震災の年に、こちらの獅子頭一対の修理依頼を受けた。
一対の赤い獅子頭はそれぞれ表情が違って、記名も塗り替えられ一切不明である。
傾向として神輿新調時に制作されたのではないかと考えている。
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お祭りは8月26日・・・三日間のお祭りだ。
神社に向かうと参道を一台トラックが走って来る。トラックには街宣スピーカーが付いていて
総宮系獅子舞の笛太鼓が流れていた。
丁度、町に繰り出そうとしている時に出くわしたようだ。
勿論、直ぐに追跡・・・。暫く町内を走ると突然停車し、追い獅子開始の準備が始まった。
こちらでも獅子舞の形態は無く追い獅子の厄払い獅子である。
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神社に戻り、行列の持ち物や神社の様子を視察する。
神輿に御神体を移すので、その守護するための呪術や武器を意味しているように思える。
行事の時間を聞くと、獅子達は一旦神社に戻り神事を行なうそうなので、出直し再調査
に来る事にした。
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夕方、社務所前に神輿二台安置され、その前に行列の参加者200名程が待機し賑わっていた。
中学生が盾や矛、高張提灯などを持つ役割なのだろうハッピを着て待っている。
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神事が終わると、一行は長い杉木立の参道を静かに進んで行く。
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橋のたもとの県道に出ると直ぐに、民家の敷地に紅白幕をコの字に囲った場に神輿を安置し
た。この紅白幕が町内ごとに設置されて、神事を行なうようだ。
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決められた近くの住人が、その場所に集まりお祓いを受け御神体のご利益を受けるのだろう。
「おしゃぎり」が囃子方を山車に乗せてやってきて、神輿の渡行するのを待機している。
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おしゃぎりは三台有り、男の子三人が小太鼓、女の子を含め10名ほどの笛が乗って演奏して
いた。
お囃子のメロディについては、京都を彷彿させる印象で、これから詳しく調べてみたい。
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山車は意外と小規模な荷車に屋台が載せられて動力は人力である。
先頭の一人が大声で煽動し進めている。
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お祭りが斜陽な置賜では唯一の規模を誇る貴重なお祭りだろう。
最上川舟運で栄えた時代を静かに物語っているようだ。
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