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変わりゆく学生の特徴とキャリア支援のポイント

 現代学生気質の詳細な分析結果説明と、若者(学生)へのキャリア開発の必要性と方法について、菊池信一氏(日本工業大学教授・キャリア講座担当)の講演を受講したので、その内容を報告する。

 今どきの大学生気質分析について、次の8つの特徴が各大学生に存在している。①本当は寂しくて仕方ない「ふれあい願望」と、他者との接触を面倒に思う「独り願望」とが共存している。メールは情報収集ではなく、連帯感・一体感を求める手段となっている。②動物占いや星占いに見られる「占い願望」がある。これは各種診断テストを受けたがる傾向に表れる。③朝シャン・抗菌などに見られる「クリーン願望」は、キャッチフレーズなど簡潔・清潔な言葉を好むことに表れている。また、企業選択においては環境重視の側面が大きくなっている。④出来るだけ楽をして成功を得たいと言う「手抜き願望」がある。OB・OG訪問などの面倒なことはやりたがらず、面接を怖がり、面接に嫌悪感を持っている。⑤心地よい体験だけをしたいと言う「快体験願望」がある。⑥先人が成功した方法を安易に欲しがる「マニュアル願望」があり、カッコ悪い失敗はしたくない。⑦親身な立場で叱ってくれる人を欲しがる「叱られて願望」がある。⑧自分の置かれている立場を把握したいと言う序列・目安願望があり、企業偏差値など各就職ナビの方向性と一致している。全体を通しては「漠然願望」があり、アイマイ語を多用する傾向がある。「突出すること、目立つこと」は、他者から非難される対象にもなり、恐れを抱いている。これは、イジメ問題の本質にも繋がっている。

 今どきの大学生のウィークポイントは、次の10項目である。①学力だけで自ら格差を認めて、18歳の春の段階で自己規定してしまう。②憧れ意識と現実とのギャップを認めず、現実逃避傾向が強い。③大学時代の感動・経験不足。④少人数グループの中では元気だが、集団適応能力が欠如しており、会話力の不足が如実に表れる。⑤事件の存在は知っているが、何故それが起きたのか、時事問題に無関心である。⑥国語力の低下現象が著しい。⑦EQ度が相対的に低下し、ルールとマナーの違いを認識していない。⑧入学後、就職活動時、内定時、入社後、いたるところで燃え尽き症候群が見られる。⑨恥をかく、失敗する、挫折することに嫌悪感を持っている。⑩失敗・挫折を人のせいにして、悪いのは自分でなく他者だとする。

 キャリア支援のポイントとして、次の5つが挙げられる。①キャリアデザインとは、職業を通じたライフデザインであること。②キャリアデザインは、成功のための方程式と位置づけるよりも、数多く存在する中の一つと捉えること。③各人の人生の中では、失敗・挫折が当たり前であり、その失敗・挫折を乗り越えるためにどうしたら良いかを考えること。④社会における成功者だけをゲスト講義に呼ぶようでは現実社会の実相を捉えていないこと。⑤混迷、激動の日本社会で何より必要なことは、総合的な個々人の「人間学」を身に付けることである。

 キャリア開発の授業の目的は、究極では自律・自立を促すことにある。そこでは、双方向性や書く・話す・読む・見る・聞くトレーニングを徹底して行っている。

 若年者に留まらず、現代の社会人に共通する問題と思われ部分もあり、若年者の就職支援活動に参考となる点が多い講演と感じられた。
2008.12.03:dai:コメント(0):[学習]

メディアと脳

  • メディアと脳
 先日、森 昭雄(日本大学文理学部 教授)の「メディアと脳」と言う講演を聴きましたので報告します。

 長時間のコンピュータゲーム、パソコンやケータイの使用は、創造性、理性、自己抑制に関与している前頭前野の機能低下を引き起こしている可能性が考えられている。実際にコンピュータゲーム中は前頭前野の血流低下が起こっており、これが長時間になれば脳細胞への酸素供給や栄養供給の低下は否めない。

 前頭前野の障害は、認知機能や情動機能に影響すると考えられている。ヒトの前頭連合野損傷による影響は人格を大きく豹変させ、「人格障害」という状態を引き起こしてしまう。前頭前野の血流阻害(細胞萎縮)は無表情にも繋がる。

 コンピュータゲーム中には、右前頭前野のβ波が低下してしまう。毎日のように数年間経験することで、コンピュータゲームをしていない状態でもβ波が低下した状態になり、ゲーム脳に移行してしまう。

 前頭前野の障害を起こさないために、ゲームは15~30分/時間、パソコンは30~40分、休憩15~20分が望ましい。

 IT企業に勤める身としては、これらのデータを真摯に受けとめ、社会に受入れられる普及・展開をしなければならないと思う。
2007.12.10:dai:コメント(0):[学習]

キレる脳 引きこもる脳

 先日、有田秀穂(東邦大学医学部統合生理学 教授)の「キレる脳 引きこもる脳」と言う講演を聴きましたので報告します。

 私たちは、日々の生活の中で、自分の思い通りにならない状況に直面し、その度に柔軟に方向性や発想を切り換えて現実的に対応して生きている。これが出来ないと、キレる、あるいは衝動的な攻撃行動が発現することになる。私たちの脳には、衝動的な攻撃行動を調節する機能が備わっていて、この機能が十分に発揮できなくなると、キレやすくなると考えられる。その働きを担当する脳領域は前頭前野の腹外側部である。

前頭前野の腹外側部にはさまざまな脳領域から入力があるが、重要なのはセロトニン神経からのもので、セロトニン神経の機能障害が前頭前野・腹外側部の働きを弱め、キレやすくする。セロトニン神経の機能障害は、うつ病やパニック症候群、子どもでは自閉症との関連がよく知られている。セロトニン神経の働きを補強する薬であるSSRIは、うつ病の治療薬として最近よく使われる。うつ病で問題となる自殺は、自己に向けられた衝動的な攻撃行動に対して、歯止めが効かなくなったものと考えられる。

セロトニン神経の働きが弱るのは、現代の生活習慣に原因があり、これがキレる状態を作り出している可能性がある。現代生活の中でも、ゲーム(パソコン?)漬け、昼夜逆転の生活が、セロトニン神経の正常な働きを弱め、キレる子どもや大人を作り出している。最悪の生活は、ひきこもりである。セロトニン神経は、夜、寝ているときは、ほとんど活動がなく、朝、起きると、活動が始まり、起きて生活している間は、ズーと活動が続く。従って、覚醒の状態を調整する働きを担っている。

セロトニン神経が情報を送っている領域は広範な脳領域で、大脳皮質では覚醒レベルの調節、大脳辺縁系では心のバランス、間脳・視床下部では自律神経の調節、脳幹・脊髄では痛みの調節と姿勢筋・抗重力筋の緊張である。すなわち、セロトニン神経の働きが弱ると、朝起きても、スッキリした覚醒が得られず、自律神経もスタンバイ状態にならず、身体に力なく弱々しく、ちょっとした痛みに大騒ぎすることになる。

セロトニン神経の活性化因子は二つある。一つは太陽の光であり、もう一つは、歩行、咀嚼、呼吸などのリズム運動である。したがって、朝起きたら、朝日を浴びながらウォーキングをすれば、セロトニン神経は活性化される。

セロトニン神経を積極的に抑制する因子も二つあり、疲労とストレスである。生きている限り、ストレスも疲労も避けて通ることはできない。それに打ち勝つには、日常的にセロトニン神経を活性化する生活を続けるしかない。

現代人はセロトニン神経を知らず知らずのうちに弱らせてきている。キレ易くなるのは、現代の生活習慣病なのである。

2500年前、釈迦は荒業(=ストレス実験)を行って、入息出息法をあみだした。意識的なリズム運動には、座禅・読経・ウォーキング(速足)・チューインガムを噛む・フラダンス・歌唱・スクワット・自転車・水泳などがある。

所感として、現代人にうつ病が増えている理由として、セロトニン神経が弱まっていることにあることが理解できた。既に実践している人は多いが、朝起きたら朝日を浴びながらウォーキングする効用を認識した。
2007.12.05:dai:コメント(0):[学習]

教育基本法改正のねらい

 先日、結城章夫(ゆうきあきお 山形大学長、前文部科学事務次官)の「教育基本法改正のねらい」と言う講演を聴きましたので報告します。

 日本の教育の現状と課題は、戦後教育は概ね成功したと考えている。戦後60年を経て、教育を取り巻く環境は大きく変わった。家庭では、教育力の低下、育児に不安や悩みを持つ親の増加。学校では、いじめ・校内暴力などの問題行動、質の高い教員の確保。地域社会では、教育力の低下、近隣住民間の連帯感の希薄化、地域の安全・安心の確保。子供たちは、基本的生活習慣の乱れ、学ぶ意欲の低下や学力低下傾向、体力の低下、社会性の低下・規範意識の欠如などがある。

教育基本法改正の意義は、「人格の完成」や「個人の尊厳」など、これまでの基本理念に加えて、知・徳・体の調和がとれ生涯にわたって自己実現を目指す自立した人間、公共の精神を尊び国家・社会の形成に主体的に参画する国民、我が国の伝統と文化を基盤として国際社会を生きる日本人の育成を目指している。

教育基本法改正の主要事項は、家庭教育(10条;父母その他の保護者は、子の教育について第一義的責任を有する~)、幼児教育(11条;~国および地方公共団体は、幼児の健やかな成長に資する良好な環境の整備その他適当な方法によって、その振興に努めなければならない)、大学教育(7条;~自主性・自律性その他の大学における教育および研究の特性が尊重されなければならない)、私立学校(8条;私立学校の有する公の性質および学校教育おいて果たす重要な役割~)が新設された。

教育基本法改正を受け教育三法の改正と学習指導要領の改訂が行われ、学校教育法(6月成立)、教育職員免許法および教育公務員特例法、地方教育行政の組織および運営に関する法律改正が行われる。道徳(徳育)の教科化(教科書、5段階評価)、小学校での英語教育、体育(武道)の必修化が行われる。

教育振興基本計画(17条;~基本的な計画を定め、これを国会に報告すると共に公表しなければならない)は、科学技術基本法(予算が17兆円→24兆円→25兆円と拡大し、目に見えて良くなってきた)の成果に基づき計画的に実施するものである。文部科学省の悲願である40人→30~35人学級を実現するもので、教員数を70万人から数万人増(2兆円=消費税1%相当)にする狙いがある。

所感としては、戦後教育の歪を是正することを目的とした教育基本法改正の主旨は理解できた。戦前の国家主義的な教育に単純に戻るとは思えないが、今後は具体的な教育振興基本計画の中味に注目して行きたいと思う。
2007.11.30:dai:コメント(0):[学習]

キャリアと能力の育て方

 「キャリアと能力の育て方」と言う講演を聴きましたので報告します。

 キャリアには、履歴書に書くような「経験した職業職務の履歴」と言う客観的側面と、仕事に対する「自己イメージ」と言う主観的側面がある。

「自己イメージ」とは、仕事に対して自分が持っている明快な認識や意識のことである。次の三つの問に答えを持っているなら、自己イメージが形成されていると言える。
・自分にできることは何か?(能力・才能)
・自分は何がやりたいか?(動機・欲求)
・自分は何をやることに価値を感じるか?(意味・価値)
このうち、「自分は何がやりたいか?」が一番の難問である。

キャリアにはサイクルがある。仕事を始めておおよそ10年で一人前になり、さらに20年で最高点、つまりすばらしい業績を生み出すレベルに達する。以降はゆるやかに能力は低下していく。これは熟達理論と呼ばれているもので、仕事を始めてから5~8年くらいで、その仕事に対して適性があるかどうかを見極めることができる。

20年を節目とした「三毛作のキャリア」を提唱する。
・1stCrop 入社してから40歳前後 「若者としてのキャリア」
・2ndCrop 40歳前後から60歳前後 「リーダーとしてのキャリア」
・3rdCrop 60歳前後から80歳前後 「定年退職後のキャリア」
これは政府の日本21世紀ビジョンに示される「生涯二転職四学習」(就職前、引退後を含め計4回の学習機会がある)とも符合している。

3rdCrop「定年退職後のキャリア」は80歳前後まで働くということで、2030年には平均寿命を84歳まで、元気でアクティブに働ける健康寿命を80歳まで延ばすことをビジョンとして掲げている。(2002年は平均寿命81.8歳、健康寿命は75歳)即ち、キャリアは定年で終わらないと言うことである。

最初の20年は「筏下り(いかだくだり)」に例えられる。激流を下りながら、オールを使って難所を乗り切ってゆくイメージ、仕事に当てはめるとゴールを設定せず、当面の仕事に全力で取り組むことを意味する。この段階では、「計画された偶然性」と言うキャリア理論が有効で、「キャリアは偶然性に左右される」と言うことが基本にある。自分が本当にやりたいことや、どんな仕事に向いているかは、自分の意思だけでなく、実際の経験や人との出会いから分かってくるものである。「計画された偶然性」の理論では、
・オープンマインドであること(優柔不断の歓迎)
・意思決定(内省)よりも行動してみることを重視
・偶然の機会を作り出す行動
・偶然の機会を活かせるような学習  といったことが望ましい行動である。

 次の20年の「山登り」は、自分の進む道(専門)を一つに絞り、その目指す頂に向け全てのエネルギーを集中させる段階である。一つの山に登るということは、他の山、他の選択肢を捨てることを意味する。「山登り」とはプロフェッショナルを目指すことであり、いつまでも山登りを始めず筏下りを続けると、いつかは海に出て漂流するだけになってしまう。

 プロフェッショナルには三つのコースがある。
・ビジネスリーダー型…経営者としての知識やスキルを積んだ経営のプロ
・プロデューサー型…複数の分野に精通しており、変革や創造を起こすことの出来るプロ
・エキスパート型…特定の分野を深く掘り下げ、いわゆる職人的なスキルを持つプロ

 スペシャリストとプロフェッショナルはよく混同して使われる。スペシャリストは特定の細分化された課業(例えば生産ラインの1工程)に熟達した人を指す。スペシャリストには、細分化されたルーティンワークを効率的に出来るようになればよく、1~2年でなれる。正確には、専門化された課業を行う専任職(Routine Expert)である。

 プロフェッショナルは、課業でなく個人の専門化である。10~20年かけて能力を深化させていき、ようやく一人前になれる。プロフェッショナルこそが、文字通りの専門職(Adaptive Expert)と言える。

 キャリアには「中年期問題」がある。人生の正午と呼ばれる40歳前後は、能力開発上の目標が失われがちになる。家庭・仕事両方の責任が重くなり、同時に体力の衰えを感じ始める。思考が内向きになり、ストレスや不安を抱えて成長の鈍化・停滞が見られる。プロになると言うことは、こうした中年期の成長を促進し、キャリアの可能性を広げること、会社外でも通用するほどの能力を備えて、会社とも健全な距離を保ちつつキャリアの寿命を長くすることである。

 「筏下り」から「山登り」への移行には、三つのポイントがある。
・「損得勝負」から「真善美」への移行…勝ち負け、出世から、何が正しいか美しいかと言ったことが仕事をする上で大切な価値基準になる。
・「基礎力」から「専門力」への移行…基本となる能力を身につけることから、特定の分野のプロを目指す専門力を磨くことに注力する。
・「知の消費」から「知の生産」への移行…先人の解明した知を吸収(消費)することから、先人の知の上に、自分の解明した新たな知を積み上げる(生産する)ことが求められる。創造性は、先人の知に対して、「一行加筆する」、「一行訂正する」ことを意味し、まったくのゼロから新しいことを生み出すことではない。

 キャリアを実現する上で必要な職業能力の基礎力としては、対人能力・対自己能力・対課題能力・処理力・思考力が挙げられる。

 キャリアデザインの意義としては、キャリアのサイクルを経験する中で、人が自分の仕事(天職)に出会ったとき、人は「全ての経験は無駄ではなかった」と思える。また、「収入、出世、地位、学歴、資格など世の中の一般的な基準はたいしたものではなかった」と感じることができる。こうした境地に達することができるようになるために「キャリアデザイン」はある。

 「筏下り」に「計画された偶然性」の理論が適用されることは分かったが、「山登り」の理論はどのようなものが適用されるのか?キャリア理論はまだまだ発展途上にあると思う。
2007.07.12:dai:コメント(0):[学習]