まほろば天女ラクシュミー

まほろば天女ラクシュミー
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「おっかな橋の・・・弥三郎・・・婆?」
 シンハの言葉に千代ちんが首をかしげた。
「えっとね、鳩峰山で羽衣をなくした天女が、狩りに来てたお侍さんのお嫁さんになるのよ。そんで子どもが生まれて武者修行に行くのよね。で、武者修行に出た息子の帰りを待ってるうちに、病気でお嫁さんと孫が死んじゃって、悲しみのあまり鬼婆になって人を襲ってた、っていうのがおっかな橋って・・・ほらあの高畠高校から東のほうにずーっと行ったとこ。そんで武者修行から帰ってきた息子と戦ってやられちゃうっていうお話・・・だったよね、シンハ?」
 昔話のあらすじを千代ちんへと伝えた。が、うろ覚えで自信はない。
 シンハに助けを求めるように視線をやると、いつになくまじめな顔をして、
「一般的に伝えられている分にはそんなところだッハ・・・」
 と、答えた。
「最初のラクシュミー・・・って、言ったわよね・・・何があったの?」
「今から約900年前に話はさかのぼるッハ・・・」
シンハは神妙な顔をして語りだした。



「美しい・・・まるで、まるで天女の舞のようだ・・・」
屋代郷(高畠町のかつての地名)の渡会弥太郎は感嘆の声を漏らした。
数多の化け物の亡骸によって血なまぐさいにおいに包まれた鳩峰山の峠、その上空をふわりふわりと舞うように一人の少女が飛んでいた。
薄絹をまとい、羽衣を身に着けた彼女は時折手元から光を放つ。するとたちまち眼下の化け物が血しぶきを上げて倒れ附すのだ。
その光景に弥太郎とと供回りの侍はただただ驚くばかりだった。
ふと少女が高度を下げた。
見れば、いずこかよりとんできた妖鳥が三羽、彼女を牽制していた。
ひとたび地面に降り立ち、妖鳥に向かって光弾を放つ。
見事打ち落とすものの地面に落ちたその隙をほかの妖魔どもは見逃さなかった。
今まで空中にあって手出しできなかった恨みを晴らそうと、カモシカの化け物が少女めがけて突進してくる。
ひらり、ひらりと二頭の突進をかわすものの、足場の悪さに転倒してしまう。
倒れた少女に向かってカモシカの化け物が覆いかぶさるように飛び掛る。
そのとき、化け物の体に数本の矢が突き立った。
化け物はのけぞって倒れ付した。
少女は驚いて矢の飛んできたほうへ眼を走らせる。
「われこそは屋代郷一本柳の渡会弥太郎平安信、儀によって助太刀いたす」
弥太郎は声を上げると刀を抜いて供回りともども少女の下へと駆け寄った。

数十分後、弥太郎たちの前にはおびただしい数の妖魔の死体が積み重なっていた。
弥太郎の家来が深手をおってあえいでいる。
少女は彼の前にひざまずき、傷に手をかざすと暖かな波動を放つ。
するとたちまち血は止まり、傷がふさがり、家来の荒かった息も穏やかなものに変わった。
「お前はいったい、何者なのだ」
弥太郎の問いに少女は振り返る、が、青い顔をしてそのままひざから崩れ落ちた。
「おい、馬をこちらにまわせ、丁重に運ぶんだ!」
弥太郎が供回りのものに檄をとばした。

11世紀の中ごろ、東北地方には陸奥の国(現在の青森、岩手、宮城、福島)と出羽の国(現在の秋田、山形)の二つの国があった。
陸奥の国には朝廷からの監視役・国司として藤原登任が派遣されていたが、陸奥の国の奥六郡、今の岩手のあたり、に居を構える豪族:安倍頼良は朝廷に従い税を納めることを良しとせず、勝手気ままに陸奥の国を治めていた。
安倍氏は野心家で奥六郡のほかにも勢力を拡大しようとした。しかしおおっぴらに軍を動かせば都から叛意ありとみなされて討伐軍を派遣されてしまう。
そこで彼が利用したのが蝦夷地の神(カムイ)達だった。
安倍氏はかつて坂上田村麻呂によって滅ぼされた阿弖利為(アテルイ)の一族の末裔の祈禱師を従え、その呪術を持って人外の妖魔を呼び出し出羽の国を襲わせたのだ。
民の平穏を守るため、羽黒山では山伏たちが化け物を退けていた。そしてここ屋代郷(高畠)では亀岡文殊のシンハがその任に当たっていた。
陸奥の国の化け物に両親を襲われ天涯孤独の身となった少女岩井戸、その姿を見かねたシンハは、彼女をラクシュミーとして屋代郷を守る戦士に仕立て上げたのだった。
岩井戸は主に国境付近、すなわち二井宿峠、鳩峰峠で出羽の国へと侵入しようとする化け物を退けるため戦っていた。
これが弥太郎が、屋敷で目を覚ました岩井戸から聞いた事の顛末であった。
「なるほど、な」
「はい、ですから私はこれからも妖魔を退治して、私のような不幸な者を生まぬよう戦わねばなりません」
「ならぬ」
岩井戸の言葉に弥太郎は強く返した。
「ですが・・・」
「親を殺され思うところはあると思う、が俺はお前を失いたくないのだ。お前が人知れぬところで戦い、今日のように不覚を取り、むざむざ殺されでもしようものなら・・・」
「弥太郎様・・・」
弥太郎は岩井戸の手をとり、
「俺はお前が闘わなくても良い道を、安倍方につく道を選ぼう。だから、すまぬがお前の憎しみを堪えてくれ・・・たのむ」
と、言った。
「弥太郎様・・・」
岩井戸は涙をひと筋、ふた筋とこぼした。
翌日、渡会家は安倍家へと使者を送り、安倍家の傘下となった。
これで屋代郷は妖魔の危機にさらされることは無くなったのだ。
岩井戸の、ラクシュミーとしての勤めは終わった。

「本当に、これでよかったのかしら・・・」
 岩井戸が弥太郎と祝言を挙げて、しばらくたったある昼下がりの縁側で、庭に座るシンハを見下ろしながら岩井戸はつぶやいた。
「敵討ちのことがあったとはいえ、戦いの日々から解放されて、殿様にも見初められて、普通ならこんなに幸運なことはないッハ」
 シンハが尻尾を振りながら答えた。
「幸運・・・ね・・・」
「そうだッハ、まさに幸運の女神ラクシュミーだッハ」
 機嫌のよさそうなシンハと対照的に岩井戸の顔色は優れなかった。
「どうしてそんな顔をしているッハ」
「・・・怖いのよ・・・こんなにいいことばかりが続いて・・・」
 そうつぶやくと岩井戸はシンハから顔をそむける。
「禍福はあざなえる縄の如し、今までつらいことが多かった分、これからの岩井戸の人生は、きっと幸せな未来がまっているはずだッハ」
 シンハはトコトコと岩井戸の前に歩み出てなぐさめようとする。しかし、岩井戸の顔は晴れなかった。



翌年、岩井戸は男の子を生んだ。
名を弥三郎宗長。
父親似のたくましい男の子で、大病をわずらうこともなく、すくすくと元気に育っていった。
シンハの言うように、岩井戸自身も己の人生は幸せな日々が続いていくものと思いかけていた。
しかし、弥三郎が生まれてしばらくすると、安倍氏が国司である藤原登任に反旗をひるがえし、後任の源頼義との間で合戦が始まった、世に言う前九年の役の始まりである。
一進一退の末膠着状態におちいり、戦場となった陸奥の国、出羽の国は大きく疲弊した。
一〇六二年、出羽の国清原氏の協力を得た源頼義が、ついに安倍氏を破り前九年の役は終結する。そしてその戦の中で、安倍方であった弥太郎も命を落としてしまったのだった。

「禍福はあざなえる縄の如し、ね・・・」
 岩井戸は、いつか言われた言葉をシンハの前でつぶやいた。
 ここはシンハの作った結界の中。
安倍方、陸奥の国側に着いた屋代郷は再び出羽の国へと編入されるものの、渡会家はその責を受け、御取り潰しとなった。
渡会の妻である岩井戸と、その跡継ぎである弥三郎は源氏の兵より追われる身となったのだった。
岩井戸は、なんとかその身を隠しながら、シンハを頼って亀岡文殊まで逃げ延びてきた。
「本当は、人間の政(まつりごと)に関与してはいけないって言われているッハ」
 そうは言いつつも、シンハは結界を張って二人をかくまってくれたのだ。
 こうして岩井戸と弥三郎は、いつかお家の再興をと願いながら、細々と畑を作りながら隠れ住む生活を始めることになったのだ。

 数年の歳月が流れた。
 弥三郎が成人するころには、渡会一族はすでにどこかでのたれ死んだものとされ、追っ手の心配ももはやなかった。
 たくましい成人となった弥三郎は、シンハを通じた大聖寺のとりなしで、とある村から気立ての良い娘を嫁にもらった。
「禍福はあざなえる・・・」
「縄の如しだッハ・・・」
 女手ひとつの過酷な農作業のはてに、岩井戸はすっかり老いてしまっていた。
しかし、そのしわと赤切れだらけの手の中には、すやすやと安らかな寝息を立てながら小さな命が眠っていた。
「このまま死ねたら幸せでしょうにね・・・」
「馬鹿なことを言ってはいけないッハ。本当の幸せはこれからだッハ」
「だといいんだけど・・・」
「けど・・・なんだッハ?」
「弥三郎がね・・・」
「弥三郎が、どうかしたッハ?」
岩井戸は目を伏せた。
「わたしが愚痴っぽいのがよくなかったのかねぇ、お家再興としつこく言い続けてきたでしょう、この子が生まれたから跡取りの心配は要らない。俺は天下にその名をとどろかす侍になるために、修行の旅に出るんだ、なんていいだしてね・・・」
「岩井戸・・・」
「お家再興なんてもういい、戦いなんてしないで、穏やかに、静かに暮らすのが本当の幸せだと今さら言ったところでねぇ・・・」
 不意に赤ん坊がむずかりだした。岩井戸はあわてて赤ん坊を「よしよし」とやさしくゆすってやった。



 紫色の雲の中、シンハは文殊様と対峙していた。
「シンハよ、いいかげんにあの人間の女性との関係をおしまいにしなさい」
 文殊様は少し寂しそうな顔でシンハに語りかけた。
「しかし文殊様・・・」
 シンハは食い下がろうとするが、文殊様はシンハの言葉をさえぎって、
「あなたの情が彼女に移ってしまったのはわかります。しかし、われわれの力は人には大きすぎるものです。あまり人間に肩入れすると、かえって良くない事が起こるやも知れません」
 と、続けた。
「あなたの務めは、この日の本の国の人々を『人ならぬもの』から守ること、ゆめゆめ忘れてはなりませんよ、かッハ」
 午睡から覚めたシンハは、しとしとと降る雨の音を聞きながら、何年も前に文殊様にたしなめられたその言葉を反芻していた。
と、突然ドンドンドンドンと、シンハのほこらを何者かが激しく叩いた。
何事かと思って外に出ると、そこにいたのはずぶぬれの岩井戸だった。
「いったいどうしたッハ?」
「シンハッ、お願い、お願いよぉ・・・」
 岩井戸はシンハを抱きしめると泣き崩れる。
 連れられるままに岩井戸に連れて行かれたのは彼女の家だった。
そしてそこには高熱を出し、咳き込み床に臥す弥三郎の妻と赤子がいた。
「お願いよぉ、シンハ・・・二人を・・・二人を助けてぇ・・・」
 伏して助けを乞う岩井戸だが、シンハの頭には文殊様の言葉が浮かんでいた。
「僕の務めは、人ならぬ魔物からこの屋代郷の人々を守ることだッハ。残念だけど、病に倒れた人を救うことはできないッハ・・・」
「お願いよシンハ! あなたならできるはずでしょう。お願い、お願いよぉ・・・」
「・・・悪いけど・・・あきらめてほしいッハ・・・」
 シンハは静かな口調でそういうと戸口へと振り向いた。岩井戸はそのシンハにすがりつく。
「後生よ、後生だからお願い、シンハ! シンハ!」
 その時岩井戸の手に触れるものがあった。硬くて丸くて先がとがって・・・
 そのものが何かを理解した瞬間、岩井戸は驚くほどの力でそれを奪い取った。
「チンターマニ・・・如意宝珠・・・コレさえあれば・・・」
「やめるッハ、僕が調整していないチンターマニは危険だッハ!それをこっちに返すッハ!」
 しかし岩井戸の耳にはシンハの言葉は届かない。
 かつてのように岩井戸は高々とチンターマニを掲げる。
 シンハが奪い返そうと飛び掛るが、
「オン・チンターマニ・ソワカ!」
 岩井戸の声のほうが早かった。
 如意宝珠はまばゆいばかりの青白い光を放った。そしてものすごいエネルギーが宝珠へとむかって竜巻のように集まってきた。
 如意宝珠、どんな願いもかなえる宝珠。岩井戸が望んだ願いは、病を払いのける豊かな命のエネルギー。そのエネルギーは望んだとおりに岩井戸の体へと集まった。しかしそのエネルギーの源は・・・
 バラバラに崩れ落ちた岩井戸の家、そのガレキの中で岩井戸は呆然と立ちつくした。
 秋とはいえ、いまだ葉の落ちてはいなかった庭の木々。そのすべてが葉を落としたばかりか萎縮し、枯れてしまっていた。
 庭の木ばかりではない。隣家の、畑の、裏山の、目に見える範囲の全ての植物がねじれ、萎縮し、灰のような蝋の様な異様な色を呈していた。
「・・・坊・・・」
ふと岩井戸は家の惨状に気がついた。
おそらく嫁と孫が寝ていたであろう場所のガレキをあわてて掘り返す。
孫の布団が見えた。
「坊! 坊!」
 何とかガレキの直撃は免れているようだ。岩井戸は寝巻きのすそをつかんで引きずり出す。
「・・・やあぁああぁあぁぁぁぁあああぁぁぁぁあぁぁぁあぁぁ・・・・・・・・」
 悲鳴を上げた岩井戸の見たものは、周囲の植物と同じように、ねじれ、萎縮し、灰のような、蝋のような異様な姿になってしまった愛しい孫の姿だった。



「ほう陰陽師、はるばる大和の国から鬼退治とは、こりゃ勇ましい」
 山道を二人の男が歩いていた。
 長旅で擦り切れた服を着ている日に焼けた大柄な侍は弥三郎。
修行のおかげか以前よりたくましさを増していた。が、ひげも髪も伸び放題で、たくましさよりもむさくるしさが先にたつ。
連れ立って歩く男は三十前後、垢じみた狩衣(かりぎぬ)を身にまとい棍のような杖を突いている。弥三郎よりは細身だが、同様に日に焼けなかなかの健脚だ。
「大和安倍の文殊さんには大恩があってな、そうでなければ出羽くんだりまで来たりはせぬよ」
「俺のふるさとを出羽くんだりとは言ってくれるじゃない。ま、都を見た後ではあんたの言うとおりかもしれんがな」
弥三郎は少し眉をしかめるが、すぐにけろりとして男に尋ねた。
「しかし文殊さんとはね、アンタんとこにも文殊さんがあるのか?」
「ほう、じゃあぬしは亀岡か?」
 男は足を止める。
「いんや、隣の屋代郷ってとこだ」
 弥三郎もあわてて足を止めた。
「そいつは残念だったな、行き先はどうやら一緒のようだ」
 男は再び歩き出す。弥三郎はあわてて男に並ぶ。
「何だと、じゃぁ鬼が暴れてるってのは?」
「亀岡と一本柳の間に山崎ってとこはあるか?その辺らしい」
「・・・こうしちゃいられん・・・」
「まぁ待て、今から急いだところでたかが知れている。それより策を練らねばならん。おぬしは地の利に明るいようだ、いろいろと話を聞かせてくれぬか」
足を速めた弥三郎に陰陽師は声をかけた。
「あらためて自己紹介しよう、俺は安倍妙星、陰陽師だ」

 数日後、二人は出羽の国へと足を踏み入れた。露藤の辻に差し掛かる。
「むこうにいくと俺んちだ、こいよ妙星」
と、弥三郎が誘うも、
「先に亀岡文殊の用事を済まさねば、後ほど呼ばれるとしよう」
 と、妙星は反対方向の亀岡文殊大聖寺へと足を向けた。

「これが安部の文殊から預かってきた如意宝珠と文珠です」
「そうか、コレでシンハ様も息を吹き返すであろう」
 妙星はふくさに丁寧に包まれた宝珠を住職へと手渡した。
 住職はうやうやしく受け取ると、祭壇の元へとその包みを持っていった。
 妙星もその後ろに続く、と祭壇の上に犬か猫とおぼしき青白い木乃伊(ミイラ)のようなものが祭られていた。
「この木乃伊が・・・」
「はい、文殊様の使いのシンハさまです」
 妙星の問いに住職が答える。
「こんなのが文殊様の使いねぇ・・・」
 眉をしかめる妙星に、住職が説明をする。
「鬼はシンハ様の力を取り込んで強大な力を得てしまいました。封じるにはシンハ様の力が戻らねば・・・」
「そんなに強いのかい、その鬼は?」
「見た目は童女のようですが、野犬のような獣を操るほか、つむじ風をも起こすと聞きます。その力は仏の位で言えば天と呼ぶにもふさわしい」
 その言葉に妙星は目を見開いた。
「天? 広目天とか増長天とか毘沙門天とかの? 冗談じゃない、人の手になど負えぬではないか?」
「仏格としてはそうです、しかしその力をすべて制御できているわけではない。ゆえに、急がねばなりません」
 そういうと住職はシンハへと目をやった。妙星もそれにならう。
 落ち窪んだ目、半開きの口の小さな獣の干物を目にして、妙星の心には不安が澱のように積もっていった。

大聖寺を出た妙星が、弥三郎から教えられたあたりを訪ねると、家があったと思しき瓦礫の前で弥三郎が青い顔をしてへたり込んでいた。
「弥三郎・・・おい弥三郎・・・」
 妙星が声をかけると弥三郎はうつろな目をしながらゆっくりと妙星のほうへ顔を向けた。
「・・・おれの家が・・・おとせは? 弥彦は? お袋はどこ行っちまったんだ・・・」
「・・・心中、察する・・・」
 名星はつぶやいて、弥三郎から目をそらした。
 そのそらした先、弥三郎の家だけではなく、あたり数件の家も半ば朽ち果て、雑草におおわれ、人の気配はまったく感じられなかった。
「くっ・・・鬼め!鬼のやつめ・・・」
 弥三郎はこぶしを地面に打ちつけると、それを杖にしてゆっくりと立ち上がった。
「大聖寺の住職から話しを聞いてきた。相手は鬼というより鬼女と言った様子だそうだ。うら若い娘の姿で、橋のたもとで野犬と風を操って追い剥ぎまがいのことをしているそうだ」
 それを聞くと弥三郎は妙星にくるりと背を向けた。
「鬼だろうと小娘だろうと容赦はしねぇ、俺の留守中に何もかも滅茶苦茶にしやがって!」
 絞り出すような声でそう言うと弥三郎は大股で歩き出した。
「待て、弥三郎!冷静になれ」
「これが落ち着いていられるか! 来いよ妙星! 鬼退治だ!」
 弥三郎は振り返りもせずに叫んだ。
「待てというに、まずは戦力を整えてから、おい、弥三郎!弥三郎・・・」
 弥三郎は聞く耳を持たない。
「えぇい、急急如律令、式神よ大聖寺の和尚に伝えよ、すぐに儀式を始めよ」
 妙星は懐から式札を取り出すと呪文を唱え、あかね色の空へと放り投げた。

弥三郎と妙星は橋の上に立っていた。
闇があたりを支配し、かれこれ数時間は経とうとしていた。
川べりの草が風に吹かれさわさわと音を立てている。
不意に空気がひやりとしたものに変わった。
「・・・これではどちらが追い剥ぎかわからんな・・・」
 いつ現れたのか、背後からの少女の声に二人は振り返った。
 少女は青白い着物を身にまとい、鉢巻きを猫の耳かと見まがうばかりに大きく、長い髪の後ろで結んでいた。
「貴様が村をめちゃくちゃにした鬼畜生か!」
 弥三郎が吠えた。
「村?」
 少女は眉をピクリと上げる。しかし、冷たい表情のまま、
「すべては愛するもののため・・・さぁ、命が惜しくば身ぐるみ全て置いていけ」
と両腕を大きく広げた。
「何が愛するもののためだ・・・俺の家族を・・・喰らえ!」
 怒りに我を忘れた弥三郎が抜刀して少女に襲い掛かる。しかし少女は大きく後ろに跳んでそれをかわした。
「なるほど、ならば力ずくで奪うとしようか」
 少女は懐をまさぐると何かを地面にまいた。するとそれはむくむくと大きくなり、十数頭の獣のような姿に変化した。
「式神か? 気をつけろ!」
 言いながら妙星も懐から式札を取り出し空に放り投げた。
式札は炎を身にまとった数羽の鳥に変化し、上空をぐるぐると回り始めた。
少女が腕を振るう。すると獣たちがいっせいに弥三郎めがけて襲いかかった。
「間に合え!」
 妙星が式神に命じる。すると火の鳥は上空から獣めがけて急降下した。
 獣たちが弥三郎に今にも噛みつかんとしたそのとき、火の鳥が炎の壁となって弥三郎の前に立ちはだかり、その足を阻んだ。
 弥三郎もその隙に後ろへと下がる。
が、横から回り込んできた一頭が弥三郎めがけて飛び掛ってきた。
「があっ!」
 弥三郎は刀で切りつけ獣を払いのける。が、手ごたえがおかしい。
 もう一頭の獣が襲ってくる。今度は正面から切りつける。が、
「くそっ、なんだ? 切れねぇぞ?」
 獣は打ちのめされ、跳ね飛ばされるが、本来ならば真っ二つになるべきが、再びその身を起こしこちらへと向かってくる。
「こっちへ!早く!」
 妙星が手招きする。
 弥三郎が転がるように橋の上へとたどり着くと、その橋の前に火の鳥が降り注ぎ、先ほどより高い炎の壁をこしらえた。
 妙星はふところから札を取り出すと、なにやら紋様を描きしたためた。
「刀を」
 弥三郎は言われるままに刀を向けた。
 妙星は先ほどの札を刀で刺し貫き、
「急急如律令 斬魔付与」
 と、小さくつぶやく。
頭上に気配を感じた。
 見上げると、獣たちがだんだんに積み重なって炎の壁の上から頭を出している。
「ガウルッ!」
 一声吠えると獣が一匹、炎を飛び越えて襲いかかってきた。
「たたっ切れ!」
 妙星の声にはじかれたように立ち上がる弥三郎。そのまま刃を獣の頭に合わせる。
 スカッ!
 まるで熟れたスイカに包丁を合わせたかのように、小気味よい手ごたえで獣は真っ二つになった。
 獣が二頭、三頭と次々に飛び掛ってくる。
弥三郎は次々に刀を振るう。
すると獣は鈍い音を立てて地面へとその屍を打ち付けた。
「いいぜ妙星。見違えるようだ」
 言うと弥三郎は刀を握りなおす。
 炎の壁の勢いが落ちてくる。
 雪崩を打って襲い掛かってくる獣どもをひらりひらりといなしつつ、弥三郎は刀を振るう。
 妙星は皮の腰帯をつけた赤銅色をした筋骨隆々の闘士の式神を召喚した。
闘士は二体、弥三郎の背後と妙星を守る。
弥三郎の刀と妙星の式神の力で獣の数も半数となった。
手ごわいことを悟った獣は、二人を遠巻きに囲み、忌々しそうに咽を鳴らしている。
「どうした! もうしめぇか?」
 弥三郎が吠える。獣はその声に後ずさる。
 が、歩みを進めてきたものがいた。例の少女だ。
「ダデーナーをこうもまぁ・・・」
 少女は地上から十数センチほどのところをすうっとすべるように移動すると、弥三郎のおよそ十メートルほど前で止まった。両方の腕を腰の辺りに広げ手を開く。その手のひらがなにやらぼうっと光を放つ。
「殺すのが惜しいほどの腕前よ。どうだ、わが家臣とならぬか?」
「冗談じゃねぇ! 化け物の手下なんざ死んでもごめんだ!」
 弥三郎はつばを吐いた。
「そうか・・・ならば死ぬがよい」
 背筋に寒いものが走った妙星は、すぐに闘士を弥三郎の前に割り込ませる。
 と、同時に少女が腕を振るう。
 次の瞬間、闘士は逆袈裟に切り上げられる。
 右、左、右、左、少女の腕が振るわれるたびに闘士の体に見えない刃が鋭い傷をつけていく。
 少女はがむしゃらに切りつけているわけではない。弥三郎と妙星に自分の実力を見せ付けるがごとく、余裕を持ってその腕を振るっているのだ。
 見えない刃で切り付けられた闘士は、まるで松ぼっくりのようにボロボロになり、どうと地面へと崩れ落ちた。
「式神よ!」
 妙星が指で天を指す。すると上空を舞っていた火の鳥が少女の足元めがけて急降下する。
 気づいた少女は火の鳥に右手をかざし「破!」と気合を入れる。
 火の鳥は彼女の2メートルほど上で四散した。
 弥三郎はこの機を逃さない、刀を横に構え少女に迫る。が、あとわずかというところで少女の左手から発せられた圧縮空気の弾をその身に受け、駆け出したあたりまで吹き飛ばされる。ろくに受身をとれず、背中をしたたかに打ちつける弥三郎。痛みでしばらく呼吸ができない。
「あの程度の目くらましで惑わされると思ったかい?」
 少女が上空に向け腕を振るう。するとつむじ風がおき、火の鳥たちはその渦の中に飲まれ、消えてしまった。
「く、しばし時間を!」
 妙星は闘士の式神を少女に向かって走らせる。
少女は臆することなく闘士へと向き直り、両の腕を思いっきり振りあげた。
すると爆風のような風が巻き起こり、闘士は十数メートル上空に吹き飛ばされる。
爆風は弥三郎と妙星にも襲い掛かる。
幸か不幸か弥三郎は倒れ伏していたため仰向けがうつぶせになる程度であったが、一方の妙星は爆風をもろに受け、橋から川の中へと盛大な水しぶきを上げて転落してしまった。
水しぶきがあがるのとほぼ時を同じくして鈍い音を立てて闘士が地面へと激突し、その姿を元の式札に戻してしまう。
 もうもうという砂埃の中、弥三郎のうめき声だけが聞こえる。
 少女は両腕を横から前へとゆっくりと動かす。すると柔らかな風が砂埃を払って視界を晴らす。
 道の真ん中に弥三郎は横たわっていた。肩で荒い息を繰り返している。
 ジャリッ、ジャリッ、
空中から地面へと降り立った少女が弥三郎へと歩みを進める。
 刹那、弥三郎が振り返りざまに刀を投げた。刀はまっすぐ少女へと向かう。が、鋭く飛んできたそれを少女は難なく受け止める。
 渾身の奇襲を難なく受け止められた弥三郎はがくりと肘を付き、そのまま仰向けにくずれ落ちた。
「無為な抵抗をする・・・悪い腕だ」
弥三郎の刀を傍らに投げ捨てた少女は、右腕を弥三郎に向かって振りあげる。すると、先ほど式神の闘士を切り刻んだような見えない刃が地を這い、弥三郎の右のすねを斜めに裂き、右腕を肘の先から切り落とした。
「っ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
 弥三郎は声にならない悲鳴を上げる。
「無様なものよ・・・」
 右腕を抱え込み、もだえる弥三郎を見下ろし、少女は再びふわりと舞い上がる。
 3メートルほど浮かんだ彼女は弥三郎に向かって両の手のひらを向ける。手のひらが青白くぼんやりと光を放つ。
 ド、ド、ド、ド、ド、ド、ド、ド、
 少女の手のひらから高圧の空気の弾が打ち出される。気弾は弥三郎の胸に、腹に、脚に、頭に次々に襲い掛かる。そしてその弾があたるたびに弥三郎の切り落とされた腕から脚からどす黒い血が飛び出した。
 爆音に混ざって弥三郎の悲鳴が聞こえていたがいつしかそれもやんだ。
 もうもうと巻き上がった砂煙がおさまると、血だまりの中に弥三郎が息も絶え絶えに倒れていた。出血のためか肌からは血の気がうせ、唇はカサカサにななっている。四肢は曲がってはいけない方向に曲がっており、あざだらけになっていた。
 少女は弥三郎に手のひらをかざす。風が少女の腕へと集まってくる。
「これで終わりだ・・・」
「弥三郎おおおおぉぉぉぉおおぉお!」
 川から這い出してきた妙星が吠えた。
「弥三郎?」
その声に少女は動きを止める。
そのとき彼女の背中に緑色のかたまりが飛びかかった。
 少女はそのかたまりとともに地面へと落ち、ゴロゴロと転がった。
 少女は体勢を立て直そうとするが緑色のかたまりが押さえつけるようにその動きをさえぎる。
「くっ、邪魔をするな! はなせ!」
「やめるッハ岩井戸! その男は弥三郎だッハ! 君の息子だッハ!」
「・・・シンハ!?・・・弥三郎!?」
 少女の体から力が抜けた。そのことがわかるとシンハもまた力を緩めた。
 少女はシンハの下から這い出ると、よろよろと弥三郎へと向かって近づいた。
「おとせ・・・ 弥彦・・・ おとせ・・・ 弥彦・・・」
 うわごとのように弥三郎の口から漏れる言葉、聞き覚えのある名前を聞いて、少女の瞳に涙がにじんだ。
 指先に風を集める。
その動きに妙星は一歩進み出るが、シンハがそれを制した。
少女は指先へと集めたその風で弥三郎のむさくるしいひげをなでる。するとひげはきれいにそり上げられて、岩井戸の愛しいわが子の顔が現れた。
「弥三・・・弥三郎・・・弥三郎おおおおおぉぉぉおぉぉぉぉおおぉっ!」
岩井戸が声を上げた。と岩井戸を中心に大きなつむじ風が沸き起こる。しかしそれは先ほどまでのまがまがしい風の力ではなく、暖かく慈愛に満ちたもののように感じられた。
「ん・・・んん・・・・・・」
 体の底から力が沸き起こるような感覚を受けて弥三郎は目を覚ました。
 瞳を開けると先ほどまで戦っていた少女が涙を流しながら自分の体を抱き起こしていた。いや、少女の顔はすでに少女から大人の女性の顔に、それも見覚えのあるような顔に変化していた。
「お、お袋・・・」
 そうだ、お袋の顔だ・・・シンハ様にかくまわれたころの顔、なれない畑仕事に疲れ果てていたころの顔、元服し、祝言を挙げたころの顔、弥彦が生まれたころの顔、武者修行の旅へ出る自分を見送ってくれたころの顔。まるで早送りのように弥三郎の目にうつる岩井戸の顔は、しわを刻み、年老いていった。
「どういうことです?」
 妙星がシンハにたずねた。
「岩井戸が、弥三郎に命を分け与えているッハ」
「命を・・・?」
妙星が再びたずねる。
「そうだッハ、岩井戸は弥三郎の子供を救おうと、ぼくの力を勝手に使おうとしたッハ。おかげで力は暴走、あのときのぼくの力のほとんどが彼女へとうつってしまったッハ」
「力が・・・」
「岩井戸は、ああやって自分の孫を救いたかっただけだったんだッハ・・・」
「・・・・・・」
 妙星は瞳を伏せた。が、再びキッと岩井戸へ視線を向けると黙って印を組み始めた。
「彼女を退治するッハ?」
 今度はシンハがたずねた。妙星は印を組み替えながら、
「これが私の仕事ですから・・・力を失い無防備だ・・・こんな好機は見逃せません・・・」
 妙星は静かに落ち着いた声で言った。
「そう、ッハ・・・」
 シンハはあきらめたようにつぶやいた。その視線の先にはすでに老婆の姿となった岩井戸が、慈愛に満ちた表情で弥三郎を抱きかかえている姿がうつっていた。
「臨 兵 闘 者 皆 陣 烈 在 前 ・・・・・・」
 妙星が九字を切る。
 シンハがそっと目を伏せた。
「は!」
 妙星が気合をこめると指先から神々しい光がはなたれた。光は一直線に岩井戸へと降り注ぐ。
「きゃぁああぁぁぁあああぁぁぁあああぁぁあぁぁぁあああぁああぁぁ・・・・・・」
岩井戸は雷に打たれたようにその体をはねさせると、光の球に包まれた。
「やめろ・・・妙星・・・お袋に何をする・・・」
 弥三郎は振り返ると叫んだ。
「これが俺の使命・・・許せ、弥三郎・・・」
 そういうと妙星はいっそう念をこめた。岩井戸の悲鳴がさらに高いものになる。
「クソ・・・体が思うようにうごかねぇ・・・シンハさま・・・止めてくれ・・・シンハさま」
「・・・・・・」
 シンハは目を伏せて押し黙るだけだった。
「くそ・・・お袋!・・・お袋!」
 弥三郎は必死に立ち上がると、岩井戸と妙星の放つ光の射線上に仁王立ちになった。
「がぁああぁぁぁぁあああぁぁぁぁああぁぁぁぁぁっっっ・・・・!!!!」
「バカなっ! よせっ! 弥三郎!」
 妙星が叫ぶが弥三郎は答えない。
 位置を変え、岩井戸に光線を当てようとするが弥三郎が盾となり光をさえぎる。
「・・・今のうちに・・・逃げろぉ・・・お袋・・・」
「弥三郎! もう、もう・・・」
 岩井戸の声はなかなか言葉にならない。
「お袋がここから逃げ出せばこの光も止まるさ・・・さぁ・・・早く・・・」
 弥三郎のひざが崩れ落ちる。それを見た岩井戸は意を決して風を集める。
「くっ、シンハ様っ!」
 妙星の声にシンハが跳びだそうとするが、そのまま地面にどうと体を横たえる。シンハもまだようやく体が動くようになったばかり、大聖寺からここまでくるのでさえ精一杯だったのだ。
 岩井戸へと集まる風は彼女を包み込んだ。その風に乗って彼女の体は宙へと舞い上がる。
「逃がすか!」
 妙星が光を上空へと向ける。弥三郎の体から光がそれた。
 その機を突いて弥三郎がふらふらしながらも妙星へと駆け寄り、正面からしがみついた。
 そのすきに岩井戸は風に乗ってはるか西の空へと飛び去ってしまった。
「弥三郎! くっ、弥三郎―――――――っ!」
 妙星の絶叫が闇の中に響き渡った。



 カナカナとセミが鳴いている。
 シンハの話を聞くうちに、あたりはだいぶ薄暗くなってしまっていた。
「それが、弥三郎婆の話の真実なの?」
 シンハは黙ってうなずいた。
「じゃぁ、そのときの復讐が今回の事件の動機なの?」
「いや、岩井戸が理性を取り戻したのを見たのはその時だけだったッハ」
「っていうと?」
「岩井戸の心は壊れているッハ、彼女の心にあるのは自分の幸せだった時代を取り戻したい。その想いが暴走しているだけ、それだけだったッハ」
 シンハは伏し目がちにそうつぶやいた。
「それだけだったっていうことは、その後もなんかあったの?」
 シンハは顔を上げると再び語り始めた。
「おっかな橋の戦いから逃げ出した岩井戸は、新潟の弥彦山まで逃げたといわれているッハ。ま、管轄が違うから詳しいことはよくわからないけど、そこで力を蓄えた岩井戸が再びこの地を訪れたのが、江戸時代の寛政二年、西暦で言うと1790年頃の話だッハ」
「1790年・・・どこかで見たような・・・」
 わたしは記憶をたぐる。
「たぶんぼたんが見たのは安久津八幡宮でだと思うッハ」
「あ、そうそう。八幡様で何かあった年よ」
 シンハのいうとおり、安久津八幡宮の三重塔の解説文で見た年号だった。
「安久津八幡宮は源氏の神様の八幡神を祭った神社。施設的にはまったく関係はないけど、そのシンボル的存在だったのがとなりのお寺にあったあの三重塔だッハ。再びこの地を訪れた岩井戸は渡会家をつぶしたそのにっくき源氏のシンボルを破壊しようと猛威を振るったッハ」
「その結果が・・・」
「そう、三重塔が烈風で倒れたというのが岩井戸の仕業だッハ・・・」
「な!?」
 千代ちんが目を丸くする。
 シンハは話を続ける。
「そのときは僕の力も回復してたッハし、そのほかにも優秀なお坊さんがいっぱいいたんで、何とか封印することができたッハ。そのときに彼女が言っていたんだッハ『再びあの幸せな時代を取り戻してやるんだ。あの幸せだった頃の屋代郷を』って・・・」
「シンハ・・・」
 シンハの声が上ずっていた。きっとそのときのことを思い出しているのだろう。
「どうやって封印が解けたかはともかくとして、おそらく彼女の目的は、彼女だけの理想郷、昔の屋代郷を取り戻すことだッハ。おっかな橋で追いはぎをしていたときも、三重塔を吹き飛ばしたときも、そして今の高畠町を壊そうとしていることも、すべてはそこに行き着くッハ」
「昔の・・・屋代郷・・・」
シンハの言葉を繰り返す。が、実感がわかない。
「じゃさ、平安時代を再現しようってことなの? ここの?」
「あれから200年、その間に彼女の考えがどう変わったかは、彼女と話をしてみないことにはわからないッハ。ただ状況を整理して推理してみると・・・」
 シンハの言葉にわたしと千代ちんは身を乗り出す。
「何らかの理由でこの時代に目を覚ました岩井戸は、手っ取り早く力を取り戻すために文珠を盗み出した」
 シンハが手のひらの上に文珠をひとつ取り出すとそれを握った。
「岩井戸は自らの手下を作り上げるためダデーナーを召喚した。それもある程度知能の高いものを。人並みの知能を持たせるには8〜9個くらいの文珠が必要になるッハ」
「・・・文珠10個のダデーナー・・・」
 わたしと千代ちんは顔を見合わせる。
「ダデーナーを安定化させるためには依り代に合体させること、それが・・・」
そういってシンハは赤木君のほうを見る。赤木君は青鬼の張りぼてのかたわらにうずくまり、おどおどとこちらをながめている。
「青鬼の、張りぼて・・・」
 その言葉に赤木君は胸に握った手を当てる。
「ダデーナーは依り代にその特性を左右される性質を持つッハ。たとえば今まで相手にした電車、さくらんぼ、タヌキ、ヘビ、そして龍・・・岩井戸は鬼の強力な力をあてにして、張りぼてにダデーナーを取り憑かせた。しかし、岩井戸は知らなかったんだッハ、『泣いた赤おに』の話のことを・・・」
 赤木君があぶら汗を流しながらしハァハァと荒い息をつき始めた。シンハがこれからしゃべろうとすることはわたしにだって容易に想像がつく。ましてや当の本人にしてみれば・・・
「依り代である鬼の張りぼては、ましてや人並みの知能を持つそれは岩井戸の予期せぬ動きを始めたッハ。すなわち『泣いた赤おに』のキャラクターの持つ人間の友達が欲しいという欲求に従って活動を・・・」
「もうやめて!」
 耐え切れずにわたしは叫んだ。
「そんなの、そんなの何の証拠も無いシンハの想像じゃない・・・そんな、そんなはず無いわよ青木君も・・・赤木君も・・・そんなはず・・・」
 わたしは赤木君に目を向ける。赤木君は青い顔で歯をガチガチと鳴らしながらわたしたちの方を見ていた。
「赤木・・・君・・・」
 わたしは赤木君に手を差し出した。
 すると、赤木君はあわてて腰を上げると後ずさる。
伸ばした腕を見て気づく。わたし、まだ変身を解いていない。先ほど青木君に光線を浴びせた岩井戸の姿とわたしがかぶったのか、赤木君は振り返ってものすごいスピードで駆け出した。
「赤木君! 赤木君!」
 わたしはあわてて変身を解き赤木君の背中に声をかける。が、彼は振り返ることなく見えなくなってしまった。
「シンハ!」
 わたしはシンハにつかみかかる。が、シンハは冷静な顔で言葉を続けた。
「なくなった張りぼては青鬼だけじゃなかったッハ・・・残る赤鬼の張りぼて・・・おそらく赤木もダデーナーだッハ・・・」

2012.09.08:shinha:count(553):[メモ/作者のたわごと]
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