最上義光歴史館

最上義光歴史館
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 最上義光歴史館では現在、特別展示として、「鐵[kurogane]の美2023」〜戦国武将の刀、最上家ゆかりの刀〜を開催しています。初出品3振りを含む10振りの刀剣とともに、鍛造過程の実物標本も展示しています。
 刀剣については、人気関心も高く、歴史来歴から美術的な面までさまざまな見所があります。なので、いろいろな価値観や嗜好があって当然なのですが、博物館での刀の鑑賞ポイントというのもあります。歴史的資料としてではなく、実物主義つまり物として見た場合ですが、主な鑑賞ポイントは、姿、地肌、刃文などになります。当館の展示室にも解説を掲げています。
 まず姿ですが、これは時代とも関わる、つまり制作当時に理想とされた形とは、という問題ともなるのですが、まずは理屈より数多く観ることでわかってくるものかもしれません。鎌倉時代のように名乗りをあげて騎馬戦をしていた時代は、長い太刀が主流でしたが、戦国時代となると、より実戦的な刀として、太刀よりも短く軽い打刀(うちがたな)が主流となってきます。古い太刀を短くし(「磨上げ(すりあげ)」といいます)用いることもありました。ただ、単に短くすればよしというものでもなく、姿すなわち、反りや太さ、重量バランスなども大事で、「摺上げながらも腰反りがつき」などと評価したりするそうです。当館で今回展示している刀にも、磨上げの形跡がよくわかる刀があります。また、日本刀のコレクターでもあった伊達政宗は、刀が好きすぎて刷り上げすることはしぶったという逸話があります。ちなみに制作当時のままの刀を「生ぶ(うぶ)」といいます。
 反り具合についても時代性があり、刀のどこの位置からどう反るかが時代により違うそうです。一般的には、平安時代頃だと柄に近い部分から反る「腰反り」、鎌倉時代後期頃はより上方から反る「輪反り」、室町時代以降はもっと高い位置から反る「先反り」になるそうです。また、反りが大きければ「反りが高い」、反りが小さければ「反りが浅い」と言います。
 この反りというのはもともと、操作性や切れ味を求めた結果でもあるのですが、そのような性能面からの刀の評価はあまりなされないかもしれません。ただ、江戸時代には、どのくらい切れるかという尺度として、死罪となった者などの胴体を重ねて試し斬りをし、一度にいくつ斬り落とせるかで表しました。それが3体なら「三ツ胴」と言います。伝説の刀となると、五胴、六胴という話もあります。ここまでくると、それが発揮されるのはどういう場面なのか、とは思いますが。もっとも、日本刀の性能で特徴的なことは、「折れず、曲がらず」ということで、鍛刀の重要性もここにあります。
 続いて、地肌(地鉄(じがね)とも言います)や刃文についてですが、これは結構マニアックな鑑賞ポイントとなります。例えば、地鉄の模様がはっきりと観えるときは「肌立つ」、模様がきめ細かくなっているときは「肌詰む」、光の反射によって輝いて観えるときは「明るく冴える」と言うそうです。また、地鉄と刃文の境に「沸」(にえ)や「匂」(におい)という粒子が現れるのですが、これがまた、見えたり見えなかったりします。沸も匂も、刃文の中に必ず存在する粒子だそうで、これが現れることを「出来」(でき)と言い、主にどちらの文様がみえるかによって「沸出来」(にえでき)または「匂出来」(においでき)に分けられます。なお、沸には沸出来と匂出来の中間にあたる「小沸」(こにえ)や、粒子が砂を散らしたようにみえる「荒沸」(あらにえ)などがあり〜という感じで、どんどん深い沼が待ち受けています。波文にも似たような沼があります。
 一方、刀剣が鞘に収まる部分を茎(なかご)といいますが、ここに刻んである銘でその来歴や刀工の系統がわかり、その刀の価値を決するものともなっています。これは、歴史的な側面からの評価となり、文献資料と照らし合わせながらのものとなります。
 「鋒(切先)」から茎の「目釘穴」まで見るべきところは多々あるのですが、刀身以外も見るべきものは多く例えば、鍔(つば)や鎺(はばき)を集中的に懐集されている方もいます。特に江戸時代、天下泰平の世ともなると、刀は「使うより愛でろ」となり、刀身はもとより鍔や拵(こしらえ)などの美術色が一気に高まりました。(続く)


特別展示「鐵の美2023」 刀剣10振


茎(なかご)、金色の部分が鎺(はばき)


上林恒平刀匠による鍛刀の製作過程見本