時節柄 忘年会帰りです。酔ってますよぉ。
でも
どうしても書きたいことがあったのです。
今日、後輩が話を聞いて欲しいと言ってきました。
中1の子どもさんの成績が自分で思っていたのとかけ離れていて心配だあ、
思っていた高校には全く手が届かない、どうしよう
近頃の行動もなんか社会的に許せる範囲を超えていてどうしたらいいのか
困っている
そんな話でした。
今までは、そうかそうか困ったねと、共感的に聞くだけだったのですが
今日は、ちょっと言いたくなりました。
あのね、ちょっと考えてみて
こういう考えもあるのよ
子どもさんが成績悪いと、あなた自身にどういう影響がある?
成績がわるくて困るのは子どもさんじゃないかな
あなたには影響が無いんじゃない
もしこの考えがすっーーと腑に落ちればあなた自身もラクになるかも
後輩は、きょとんとしてましたが
すぐに、そういわれればなんかそうだね、そう考えればラクになったよ
ありがとうと口にしていました。
お母さんと子どもさんは別の人間。
そうでなくて同一視していませんか?
これは、わたしメッセージを作るとき考えることなんですが
私たちって、自分自身に直接影響が無いことで悩んでいますよね。
わけて考えれば、本当にラクになりますよ。
なんかラクになった
2010.12.16:おやコミ研究所:[おやコミ通信]
わかりにくいなぁ
どう言うことをいっているのか、わかりにくいですね。
分けて考えるというのは
子どもが勉強をしないから成績が悪いこと=子どもの問題
親は、成績が悪いと、こういう影響があると解っているからなんとか成績をよくしたいから、勉強・勉強と言いたい=親の問題
その二つなんだとわけて考えることが出来れば、ラクなのではないかと言いたかったのです。
そう考えることができれば、子どもさんにかける言葉も自ずと違ってくるのだはないでしょうか。
でも、必ずこう考えるべき、というのではなく、
こういう考えもあるよ、という感じなので、
あくまで参考に。。。。です