岩波書店辞典編集部:編 (岩波新書 2002年1月18日発行)
人と話をしている時、何気なく「ことわざ」を使ったりすることがある。
職業柄、法話などというほどでもないのだけれど、小咄的なお話しをすることが、時々あったりして、そんな時も。
先の、日常での会話の中では「五十歩百歩」というのはひょっと使いますね。
もっと品わるく言う時は「目くそ鼻くそを笑う」を略して「目くそ鼻くそ」とうような意味で、たいして変わり映えしないものを比べて優劣つけることを揶揄する感じになります。
「豚に真珠」とか「馬の耳ん念仏」とか「猫に小判」というのもありますね。
これはそう頻繁には使いませんが、使い方や場所を弁えぬと、とんだ失敗に終わりますの注意しなければなりません。
後者の方でいえば「袖振り合うも他生の縁」というのがある。
これは、今生きているこの時だけでなく、生まれ変わる過去か未来のどこかの命の中で縁があって、こうして巡り合うことができる。というような意味で、仏教的な死生観があるわけです。
縁がなかった、という言い方もよく聞かれますね。
ことわざではありませんが、努力が必ずしも報われるとは限らない、そんなことを原因が自分の手の届かない領域もあるという諦観も必要な時があるように感じます。
最後はこれ。
「好きこそものの上手なれ」
趣味であれ仕事であれ、好きで続けていくことこそ、上達の道だというわけですね。
本が好きで、その感想を書き続けていれば、文章もうまく表現できるようになるのではなかろうかと続けているのではありますがね・・・。
「下手の横好き」ということわざもちゃんと用意されていたりするのですよ。
ことわざの面白さはこういったとこにあるのかもしれない。
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