大雨。
稲刈りを控えた田んぼは冠水し、
これではしばらく稲刈りはできない。
写真は、増水により近所の水田に水がなだれ込んでいる様子である。
おもしろい事が起こっている。
眺めていると、人の大きさや配慮の浅い深いなど観察できる。
我が家の、俺の書斎の窓の外には、用水路の分岐がある。
昨夜来の大雨に、用水の水は溢れそうである。
朝から、数人の人が入れ替わり立ち代わり水路を止めていく。
こっちを止めれば、しばらくしてほかの人がこっちを開放して反対を止めていく。
そして、それを繰りかえすのである。
人によってはぴっちりと完全に止める人。
半々に調整する人などである。
片方をぴっちり止めれば、反対の水路は溢れる。
我が水田に一滴の水も入れまいと合戦のごとき風景。
これが、水田に水が必要な時は、全くこの逆の現象が起きている。
これもやはり、ぴっちりと止める人や、下流のほかに使う人に配慮してゆるく止める人などいる。
本来、大雨などによる水路管理は、大元の取水口は止め、下流の水路を開放し、
分散させ被害を防ぐのがセオリーである。
社会的責任を負う「おとな」にあってはこれを敢行すべき配慮と知恵が必要である。
すべてに小被害をもって大被害を軽減するなり避けるなりの考え方が、地域的な知恵であり教えではないのだろうか。
我田引水とは他を考えず我がままに利を得ることの例えであるが。
それにしても、古狸のような連中が、全てにおいて地域を牛耳り、我を通すのでは地域の先は和を持つどころか崩壊に向かうのである。
高齢者が多く住む限界集落に向かい、崩壊するどころか、他を顧みず自我を通すことにより、より早く地域の崩壊につながるのではないか、と愚推する。
水田地域であるから、水路のあり方などについては、高原の畑農家出身のわたくし以上に神経質で、組織立ち、約束事が多く、しっかりした管理ができているのでは、と思うところであるが、大雨や渇水のたび、我田引水を目撃することになるのである。
まあ、こんな連中ばかりではなく、いい人も沢山いて、水路についても自分のことを置いてでも奔走してくれる御仁もおられるのだが、
こんな方はやはり物静かな方が多く、我田引水系が言が強い傾向にあるから、世の中とは不条理なものであると思いたくもなる。
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