小野川温泉 吾妻荘

小野川温泉 吾妻荘
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 上杉神社周辺、伝国の杜に佇む上杉博物館。
 この常設展に直江兼続の事跡も紹介されています。

 最上川源流、松川の氾濫を防ぐために直江石堤
 が築かれ、今は南原に石堤公園となっています。

 原方衆の定住や鉄砲実演コーナーもあります。

 米沢城本丸東のお堀端に松ヶ崎神社があります。
 この場所は、直江の広大な居宅のあった場所で

 上杉景勝と直江兼継、鷹山公が一緒に祀ってあるのが
 うれしいですね。

 米沢城下建設の恩人と米沢藩再生の恩人が一緒に祀って
 あるわけです。

 上越の春日山にも林泉寺がありますね。上杉の会津
 、米沢移封にともなってこちらに移ってきたもので
 歴代の上杉家奥方様の菩提寺です。

 直江公夫婦の墓も奥にあります。100円の参観料で
 参拝できます。

 米沢城本丸東に広大な敷地をもっていた直江兼続。
 徳照寺は、直江の菩提寺で徳町にありましたが、
 直江、景勝死後の林泉寺との権力闘争に破れ
 新潟にさりました。

 たわわに実った青梅に満遍なく楊枝で穴をあけます。
 これは梅の割れを防ぐためです。
 
 銅鍋でボイルします。
 銅鍋を使うのは梅の青を際だたせる為です。
 
 柔らかくなった梅にゼリーをかけさまし、
 冷蔵保存します。

 冷やした青梅ゼリーうまい。
 
 

  とても重くてやっと持つことが出来ます。

 直江兼継は秘湯白布山中で立ち入りを禁止させ
 専門家を招き、鉄砲を鋳造させました。

 上杉祭でも披露される米沢の鉄砲隊は特別仕立ての
 大筒を操って恐れられました。

 在の方にも火縄銃が伝わったいたところをみると
 在郷衆も砲術隊に加わったものでしょう。

 昔は、館山浄水場の西側を自転車で回って
 学校に通ったものです。

 伊達正宗の館跡であった館山から、千坂の家臣が
 原方衆として定住した赤芝部落までのみちは
 近世の初頭に作られたもので、

 直江兼続が伊達がさった館山から赤芝まで
 道を切ったのが今の小野川街道の起こりです。
 いわば小野川街道開通の父が兼続であったものです。

 直江兼続が着用した鎧や白布で鋳造させた
 火縄銃など直江関連の遺品の宝庫。

 市内から13号栗子方面にぬける市内域の
 住宅街のはずれにあります。

 休館日 毎週月曜。午前十時から午後5時
 まで会館。 入館料大人300円。

 館山浄水場のあたりに佇む古刹、館山寺。
 長井、伊達、上杉とつずいた寺で簗沢の
 龍雲院と縁寺になっています。

 館山発電所の城館遺跡の歴史を最もよく
 つたえる寺で、
 
 旗本山の名称が仙台藩重臣中村家の先祖の
 事跡を物語っているようです。

 稽照殿に残る鷹山公直筆の遺訓。

 歴代の藩主に
 この遺訓が伝えられたと言われます。

 
 受けつぎて、國の司の身とならば

 忘るまじきは、 民のちちはは。