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十分です

 『ご主人はこれまで、頑張りすぎるぼど、頑張ってきました。これ以上頑張らせ るのは、酷だと思います。』

と言う医師に私は、

 『もう、十分です。私は、半年前からもう頑張らなくていいと思っていました』

と答えました。

 主人が最後の決定権を私に託してくれるのかを確認出来ないままに、そうするしかなかった事をくんだ医師は、

 『奥さんは、ご主人の絶対治したいという意思に最後まで寄り添ってください。』

 と言いました。

 『もう十分です・・・』

 この時の思いは、一生忘れる事はないと思います。

 
 

 

 

人間らしく・・・

 子供達を病院に呼んだ翌朝、学校に欠席の連絡を入れた。

『主人の容態が良くないので、子供達を東京に連れて来ています。しばらく学校を休ませてください。』と伝えると、

 第一声に、

 『しばらくとは何時までですか ? 一週間くらいですか?』と言う電話の相手が教育者である事を疑わずにはいられなかった。

 『それは、ご心配ですね・・・』というような言葉から会話は始まっていくと思い込んでいた。

 何日休むのか、何時まで休むのかを確認するのは、事務的に重要なことかも知れないけれど・・・

 常に人間らしい言動を心がけたいものだと思った。

 

孫・・・?

『お母さんがお婆ちゃんになったら、お爺ちゃんはどうしたの?って聞かれるよなぁ・・・・』と娘が言った。

 前振りなしの呟きに、意味がわからなかった。

何言ってんだろう?という顔をしてると、

 『だがらぁ・・・私が赤ちゃん産んだら、お母さんお婆ちゃんになっぺ ! 私の赤ちゃんに、お爺ちゃんは私が七歳の時に亡くなったって教えたら、びっくりすっぺなぁ・・・』と。

 やっと理解した私は、

『そうだねぇ・・・それは大変でしたねぇって言うかもね』というと、

 『言うわげねぇべした』と娘は呆れ顔で去っていった。

 
 娘よ

 お母さんは、貴女が・・・貴女の生い立ちを我が子がびっくりするかもしれないと心配することにびっくりです。

目をつぶる

 「大人は子どもの気持ちがわからない!」と

 娘達がときどき言う。

 「大人だって、昔はみんな子どもだったんだから、気持ちが分からないはずはな い。目をつぶってるだけ」という私に

 「お母さんは、目をつぶりすぎ!あんまり目をつぶりすぎると、子どもに嫌われ るよ」と二人の娘が言う(汗)

闘病中、治療にも、生活にも目をつぶらなければならなかったことはいろいろあったけれど、一番は

 「自分の気持ち」にだった。

 「絶対治す」「負けない」という強い意志を持続するために、主人も私も本当の自分の気持ちにずっと目をつぶってきた。

 これは、良いとか悪いとかではなく、そうしなければ、闘えないほど、敵は強かったと思っている。

もう、嫌!

 主人が入院中、過酷な試練を背負いきれなくなったとき、

「もう、嫌! 私だって普通の生活がしたい」と、主人に何度か言った事がある。私以上にそう願っていたであろう主人に向けて。

 患者家族は「第二の患者」とも言われ、時には患者よりも深く傷つき悩み苦しむ事もあると言われている。患者を大切に想いながら自分のことや周囲のことも考え、現実的に生活があるからだ。

 このままだと自分が病気になってしまうかもしれないと不安を抱いていたとき、

 「疲れたときは何もしないで、のんびり休むのがいい。そのうちまたエネルギーがでてくるから・・・こう見えて僕だってちゃんと考えてるから(一番いい治療を)」と見透かしたように医師がいった。

 自分のSOSをキャッチして思い切って休んでみたり・・・一旦立ち止まってみたり・・・

 これからも忘れないでいたいと思う。