な心の持ち主であったからでしょう・・・」
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