埼玉県に寄居というところがある。
JR八高線と東武東上線、秩父鉄道が交わる交通の要衝である。
ここの駅に近い商人宿に草鞋を脱いだのは、今から25年ほど前だろう。
私はそのころ大学生で、余裕のあるときは地質調査の助手というアルバイトをしていた。
バブル前夜で、埼玉の丘には多くのゴルフ場が作られた。多分その時の仕事もゴルフ場のボーリングだったと思う。
このボーリングというのは親方と助手の二人でやる仕事である。
地盤の安定したところを見つけるのが主な仕事だった。
基本的には8時開始17時終了である。
仕事が終わると、風呂に入り旅館の飯を食べる。
そうするともう何にもすることがありません。
で、その時の親方は囲碁が好きな方でした。私はできません、今も。
でも付き合わされて、一局テレビを見ながらやっていました。
多分12チャンネルの懐メロの番組だったと思います。
歌手はディック・ミネとか藤山一郎とか、二葉章子、渡辺はま子、宝とも子とかそういう方だったのでしょう。そして司会は玉置宏、その人でした。
「こいつ、歌手の提灯持ちばっかりして、鼻持ちならない野郎だと思ってたんだ。」親方は石を置きながら話し始めました。
「でも、あれは営業用でほんとは違ったんだな。こんなにいい司会ができる人なんだなぁ。」
なんとなく親方の言いたいことが分かりました。
多分「ロッテ歌のアルバム」での玉置宏と、今やっている先輩方をうまく立てる玉置宏を比べていたんだと思います。
最近の玉置さんはNHKで「落語名人寄席」という番組を担当し、一番自分のやりたかった「席亭」という仕事を楽しそうにやられていました。
その仕事でトラブルがあり、最後は干される形での最期でした。
ルール違反だったのは玉置さんの責任もあるでしょうが、なぜ彼から仕事を奪ってまで制裁しなければならなかったのか、私は疑問に思います。
また放送局の態度にも不満を覚えます。
流れるような、名文句の数々とともに向こうで昭和の名人たちと「歌謡ショウ」をやっていることでしょう。
名司会者、玉置宏さんのご冥福を心よりお祈りします。
なお明日、14日は都合により13:00からの開店となります。
何卒よろしくお願いします。
豆いち 店主敬白
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友達はいいもんだと一年生になったら
大学時代の学校の友人は余り多くはなかったと思います。
なぜかと言えば、バンドマンとの交流に重きを置いていたからです。
同じクラスの人間とは卒業旅行と称して北海道に行ったり、卒業後湯河原で遊んだりしましたが、今はどこにいるのかさえもわかりません。
バンドマンのほうは今も結構わかってますが。
唯一年賀状を出している大学時代の友人が2冊文庫本を送ってきてくれました。
田中ゼミというところで一緒だった友達です。
彼と私は誕生日も血液型も全く一緒なのです。占いなどを余り信用しない私としては、彼はどうしているのかなぁなどと時々思ったりもします。
彼は放送作家という荒波の中に大学時代から揉まれ続け、見事にやっているみたいです。
サザエさんとか、ねるとんとかQ様とかいろんなものを作り続けています。
15年ほど前でしょうか、いい仕事が決まったと言って、歌舞伎町の鮨屋のカウンターでごちになったこともありました。
で、昨日は友人と久しぶりにジャムセッションをやりました。
いつもは譜面に縛られての演奏ですが、その縛りから解放されて楽しい演奏になりました。酒も進みました。
で、「友達はいいもんだ」ということになります。
この歌は岩谷時子、今も健在のお時さんの詞に故三木たかしが曲をつけたものだそうです。
目と目でものがいえるんだ、というところが大好きです。
で、来年小学生予定の子供に「一年生になったら」をお風呂で唄ってやりました。
100人で食べたいな、富士山の上でおにぎりをというところが大好きで、息子も受けてました。100歳を迎えた詩翁まどみちお、曲は大きいことはいいことだの故山本直純、この人の評価は低いと感じがします、残念ですね。
おかあさんといっしょを見ていると、時々名前を見ます。TVで曲が流れたら、作詞・作曲のクレジットはほしいですね。昔は編曲も出てました。馬飼野康二が異常に多かった時代ですが。
で、「友達はいいもんだ」と「一年生になったら」はちょっと似ている気がして、自身好きな曲なのです。
元気になれます。曲を聴いて、唄って元気になれるのはいいもんです。
なぜかと言えば、バンドマンとの交流に重きを置いていたからです。
同じクラスの人間とは卒業旅行と称して北海道に行ったり、卒業後湯河原で遊んだりしましたが、今はどこにいるのかさえもわかりません。
バンドマンのほうは今も結構わかってますが。
唯一年賀状を出している大学時代の友人が2冊文庫本を送ってきてくれました。
田中ゼミというところで一緒だった友達です。
彼と私は誕生日も血液型も全く一緒なのです。占いなどを余り信用しない私としては、彼はどうしているのかなぁなどと時々思ったりもします。
彼は放送作家という荒波の中に大学時代から揉まれ続け、見事にやっているみたいです。
サザエさんとか、ねるとんとかQ様とかいろんなものを作り続けています。
15年ほど前でしょうか、いい仕事が決まったと言って、歌舞伎町の鮨屋のカウンターでごちになったこともありました。
で、昨日は友人と久しぶりにジャムセッションをやりました。
いつもは譜面に縛られての演奏ですが、その縛りから解放されて楽しい演奏になりました。酒も進みました。
で、「友達はいいもんだ」ということになります。
この歌は岩谷時子、今も健在のお時さんの詞に故三木たかしが曲をつけたものだそうです。
目と目でものがいえるんだ、というところが大好きです。
で、来年小学生予定の子供に「一年生になったら」をお風呂で唄ってやりました。
100人で食べたいな、富士山の上でおにぎりをというところが大好きで、息子も受けてました。100歳を迎えた詩翁まどみちお、曲は大きいことはいいことだの故山本直純、この人の評価は低いと感じがします、残念ですね。
おかあさんといっしょを見ていると、時々名前を見ます。TVで曲が流れたら、作詞・作曲のクレジットはほしいですね。昔は編曲も出てました。馬飼野康二が異常に多かった時代ですが。
で、「友達はいいもんだ」と「一年生になったら」はちょっと似ている気がして、自身好きな曲なのです。
元気になれます。曲を聴いて、唄って元気になれるのはいいもんです。
上杉祭と書いて
うえすぎさい、と読むそうです。
以前勤めていた会社の女子がチラシを持ってきてくれました。本人もDJで一瞬だけ参加するそうです。
2010.1.29FRI @live A_R_B
【guset DJ】 BAANEMAN,SUNNY-K,DJ bob
【guest sound】 feeling highest,tricxta
【host sound】 amitabha sound,giapone chimaera red Stripe
open 20:00/ start 20:30
DOOR Man 1500 Lady 500
レゲエとかスカとからしいのです。
いかがでしょうか。
以前勤めていた会社の女子がチラシを持ってきてくれました。本人もDJで一瞬だけ参加するそうです。
2010.1.29FRI @live A_R_B
【guset DJ】 BAANEMAN,SUNNY-K,DJ bob
【guest sound】 feeling highest,tricxta
【host sound】 amitabha sound,giapone chimaera red Stripe
open 20:00/ start 20:30
DOOR Man 1500 Lady 500
レゲエとかスカとからしいのです。
いかがでしょうか。
今年のスターダスターズは、、
2月14日に開催される川西町の「東北学生音楽祭」の出演が決定しました。
ここを覗いている当バンド諸君、宜しくお願いします。私の出演はまだ未定です。
紅白はともあれ、今朝のNET「心に残る・・・・ニッポンの歌5時間スペシャル」の冒頭だけ一寸チェックしたのですが、春日八郎と村田英夫のバックバンドはいったい何だったのでしょう。どう見ても殆んど外人でした。
多分ブラジル公演とかだと思うのですが、、、うちのかみさんはどうみてもこのサウンドは日本人だろうといっていましたが、つぶさに見るとどう見ても外人が多すぎます、カルロス的な。
しかも三味線の音締が、いつもよりかなり甘い感じがします。
そういえば、紅白のニュー・ブリードは今年はスタジオでもちゃんとみんなクロタキで登場しましたね。
昨年普段着で映像に映ってしまい、原さんががっちりクレームを出したっつう話です。
で、豆いちですが、1日2日はお休みしまして、3日(日)4日(月)初売りを開催いたします。
御得感のある内容で皆様に御奉仕いたします。是非お誘いあわせのうえ、ご来場くださいますようお願い申し上げます。
尚臨時駐車場は、豆いちから北へ30メートル、前山輪店様北側下山㈱の駐車場をお借りしました。何卒宜しくお願いします。
ここを覗いている当バンド諸君、宜しくお願いします。私の出演はまだ未定です。
紅白はともあれ、今朝のNET「心に残る・・・・ニッポンの歌5時間スペシャル」の冒頭だけ一寸チェックしたのですが、春日八郎と村田英夫のバックバンドはいったい何だったのでしょう。どう見ても殆んど外人でした。
多分ブラジル公演とかだと思うのですが、、、うちのかみさんはどうみてもこのサウンドは日本人だろうといっていましたが、つぶさに見るとどう見ても外人が多すぎます、カルロス的な。
しかも三味線の音締が、いつもよりかなり甘い感じがします。
そういえば、紅白のニュー・ブリードは今年はスタジオでもちゃんとみんなクロタキで登場しましたね。
昨年普段着で映像に映ってしまい、原さんががっちりクレームを出したっつう話です。
で、豆いちですが、1日2日はお休みしまして、3日(日)4日(月)初売りを開催いたします。
御得感のある内容で皆様に御奉仕いたします。是非お誘いあわせのうえ、ご来場くださいますようお願い申し上げます。
尚臨時駐車場は、豆いちから北へ30メートル、前山輪店様北側下山㈱の駐車場をお借りしました。何卒宜しくお願いします。
借金取りがもし来たら。
29日が休みだったので、あらかたの振込みは済ましてしまいました。
昔、といっても戦後も付けで買うことはさほど珍しいことではなく、うちも商売をしていたので「通い帳」がずらっとぶら下げてありました。
B6ほどの大きさの帳面で表紙に「通」のじが筆で大きく書いてあるあれです、といっても分かる人にしか通じませんねぇ。
現在もある「東部食堂」というラーメン屋も付けで食べて、晦日払いだったんですねぇー。亡くなったじいちゃんは冬はいつも鍋焼きでした。
大晦日になるとやはり「芝浜」が思い浮かびます。
先代三木助というか、当代は死んじゃったのでその死んじゃった人の親父さんの三木助、が練りに練った噺です。
最近談志師匠が病欠しているNHKラジオの「新・話の泉」で山藤章二氏が
「談志師匠のファンではあるが、芝浜はいかん」といっていました。
それでyou-tubeで確認しましたが、、、なるほど、、、。
志ん朝、小三治、円楽みなさん盛んにやってますし、多分ラジオとかで聞いているはずなのですが、印象にないんです。
死んじゃった三木助のおやじさんを凌駕していないの感が否めません。
そういうのよりも年の暮れには「掛取り」というおめでたくも馬鹿馬鹿しい噺がいいんじゃないでしょうか。
頭の回る八五郎がそこにいて、アシストするかみさんも非常に機動力のあるスピーディーな噺です。
貧乏の棒も次第に長くなり 振り回されぬ年の暮れかな
貧乏をすれどこの家(や)に風情あり 質の流れに借金の山
私の持ってるのは文治になった桂伸治の古い鈴本演芸場のライブで、音は悪いが和やかな年の暮れが伝わってきます。
NHKの「昼のプレゼント」で人間国宝桂米朝師匠がこの噺をやったことがあり、相撲好きの人に力士尽くしで借金の断りをする場面があるのですが、かなりベタなんです。
その中に「あたしもねー」というところに「安達もねぇー」という日大山形出身の柏戸の弟子が出てきたことがありました。
その彼は1978年には蔵王錦というさくらんぼの新品種のような名前になっているので、幕内に上がって2年ぐらい(多分その噺に十両以下は出てこないと思うので)の間の、76年か77年の年末のことと思われます。
大阪の方は「掛取り万歳」といって最後に三河万歳の真似事が出てきて、それまた賑やかな感じがします。
やっぱり薄汚れた演芸場の隅っこで、ワンカップを隠しながらちびちび飲りたいと思う、年の暮れかな、ですな。
昔、といっても戦後も付けで買うことはさほど珍しいことではなく、うちも商売をしていたので「通い帳」がずらっとぶら下げてありました。
B6ほどの大きさの帳面で表紙に「通」のじが筆で大きく書いてあるあれです、といっても分かる人にしか通じませんねぇ。
現在もある「東部食堂」というラーメン屋も付けで食べて、晦日払いだったんですねぇー。亡くなったじいちゃんは冬はいつも鍋焼きでした。
大晦日になるとやはり「芝浜」が思い浮かびます。
先代三木助というか、当代は死んじゃったのでその死んじゃった人の親父さんの三木助、が練りに練った噺です。
最近談志師匠が病欠しているNHKラジオの「新・話の泉」で山藤章二氏が
「談志師匠のファンではあるが、芝浜はいかん」といっていました。
それでyou-tubeで確認しましたが、、、なるほど、、、。
志ん朝、小三治、円楽みなさん盛んにやってますし、多分ラジオとかで聞いているはずなのですが、印象にないんです。
死んじゃった三木助のおやじさんを凌駕していないの感が否めません。
そういうのよりも年の暮れには「掛取り」というおめでたくも馬鹿馬鹿しい噺がいいんじゃないでしょうか。
頭の回る八五郎がそこにいて、アシストするかみさんも非常に機動力のあるスピーディーな噺です。
貧乏の棒も次第に長くなり 振り回されぬ年の暮れかな
貧乏をすれどこの家(や)に風情あり 質の流れに借金の山
私の持ってるのは文治になった桂伸治の古い鈴本演芸場のライブで、音は悪いが和やかな年の暮れが伝わってきます。
NHKの「昼のプレゼント」で人間国宝桂米朝師匠がこの噺をやったことがあり、相撲好きの人に力士尽くしで借金の断りをする場面があるのですが、かなりベタなんです。
その中に「あたしもねー」というところに「安達もねぇー」という日大山形出身の柏戸の弟子が出てきたことがありました。
その彼は1978年には蔵王錦というさくらんぼの新品種のような名前になっているので、幕内に上がって2年ぐらい(多分その噺に十両以下は出てこないと思うので)の間の、76年か77年の年末のことと思われます。
大阪の方は「掛取り万歳」といって最後に三河万歳の真似事が出てきて、それまた賑やかな感じがします。
やっぱり薄汚れた演芸場の隅っこで、ワンカップを隠しながらちびちび飲りたいと思う、年の暮れかな、ですな。