小野川温泉 吾妻荘

小野川温泉 吾妻荘
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 夏ですね。水分が欲しくなります。
 佐藤豆腐屋の濃厚豆乳に牛乳を少し加え飲みます。
 グレープフルーツを4つに切って、皮をはぎます。
 これが、私の水分補給法です。
 
   各旅館が浴槽を掘って湯船を作っていた時代
   は、温泉の温度に違いがありました。下の方は
   比較的温度が低く、ラドンの含有量がおおく、上の方
   は温度が高く、ラジウムの含有量が多かったのです。
   ですから、身体によってこちらが効く、こちらがよい
   と違いがあったのでそれぞれの旅館にファンがいたわ
   けです。農閑期、自炊をして温泉街で買い物をし、
   湯船の中で世間話しで交流をし、散歩し、将棋さしを
   したり仲間で四方山話をする。こうして1週間から10日
   ぐらい湯治をして、関節の痛みや、神経痛などを癒す
   年に2回ぐらい毎年こうした風習が行われていました。
 
  階段を下りて湯船につかると湯があふれ
  したから、ボコボコと湯がわき上がってきます。
  自然湧出時代は、各旅館で浴槽を掘って底に板を
  敷いて、下から湯がわき上がって来るようになって
  いました。泉質も各旅館で違っていたものです。
  食塩泉、硫化水素は多少の含有量に違いがあったの
  ですが、ラドン、ラジウムといった放射能泉の含有
  成分は、上の湯と下の湯ではかなりの違いがありました。
  ですから、自ずと、ファンも異なっていたわけです。
  冬に、もやしが出来るとお得意様のお家を訪問
  し、春先、雪が解けると宿の準備をします。七輪
  に炭ををいれ、湯を沸かし、米をたきます。野菜
  を農家の方がもってきて、自炊するわけです。田植え
  の終えた、さなぶり湯と稲刈りを終えた晩秋の農閑期が
  最も宿の忙しい時期でした。冬は雪下ろしをしたり
  蚕をかったり、豆もやし、あさずきを栽培したりして
  いました。
 



   自転車すら普及していなかった、時代.高度
  成長期以前、あるいは戦前、学生は徒歩で市内の
  学校に通ったものです.冬も裕福でない家庭では、
  下宿できないので徒歩でした.2時間ぐらい、帰りは
  2時間半歩いたものだそうです.運良く、馬ぞりに
  とびのれれば少しは楽できたものでしょう.雪解けと
  ともに、蚕を置いておいた客室をかたずけ、宿の準備
  をするのです.昔は、ほとんどが湯治宿でした.
  種もやしといって、種籾を発芽させるため、もやし場
  に籾を運んできて、湯に着け、発芽させるのです.
  
  

  阿岸祐幸先生、(北大医学部名誉教授)北海道から九州まで
  温泉地のウェルネス観光ツーリズムの顧問をしてい
  らっしゃいますがお話しおうかがいして参りました。
  最近のヨーロッパで保健のきく温泉療法は少なくなって
  自費で健康を楽しみながらつくるバルノウェルネスが
  9割を越しているそうです。観光、食、芸術、エコツーリズム、
  グリーンツーリズム、コスメチクス、エステチクス
  といった様々な旅に関わる事柄を楽しみながら、運動
  休養、リラクセーションなどで健康を作り出すウェルネス
  が温泉旅行の国際標準になって来ているそうです。
  
   都立中央図書館にもいってきました.ウィリアム
   ジェームスの「体の機能を開発する」という現代栄養学の
   出発点に立つ、古典をじっくり読みたかったからです.
   活字を大きくして、半分ぐらいコピーとってきました.
   20年前の本で、絶版で手に入らず、おまけに老眼
   だからです.
   
...もっと詳しく
    環境省が定めた療養泉のなかで、現在ヨーロッパ
   で、4つの泉質が重視されているそうです。第一に
   、食塩泉。深部温の上昇、保温効果これが免疫細胞
   を活性化させます。末梢血流をよくします。第二に
   炭酸泉。第三に、硫化水素泉。第四にラドン泉。
   現在、小野川温泉は、上記の効果が国際的に実証
   された温泉のなかで、2つの療養泉の基準にかなっ
   った温泉です。このすぐれた温泉をどのように活かす
   のでしょうか。 日本でも最近ウェルネスという言葉が
   聞かれるようになって来ました。常磐ハワイアンが
   ヨーロッパで学んだ水中運動により新たに活性化され
   てきたというような、バルノウェルネスの事例を皆さん
   ご存知でしょう。

   
   両方の足を曲げて、両大腿胃経に効かせ、腰部を
   捻る方法もあります。腰をねじらずに大腿胃経を
   のばす、片方もしくは、両方。又、どの動きも
   痛みが来る場合は、腰部に関係しない部位、例えば
   足関節をのばし、引き寄せ、胃経を伸展します。