卯の花姫物語 4-⑥ 卯ノ花城の引き揚げ

卯ノ花城の引き揚げ
 姫は更に言葉を続けて云うには、こりゃ桂江それには心配は無用である。彼奴を打ち果たすことなどは容易い事で,我が方針にあるから心配するには及ばない。が、其のあとに限り無く押寄せくる者に叶う可き道理はないのである。其時こそは潔く打死するばかりである。然しそれにしても慈の陣屋では防備が足りないからこそ引き払って,牙城に立て籠りて,寄手の軍勢が押し寄せるのを待ち受けるのだと云う。そして,或夜砂金で応募した心ききたる里人の応募兵が三人いてあったのに秘計を授けて、姫が同勢が夜に紛れて裏門から抜け出した。そして最後の牙城とした今の安倍ケ館山へと帰って行ったのを,覚念が軍勢が知らないでおったのである。
 処が中一日おいた晩の夜明け方に,突然城中からぼっと火の手が上がった。寄手の軍勢が驚いて出て見た時は,己でに城中一面に火が燃え広がって手の付けようがなかったのである。焼け落ちるのを待って這入って見た時は,己に城内に人っこ一人いなかったので,これまた二度たまげを三度したばかりでどうしようもなかったのである。
 流石の覚念もただただ呆気に取られたばっかりであったと云うことである。大忍坊が自分の計略が何一つならないでしまったばかりでなく,其上こんな出し抜けを食わされたような目にあわせられたので,心大いに焦らして忍びの者を放って探らせた。そして野川奥の牙城に立て籠った事がわかったので,総攻撃を以て一挙に打ち破って手捕りにせんとした。七月五日の早天に,宮村の屯営を百余人の軍勢で出発した。其のころの二百余の軍勢と云うても,百人くらいは今の輜重隊の様なもので,本当の戦闘部隊の歩兵の様なものは二百余人の内に百余人と云うのは当たり前のことであったのだ。
 一方,姫が方では先に秘計を授けて頼んできた里人の応募兵が注進によって早くも知ったので、兼ねて工築しておいた前衛の砦で,小勢乍らも決死の女軍を籠らせ措いて今や遅しと待ち構えておった。寄手の軍勢は野川の沢づたいに登って,愈々布谷沢の支流の処の前衛の少し下前の狭い谷間に魚鱗の備えのままで,一斉にどっ~と声を揚げて戦いをいどんだ。(注当時魚鱗の備えと云うたのは今の縦隊のこと)
2013.01.09:orada:[『卯の花姫物語』 第4巻 ]