戦争と黒砂

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戦後60数年、第2次世界大戦のことを知る人も少なくなりました。

千葉市は、太平洋戦争の末期、昭和20年6月10日と7月6.7日、2回の空襲を受け多大な被害にあいました。
千葉市の発行する「千葉空襲写真集」に詳しく記載されていますが、黒砂のことはどこにも記載されていません。
黒砂の資料収集の過程で、黒砂も7月7日の七夕空襲の折に、国道14号から旧黒砂公民館にいたる通称「宿どうり」といわれた黒砂本村の大部分が消失したことを知りました。

ここに改めて記録に残すべく調査を進めています。
2006.07.20:kurosuna:[今年度の活動予定]

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