最上義光歴史館

最上義光歴史館
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【最上義智/もがみよしさと】 〜吉良上野介と知り合い?〜

 最上家が近江大森(滋賀県八日市市)1万石になってからは、そこに陣屋を構えながらも当主は代々江戸城に勤めていた。義光の曾孫にあたる義智は2歳のとき父義俊を亡くし、
大人になるまでは半分でいいと、幕府から5千石に減らされ、あとは返されなかった。しかし名門の子孫ということで、元禄8年、義智は「高家」に列せられ、従五位下、侍従という大名クラスの官職についている。高家とは江戸城内で勅使接待など、特殊な儀式を担当する役目である。
 高家で有名なのは吉良上野介だが、これも最上家と同じく清和源氏の一流で、共に名門同士。江戸城内でときどき顔を合わせる機会があっただろうと想像されるが、惜しむらくは、両人の交渉を物語る史料はまだ見つからない。
 義智は義士討ち入り(元禄15・1702)の五年前、元禄10年に67歳で死去。したがって吉良上野の悲劇は見なかったことになる。
 大森の最上家陣屋の跡は、玉緒小学校の敷地となり、かたわらには「最上陣屋跡」と刻まれた記念碑が建っている。
 武村正義氏が滋賀県知事時代に書いた文字である。
■■片桐繁雄著

【堀喜吽齋/ほりきうんさい】 〜主君の馬前で戦死〜
 
 最上家臣の中には、才能を認められて領外から登用された人物も少なくない。
 堀喜吽もそのひとりで、諸国を兵法修業して“今判官”といわれ、山形に来て義光の側近となっていた。『最上義光分限帳』では「高千石 堀喜吽」とある。
 もともとは筑紫(九州)の生まれだから「筑紫喜吽」と史書に書かれたのであろう。上方で兵法を修業して、さらには文化芸能の達者でもあって、それを認められて最上義光に仕えるようになったと推定されるが、前半生の経歴は不明である。
 京都で開かれた連歌の席には、主君義光と共に16回同席し、義光がなんらかの事情で参加できなかったときにも江口光清と共に1回出席した。計17巻、句数は102句で、最上家臣の中で最も多い。
 喜吽の名がはじめてあらわれるのは、文禄2年(1593)6月13日の連歌会である。このときには、主君義光、僚友江口光清とともに列席して5句を採られた。
 その一つ。紹巴の後につけたもの。

  同じ蓮となほ契らばや   紹由
  相思う心は更に浅からず  喜吽

 兵法修業のかたわら文化的な教養も身に付けていたのである。
 最後の作は慶長5年3月7日。

  松風の音もあらしに明かりはり 兼如
  苔路分け行く住まひ寂しも 喜吽

 慶長5年10月1日、山形西部の富神山付近で壮絶な追撃戦が展開された。
 退く上杉、追う最上。戦いは激烈をきわめ、上杉方の戦死者1580余、最上軍も623人が戦死(『羽陽軍記』など)。
 この戦いで義光は例の鉄棒を振り回し先頭にたつ。鉄砲の標的になるから前に出すぎるなと注意した喜吽は、逆に「臆病者」と言われ、「臆病かどうか見てくれ」とばかりに走り出たところを、左肩から右胸まで射抜かれて討ち死にした。
 喜吽の心配どおり、義光の兜にも敵弾が命中。危うく命を落とすところだった。弾痕のついた兜は、最上義光歴史館に展示され、激戦の模様をしのばせてくれる。
 喜吽没後に描かれた山形城内図に「堀道喜」という名がある。喜吽と関係があるようだが、各種分限帳にこの人物名は載せられていない。
■■片桐繁雄著

 先日、FM山形のパーソナリティーの岩崎敬さんが

 取材に来てくれましたぁ♪♪\(●⌒▽⌒●)/

 今回の取材は、「最上義光を熱く語ってください!」
       (= ̄+▽ ̄=)キラ〜ン★
 との事で、歴史館サポーターの阿部さんと、佐藤さんが登場で〜す。

 
 
 取材前は、(・_・;)「熱くは語れないと思う・・・」

 
 などと2人は言っていましたが、

 ナッツには・・・(¬ー¬) フフフ

 かなり熱く語っているように見えましたが・・(笑)

 
 どんな事を語ったのかは、

 本日6月3日(金)13:30〜19:00

 『岩崎敬のラジオロイド』の中で放送されるので、

 ぜひ聞いてみてくださいね。★⌒(*^▽゜)v


【宝幢寺尊海/ほうどうじそんかい】 〜伝説にいろどられた祈祷僧〜
   
 むかしは、なにかことがあれば必ずといってよいほど「御祈祷」をしてもらった。戦いに出陣するときなどは、とくに戦勝祈願の行法(宗教的なまじない)をしてもらうのが通例だった。宝幢寺の尊海上人は、義光がとくに深い信頼を寄せた修験僧である。
 天正2年7月7日には義光の軍使となって、伊達輝宗のところへ行った。(『輝宗日記』)
 義光が天童氏を攻めたときのこともよく知られている。
 天童領との境にあたる立谷川が満々たる濁流となって、さすがの最上軍も進めないでいた。ところが、尊海が祈祷をするとたちまち水が引いてしまい、天童城を攻め落とすことができたという。もちろん事実ではない。これがさらに変形して、お伽話風に語られるようになった。天童氏が「喜太郎狐」の幻術を使って最上方を惑わそうとしたので、尊海は「犬」を使って退治した、喜んだ義光は、恩賞として「犬扶持」を与えたという話に仕立てられたのである。
 ともあれ、彼の功績を賞して、義光は自分の信仰していた勝軍地蔵をまつる天童愛宕神社の別当に任じ、1370石という広大な寺領を与えた。
 最上義光歴史館には、宝幢寺住職(たぶん尊海)あて義光の手紙が二通展示されている。
 一通は、平安時代の勅撰集『後撰和歌集』のなかの二首をつらねて消息にしたもの。
 
 「秋風の吹くにつけても問はぬかな 荻の葉ならば音はしてまし
  神無月降りみ降らずみさだめなき時雨ぞ冬のはじめなりける」

 「秋風が吹くにつけても、あなたの来てくださらないのが気掛かりです。荻の葉ならば音ぐらいはするものなのに。今はもはや神無月(旧暦十月)、降ったり降らなかったり、さだめない時雨の雨は、すっかり冬の初めをおもわせます」という意である。
 前の一首は女流歌人として高名な中務(なかつかさ)の作。後の一首は読み人知らず。
 流麗な筆跡と豊かな教養を感じさせるこの手紙からは、二人の深い交流がうかがわれる。それにしても、数多い古典の名歌から二首を選んで時宜に適した手紙にするというのは、なかなかできないことだ。義光にはそれができるだけの教養と、そういうことを楽しむ柔軟な感性があったのである。受け取った尊海も、風雅を解するすぐれた人物だったことを物語るわけである。
 もう一通は、年不記、2月14日付。「道中を安全に守ってもらいありがたい。ご祈祷はそなたが一番だ。何かあったら宝幢寺に連絡をいれるので、これからもよろしく」といった内容である。これまた、尊海の加持祈祷に全幅の信頼をおいている義光の気持ちを率直に表したものといえよう。
 こうした祈祷僧の援助も、信仰心あつい義光の心の支えとなっていたのであろう。
 ところがこの尊海は、義光が亡くなった翌年(1615)、突如山形を去って行方知れずとなってしまう。
 「あの坊さんは、源義経につかえて仙人になった怪僧、常陸坊海尊の生まれ代わりだったのだ」と、町のひとびとはうわさした。霊験あらたかな修験僧として、一般民衆の間にも強い印象を与え、広く知られていたのである。
 宝幢寺は、最上時代には三の丸の南東隅に、およそ六千坪に近い広大な寺地を構えていたが、鳥居時代以後は地蔵町に移転された。その後の山形城主歴代もこの寺を尊崇し、山形地方の真言宗触頭として大きな権勢をふるった。
 江戸時代の終わりごろの『俳風最上仙流』掲載の作品に「ワンワンは寺禄こんこんは無禄なり」とか、「権勢を尻尾で振るは宝幢寺」というのがあり、宝幢寺の勢いが盛んだったことを伝説の「犬」にかかわらせて皮肉っている。
 明治維新の変革で廃寺となり、寺に伝来した宝物類は散逸した。大量の古文書は国立史料館に移管された。明治半ばまで寺院の面影を残していた境内の一部は、終戦後に「もみじ公園」として市民の憩いの場となった。庭は江戸時代中期のすぐれた庭園として知られ、新たに建てられた茶室は、宝幢寺の「宝」と山形名産「紅花」にちなんで「宝紅庵」と名付けられた。
 植木市でにぎわうお薬師様(出羽国分寺薬師堂)の堂は、かつての宝幢寺本堂を明治45年に移したものだ。
■■片桐繁雄著

    《平成23年度4月分の入館者アンケート集計結果》

 この集計結果は平成23年4月1日から同30日の間に入館した利用者を対象に行ったアンケートを集計したものです。


       企画展  (4/1 〜4/10)
       常設展示 (4/12〜4/13)

       開館日数・・・・・・・・・・・26日間
       入館者数・・・・・・・・・ 1,055人
       回答者数・・・・・・・・・・・203人


 1.本日は最上義光歴史館に

  �ヾ覯菘犬鮓�に来た・・・・・・・・・・・・・・・・13%
  �⊂鐇濺玄┐鮓�に来た・・・・・・・・・・・・・・・55%
  �N省�見に来た・・・・・・・・・・・・・・・・・・32%

 2.�´�の方、企画展を何で知りましたか
 
  (1)ポスター・チラシ等・・・・・・・・・・・・29%
  (2)歴史館のホームページ・・・・・・・・・・・12%
  (3)新聞・テレビ・ラジオ等・・・・・・・・・・・0%
  (4)広報やまがた・・・・・・・・・・・・・・・・6%
  (5)知人から聞いた・・・・・・・・・・・・・・12%
  (6)通りがかり・・・・・・・・・・・・・・・・41%
  (7)その他・・・・・・・・・・・・・・・・・・・0%

  �△諒�、当館をどこで知りましたか
 
  (1)旅行雑誌・・・・・・・・・・・・・・・・・11%
  (2)歴史館のホームページ・・・・・・・・・・・・3%
  (3)インターネット・・・・・・・・・・・・・・・5%
  (4)新聞・テレビ・ラジオ等・・・・・・・・・・・3%
  (5)広報やまがた・・・・・・・・・・・・・・・・1%
  (6)知人から聞いた・・・・・・・・・・・・・・・3%
  (7)以前から知っていた・・・・・・・・・・・・28%
  (8)観光案内所 (駅など) ・・・・・・・・・・・14%
  (9)通りがかり・・・・・・・・・・・・・・・・28%
  (10)その他・・・・・・・・・・・・・・・・・・・4%

 3.歴史館の入館は何回目ですか

  (1)はじめて・・・・・・・・・・・・・・・・・79%
  (2)2回目・・・・・・・・・・・・・・・・・・14%
 (3)その他・・・・・・・・・・・・・・・・・・・7%

 4.ご覧になられた感想

  (1)内容はいかがでしたか
  
   常設展示
 
    �‖臺僂茲�った・・・・・・・・・・・・・・41%
    �△茲�った・・・・・・・・・・・・・・・・47%
    ��ふつう・・・・・・・・・・・・・・・・・11%
    �い弔泙蕕覆�った・・・・・・・・・・・・・・1%

   企画展

    �‖臺僂茲�った・・・・・・・・・・・・・・17%
    �△茲�った・・・・・・・・・・・・・・・・50%
    ��ふつう・・・・・・・・・・・・・・・・・29%
    �い弔泙蕕覆�った・・・・・・・・・・・・・・4%


 (2)最上義光と最上家について

    �,茲�わかった・・・・・・・・・・・・・・36%
    �△錣�った・・・・・・・・・・・・・・・・59%
    ��わからなかった・・・・・・・・・・・・・・1%
    �い匹舛蕕箸發い┐覆ぁΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΓ�%

 
 〜利用者の声〜

 ◎鬼切丸のことがわかってよかったが、現物が無いので残念だった。

 ◎とても分かりやすくて、面白かった。

 ◎市民からの展示品が面白かった。

 ◎ガイドさんの説明で山形&義光の歴史等が分かって良かった。

 ◎歴史解説板がわかりやすく理解できた。ガイドの方の説明が分かりやすかった。

 ◎最上義光・最上家について余り知識がなかったが、今日はよく理解でき、勉強になった。

 ◎兜が美しかった。

 ◎刀や兜、書状の数々をたっぷり見ることができて良かった。

 ◎次回はボランティアさんにガイドを頼みたいと思った。

 ◎貴重な品が数々あり非常に良かった。

 ◎今後も収蔵品を増やして、内容を充実させていってほしい。

 ◎山形観光の種が見つかった。

 ◎一回では、なかなか理解できないので、後からパンフレットで復習したいと思う。

 ◎子供がクイズで楽しめた。

 ◎もっと義光公の身近な物があればよいと思う。義光公も時代に貢献した事を全国に知らせて欲しいと思う。

 ◎ガイドの方に懇切丁寧に説明してもらい、とても良かった。これを機会に山形の歴史を学べたらと思う。

 ◎最上義光が亡くなった日に、なぜ4人が殉死したのか知りたかった。法螺貝や書状を見ることができて良かった。

 ◎本物の刀剣を見ることができて、その美しさに感動した。無料なので、通りがかりに寄っている。今後も工夫ある展示をお願いしたい。

 ◎地震後はじめてホッとする時間が持てた。入場無料とは思わなかった。

 ◎山形城と一体となっていて、観光地としては便利だと思う。周辺が桜で囲まれていて、建物も綺麗でとても良かった。

 ◎親切に解説してもらい、よく理解できた。ただ、時間が足りなかったので、次回は十分に時間を取り、また来たいと思う。

 ◎ガイドの方の説明が面白く今までの義光像の観念が変わった。歴史の楽しさを再確認した。

 ◎常設展と日本刀の展示があり、良い日本刀なので、2回も見に来てしまった。

 ◎無料ガイドが良かった。これからも頑張ってほしい。


 花粉症と縁の無いナッツは、今の時期が大好きですね。

 桜が散る風景が見たくて、

 休日の時も歴史館の近くを

 ウロウロ(((‥ )( ‥)))してしまいました。

 今は八重桜が綺麗ですよネ♪(@ ̄▽ ̄@)

 

 近くで、色とりどりのパンジーも綺麗に咲いていましたヨ。

 花は、心が癒されます。(* ̄▽ ̄*)エヘヘ

 
 
 ゴールデンウィーク中は、

 たくさんの人が歴史館に遊びに来てくれています。

 今日は、こんなお客様も・・・

 
 
 池にいる鯉たちは、厳しい冬を乗り越え、元気に泳いでいました。

 
 
               (⌒▽⌒)ノ_彡★