卯の花姫物語 4-⑤ 「卯の花城」攻防戦

宮村卯ノ花姫の攻防戦
 時を移さず覚念を大将とした武忠が軍勢は,宮村卯ノ花城の大手前に鶴翼の備えに陣を張って,城中に向かって一斉にどっと闇の声をあげて戦いをいどんだ。(註昔鶴翼の備えにと云うたのは今の横隊のこと)城中ひっそりかえって応戦の気色きが更になかった。程もあらせず寄手からばらばらと城中目がけて射込んでやった矢には,矢文が結ばれておる矢ばかりであった。どれもどれも,降参勧告の文句ばかりの矢であったが其中に、たまに武忠自筆の姫に宛てたものや,覚念が手跡で桂江に宛てたものとが少々あった。いずれもいつもと同じで,降参して出て来れば命を助けた上に可愛がってやると云う一方の文句である。覚念が文句は姫を騙して納得させて連れ出して来れば莫大な御賞賜をくれた上に俺が妻にするからどうだと云うものであったと云う。
 それに対して,城中から射返してよこす矢文の文句は,いつもより一層の辛烈な文句であった。大恩を受けた古寺を打ち滅ぼした怨敵であるから,そんな者には尚更従わないと云う文句であったから,これには大忍坊も叶わなかった。
 一旦そうはしてやったものの,姫も我が身の前途をつくづくと考えて見た。他領へ脱出するのに都合のよい越後口を厳重に塞がれてしまった。天をかけ,地をくぐる術もない限りは,他領に脱出して京へ登る事は全然望みを絶たれてしまったと云うものである。こうなった上は潔く打死をして,せめて八幡殿が正室に成りおうせる事が叶わずに終わったにしても、彼殿が御籠愛を蒙った女性としての面目を全うしたい。由かりがあれば,此の土地が我が身の死に場所となったとすれば,せめて死んでも長く其地の守り神となりましょうと覚悟を極めたのであったのだ。
 其旨愛臣桂江にも語った上に、更に言葉をつづけて云うのには,どの道死んでしまう身の上としては,大恩を受けた御上人様を始め、古寺の一山悉くを打ち減した大忍坊覚念が打手の大将となって現在,目前に来て威張っておるとは憎みても尚余りある。,彼奴を打果たして恩人の無念晴らしをして武忠にひと泡ふかしてから死にたいものであると語った。聞いた桂江大いに喜んだ。桂江は御姫様へ,これ皆私の身から生じた事、彼奴を打ち果たす事望ましう御座います。それには如何にして打取らんものと二人で相談した。
2013.01.09:orada:[『卯の花姫物語』 第4巻 ]