最上義光歴史館

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寒くなってきた山形…。

朝晩は路面が凍っていることもあります。

ご来館の際は、足元にお気をつけてお越しくださいませ(´▽`)ノ

寒くなると、あったか〜いおやつが恋しくなります。

もっちりゴマ餡のおやきをいただきました(^ω^)



《2018年11月の利用者アンケート集計結果》

 この集計結果は平成30年11月1日から同30日の間に入館した利用者を対象に行ったアンケートを集計したものです。

常設展示  (11/1 〜 11/30)
開館日数・・・・・・・・・・・・・26日間
入館者数・・・・・・・・・・・・・2,567人
回答者数・・・・・・・・・・・・・38人


1.歴史館をどこで知りましたか??
(1)旅行雑誌・・・・・・・・・・・・・・・・3%
(2)歴史館のホームページ・・・・・・・・・・2%
(3)インターネット・・・・・・・・・・・・・12%
(4)新聞・テレビ・ラジオ等・・・・・・・・・3%
(5)広報やまがた・・・・・・・・・・・・・・0%
(6)知人から聞いた・・・・・・・・・・・・・2%
(7)以前から知っていた・・・・・・・・・・・9%
(8)観光案内所 (駅など) ・・・・・・・・・・ 3%
(9)通りがかり・・・・・・・・・・・・・・・2%
(10)その他・・・・・・・・・・・・・・・・・2%

2.歴史館の入館は何回目ですか??
(1)はじめて・・・・・・・・・・・・・・・・32%
(2)2回目・・・・・・・・・・・・・・・・・5%
(3)その他・・・・・・・・・・・・・・・・・1%

3.ご覧になられた感想
(1)内容はいかがでしたか??
   ‖臺僂茲った・・・・・・・・・・・・・25%
   △茲った・・・・・・・・・・・・・・・12%
   ふつう・・・・・・・・・・・・・・・・1%
   い弔泙蕕覆った・・・・・・・・・・・・0%

(2)最上義光と最上家について??
   ,茲わかった・・・・・・・・・・・・・18%
   △錣った・・・・・・・・・・・・・・・19%
   わからなかった・・・・・・・・・・・・0%
   い匹舛蕕箸發い┐覆ぁΑΑΑΑΑΑΑΑΑΓ院

〜利用者の声〜

東京都墨田区 男性(58歳)
ご説明ありがとうございました。また来ます。

大阪府茨木市 男性(59歳)
説明をいただいて、とてもよく理解出来ました。これからも、発展されることを祈念しております。

神奈川県横浜市 男性(43歳)
立派な武将であったことが分かってよかった。

東京都国分寺市 男性(51歳)
こんな素晴しい展示を無料で見られるのはすごいと思います。

福島県郡山市 男性(61歳)
大変ていねいな説明をしていただき、理会出来ました。ガイドして頂きありがとうございました。

山形県山辺町 男性(82歳)
説明が良かった。時間をかけて又来ます。

東京都立川市 男性(56歳)
大大名のわりに、展示品が少ない。ジオラマや、映像を増やし、前後の歴史とのつながりがわかるような展示となればよいと思う。

神奈川県川崎市 女性(51歳)
無料ガイドのお陰でよく分かりました。ありがとうございました。

兵庫県尼崎市 男性(62歳)
ガイドさんより知識をより深くすることが出来ました。引き続き続けていただけることを希望します。

新潟県新発田市 男性(66歳)
館内説明が良かった。

山形県河北町 男性(74歳)
再度来館したい。

山形県上山市 男性(62歳)
説明してくれる方が分かり易く話してくれて良かった。

群馬県前橋市 男性(62歳)
係りの方に説明していただいたのは初めてです。有難うございました。城まわりが趣味です。

愛知県知多市 男性(53歳)
斯波氏からの途中の』資料が無いと言われていたので、愛知県西尾市の西尾城復元をするのに古写真があった人に懸賞金を出すことを行っている。その様にして集めてはどうか。

北海道北広島市 女性(48歳)
ボランティアの解説にとてもひきこまれました。歴史に詳しくなくても分かり易く気さくに話して下さって、楽しい時間になりました。

北海道札幌市 女性(47歳)
ボランティアの解説がとても楽しかったです。これからも歴史ドラマを見るときの視点が変わりそうです。

宮城県仙台市 男性(54歳)
ボランティアの方がとても詳しく、分かり易く案内して下さった。

愛知県安城市 男性(60歳)
説明された方の話がよくわかった。伊達・上杉との関係がよくわかりました。

岐阜県各務原市 男性(不明)
説明がよかった。

神奈川県川崎市 男性(40歳)
案内の方が詳しく説明してくださり、楽しめました。

岩手県平泉町 男性(64歳)
案内人の説明でよくわかった。理解出来ました。GOOD!

東京都足立区 男性(68歳)
ガイドしてくださった方の好感の持てる対応,有難うございました。わかりやすかったです。

千葉県習志野市 男性(44歳)
ていねいにご説明いただき、よく理解できました。

※当館サポーターの個人名は「ボランティア」または「ボランティアさん」に変更しています。


10月12日は、山形市立南山形小学校様で講座を行いました。

みなさん、真剣に聞いていたようです。

最後は、お決まりの記念カードのプレゼント♪





10月25日には、実際にご来館していただきました!

予習・復習で理解を深めていただけたけたのではないでしょうか?^^





10月11日は、山形市立千歳小学校様にて出前講座を行いました。

クイズを出すと、皆さん元気に手を挙げて答えてくれました!^^

千歳地区の由来について、詳しく説明。

皆さん、地元に興味を持ってくれたでしょうか?



最上義光所用鉄の指揮棒を持ってみよう!のコーナー。

重そうですね・・・

「連歌の概要」 ―義光の一座した作品に触れながら

 ある時代に隆盛を極めた文芸ジャンルが、時の流れにより、創造のエネルギーを失ってしまうことは、多い。平安時代の物語・中世の軍記は、その代表である。(創造のエネルギーを失いかけても、変質することにより今日まで、人々に何らかの形で継承されたものに能・歌舞伎がある。和歌・俳諧は「改良」されることにより、短歌・俳句となった)
 連歌は、創造のエネルギーを失ったジャンルの一例であろう。その発生を、連歌を「筑波の道」と称することからわかることだが、倭建命の東国での御火焼の翁との問答
  新治 筑波をすぎて 幾夜か寝つる
  かがなべて 夜には九夜 日には十日を
とするのが通例である。(五七五・七七の歌体でない所から、「万葉集」巻八の家持と尼の唱和とする考えもある)
 五七五(長句)と七七(短句)のいづれが先行しても良いが、前記のように1セットで終わるものを「短連歌」という。先に詠まれた句(「前句」)に、付けられた句が「付句」である。その付句に、次の付句を続けて、その連続が、一定の句数(三十六・五十・百)になったものを「長連歌(鎖連歌とも)」と称する。
 前記の倭建命の例のように、連歌は和歌よりは、会話性・問答が強かった。鎌倉期以後中世を通じて大流行するが、好者は無論のこと、連歌の名人が、宗祇・紹巴の如く身分卑しき者から輩出する。
 ところで、長連歌を人々が詠む折に、安易な句作を嫌って、様々に制約を加えるようになった。その制約を、まとめたものが「式目
」である。「式目」は、時代の中で一部手直しが行われた。それが「新式」である。これらを心得ていなければ、連歌の場(座)に居ることは難しい。
 「式目」を人々に教授したりした、連歌の職業的名人が宗匠である。連歌の座を差配するだけでなく、源氏物語・古今集などの古典文学の解釈の伝承者でもあった。


「連歌新式」最上義光注 里村紹巴加筆(当館蔵)

 さて、義光も一座した「慶長元年(1596)十二月二十五日 賦何舩連歌」を素材として、いささかながら、連歌の作り方を略説したい。
 発句(第一句目)は、

  雪晴(れ)て行く水遠き末野哉 唱叱

 詠作の季節(冬十二月)に応じて、眼前の景を詠みこむ。詠み人は、主客が普通。貴人の場合もある。
 脇句(第二句目)は、

  風さえつつも明(け)渡る山  光高

 発句の世界を受け、季節を同じくして、かつ、発句に詠まれていないもの(「風」と、「末野」の反対方向にある「山」の明け方の時間)を詠む。普通は亭主が詠者。(光高が亭主かは存擬)
 第三(第三句目)は、

  引(く)雲にはなるゝ月の影澄(み)て  光

 第三句目を、特に第三と称す。第四句から最後の句(「挙句」)の直前までを、一部を除き、「平句」という。第三は、発句・脇句の世界を転じ、作中世界を広げる。風に雲が動き日が姿を見せる。空に視線が移った。貴人(ここでは義光・「字名「光」)が詠む。
発句が貴人の時は主客。


「賦何船連歌」初折の表部分(当館蔵)

 このように連歌の世界は展開する。挙句で世の千秋万歳を寿ぎ、連歌は終わる。

 ※現在入手しやすい参考書
 「連歌辞典」 廣木一人 平成22年 東京堂出版
 「連歌とは何か」 綿抜豊昭 平成18年 講談社
  (後者は、義光についての言及もある)  

■執筆:名子喜久雄(山形大学名誉教授)「歴史館だより20」より       




10月10日(水)は、山形市立大曽根小学校様にて出前講座を行いました。

最上義光の業績や人柄について、たっぷり45分、授業をさせていただきました。

講座の最後には、最上義光所用兜と鉄製指揮棒のレプリカを持ってポージング。

みなさん、よく似合っていました^^

この鉄製指揮棒は、重さなんと、1.75kg!

こんなに重いものを片手で扱っていた義光、かなりの力持ちですね!



最上義光歴史館では、この鉄製指揮棒を持ってみるという体験がいつでも可能です!

ご来館の際には、受付へお声掛けください♪