大なり、小なり
朝っぱらから、青い空気は清々しく、 オイラの放射能に毒された身体に行き渡る。 まあ、ちっとはそんな影響もあろうと思うのであるが、当地の放射線は、当局の発表に頼れば、人体に影響はない。と言う事である。 そんな事はどうでも良い事なのである。 出さないと言って、出してしまった安全という神話の崩壊であるから、 その、濃度は関係なく、その所業をなした人間の、人間性を追求しなければ、安全など絵に描いた餅である。 安全な原発、そんなものはあり得ない。 俺の知識の中では存在しえない。 しかし、そう言うのなら、聞いてやろう。 馬鹿に刃物・・・・ 国家・国益・私利私欲に原発・・・・ 似ているね、その構造は。 原発が安全かどうかが問題ではない。(いや、重要な問題なのであるが) それを扱う人間に問題がある。 刃物や鉄砲を持った人間や道具が全て危険な訳ではない。 その使用に危険かそうでないかの境界があるのである。 減反の草刈りをした。 高価な大人のおもちゃでの所業。 オイラは、言うよりも行動する派である。 減反をどうにかしなきゃならんと、議会でほざく前に、自分で指し示したらいかがだろうか。 害獣が農産物を害するにあたり、その里山の管理は・・・、と言う前に、自分の土地を管理し、地区にその実情を指し示したら如何であろうか。 農業後継者は・・・と、町長に質問するならば、まずは自分の子息にその道を指示すべきではなかろうか。 国会であろうが県議会であろうが、地方議会であろうが、言葉の大切さは否定しないが、当事者であろうと願う議員が、行動を伴わないその言葉のみにおいて自己を主張するならば、現実から乖離している戯言と、他が想い感じる事を無下に否定し排除すべきではない。 大であれ、小であれ、民衆の意見に耳を貸し、そしてそれを日の当たる場所で討議するが代表制民主主義であろうが。 なんとも、この小さな町であれ、議員個人の自己満足に終始しているのではあるまいかと、いささかに憤慨致すのである。 だいたい、プロの専業農家の田んぼより、町議会議員の田んぼの畦畔のみが常にきれいに草刈されているなど、それは、その職が暇な証拠である。 或いは、町の予算を自分の農業に費やす証拠でもあろう。 この時間を、方々の聞き取りや実践に生かし、町を方向付けするのが、彼等の仕事であろうに・・・、 まあ、そんなお粗末な議員の数は少ないとは思うのであるが・・・・・・・。 難しい小面倒な戯言を述べたのであるが・・・。 タチシオデを少しばかり収穫して参った。 ほんの数本。 オッカァがつくるパスタに乗っけての昼食である。 そりゃぁ、旨い。 肥りそうである。 そして、スイスビクトリノックスのナイフ。 缶切り部分が、このように使用すると、オレンジの皮剥きに適している、などという使用説明をご存じだろうか。 俺は、切り刃の方を使った方が、よっぽどスマートだし綺麗な仕事が出来るから、効率的であると思うのだが・・・。 手がでかくて、やや不器用な方もあろう世界では、そんな使い方もあるらしい。
2011.06.15