最上義光歴史館

最上義光歴史館
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最上義光命日
最上義光は慶長十九年(1614)正月十八日未刻(現行暦二月二十六日午後二時ごろ)山形城にて没する。六十九歳。
「シン・市民の宝モノ2026」

今年の干支は丙午(ひのえうま)です。最上義光は天文十五年(1546)丙午の年の正月に生まれました。今年は生誕から480年、8回目の丙午です。
このたびは60年に1回の丙午の年を記念して、「本命、対抗、大穴も…」と謳って募集テーマを「馬」にし、山形市民から馬に関係する宝モノをご出品いただきました。物の良し悪しではなく「宝モノ」の背景にある物語を楽しんでください!!

展覧会の趣旨
この展覧会は、山形市民を対象に、所蔵する「宝モノ」を募集して、最上義光歴史館の展示室に展示し、広く一般に公開する市民参加型の展覧会です。出品に関しては自薦他薦を問わず、また、洋の東西・時代・評価額・文化財としての価値なども一切問いません。自慢の「宝モノ」を出品し、その物語を紹介するものです。


1 主  催  
公益財団法人山形市文化振興事業団

2 共  催
山形市

3 会  期
令和8年1月15日(木)〜 3月29日(日)

4 会  場
最上義光歴史館 (山形市大手町1-53) 第一展示室北側展示ケース

5 開館時間
午前9時から午後4時30分まで 

6 入 館 料
無 料

7 出品中の「宝モノ」の応募規定
(1)応募資格 
山形市在住の方
(2)募集する「宝モノ」の条件 
・募集する品 「馬」に関係する宝モノ
・「宝モノ」として誇れるもの(自薦他薦は問いません)
・出品者の所有であるもの
・原則として出品者本人が製作した作品でないもの
・展示期間中に変質しないもの(生物や食物などは不可)
・展示中破損の恐れがないもの
・最上義光歴史館に展示可能な大きさのもの

8 現在出品中の「宝モノ」たち
出品者 22名 件数 41件 点数 73点

馬像1
馬像2
左馬 飾り駒
かみのやま競馬のおてふきとスナップ写真
個人提供/かみのやまニュートラック所蔵
馬の折り紙、スナップ写真、ロビーカード
蝋型(馬)と魚のデザイン銅製花瓶
打毬
新海竹太郎作 いななく馬、馬
北支那所見
軍人馬乗り、馬乗り
南部絵馬師 鐙庵つと無 絵馬
雲海筆 源義家
馬の刀装具(鐔、小柄、縁)
跳ね馬のジャンバー
イタリアの馬車
青い馬
ナポレオンと愛馬
馬の色紙絵
馬と人物の置物
トルコ、トロイの木馬民芸品
岩手県のチャグチャグ馬っこ
馬の置物
『武勇魁図会』天保9年(1838)
馬のおもちゃ
酒田凧(騎馬武者絵)
十二支揃「左馬」
掛け軸
交通安全「当たらないお守り」
馬の一木造り
兵馬俑 置物 兵4馬1
灰陶加彩人馬俑
干支のボトル
figuma馬フィギュア(茶・白)
馬が描かれた記念切手
飛翔駒
将軍の白銀駿馬像
馬二匹 (色紙)王一夫筆
馬九匹 (はがき)王一夫筆
荒馬を乗りこなす人  フレデリック・レミントン
馬と文化シリーズ郵便切手
20年前の相馬野馬追ポスター

※宝モノの名称は出品者によります。

雪の帽子と襟巻をした最上義光像


寒中の最上義光騎馬像 (いずれも撮影1/6)

 新年あけましておめでとうございます。当館では1月15日から企画展「シン・市民の宝モノ2026」として、「馬」をテーマに開催します。今回のテーマを馬としたのは、今年の干支が午であることはもちろん、最上義光が丙午生まれであることによるものです。市民の皆様から、ブロンズ像や武者絵、絵馬やハズレ馬券まで、馬にまつわる様々な出品をいただきました。是非ご覧いただければと思います。
 さて、ここで馬に関する山形ローカル話でも少々。
 当館のすぐ近くに初詣などでも賑わう豊烈神社というのがあり、幕末の山形藩主の水野家が祀られています。水野家祖先の忠元公の命日である10月6日には、神事として「打毬」が行われます。6騎の騎馬が紅白に分かれ、紅組は赤い毬を、白組は白い毬を馬上から網の付いた杖ですくい上げ、毬門の的穴に投げ入れます。ペルシャ発祥で平安時代に日本にも伝えられた競技で、英国の「ポロ」も起源は同じです。山形県指定無形民俗文化財で、他に宮内庁と八戸市の長者山新羅神社との3カ所だけに残っているものです。豊烈神社の打毬会場は狭い敷地ゆえ、馬を駆るにはなかなか大変なのですが、間近で観ることができ、親しみやすい実況中継もあります。
 また、山形県最上地方には「ムカサリ絵馬」というものがあります。絵馬は、神様への感謝や祈願として生きた馬(神馬)を奉納していたものが、土馬、木馬、そして木の板に馬の絵を描いたもの(絵馬)へと簡略化されたものです。「ムカサリ絵馬」は、結婚せずに亡くなった子供のために、親などが子供の結婚式を絵馬にして奉納するもので、江戸時代から続くものです。古い絵馬には当人だけではなく媒酌人などの立会人も描かれていましたが、近年のものはツーショットが主流とのことです。ただし、生きている人を描いたり名前を書いたりすると、その人もあの世に連れていかれてしまうとのことで、これはタブーとなっています。
 さらにローカルネタを続けますと、山形市の北方に隣接する天童市は、将棋駒の生産量日本一ですが、ここが発祥で「左馬(ひだりうま)」という縁起物があります。大きな駒に「馬」の字を左右反転して書いている縁起物で、「うま」を逆に読むと「まう(舞う)」ということで、めでたい、馬が人を引き寄せる(商売繁盛)、馬は左から乗ると倒れない(人生でつまづかない)などの意味があるそうです。新築祝いや開店祝いに贈られたりしているもので、大小さまざまですが、天童市内のラーメン屋、蕎麦屋などの飲食店には必ずと言っていいほど置いてあります。この「うま」を「まう」というのは、「ウゴウゴルーガ」と同じ言い回しといいますか、これは「ゴーゴーガール」のことですが、「おきらくごくらく」という意味があるとかないとか。
 一方、山形市の南方に隣接する上山市にはかつて、上山競馬場という地方競馬場がありました。1935年から競馬が開催され、1958年に上山市が運営するようになりました。高度成長期は地元温泉とともに活況を呈し、バブル景気の1980年代最盛期を迎えました。上山市の財政はこれで、県内一といっていいほどに潤い、実際、市立小・中学校の校舎や設備などは、山形市などとは比較にならない立派なものでした。しかしバブル崩壊後、地元温泉などの観光不振による歳入減で財政的な危機に陥り、競馬場自体も存続困難となり2003年11月に終了しました。
 上山城郷土資料館では1月12日(月・祝)まで「かみのやま競馬関係資料展」が開催されています。上山競馬の初開催から90周年を記念した企画展で、上山競馬場の往時の写真や騎手のウェア、思い出の品々など約100点が展示されています。好評につき会期が当初予定より1か月以上延長されました。
 上山競馬場をロケ地にした映画・TVなどポスター類も展示してあり、そこに「喜劇競馬必勝法」という映画のポスターがあります。1967年に東映が送り出た作品で、ちょうど60年程前、世の中はギャンブルブームだったそうで、それに乗じてシリーズものとして企画されたそうです。主役は谷啓と伴淳三郎、その他もオールスターばかりで当然のようにヒット。その後のシリーズ作品では、谷啓と伴淳三郎は役柄を変えながら出演しました。そしてシリーズ三作目となるのが上山競馬場を舞台に製作された「喜劇競馬必勝法一発勝負」(1968年)です。谷啓が競馬場所長、伴淳三郎が嘱託獣医、大橋巨泉がペテン師を演じ、つまりは「ガチョーン」と「アジャパー」と「ウッシッシ」が上山競馬場で一堂に会する作品というわけです。出演する女性俳優も、橘ますみや杉本エマという知る人ぞ知る魅惑的なキャスティングであります。
 上山競馬場で個人的に思い出すのは、私の祖父が亡くなったとき、束になった大量のハズレ馬券が茶箪笥の引出し一杯に見つかりました。遺産らしきものがなかったのはこれかと。見事な終活とも言えるのかもしれませんが。それにしても普通、ハズレ馬券というのはとっておくものなのでしょうか。


(→館長裏日誌へ続く)