まほろば天女ラクシュミー

まほろば天女ラクシュミー
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今日から2学期が始まる。
少し早起きして、商店街のほうへと自転車を走らせる。
あれから一週間が過ぎ、がれきやらドロやらの撤去はほとんど終わっているようだが、割れたガラスや建具がまだ入らずに、ブルーシートで目隠しをしている店がほとんどだ。
もっと上手に戦っていれば、こんな光景は見なくてすんだのかもしれない。そう思うとなんだか涙がにじんできた。
あの晩、河川敷でキレて手がつけられなくなったわたしは、千代ちんのきつい一発で意識を失ったそうだ。
河川敷から這い上がってきた大きな獣はシンハだったらしい。
巨大化、というか、あれが本来の姿らしいが、分身して洪水に流された人を岸まで引き上げていたという。そのためあれほどの惨事にもかかわらず、死者は一人も出なかったそうだ。
しかしそのおかげで、あの晩手に入れた大量の「文珠」を含めて力をほとんど使い果たし、寝息こそ立てているものの、一週間たったいまでも目を覚まさないでいる。
散々殴ったお詫びと、人命救助のお礼にと買ってきたソーセージの賞味期限が切れてしまわないかと心配だ。

教室に入るとみんなあの晩の話で持ちきりだった。
「おはよう」
 と、教室に入ってきたのはバスケ部の高橋君だった。松葉杖をついている。
「ちょ、どうしたよお前?」
 その姿に驚いた男子が声をかける。
「いや、お祭りの晩にさ・・・」
 その一言に、みんな「あぁ・・・」と理解する。
「わるいな大浦、新人戦、無理そうだわ・・・」
 高橋君は寂しそうに笑った。
「おはよう」
「あ、おはよう千代ちん」
 千代ちんも登校してきた。
「シンハ、どう?」
「うん、まだ寝てる」
「そう・・・」
 千代ちんは不安げな顔でうつむいた。
「だいじょぶよきっと、いびきかいてたし。それよりも、あの二人来るかしら?」
 そういって教室の後、いまだ空席の赤木君と青木君の席に向かって振り返る。
「もう来てるよ」
 と、千代ちんは後ろの引き戸を指差す。
 体は見えないが、廊下との間の壁の上の小窓から赤木君の髪がちらりちらりとのぞいていた。
「わたしが教室入る前から、後の入り口んトコで二人でふらふらしてたよ・・・やっぱ、入りづらいんでしょうね・・・」
 キーン コーン カーン コーン 
予鈴がなった。すると観念したのか後の引き戸が開いて青木君、ついで赤木君が教室へと入ってきた。うつむいて背中を丸めて、なんだか二人が小さく見える。
 その様子を見た千代ちんは、腰に手を当て鼻から「ふーん・・・」と息を吐き出すと、自分の席へと戻っていった。
わたしは再び後ろの席の二人へと目をやる。
席へとついた二人は、ずっとうつむいていた。
ふと顔を上げた赤木君と目が合う。すると彼はすぐに視線を窓の外へと逃がした。
反省はしているようだけど・・・だけど彼らのしたことを考えると・・・
「起りーつ」
 日直の号令に、わたしはあわてて前へと向き直った。

 始業式も終わり、無事宿題の提出も済み、お昼を前に放課後を迎えた。
 号令が終わるなり千代ちんがわたしのところへ飛んでくる。
「ごめん、さっき部長に今日部活無いよって言われたの、言うの忘れてたよ」
「ふーん、じゃ一緒帰ろっか」
「それが私ちょっと用があってさ、先行っててよ」
「ん?何?わたし待ってるよ」
「いやいや、ほらシンハのこととか心配じゃない?早く様子見に行ってあげなよ」
拝むように手を合わせながら千代ちんが言う。なぜか視線が泳いでいる。
ちらちらと後の入り口に目をやっているような気がする
その動きに何か不自然な感じがしたものの、
「わかった、じゃーねー」
 と、わたしは席を立った。

 家に帰るとシンハが目を覚ましていた。
 買っておいたソーセージは瞬く間にたいらげられ、追加を買いに走らされるはめになった。
 


翌日、土曜の朝のゆっくりした時間は千代ちんの電話によって破られた。
自転車のかごにシンハを放り込み、スタンドを蹴り上げる。
「今日はどこに行くッハ?」
「駄子町にある瓜割り石庭公園だって。今頃あそこでいったい何の取材かしら?」
あれやこれやと想いをめぐらせているうちにわたし達は石庭公園へと到着した。
黄褐色の切り立った崖の下にある瓜割り石庭公園。
かつて山の上から楔を打ち込み、高畠石を切り出していた跡がこの切り立った崖の正体だ。
長い年月をかけて切り出した跡が、その崖の下に広場を作り出しており、その岩の壁に囲まれた広場では音の反響を利用して小規模なコンサートを行なったり、もう少しして涼しくなれば芋煮会の会場などとしても使われている。
そして今まさに季節はずれの芋煮会の準備が、晩夏の昼前の暑い日ざしの中、新聞部の男子、そして赤木君と青木君の手によって目の前で着々と行なわれていた。
「ちょ、いったい?」
「やぁ、遅かったな冬咲君」
「ちょっと部長、こい・・・この二人はいったい?」
「あぁ、昨日竹田くんがな・・・」
「じゃじゃーん、新入部員歓迎の芋煮会でーす」
 部長に指された千代ちんが手を上げながらにこやかに言った。
「新入部員? 千代ちん何言ってるのよ、こいつらは・・・」
 あまりのできごとにわたしは千代ちんに詰め寄る。
「ん?冬咲君。こいつらって何のことだ?」
「え、あ・・・いや」
 そばにいた部長がけげんそうな顔をしてたずねてくる。
そうか、新聞部のみんなの前じゃ、あのときの話なんて出来るわけない。
「あ、いや、なんでもないです、あの、急な話だったからびっくりして・・・」
 わたしが部長へと言い訳しているうちに、千代ちんはすっと準備している面々の間へと混ざってしまった。
もう、千代ちんったら何考えてんのよ・・・
 追いかけて中に入ろうとは思うものの、あの二人と一緒の輪の中というのは気が進まない。
 いらだちをおさえながら、和気あいあいと芋煮会の準備をしている皆に目をやる。
 鍋の横でねぎを刻んでいるのはよりによって青木君だ。おおよそ二本分のななめに切ったねぎを、ぐらぐらと煮え立った鍋の中へと滑り込ませふたをする。その馴れた手つきを見て部長が、
「へぇ青木君、君はクッキング、料理が上手だねぇ」
 とほめる。すると、
「あ、いや・・・あの、い、いつもやってるから・・・」
 なんて、照れてどもりながら青木君が答える。
 ズ、ズ、ズズと何か重いものを引きずる音が聞こえる。
 見ると赤木君が大きな岩をこちらへと押してきている音だった。
「ちょっと何やってんのよ赤木君!」
 と、千代ちんがあわてて詰め寄る。
「・・・敷き物代わりにしようかと思って・・・」
「ばっかねー、鍋をそっちに持ってったほうが手っ取り早いでしょ、もどしてらっしゃい」
「ん」
 言われて赤木君はくるりと向き直り、元にあった場所へと向かって岩を押しはじめた。そのそばに吉田君が寄っていって驚きの表情で赤木君を見つめる。
「あ、赤木先輩すごいです。こんな重そうな岩を一人で動かせるなんて!」
「・・・い、いや、そんな、たいしたことじゃない・・・」
 その声は、心なしか今まで聞いた赤木君の声の中で一番上ずったものに聞こえた。
その様子をマイペースに写真を取っていた日下部君が、こっちへレンズを向ける。が、彼はシャッターを切る手を止めて、くちびるのはしに指をあてて、口角を上げるジェスチャーをしてみせた。笑えっていってんの? ほっといてよ! わたしは顔をそむけた。
「おっ、そろそろいいんじゃないか?」
部長の声に皆がいっせいに顔を向けた。
みんな笑顔で鍋の周りへと集まっていく。
・・・なによ・・・わたしだけむすっとしてるなんて居心地悪いじゃない・・・
わたしはなるべく自然にその輪の中へと混ざろうとした。
「はいじゃぼたんちゃん、みんなに渡して」
 千代ちんが芋煮の盛り付けられた発泡のどんぶりを手渡してくる。
「あたしぃ?」
「そうよ、ほらおなかへったから次々行くわよ」
「や、ちょ、ちょちょちょ・・・」
そういって千代ちんは次のどんぶりを差し出した。
「はい部長、はい日下部君、はい吉田君、はい・・・青木君と・・・赤木君」
 次々と差し出される芋煮のどんぶりをみんなに渡す。青木君と赤木君にも渡す。
「はい、じゃ次はお茶ね、ぼたんちゃんそっち側ついであげて」
 と、千代ちんが否応なく割り振ったのは青木君と赤木君の側だった。「何でわたしが?」とは言い出せない空気の中で、わたしは二人の顔を見ないようにしながら、紙コップにペットボトルのお茶を注いだ。
「じゃみんないきわたった? それじゃぁ青木君、赤木君ようこそ新聞部に!かんぱーい」
『かんぱーい!』
 千代ちんの音頭でみんなして紙コップをつき合わせた。
 みんなはさっそく芋煮へと箸をのばす。
「おー、なかなかいけるじゃないか青木君」
「あ、ホントだ、おいしいですよ青木先輩」
 部長と吉田君にほめられて青木君は照れくさそうにはにかんだ。
「へー、これが芋煮会の芋煮かー。おいしいねぼたんちゃん!」
 千代ちんがキラーパスを放つ。なるべくなら口をつけたくなかったのに、こんな振り方されたら・・・何よ、青木君の作った芋煮なんて・・・
「あ・・・ほいひー」
 つい口からおいしいの一言がこぼれおちた。
言ってから、しまった!と思って青木君を見る。
 青木君は真っ赤な顔をしてうつむいた。
 なぜだろう、むなしさ?敗北感?そんな感情がわたしの胸を風のように通り過ぎて行った。
「ところで青木君に赤木君、これから新聞部の活動をしてもらうわけだが、いま僕らが注目しているのが例の魔法少女だ、君らも知ってるだろう?」
「あ、ぃいゃ、その・・・はい」
 部長の問いに、こちらをチラ見しながら青木君が答える。
「ちなみにピンクと最近出てきた緑と、君らはどっち派だい?」
「部長!」
 あんまりな質問に大声をたててしまう。が、みんなの驚いた視線を一点に受け、
「あ・・・あんまり女子の前でそういう話はデリカシーがないんじゃないかなって・・・」
 と、尻すぼみ。
「まぁまぁ、ぼたんちゃんってば固いんだから、で、部長はどっち派なんですか?」
「やっぱピンクだな、うん」
 部長の答えに千代ちんの眉がひくりと上がる。
「・・・へぇ・・・大河原君は?」
「ピンク」
「・・・あぁ、そう・・・でも吉田君、緑もすごいわよねぇ、火ィとか出せるし・・・」
 そっけないながらもはっきりとした意思表示に胸を刺された千代ちんは、半ば誘導気味に吉田君へと問いかける。
「いやぁ、やっぱりピンクですかね、てか、緑なのに火属性っておかしくないですか?」
「・・・でも、ねぇ、色と属性ってそんなに重要かしら、ねぇ赤木君」
 マニアックな回答に存在意義を問われつつ、すがるように赤木君に問いかけるが。
「・・・ピオニィ・・」
 の答え。ちらりとわたしを見て、再び赤木君の顔を見る。
「・・・あ、うん、あんたはね、それでいいと思うわ。で」
「俺もピ・・・ピ・・・えと、あの、そのミレニィです・・・」
 青木君は千代ちんの迫力に言葉を翻しミレニイの名前を出したが、当の千代ちんはがっくりとうなだれてしまった。
「そ、そうそうミレニィかわいいじゃないですか、小柄だし、超ミニだし、その上巨乳ちゃんですよ、こう、ババーンと・・・」
 事実上の完全敗北に、落ち込む千代ちんをフォローするものの、
「なんだ、人にデリカシーがないって言う割には冬咲君の発言はずいぶん大胆じゃないか?」
 なんて笑われてしまう。
 そして、千代ちんの目は笑ってない、「勝者が敗者にかける言葉なんてないよ」とでも言いたげに冷ややかだ。
「しかし、ピオニィとかミレニィとかなかなか詳しいじゃないか君たち。そのくらい詳しかったらあの覆面の男も知ってるかい、赤木君」
「あ、ん、あぁ・・・」
「そうか、君は目の付け所が違うようだね」
 目の付け所も何も、「覆面の人」ご本人の答えに部長は満足そうだ。
「みんなあの魔法少女に目を奪われがちだが、もし覆面の彼がいなかったら彼女たちは大変なピンチにおちいっていたことが多々あるんだ。あのピオニィちゃんは結構抜けてるトコあるみたいだからなぁ・・・」
必死に戦っている人の気も知らないで、部長の話はとどまることを知らない。
「とにかくね、彼もまた高畠を守ってくれている立派なヒーローだと思うんだ。実は彼で特集記事を書いてみようと思っていてねぇ」
「あ、ああ・・・」
赤木君は部長の話に何度もうなずきながら、照れくさそうに頬を赤らめていた。
その後、小一時間ほど部長の独壇場が続いた。
なべをカラにすると、「記念写真だ」なんていって、日下部君のカメラでみんなそろって写真を撮ってその日はお開きとなった。



「どういうつもりなの・・・」
部長らと別れ、わたしと千代ちんシンハ、そして赤木君と青木君は彼らの家へと向かって自転車を押しながら歩いていた。
「青木君と赤木君は友達が欲しいんでしょ、だからみんなでお友達になったの」
 わたしの問いかけに千代ちんはさらりと答えた。
「ともだ・・・だって、この二人町をめちゃくちゃにしたのになんで?」
 すると、千代ちんはちょっと立ち止まって、さびしそうな顔をした。
「ぼたんちゃん、お友達がいない、一人ぼっちって言うのはホントにつらいの・・・わたし、転校ばっかりだったから、二人の気持ちすごくわかるんだ・・・」
「千代ちん・・・」
「低学年くらいの頃はまだいいのよ、すぐに仲良くなれるんだけどね、四年生の時だったかな、最初はものめずらしさでちやほやされるんだけどさ、クラスで一番のイケメンに色目使ったとか、わけのわからない因縁つけられてさ、女子から総スカン食らってね、無視されることが続いたの・・・」
「・・・・・・」
「五年のころは派閥争いみたいのに巻き込まれたりしてね、だから顔色伺って、でも卑屈になりすぎるとまたいじめられたり、六年のときは方言かなぁ・・・関西だったから今となってはネタだったのかもしれないけど・・・で、登校拒否したこともあったり・・・」
「そんな・・・」
「でもほら、転校多いから、毎年リセットリセットで気は楽だったわ。それに去年は中学デビューする子も多いでしょ、だからまぁ、それなりに友達もいたし、あの頃より楽っちゃ楽だったかなー」
 わたしが暗い顔をすると、千代ちんはそれを紛らわせるように明るく振舞う。しかし、言葉の端々からはそれが気丈に振舞っているのだというのが感じられた。
「だからね、羽山公園でこの二人の気持ちを聞いてから、わたしが助けてあげなくちゃ、って思ったの・・・」
「千代ちん・・・」
「そりゃ、今までのことはあるけどさ、二人ともやりすぎたって反省はしてるみたいだし、シンハのおかげで町の人もケガくらいですんでるし、それに警察とかに言っても相手にされないでしょ、こんな話・・・」
「・・・・・・」
「だったらココはひとつ、今までのことはみんなの胸の中にしまっておいて、二度とこんなことがおきないようにする。無力な中学生にはここらが落としどころじゃないかなぁ?」
「・・・そう・・・かもね」
確かにほかに方法はないかもしれない。それに、芋煮が出来上がったときに感じた妙に居心地が悪いっていう感じ・・・長い間千代ちんやこの二人は、ああいった、いやもっと嫌な空気の中で生きてきたんだと思うと、なんだかやるせなくなってきた。
「と、いうわけで、ちゃんと「もらうモノ」もらう約束はしたわよ、シンハ」
「本当ッハ?」
「あぁ、俺たちが持っている文殊を全部返すよ」
 ゴミ袋を手にした青木君が振り返って言った。
 シンハがかごの中から顔を出し、うれしそうに尻尾を振りながら、わたしと千代ちんの顔を交互に見る。
「これでもう高畠を襲う化け物は出ないわ。正直もうちょっとラクシュミーを体験してみたかったけどねぇ・・・ま、わたしは人気ないみたいだし・・・」
そう言って胸のあたりをなでながら、ジト目でわたしを見る千代ちん。どうやらさっきのコトを根に持ってるようだ。でもそうか、もう変身しなくていいんだな・・・それはそれでちょっとさみしいかもしれない・・・
「あとは今日の芋煮とジュース代もナ」
「何よ、そのくらいとーぜんじゃない、それは迷惑料よ安いもんでしょ」
「ふふん、そうだな、こんなに心から安らいだのは俺も赤木も初めてかもしれない・・・」
 青木君は立ち止まって天を仰いだ。そしてゴミ袋を下においてこちらへと向き直る。
「冬咲君、今まで本当にすまなかった。いくら謝っても謝りきれるものではないかもしれないが・・・なんとかこれから赤木ともども俺たちと付き合っていってはもらえないだろうか・・・」
 青木君は深々と頭を下げた。赤木君もあわてて抱えていた鍋を下ろし青木君にならう。
「・・・・・・ま、まぁ友達としてなら・・・ね・・・」
「あらぁ、友達でいましょうは振られたのと一緒よ、残念ね青木君」
「振られって、ちょっと! そういう流れの会話じゃないでしょ千代ちん!」
「ははは、振られるにしてもこんなうれしい振られ方があるか、なぁ赤木」
青木君は、赤木君と顔を見合わせて笑った。
そういえば、この二人が笑った顔を見るのは初めてかもしれない。
怖いとか、気持ちわるいとか、そんな風にみてたけど、この二人はこんな顔をして笑うんだ。
そんな二人を見ているうちに、なぜだか目頭が熱くなってしまった。

「さぁついたぞ、ちょっと待っててくれ、すぐ持ってくる」
 そういうと青木君は本当に人が住んでいるのだろうかと思うような家の中へと入っていった。
「結構大変そうなお宅なんじゃないの? 大丈夫? 芋煮のお金・・・」
「うーん、なんだか罪悪感を感じてきたわ・・・ね、青木君のご両親って何してる人なの?」
「ご両親?」
 千代ちんの問いかけに赤木君が首をかしげた。
「知らないの?友達なんでしょ?」
「あ、あぁ、すまない・・・」
 千代ちんの言葉に背中を丸くする赤木君。
そのリアクションから、なにか言いようのない違和感を覚えた。
そうこうしている間に家の中から巾着袋を手に青木君が現れた。
「さぁ、これで全部だもってってくれ!」
 さっそく地面へと広げてシンハが数を数え始めた。するとすぐに、
「おかしいっハ、ぜんぜん足りないッハ」
と首をかしげる。
「残り33個じゃないのか?」
 青木君が横から広げられた文珠を覗き込む。
「全部で108個になる計算だッハ。あと50個くらい無いと計算があわないッハ」
「そんな・・・家にあるのはこれで全部だぞ」
「このあいだ拾い忘れたんじゃない?流されちゃったとか?」
「そんなはずないッハ。全部拾ったはずだッハ」
わたしの問いかけに首を振るシンハ。
「ちなみにこないだの竜には何個文珠を使ったの?」
 千代ちんの質問に青木君はけげんそうな顔をする。
「それなんだが・・・あの晩俺たちが使った文珠は一個だけ。最初の黄色い竜の張りぼてに対してだけなんだ・・・」
「?」
「?」
 わたしたちは顔を見合わせる。
「じゃ、じゃぁ、あの青いほうの龍は何なのよ? 誰があんなことできるわけ?」
 千代ちんがしゃがみこんでシンハにたずねる。
「そんなのこっちが・・・」
 何かを思い出したかのようにシンハの言葉がとまる。
「なに? なんか思い出した?」
 わたしもシンハの前にしゃがみこむ。
と、そのとき、
「・・・うぁあぁぁあぁぁぁああぁぁぁぁああぁぁ・・・・・」
と、背後で青木君の絶叫が上がる。
その声に振り返ると青木君を光が・・・
まるでラクシュミーのトゥインクルファウンテンのような光が包み込んでいた。



光の元には一人の少女がいた。
年のころはわたしたちより少し上か?
擦り切れた丈の長い青白い着物姿。
長い髪の生えた頭には、猫の耳かと見まがうばかりの大きなリボンがついている。
そして右手からまばゆい光を放っていた。
「さすが文珠10個のダデーナー、浄化までには時間がかかる・・・」
「お、お前は岩井戸・・・」
 声を聞くなりシンハが驚いた声を上げた。
「知っているの?シンハ?」
「知っているも何も、彼女こそが最初のラクシュミーだッハ・・・」
「ラクシュミーが? 何で?」
「そんなことより早く青木君を助けなきゃ!」
 千代ちんが振り返りながら叫ぶ。
青木君は光の珠のようなものに閉じ込められ、悲鳴をあげ続けているのだ。
「そうだッハ」
 シンハが如意宝珠を取り出し、わたしたちに放ってよこす。
『オン・チンターマニ・ソワカ!』
 清らかな光に包まれ、わたしたちはラクシュミーへと変身した。
「ふん、こざかしい・・・」
岩井戸は左手で何かをバラリとまく。
すると、そこから奇妙な色をしたダデーナーが現れ、大型の犬のような形をとった。
6匹もいる!
「行け!」
 との、岩井戸の号令で6匹のダデーナーはわたしたちに襲い掛かってきた。
 正面から飛び掛ってきたダデーナーを、しゃがんでかわそうと思ったら低い位置へも飛び掛ってくる。とっさに横に転がると上空から降ってくるかのようにもう一匹が噛み付いてくる。何とかそいつを蹴りつけて、起き上がって間合いを取った。
とにかくいままでのものより動きが早い。
その上連続して襲い掛かってくるのでかわすだけでも精一杯だ。
「空へ!」
ミレニィが舞い上がる
するとダデーナーは次々に積み重なり、下から順に跳び上がった。
6段ロケットのように次々ジャンプを繰り返す。
そして、はるか上空のミレニィへとたどり着き、ミレニィの足へとガブリと噛み付いた。
「うそぉ!」
噛み付かれたミレニィはバランスを崩して地面へと落ちた。
わたしはすぐに駆け寄って、まだミレニィに噛み付いているダデーナーを蹴り飛ばすと、他のダデーナーが飛び掛ってこないようにトゥインクルロッドを出して牽制する。
ミレニィはかまれた足を押さえながら、つらそうな表情でうずくまっている。
そんな中を、青木君の悲痛な叫び声が響く。
「ぐおおおおおおおおおぉぉぉぉ・・・・・・」
「青木ー、 青木ー!」
赤木君が手を伸ばすが、青木君を包む光がまるでバリヤーのように、バチバチと火花を散らせながらその手を阻む。
「いやだー、消えるのはいやだ、これから楽しい日が続くと思ったのに・・・せっかく友達がたくさんできたのに・・・消えたくない!消えたくない!・・・赤木!・・・赤木ー!」
 青木君も助けを求めるように赤木君へと手を伸ばす。が、その手は届かない。
岩井戸がさらに文珠をばらまいた、さらに数体のダデーナーが召喚されてしまった。
「これ以上ここにいるのは危険だッハ、逃げるッハ!」
 シンハが叫ぶ。
「逃げるったってどこへ!?」
「いいからミレニィを連れて赤木の近くに行くッハ!」
 わたしはミレニィを抱えると、トゥインクルロッドでダデーナーを牽制しながら赤木君の元へと近づいた。
 シンハはぶつぶつとなにか呪文のようなものを唱えている。
「逃げるものか! 青木を置いてなど逃げるものか!」
 赤木君が大声で叫んだ。
 シンハの呪文の抑揚が激しくなってくる。
「赤木ー・・・赤木ー・・・・・・」
青木君の声が次第に小さくなっていく。心なしか顔が青ざめてきたように見える。
「青木!青木!」
 火花で手が焦げ付くのもかまわずに、必死で光の球を叩きながら赤木君は強く声をかけた。
 そんな中、シンハの体もまた別の色の光を放ち始めた。
「ピオニィ、赤木をしっかりつかむッハ」
 わたしは言われたとおりにミレニィを抱いた反対の腕で、赤木君の背中にしがみつく。
「離せ! 青木を残していけるものか! 青木! 青木――――――――・・・・・」
シンハから放たれた光がいっそう強くかがやく。
すると突然に、すべての光とすべての音が消えてしまった。



気がつくと、木立の中に立っていた。
「ここは?」
「大聖寺、亀岡文殊の裏手へテレポートで逃げてきたッハ」
 荒い息をつきながらシンハが答えた。
「おい青木は? 青木はどうした!?」
 ものすごい剣幕で赤木君がシンハにつかみかかる。
「いないぞ! 置いてきたのか!」
「く苦しいッハ」
「くそっ!」
 赤木君はシンハを放り投げると、木立の下草を掻き分け、ふもとへと向かって歩き出した。
「あ、赤木君どこへ行くの?」
「決まっている! 青木を助けに!」
 そういうと、振り返りもせずに駆け出した。
「待って!わたしも・・・」
 追いかけようとすると後ろで「ひぐっ」と痛みをこらえるような声がする。
「ミ、ミレニィ・・・さっきかまれたところ」
 見ると足首がパンパンに腫れていた。
「大丈夫、僕が治療するッハ」
言うとシンハが傷に手をかざす。暖かな光のおかげかミレニィの顔つきが少し和らいだ。
「シンハ・・・ミレニィのことお願い・・・わたしも行ってみる」
「待つッハピオニィ! 危ないッハ!」
「だって・・・ほっとけないじゃない!」
 シンハが引きとめようと叫ぶ、が、わたしの頭からはさっきの青木君と赤木君の必死のやり取りが離れなかった。
「待つッハぼたん! ぼたんーーーーー!」
 シンハの叫びを背中に受けながらわたしは赤木君の後を追った。

再び青木君たちの家に着いたときにはすべてが終わっていた。
青木君が光に包まれていたところには大きな水色の鬼の張りぼてがあり、赤木君はそれを抱きしめながら涙を流していた。
青鬼の張りぼてはボロボロに傷ついていたが、片手を挙げてにこやかな笑みをたたえていた。
途中で折れてしまった立て札には、広介童話の「泣いたあかおに」の一節が記されていた。
「ドコマデモ キミノ トモダチ」
その言葉が、まるで青木君の赤木君に対する最後のメッセージのように感じられ、胸が締め付けられるような気持ちになった。
でもなんであんな張りぼてに抱きついて泣いているの?
それにさっきの女の子、最初のラクシュミー? 文珠10個のダデーナー?・・・
いろいろな疑問の断片が、パズルのピースをはめ込んでいくように、ひとつの信じられないような結論を形作ろうと頭の中でくっつきだしていく。
ふいにキナ臭いにおいがする。
そちらに目をやると空間がゆがみ、シンハと千代ちんがテレポートしてきた。
千代ちんはまだ足を引きずっている。
「シンハ、説明して。いったいあれはどういうことなの? 彼女は何者なの?」
 わたしはシンハに問いかける。
 すると、シンハは苦しそうな表情を浮かべて、
「彼女は僕が生み出した最初のラクシュミー・・・妙多羅天岩井戸・・・おっかな橋の弥三郎婆だッハ・・・」
 と答えた。
第6話 了








おまけ 弥三郎婆
陸奥国安倍氏に仕える一本柳の武士「渡会弥太郎」
彼が若いとき鳩峰山で一人の天女に一目ぼれをする。これが岩井戸、後の弥三郎婆である。
二人は祝言を挙げ、弥三郎と言う子供が生まれる。
幸せなときもつかの間前九年の役で戦に駆り出された弥太郎はついには帰らぬ人となる。
弥三郎と岩井戸は落延び、いつか御家の再興を願いながら隠れ住む。
やがて弥三郎は土地の娘と結婚し、子供が生まれる。
後とりもできたので武者修行の旅に出て立派な侍になってやると旅に出る弥三郎。
しかし旅の途中一本柳に疫病がまん延し弥三郎の妻子も命を落としてしまう。
それを見取った岩井戸は気が狂い、ついには鬼婆弥三郎婆へと変貌をとげる。
弥三郎婆は御家再興の軍資金をためるべく、おっかな橋付近で狼を操って人々から金品を奪う追いはぎ家業をはじめた。
月日は流れ、立派な侍に成長した弥三郎は帰り道おっかな橋に差し掛かる。
おたがいに気がつかない二人、激しい戦いの末弥三郎は鬼婆の腕を切り落とした。
鬼婆の腕を手土産に家へとたどり着く弥三郎。
床に伏せる岩井戸はすべてを打ち明けると風に乗って越後の弥彦山へと逃げた。
その後反省した岩井戸は妙多羅天として祭られたという。