小野川温泉 吾妻荘

小野川温泉 吾妻荘
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 茶色だった山々が薄緑に変わって、杉の深緑に
 調和してきましたね。

 葉萌える新緑の季節が到来です。

 野には芝桜やチューリップが美しく咲き誇って
 います。

 小野川温泉は新緑歩きの拠点ですね。

 来月蛍まつり。6月16日(土)オープニング
 セレモニー。イベント6月30日(土)7月1日(日)
  
 開催期間6月16日から7月22日まで。

 今年も来月蛍のシーズンですね。

 今年のポスターは小学校の校長先生の切り絵で
 小町と蛍。

 三色スミレが可憐な花を咲かせています。
 
 鷹山公が奨励したといわれる うこぎの
 鉢が旅館の玄関先に飾られ上杉の城下町のムード
 を盛り上げてますね。

 チューリップが春の日を浴びてとても綺麗ですね。
 広介は、明治末年米沢中学(興譲館)に入学
 しています。
  
 藩士協立の私学として名目を保った藩学興譲館
 は、明治期中期までは上杉の士族の学校でしたが
 明治32年に県立米沢中学として西大通りに新
 校舎が建てられると在郷の土豪の師弟や原方衆の
 師弟も入学してきます。
 
 中学と言っても現在の中学と高校一緒にした感じで
 戦前までは五年制でした。
 中学進学者は村から一人、二人の時代です。
 

 まほろばの里 高畠の広介記念館に浜田広介の
 生家が復元されています。

 屋代郷は、置賜盆地が上杉よって支配される210年
 前、伊達が福島盆地から二井宿峠を越えて最初に流入
 してきた場所でもあり長く伊達の影響が強く、藩政期
 は、天領として上杉の支配外の地域であったため
 この盆地で別なスピリットを受け継いでいます。

 浜田家のルーツは、伊達の家臣の館跡にもとめられる
 でしょう。

 赤おには だまって それを よみました。

 二ども 三ども よみました。

 戸に 手を かけて、かお をおしつけ、
 
 しくしくと なみだを ながして なきました。

 「泣いた 赤おに」より

 雪囲いもはずれて、日が当たる庭に
 蕗の薹の後、山菜が姿を現しました。

 水菜が窪地に一面にでています。
 その間に、うるえの葉がまきながらのびています。
 ひらいた葉もありますね。山菜の旬ですね。


 あいこ、タラの芽、こごみ、山菜の旬ですね。
 
 冷や汁、天ぷら、お浸し、山菜味噌
 
 創作料理の山菜のパイ包みと山の旬が満載です。
 

 鬼面川のほとり、西裏公園の桜が満開です。
 
 近世は、塩とりばがあった場所で内陸の海塩
 のない置賜の貴重な塩を温泉から採っていた
 時期があります。

 商品流通が活発になると共に、温泉の塩とりが
 すたれ、萌やし場になったといわれています。

 萌やし場が現在の場所に移って公園となりました。