小野川温泉 吾妻荘

小野川温泉 吾妻荘
ログイン

 お城のお堀の水はどこから流れてくるのでしょう。
 松川上流から堀をほって水を引いたもので、
 元御入水として一部堀あとが残っています。

 上杉伯爵邸にもこの水が引かれており
 上杉城本丸の景観を潤しています。

 近世初頭、直江兼続の指示で原方部落が形成
 されました。
 六十在家とは現在の法泉町で、最初は六十軒の
 の原方集落だったのでしょう。
 
 石をならべその上にうこぎの生け垣、庭には
 柿、花梨、李などの果樹が植えられたもので

 中門つくりの整然とした短冊形で通りの両側に
 家屋が並んでいたものです。
 

 

 米沢盆地南端、赤崩山から盆地を眺め直江兼続
 は、松川の氾濫を防ぐため数キロに及ぶ石堤の
 建設を決意したといわれます。

 眼下に広がる米沢の盆地は、イザベラバードが
 東洋のアルカディアと絶賛したように確かに美しい。

 米沢市街の東を通る松川(最上川上流)の市街地へ
 氾濫を防ぐにはこの公園から市街地近くへの堤により
 西側への氾濫を防ぐ以外に無かったものでしょう。

 清々しく整備された公園で、石積みを眺めていると
 先人の偉業におどきます。

 写真奥の堤防が河原から数十メーター離れた2段目の
 堤防跡です。全部、川原石を運んできて作られたのでしょう。


 小野川方面の大樽川、田沢方面の小樽川が交わって
 鬼面川となる小高い舌状丘陵。館山発電所の上の
 300メーターぐらいの広さに城趾跡が良く保存
 されています。

 ここは、会津街道と小国街道の交わる要衝の場所、
 奥州藤原の末裔が城を構えていた場所で、正宗の
 代まで伊達も三代、山城を構えていた場所です。

 置賜盆地が一望でき、館山寺には藤原経衡、伊達政宗
 寄進の黄金の虚空蔵菩薩が伝わっており、城の本堂に
 祀られていた言われています。

 今年の田んぼアートは、謙信と信玄。
 川中島の合戦の故事を描く、意欲作です。

 ホールサムイン小野川から窪、簗沢村
 を一望できる場所に綺麗にみえます。

 ふるって、ご参加下さい。
 

 
 文武両道の知将 直江兼続展が伝国の杜
 上杉博物館で開催されます。
 
 4月14日(土)から6月3日(日)まで。
 後世の英雄伝説色が強い山本勘助に比べ
 史実が残る直江の実像に迫る特別展に
 乞うご期待。
 
 

 米沢駅から上杉神社までの町歩きのマップ
 がでましたよ。
  
 駅近くに常信庵や佐氏泉公園など奥州藤原
 源義経関連の遺跡。

 桜の名所、松川河川敷。上杉祭りの川中島合戦
 会場でもあります。

 うこぎの垣根。米織区域。

 伝国の杜など盛りだくさん。
 
 制作は、JR米沢駅がってんしねサークル。

 がってんしねとは、へこたれないと言う意味。

 長井市 伊佐沢の久保桜 樹齢1200年。
 置賜には桜の古木がありますね。

 桜回廊キャンペーンで置賜の春が楽しめます。

 明治末、子宝の湯で知られる五色温泉に外人客
 が泊まり、スキーを滑り、スキー場を開いた
 のが山形のスキー場発祥の地といわれ、大正
 年間に小野川にもスキー場が開設されました。
 下の方の急斜面がもともとのスキー場であった
 のでしょう。