小野川温泉 吾妻荘

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 直江兼続が米沢の城下建設のため登って

 治水策を練ったと言われる米沢盆地南端

 赤崩山。

 ここは、伊達時代の見張り台跡といわれ

 板碑が数個たっています。全部時代が別で

 古い物は、安土桃山期といわれ、近世初等の

 物もあり、直江もここに登って北の王国建設

 の構想を練ったものでしょう。



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 明治後期、東北初の高等工業専門学校として

 設立された重要文化財。中の教室は、展示品でいっぱい

 近代工学の博物館になってます。

 帝国人絹のうみの親、秦博士の業績や

 パーティーのできる会議室など

 守衛所にことわって入場できます。

 
 里は紅葉ですが、盆地を囲む

 西吾妻などの高い山は、初雪で白く

 薄化粧ですね。

 館山城の集落跡にリンゴが蜜が入って
 
 美味しそうですね。




      
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 斜平山、盆地米沢の山々が美しく紅葉しています。

 米沢城本丸南、上杉伯爵邸。宮本百合子の父中条誠一郎
 設計の邸宅、庭園が紅葉で見事です。

 
 上杉謙信公の直筆で第一義と書かれた
 額が春日山の林泉寺の山門に高く掲げられています。

 これは、レプリカで実物は、その歴史展示館に
 飾ってあります。

 書をよくした人物で、謙信作の和歌の直筆が
 上杉神社の稽照殿(上杉家所有の展示物館)
 に展示してあり一見に値します。

 



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  春日山、山麓林泉寺に佇む上杉謙信の墓。

  遺骸は、米沢の御廟所、正面奥の廟にねむっています。

  甕につめられ包帯に漆をぬられた

  ミイラだといわれていますが、真相はわかりません。

  家訓を読むとこの戦国武将が宗教教育をうけた

  インテリでもあった事がよくわかります。

  手取川の戦いで織田信長軍を打ち破ったのは有名ですね。

  豊富な軍資金と宗教家的なカリスマ性(第一義)が上杉軍を
 
  強くしたのでしょう。


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 直江の石の堤坊が紅葉で美しく染まりました。

 樋口兼続が跡目を継いだ直江家の故郷、与板町

 でも若かりし頃、治水事業を実施しており、

 学問を愛したこの人物は、治世の根本が

 治水にあると言うことを早くから認識していたことが

 わかります。

 紅葉の直江公園、美しいですね。
 



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 上杉入部以前、230年この盆地を支配
 していた伊達は、高畠から米沢に本拠を
 移し、正宗の代は館山に山城を構えていました。

 館山発電所の上に300メーターほど城跡がのこって
 います。

 歩きやすく、眺めの良い場所で史跡巡りには
 格好の場所です。

 この館山城跡から米沢盆地を眺めた写真です。
竜師火帝   千字文とは、中国で漢字の手習いのために
       漢詩にして千の文字を覚える為につくられた
鳥官人皇   日本でいえば、いろは歌です。

始制文字   竜師火帝は、直江兼続が最上川上流域、
       米沢盆地南端、赤崩村の丹南の地、
       猿尾堰の水取口に
乃服衣装   写真の安山岩に彫らせた字です。 
推位譲国
有虞陶唐   宇宙の成立、皇帝の統治につづき
       あいいく れいしゅとあり、人民を
       愛するという句がみえます。
弔民伐罪
周発殷湯
坐朝問道   漢詩をよくした、謙信、兼続、正宗など
垂拱平章   戦国武将もよくこの千字文を暗唱していた
       と思われ、直江の兜の愛が愛民だという
愛育黎首    米沢の伝承もうなずける物があります。


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