体調不良を引き起こす「香害」

  • 体調不良を引き起こす「香害」
週刊朝日の2月2日号に、興味深い記事が掲載されていましたので、引用させていただきます。


巷では香りつきの洗剤や柔軟剤などが好まれ、“香りブーム”が続く一方で、他人の「香り」を不快に思う人がいる。さらには、この前までいい香りだと愛用していたのに、体調が悪くなるのでもう使えない、といった訴えも。においに関するトラブル“香害”の背景を探った。

「他人の柔軟剤の香りで息ができなくなった」「駅のホームで制汗剤を使われて、めまいがした」……。

 昨年7月と8月に行われたにおいのトラブルに関する電話相談「香害110番」。NPO法人日本消費者連盟が実施し、相談件数は2日間で65件、メールやファクスを含めると213件に及んだ。反響の大きさに同連盟の杉浦陽子さんは、こう話す。

「あの2日間は電話がずっと鳴りっぱなしでした。涙ながらにつらい気持ちを話される方もいて、事の深刻さを改めて実感しました」

 今回の相談で、もっとも多かった“苦情”が、「洗濯物の香り」だ。

「洗濯物を干したときに漂う洗剤や柔軟剤の香りです。『隣人の洗濯物の香りで息苦しくなる』『くしゃみ、頭痛、吐き気で窓が開けられない』といった相談がありました」(杉浦さん)

 柔軟剤は本来、洗濯物の洗い上がりをよくしたり、静電気を防いだりするために用いられてきたものだ。だが、その後、消臭機能が加わり、さらに独特の強い香りを放つ外国製品が一部で人気となったことから、香りづけにも重きが置かれるようになった。こうした製品の売り上げは好調で、業界団体の日本石鹸洗剤工業会の製品販売統計によると、2016年の柔軟剤の販売量は前年比119%、36万5千トンにのぼる。

 香りブームについて、においと心理の関係を研究する東北大学大学院文学研究科教授の坂井信之さんは、

「体臭を個性として捉え、香水をつけることで自己主張をしてきた西洋と違い、日本では近代以降、香りを身につける文化はほとんどありませんでした。むしろ集団の和を重んじる文化のため、個性を消すために、体臭を含む強いにおいは敬遠されていたのです」

 とした上で、個性を主張しすぎない洗剤や柔軟剤の香りは、没個性の日本人にも違和感なく受け入れられ、急速に普及していったのではないかと分析する。

 その一方で、最近では香りの行き過ぎが問題にも。例えば、無添加石けんを製造販売するシャボン玉石けんが、17年8月に香りに関する意識調査(対象者は20~60代の男女約600人)の結果を発表。回答者の約半数が「人工的な香りをかいで、頭痛・めまい・吐き気などの体調不良を起こした」、約8割が「他人のニオイ(香水や柔軟剤、シャンプーなど)で不快に感じた」と回答した。

「あくまでも“他人のにおい”という前提になりますが、不快に感じる、体調不良を起こす人が非常に多いと感じました。人工的な香りは本当に必要なのか、一度、考えてみる必要があるでしょう」(同社マーケティング部・富村達也さん)

 こうした香害の背景の一つに、必要以上に強いにおいを放つ人たちの存在がある。自分では適度と思った香りが周囲には迷惑になるケースだ。とくに同じ香りばかり使っている人は要注意。そのにおいに慣れ、感じなくなるからだ。環境生命医学が専門の東海大学医学部長の坂部貢さんが説明する。

「同じ刺激をずっと受けていると、その物質に対する感受性が低下してきます。これは一種の“ダウンレギュレーション”といえ、その結果、より強い刺激、より強いにおいを求めるようになってしまうのです」

 坂部さんによると、哺乳類をはじめ多くの生物は、種の違いをにおいの違いで察知している。だが、このダウンレギュレーションゆえに強い香りをつけるようになり、他人を不快にする香害が生じてしまうのだ。


「香害110番」の様子(杉浦さん提供)© dot. 「香害110番」の様子(杉浦さん提供)
 では、こうした香害を予防するにはどうしたらいいか。前出の坂井さんはこうアドバイスする。

「“いくつかの香りを使い分ける”“柔軟剤などであれば、自身の感覚に頼らずに使用量を守る”といったことが大切です」

 実際、柔軟剤などでは使用量が増えるほど、周囲が感じる香りも強くなることが実証されている。香り成分がより多く衣類に残留するためだ。日本石鹸洗剤工業会も、ウェブサイトで使用量の目安を守ることを通知している。

 香害はときに健康被害をもたらすことさえある。香料などの化学物質によって起こる健康被害「化学物質過敏症」だ。09年に病名登録された比較的新しい病気で、冒頭の香害110番では、相談の半数は化学物質過敏症の診断を受けていた。

「香りは好みの問題といわれますが、化学物質過敏症に関してはそういったレベルの問題ではない」

 と杉浦さんは言う。

 香りつき洗剤や柔軟剤の普及で、化学物質過敏症の疑いのある人が増えていると感じているのが、北海道で化学物質過敏症の診療を行う渡辺一彦さん(渡辺一彦小児科医院院長)だ。「1990年代後半のシックハウス症候群以来の患者数」と話す。

「4~5年ほど前まで新患は月に1~2人でしたが、香りブームが始まってからは週に1人以上は新患が来ています」(渡辺さん)

 患者を支援するNPO法人化学物質過敏症支援センター事務局長の広田しのぶさんは、「突然発症するというよりも、気がついたら症状が出ていたという例が多い」と話す。

「生活のなかで、体内に少しずつ化学物質が蓄積し、コップの水があふれるように、その人の限界値を超えると発症する。そのきっかけが、自分や他人がつけている香りであることが少なくないのです」(広田さん)

 主な症状には、皮膚のヒリヒリ感や皮膚炎、目がチカチカする、せき込みや鼻水、くしゃみが止まらないなどの「皮膚粘膜症状」と、頭痛やめまい、動悸、疲労感などの「精神神経症状」がある。進行すると、集中力や記憶力の低下などもみられる。また、一度発症すると、反応する化学物質の種類が広がり、より低濃度でも症状が起こり始める。化学物質過敏症の研究者でもある坂部さん(前出)は言う。

「この病気は、脳の一部である嗅神経が化学物質にさらされることがきっかけで起こる脳の機能障害。香料が批判の対象になりがちですが、無香料でも化学物質が使われていれば、症状は現れます」

 杉浦さんも「化学物質の総量が減らないと、解決しない問題」と訴える。

 治療には健康保険は使えるが、環境改善や症状を抑える対症療法以外に方法がない上、この病気を診られる医師も少ない。うつ状態や不安などを訴え、ドクターショッピングを繰り返した揚げ句、精神疾患と誤診される患者さんも多い。

「周囲の無関心、無協力も患者を苦しめている」(渡辺さん)とも。換気の良い場所に席替えする、柔軟剤の使用を控えるといった配慮や協力があるだけでも、ラクになることがある。だが、職場でそうした希望がかなわず、退職を余儀なくされるケースもある。広田さんは訴える。

「たばこを吸わない方は、“少し前に誰かがたばこを吸った”ことが残り香でわかりますよね。同様に化学物質過敏症の患者さんは一般の人にはわからない化学物質を感じ、その刺激で症状が出てしまうんです」

 迷惑になるだけでなく、健康へも影響を及ぼしかねない香害。いま一度、においとの付き合い方を見直すべきなのかもしれない。
2018.03.11:daito-team:[コンテンツ]

この記事へのコメントはこちら

以下のフォームよりコメントを投稿下さい。
※このコメントを編集・削除するためのパスワードです。
※半角英数字4文字で入力して下さい。記号は使用できません。