ゆすらうめ

  • ゆすらうめ
小さな、サクランボみたいな実がなる、ゆすらうめが、好きである。

ちょこっとばかし、青臭くて、野生というか、古い時代の果物みたいで、
幼少時代を思い起こさせる味である。

信州の我が家では「小梅糖」「こうめぃとう」と言っていた。
なんだか、どこかの政党みたいな名前で呼んでいたものであるが、
正式な名前が分からず、苗木の購入が出来ないでいた。

家を建て、2~3年後、ホームセンターで、見覚えのある葉っぱの苗木を見つけ、
ああ、これこれ、ゆすらうめって言うんだぁ~

と、三十数年前の記憶を辿ったのである。
よく忘れずに、その葉を記憶していたものだと、我ながら感心であった。



ここ数日、赤みを増してきた。
まだ、食えないなぁと

しかし、何だか実が少ないような・・・

木の下には、鳥がつっついて、ただ落としただけの実がたくさん。
サクランボとでも思ったのか、うまくないのでチョコリとくちばしを立て、もいでは落としを繰り返すのだ。

まったく、馬鹿な奴らだ。
鳥ってのはこれだから困る。

ブドウでも、何でも、つつくのはいい。
その、ひと房、一個で腹いっぱいになって満足してくれるなら良いのだが、
なにせあの身体。
脳の容量が小さく、馬鹿であるから、被害が拡大するのである。

おまけに、集団行動したりするから、なおひどい。
馬鹿の集団である。

烏合の集とは言うが、カラスなんか頭がいいから、その仕事はそれなりのものである。

スズメ、ムクドリ系統はいけませんなぁ~

なんだか、鳥にやられてばかりの 本年であるなぁ~(~_~;)
2010.06.24:kuma仙人:[喰いモノ]

ゆすらうめ

初めて見た、聞いたゆすらうめ。

最近、お年寄りの方が、今は、くわごも、すかなも、ぐみなんかも食べなくなったなぁ…と。
私は、ぐみくらいしか分からないかも…。
もう昔と違って、ないのか、あっても食べないのか問うと、今は食べる物があるからと…。

便利な世の中で、お金さえあれば、なんでも買える。いいのか、悪いのか?

今の子供たちは、野菜や果物が、いつが旬なのかも分からない、かわいそうな気もする。
私もそのうちの一人だったりして…。

2010.06.24:ダッフィー:[編集/削除]

ダッフィー さま・・或いはこれを見る方々へ

ぐみも、くわ すかな  も、そのほか、イタドリやなどの、植物・・・。岩魚やヤマメ、カジカなどの魚。ウサギやニワトリ或いはカモシカやクマなどの肉類。


お金で買えるものは数多いが、お金で買えない、失いつつある大切な経験は、それ以上の重みと質と数を控えている。

私たちは、意識しなければそれらを残せない。

まるで、俺たちは受けるばかりの世代であるのではないかいな、と、豊満な時代に溺れていたのかしら、などと歴史を断絶する時代に存在してしまったのかと思っていたのではあるが、
実のところ、わずかに残る古代からの知恵や技を破壊しちまい、後世に伝える術を持たないのは、ちょこっとばかし俺たちより上の世代、段階世代だったのではあるまいか??。


厳しく、辛辣を許しを請いながら語れば・・・・。

段階世代の方々よ、あなた方が全てを手放し・・・
全てを受け入れず・・・今、この世代を導き主導してしまったのではないかしら・・・・・と。

きっと、あなた(ダッフィーさま))や、私たちが、
ぐみや、桑の実、山ブドウなんかを忘れちまったのは、
あなたや、わたし達の未発達や無能がもたらしたものではないのであろう。


僭越ながら、語らせて頂こう。

このブログを知り、尚且つ、私という人間を知るならば。
そして、かかわりを持てる距離にいるならば、
あなたには、忘れ得るものを、あなたの心に留めておく切っ掛けや、或いは忘れ去るものを、忘れ得ず維持できる存在として、
あなたは、私を利用してよいのである。

そして、私はその存在として、ここに在るのである。

お互いは、関係し合いその社会を築くのである。

あなたには、私が必要で、私にはあなたが必要なのである。

それが、自然であり、
きっと、わたしとあなた。

私と、another は、
同じ時を同じく生きる存在として、影響しあうのである。


2010.06.24:くまっち=仙人志向:[編集/削除]

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