「緑の里」
山は連なり 川は流れる 緑の里に 花は咲き 町には幸せが 優しく佇んでいる 郷土の詩人蒲生直英の詩集「四季流転」の巻頭の詩である。 彼は大正9年に現在の長井市川原沢に生まれ、教職にあって昭和28年に 第1詩集「連鎖の山」を刊行し、以来平成6年の「わが住む町」まで、 故郷の美しい自然と素朴な生活をこよなく愛し気負いなく自然体で 詠んだ5冊の詩集を世に出している。 その後、日本現代詩人会に所属し、山形新聞詩壇撰者をつとめ、 詩誌「焔」の同人で、「石笛」の主宰者として活躍された。 平成6年度設置。平成11年度修復。令和3年更新。(あやめ公園内) ![]() ![]() ![]() ...もっと詳しく |
当社は平安の昔、坂上田村麿将軍が蝦夷地征服の際、日本武尊の
御神徳を追尊して白鳥の杜をここに創建されたのが始まりと伝承さ れているものである。 鎌倉時代以降、長井・伊達・蒲生・上杉と歴代の領主の信仰厚く 下長井郷44か村の神社をここに合祭し、下長井郷総鎮守の杜として 総宮の社号を定めたものと伝えられる。当地の旧村名宮村はこの杜 に由来するもので特に「宮の明神参り」は江戸時代に最高の賑わい を呈したものであったという。 現在の御本殿は、名君上杉鷹山公ゆかりの官財を下賜せられ、郷民 のすべてが浄財を寄進して建立されたものである。 御宝物に木像男神像、木造観音立像外懸仏・鬼面・古鏡・獅子頭など 貴重な文化財を伝えている。 昭和59年度設置。平成26年度修復。 ![]() ![]() |
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最上川 にごり上げゆく 水波に
光するどく 暉らふしばしば
明治37年大石田町に生まれる。本業は米穀薪炭商。大正14年「アララギ」
に入会、歌風は感性豊かで重厚である。
昭和21年疎開中の師斎藤茂吉を大石田に迎え、茂吉の歌集「白き山」は
ここで生まれた。歌集「礫底」随筆「白き山と最上川」などを刊行し、斎藤
茂吉文化賞を受賞。
(平成5年度設置 平成19年10月に宮原から白つつじ公園内へ移設)