ぶっくぶくの部屋

ぶっくぶくの部屋
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「六根清浄、身体堅固、お山は繁盛、ワッショイ、
ワッショイ」の囃し声が通り過ぎていく。
今年も「愛宕の火祭り」の日がやってきた。
大規模な祭りもいいが、小さいながらも地域で連綿と
続けられている祭りも、なかなか情緒があっていいもんだ。
田楽もちもウマイ!
久々の焼肉もウマイ!
焼酎もウマイ!
ん?、そう言えば、昨日も一昨日もビアガーデンだったなあ。
そして今週も…。
大丈夫かな、オレ…。

File No.159
『人は仕事で磨かれる』丹羽宇一郎(文春文庫 552円)
オススメ度★★★☆☆

世の中で成功者と思われている人の自伝、それも自慢話めいた
本は得手でないのだが、この人の本は一度読んでみたいと
思っていた。
なぜなら、伊藤忠の社長・会長を歴任したこの丹羽氏は、
ファミリーマートの大型買収など華々しい「攻め」の業績の
一方で、「固定資産の減損会計」をどこよりも早く導入したり、
約4000億円もの「特損処理」を断行したりと、「守り」、
いわゆる「掃除屋」としての豪腕ぶりに注目していたから。
読んでみてナルホド、闊達にして強気な経営者であることが
よくわかる。
そして、社員へのメッセージも「クリーン、オネスト、ビューティ
フル」と、きわめてシンプルにして明快だ。
オレもビジネスマンのはしくれとして、いろいろ感心させられたり、
考えさせられる部分が随所にあった。
そのひとつが、商社マンとしての人材見極めの3ポイント。
第一に、自分の意見をはっきり言える人。
第二に、お客様からの評価が高いこと。
第三に、「金の匂い」がすること。
第三のポイントは商社ならではだが、いずれ、どんな組織でも
同じような視点で見ると、人材の質というものが少しわかって
くるような気がする。
でも、そうは言っても、第一のポイントはなかなか難しい。
「自分の意見」の質がピンキリだからなあ。
また、丹羽氏は、本を読むことの重要性も次のように述べて
いる。
「太い幹を作ろうと思うなら、たえず考えながら本を読むことです。
読書でしか得られないもの、それはやっぱり論理的な思考です。
物事を掘り下げて考える力や、本質をとらえる力は、読書をすることで
養われて行きます」と。
また、「『知の衰退』の大きな要因は本を読まなくなったこと」とも。
まったく同感だなあ。
あと、「能力というものは、自分で評価するものではない。他人が
評価するものだ」という言葉も、少々苦みを伴って響く。
「私はこんなにがんばっているのに会社は正当な評価をして
くれない」と思っている人は多いだろうし、かく言うオレも
そういう感覚を持ったときが皆無だったわけではない。
自分が100点満点の仕事だと思ったら、それは他人から見れば
だいたい50、60点ぐらいだと言う。
そんな風に、謙虚になるべきかもしれないなあ。
そのほかにも、「エリートの定義」や、「ソウの仕事・ネズミの
仕事」などもたいへん示唆深かった。

全編を通じて、丹羽氏は闊達に前向きに明快に書いていて面白味も
尽きないし、自分の話は謙虚に、という姿勢がうかがえて好感が
持てた。
しかし…、できることなら、20代か30代の時に読みたかった。
サラリーマン生活も後半戦に入っている身としては、自責の念ばかり
多く、「みんなみんな、そんなにウマく行きゃ苦労しない」なんて
不遜な感想もチラリと…。



今年も暑い夏がやってきた。
昭和20年、太平洋戦争終戦の夏も暑かったという。
あれから65年。
戦争体験者の多くがすでに鬼籍に入られ、記憶も
薄らいできた。
戦争を知らなくても、あの国家存亡の危機、未曾有の
大混乱期をそれぞれに認識していかなければならない
と思うこのごろ…。

File No.158
『永遠の0』百田尚樹(講談社文庫 876円)
オススメ度★★★★★

実は寡聞にしてこの本の存在を知らなかった。
本屋で手にとって、「2009年最高に面白い本大賞第1位」という
オビを目にして何気に買ったもの。
そん時は、「世の中にはいろいろな賞があるもんだなあ」ぐらい
にしか思わず、どんな中身なのかさえ殆どわからなかった。
その夜、寝床で読み始めたら、面白くて眠気が吹っ飛んだ。
最近はこんなことあまりない。
だいたい30〜40分ぐらいがせいぜいで、あとは睡魔が
招くまま…。
起床のことを考えて、これが限界と思って本を閉じたけど、
心が高ぶって、なかなか眠れなかった。

この本は、主人公の健太郎が、フトしたキッカケで、自分の
血をわけた祖父の足跡をたどることから物語が始まる。
祖父の宮部久蔵は、太平洋戦争で緒戦の真珠湾攻撃から、
最後の特攻まで、戦闘機「零戦」のパイロットだった。
最後は、特攻で散華してしまったのだが、生前を知る
さまざまな人たちに話を聞くうちに、祖父の生き様や
後世に託した思いが明らかになっていく。
そして、最後には、祖父を巡るいろんな糸がひとつになって
明確に見えてくる。
実に感動的な結末だ。
これ以上、話の筋は書かない方がいいかも知れない。
読後の感想は、「現代のオレたちは、もっともっとしっかり
生きなければならない」ということに尽きた…。

評者の児玉清が「号泣をこらえきれなかった」と書いているが、
オレも第9章「カミカゼアタック」あたりからもうダメだった。

まあ、これからの夏休み、一日ぐらいは本でも読んでみようかなあ
と思っている人には、イチ押し!
オレも、あれやこれや言わないで、ど〜んと五つ★!


昨夜、フトあることを思い出した。
市内の某病院の待合室。
壁に標語のようなものが貼ってあった。
そこには、
「子ども叱るな、来た道じゃ。
年寄り笑うな、行く道じゃ」
と書いてあった。
誰の言葉かわからないが、なかなか含蓄ある言葉で
ひとしきり感心してしまった。
「子ども」を「後輩」に、「年寄り」を「先輩」に、
それぞれ置き換えても、実に言い得て妙。
これを、病院の待合室に貼るというセンスもなかなか。

File No.157
『スマート革命』柏木孝夫(日経BP社 1470円)
オススメ度★★★☆☆

前回の本は上京の往路車中で読んで、この本は復路車中で
読んだ。なんだか時間を有効に使ったような得した気分。
新幹線が出来る前は、米沢・東京は確か約4時間ぐらい
だったハズ。
そん時も文庫本1冊が常だった。
時間が半分になっても本1冊?
読むのが速くなったのか?
いやいや、サラサラと読むようになっただけだろう。
若い時分は、ひとつひとつが発見・感動・驚き・好奇にみちみちて
いて、ジックリかみ締めて読んでいたのではないだろうか。
ん?、こんなこと本題に関係ないよなあ…。

さて、今やわが国の新エネルギー政策やスマートグリッド化の
先導者たる観がある東京工業大学の柏木孝夫センセイ。
ここ数ヶ月で、この方の話を3回聞いた。
1回目は、ナント、柏木研究室でジカに話を聞く機会に恵まれた。
2回目は、東京ビッグサイトで開催されたフォーラムの基調講演。
そして3回目は、米沢にお越しいただいての講演会。
このセンセイの話はきわめて簡明で、素人にもよくわかる。
しかも、軽妙なユーモアにもあふれており、聞く人を飽きさせない。
素顔も明朗闊達にして豪放磊落。
こういうキャラクターだから、世の中を引っ張って行けるんだなあ
と思う。

その柏木センセイの最新著作がこの本。
この7月12日に上梓されたばかりのホヤホヤ。
読み始めると、センセイの話を予め聞いているせいか、スムーズ
に頭に入ってくる。
このスマートエネルギー関連市場は、近い将来100兆円規模に
成長すると予測されている。なかには、500兆円規模にまで
達するのではないかという声もあるそうだ。
なぜなら、
「われわれが直面しているのは、地球温暖化とエネルギーの枯渇
という安全保障を揺るがしかねない二つの危機である。これらの
危機を回避するためには、温室効果ガスの排出量を低減でき、
化石燃料に代わる再生可能エネルギーを最大限に活用する
ことが要求される。この課題において、推進力の役割を果たす
ソリューションとして期待されるのが、エネルギー需給を制御する
スマートグリッドであり、また地域全体で最適化を図るスマートシティ
やスマートエネルギーネットワークである」から。
少々引用が長くなって恐縮だが、これが現在のスマート化潮流の
キモとも言える部分であろう。
(因みに、スマートグリッドについては、以前に入門書のような
本を読んで、その感想を書いているので、ここでは省略する)

読めば読むほど、聞けば聞くほど、これからの世界産業は、
スマート化に大きくふれていくと確信めいたものを覚える。
少々大げさかも知れないが、「グリーン革命」は、21世紀に
おける産業革命になり得るのではないかと…。
うむ〜、米沢らしいオリジナルなスマートシティ(コミュニティ)
ということも大ありだぜ、こりゃ。



ここ十数年、漫画を読むことが殆どなくなってしまった。
たまにラーメン屋さんでパラパラとながめるぐらいかなあ。
こんなオレでも、かつては漫画狂の時代があった。
まずは何と言っても『巨人の星』。少なくとも10回は読んだ。
(まあ、我が家に漫画はこれしかなかったので…)
そして『火の鳥』と『あしたのジョー』。
ときどき隠れて『ハレンチ学園』も…。
20歳前後からは、ビッグコミックオリジナルが愛読書のひとつに。
たぶん4、5年は毎号欠かさず読んだのではないだろうか。
「弘兼憲史」という漫画家は、オリジナルを読んでいた頃からの
お馴染みだ。

File No.156
『気にするな』弘兼憲史(新潮新書 680円)
オススメ度★★☆☆☆

弘兼憲史と言えば、『課長島耕作』や『人間交差点』などを
代表作とする有名な漫画家。
その著者が、自らの生い立ちや、漫画家への志、自身の漫画哲学、
人生観などを綴ったエッセイ風の読み物になっている。
内容が明解平易で読みやすく、オレも、米沢→東京の新幹線車中で
2時間足らずで一気に読み終えてしまった。
全体を通じてなかなか面白いが、オレとしては、共感・感心できる
部分が8割、懐疑的な部分が2割といったところかな。

まずは、共感できるところから。
何と言っても、最後に著者が書いている「人生、楽しんだ者勝ち」
という突き抜けたような人生観。
くよくよしたって仕方がない、たまには「気にしない」という選択肢
も持ちながら、前向きに楽しんだ方がいい、というのは全く同感。
そして、「人生は自己責任」という考え方。
思うようにいかないと、とかく他人や社会や環境のせいにしたがるが、
良いも悪いも、あくまで自分の選択、自分の言動、自分の考え方、
取り組み方によるものだということ。
これも、100%同感。
自分の職場や、自分の住む街をコキおろす人がいるけど、なんて
自己責任感覚がないと言うか、「愛」がないと言うか、ちょっと
悲しくさえなってくる時がある。
今度そういう話を聞いたら、
「それはオマエが悪いからだ!」と言ってみようかと…。
もうひとつ面白かったのは、「人生経験は鯨のようなもの」という
例え。
そのココロは、「捨てるところがない」。
いろんな見聞、悲しい体験、つらかったこと、楽しかったこと、
恥ずかしかったこと、死にたくなるような思い、などなど、
どれもこれも人生にとってムダなことはひとつもない、と
筆者はエールを贈ってくれている。

さて、最後にこの本に対して、ちょいとばかり懐疑的なところ。
それは、あまりにも楽天的な後付けではないのか、ということ。
今だから自分の人生をきれいに意味付けできたのではないか、
という懐疑。
まあ、ゲスの勘繰りの域を出ないが…。
これまで何回か書いたように、少しでもこう思う読者がいるから、
自伝・自叙伝というのはムズカシいんだと思う。
それでも、この本はそんなに自意識過剰だとは思わない。
中にはあるぜ、手柄話・自慢話・事実以上の武勇伝のオンパレード
のような本や話が。
思わず、「アンタが大将!」と叫びたくなる。
でも、人のフリみてわがフリ直せだよなあ。
とくに、自分より若い人と話す時、気をつけなくちゃなあ。
まあ、年寄りをオダテて陰の笑い話にしてる若い人もいるから、
どっちもどっちかも知れんけど。



今日は参議院議員選挙にサッカーW杯決勝と、国内外で
ビッグなイベントがある。
(選挙をイベントと言うのはいささか失礼かも知れないが)
いずれも深夜から早朝という時間帯ゆえ、まあ、明朝の
ニュースでも見ればいいかと…。
そう言えば、かつてはあれだけ熱狂したプロ野球G戦も
殆ど観ることなく(中継も少ない)、次の日のニュースや
新聞で結果さえわかればいいっていうカンジ。
人間としての「熱」が冷めてきたのかなあ。

File No.155
『ミネラルウォーターBOOK』井上正子監修(新星出版社 1300円)
オススメ度★★☆☆☆

先日久々に図書館に行ってみた。
蔵書の数はそこそこなのに、開架図書がやっぱ少なすぎる。
本の海に浸るというのが図書館の醍醐味のひとつなのだが…。

オレはなぜか昔から多淫、じゃなく、「多飲」の質。
とにかく水物をよく飲む。
夏になればなおさら。
今日一日でも、
ウコギ粉末&根コンブのスペシャルジュース
アイスコーヒー
カルピス(実は大好き!)
お〜いお茶
麦茶(数杯)
野菜ジュース
果実酒
とまあ、飲みに飲む。
1回200ml換算だと2リットルは軽く飲んでる計算。
だから「ぶっくぶく」だったりして…。

で、ミネラルウォーターもご他聞にもれずよく飲む。
たぶん、米沢市内で市販されているものはすべて飲んでいる。
市販されていないものも取り寄せて飲んだ。
旅先でも必ず「地酒」ならぬ「地水」を飲む。
だから、当然のことながら、ミネラルウォーターへの関心も
高い。
で、この本を借りてきたワケだが、紹介されている150本の
うち、約半分ぐらいはまだ飲んでいない。
まだまだ、日本も世界も広い。
ウレシイことに、わが地水「米沢名水」も載ってた。
(誠に残念ながら、終売となってしまい、現在は売られてないが)
その同じページには、飯豊町の「秘境の湧き水」も載っていた。
実は先週、この水の製造販売元の方と飲む機会があって。
一次会から二次会まで、この方のお話は、ずうっと「秘境の
湧き水」からそれることはなかった。
オレも関心あることなんで聞き入ってしまうし、時々質問したり
するもんで、話はますますヒートアップ。
オレは面白かったけど、周りの人はさぞかしゲンナリだったことだろう。
この方いわく、
「前の晩どんなに飲んでも、翌朝この水を飲むとスッキリする」と。
オレ「ホントですかあ?」
この方「ホントだって。2リットルも飲めば、また夕方からバッチリ」
オレ「2リットルも!?」
ん〜、そう言えばこの方、お歳の割にはパワフルで元気だ。
やっぱ、水のお陰なのか。

で次の朝、わが社に置いてあるこの水をコップ一杯ガアーと飲んでみた。
「う、うま〜い」
体内の水分がクリーンになった、ような気がする。
そういうふうにイメージしながら飲むのがなお良いのかも知れない。
だけど、飲みすぎると汗が止まらない。
オレは「多飲」で、実は「多汗」なのだ。
まあ、ぶっくぶくの宿命とは言え、夏はツラい…。



やっと雨が止んだ。
今日こそ!と思い、朝4時30分に起きていざ。
早朝の涼風が気持ちイイ〜。
しっとりとかき始めた汗もまた気持ちイイ〜。
そして今日はサイクル仲間の方とホームビデオでの
フォームチェック。
何回も撮り直しては、あれやこれやと自転車談義。
日曜日の朝早くから、よくやるよオレも。

File No.154
『世界奇食大全』杉浦幸徳(文春新書 830円)
オススメ度★★★☆☆

題名につられて衝動的に買ってしまった本だけど、
読んでみてぶったまげた。
「えっ〜、そんなもん喰えんの?」ってカンジ。
さながらに、「食のケンミン(コクミン)ショー」のようでもある。
随所に織り込まれている奇食のウンチクもなかなか面白い。
2、3紹介してみようか。

熊の掌を煮込んだ「熊掌料理」をご存知だろうか。
熊の掌は右(手)の方がウマイと言われてきた。
オレもそう思ってた。
だって、少し前に小国で熊汁をゴチになった時、同席してた
ある方もそう説明してたし…。
右は蜜をなめる手で、左は大便を拭く手だと言うし…。
でも、左利きの熊だったら?
著者は、椎名誠氏の言を引き合いにして、それが俗信であると
断じている。

次にウサギ。
ウサギって1羽2羽…と数えるって知ってた?
オレは知らなかった。
でも、なぜ?
それは、昔、日本が仏教思想下にあった頃、殺生と肉食
(とくに四足動物の)を禁じていたそうな。
それでも、ひそかにウサギは食べられていたようで、
その苦し紛れの言い訳が、長い耳を羽に例えて、
「これは鳥だ!」ということで、1羽2羽となったという。
ホンマかいな。

この本で紹介している世界の奇食の極め付けは、スウェーデンの
「シュールストレミング」だろう。
オレも見たことも聞いたことも、当然食ったこともない代物
だけど、読んでるだけで「うぇっ」ってカンジ。
(スウェーデンの方ゴメンナサイ)
この「シュールストレミング」というのは、ニシンを缶詰で発酵
させたもの。説明は簡単だが、このニオイが世界最凶最悪なんだ
そうである。
ちなみに、臭いの測定器で測ると、納豆352、くさや447、
フナずし486、そしてシュールストレミングは、な、なんと
8070。
まるで次元が違う。
一体、どんな臭いがするんだ!?
勇気ある著者は、これを取り寄せ、勇敢にも多摩川河川敷で開け、
食するのである。
そのくだりは抱腹絶倒。

総じて、日本の奇食は名古屋地区や長野・伊那地方に多く、世界では
北欧に多いという。
巻末の奇食一覧表で、わが山形県は3つもリストアップされてた。
それは、
さくらんぼカレー
のどやけだんご
クラゲウィンナーコーヒー
ん〜、こんだけではないような気もするけど…。

オモシロ・オドロキのオンパレードのような本だけど、
さりげなく真実も突いている。
奇食にチャレンジできるのは、世界を旅してる人・子供・知的で
教養のある人・かぶき者の4形態だそうだ。
中でも、
「変わった食べ物に挑戦するには、知的で溌剌とした好奇心が
いるのである。偏見や差別を取り払うのは、知性や教養が必要
なのだ」というのには、思わずナットク。

どれ、オレも変わり映えのしない炭水化物系ばっか食ってないで、
プチ奇食にでもチャレンジしてみっか。
でも、ザザムシやベニテングダケ、ヘビ、土、糞、紙などなどは
逆立ちしてもムリ、ムリ、ムリ!



昨年仕込んだ「あんず酒」が飲みごろになった。
仕込んで数ヶ月のもフレッシュでいいが、
1年以上熟成したものがオレは好きだ。
風呂上りに氷を入れてキュッーとやるるのがいい。
ただ、口当たりが良いので、ついつい飲み過ぎるのが
タマにキズ。

File No.153
『開国前夜 田沼時代の輝き』鈴木由紀子(新潮新書 720円)
オススメ度★★★☆☆

地元作家鈴木由紀子サンの作品を取り上げるのは、たしかこれで
3回目。
今回の作品は6月20日に上梓したばかりの最新刊。
日本の近代化へのターニングポイントである明治維新。
その胎動は、およそ100年前の田沼時代からあったという
趣旨で、田沼意次や平賀源内、杉田玄白、池大雅、最上徳内などの
人となりやその行状、功績などを、史料を丹念に渉猟しながら
追っていく。
いつもながら、彼女の史料の読み込みには感心させられる。
歴史小説家にとって、史料の読み込みは基本中の基本なのだろうが、
そこには、インスピレーション(センスとも言い換えられる)、
コンセプト、構成、ストーリー、情緒、そして何よりも情熱が
要る。
実は、そこがオレのような凡人では、なかなかはかり知れない
ところなのである。
本書は、コンセプトが明確に立っていて、登場人物それぞれの
人生や「仕事」の足跡が、みごとにそこに収斂されている。
取り上げられた人物の人生もなかなか面白く、興趣が尽きない。
とくに、平賀源内の人生なんて、毀誉褒貶、波乱万丈というような
形容詞がピッタリくるほど面白い。
田沼意次という人物の観方にも共感をおぼえる。
田沼意次というと、「賄賂」「金権」というようなダーティな
イメージを抱く人が多いかも知れない。
オレたちが学生の頃もそういう教え方をされたので、仕方の
ないことかも知れない。
オレ自身も、ずうっとそういうレッテルを貼ってきたような気が
する。
でも、10年ぐらい前に、山本周五郎の『栄花物語』を読んでから
観方が変わった。
『栄花物語』は、身に沁むような孤独や、息子を誅殺されるという
絶望の淵に立たされながらも、頑なまでに己の意志を貫き通し、
幕政改革に身命を賭していく田沼意次の姿が描かれている。
『樅の木は残った』と同様に、独特の山本周五郎史観ではあるが、
そこには、作家のほとばしるような熱を感じる。
鈴木由紀子サンも、田沼意次を決して悪意では見ておらず、
重商主義へ転換しようとした近代的政治・行政のさきがけ的存在
というような見方をしている。
不肖ながらオレもまったく同感。

ところで、地元で創作活動をしておられる鈴木由紀子サンは、
オレん家からさほど遠くないところに居を構えておられる。
散歩や自転車で通る度に、この家で、膨大な史料と格闘し、
思考に沈潜し、言葉を紡ぎだすというクリエイティブな仕事を
されているのだなあ、と思うと、自然と畏敬の念に打たれて
しまう。
彼女の出世作『闇はわれを阻まず 山本覚馬伝』の感動の余韻が
まだ覚めやらずではあるが、それを凌ぐような壮大で情熱的な
歴史ドラマを紡ぎだしていただきたいものだと願っている。

余談ながら…。
この本がちゃんと地元の書店に並んでいるかどうか2、3店
チェックしてみたら、感心なことに全部複数冊置いてあったので
ひと安心。
でも、ある本屋では逆さに積んでいたりして…。
オレは自分のズグダレは棚に上げて、こういう無神経さが気に
障ってしまうタチで…。
そりゃもう、読ませていただいたお礼に、ちゃんと積み直して
おいた。
並べるだけでなく、ちょっと気の利いたPOPでも付けてくれれば
もっといいんだけどなあ…。


もう2週間以上も自転車に乗っていない。
早くもアキた?
いえいえ、理由の第1はこの雨。
雨の日と夜は絶対乗らないことにしてるんで。
もうひとつ理由をあげるとすると、桧原湖大会が
終わって、当面の目標がなくなったことかなあ。
目標に縛られるのがイヤなくせに、それがなければ
ないでズグダレるこの性格、典型的なナマケモノだなあ。
それも、今に始まったことじゃなくて、小さいころから
そうだったような気がする。
お盆過ぎてあわててやっつけた夏休みの宿題、テスト
前日に初めて開く教科書ナドナド、ヅグダレの足跡
数知れず。
まあ、言ってみれば、生来のナマケモノにして、スジ金
入りのズグダレというところか…。ふう〜。

File No.152
『1Q84 BOOK3』村上春樹(新潮社 1900円)
オススメ度★★★★☆

出たよおBOOK3。
書店にならんだ時にスグ買ったんだけど、時間のある時
ジックリ読もうと思って、2カ月近くも経ってしまった。
昨晩パラパラと読み始めたら、もう止まらなくなってしまった。
気付いたらもう明るくなる頃、うわあっ。
その後も目がさえてしまって、なかなか寝付けなかった。
ん、月がふたつあるんじゃねえだろな、なんて思って外見たり…。
これから読む人に忠告。
深夜に読まないこと。

『1Q84』のキーワードは、
「ふたつの月」
「空気さなぎ」
「リトルピープル」のみっつ。
そして、主人公の「青豆」と「天吾」の去就。
ストーリーは言えないが、これらのナゾが徐々に融解していき、
前作ですれ違った二人が、今作では…。
推理小説を思わせるようなストーリーが、ナゾに満ちた数々の
暗喩に身をまといながら展開していく。
だからと言って、安易なナゾ解きは殆どない。
例えば、天吾の父母・家族関係のルーツは最後までよくわからない。
天吾は本当にこの父親の子供だったのかどうか…。
さらに最大のナゾは、青豆がなぜ空気さなぎを…、おっとっと、
これ以上は言えねえ、言えねえ。
現実の社会での設定なのに、さながら異界に誘い込まれるような
感覚さえ覚えてしまう。
それが村上春樹の才能であり、この本の面白さでもある。

よくわからないけれど、このBOOK3が完結編なんじゃないかと
思わせるような、スバラしく感動的なエンディングが待っている。
とにかく読んでみて。
映画より高いけど、面白さと感動の余韻は金額に換えがたい、
とオレは思う。
まあ、ベストセラーを褒めるというのもソンピンのオレには
ちょいと抵抗があるんだけど、文句なし今年これまでの最高評価
ではあるな。

先日、知人某氏と酒飲んで話していた時、
「オマエ、小林秀雄って読んだことある?」ってきかれて、
「たしか、学生時代にいくつか読んだような…」
「ふ〜ん、じゃあ岡潔って知ってる?」
「数学者ですよね」
「何した人?」
「よくわかりませんけど、何で?」
というような会話を経て、すすめられたのがこの本。
「すっごく面白いゾ。オレなんか3回も読んだよ」
そう言えば、この方からすすめられた本にハズレは少ない。
どれどれ、すすめられるままに…。

File No.151
『人間の建設』小林秀雄・岡潔(新潮文庫 362円)
オススメ度★★☆☆☆

東京で寄った本屋ではなかったので、米沢で夜遅くまで
営業している某書店で残り1冊をゲット。
帰宅して、着替えもしないで、早速に読み出した。
ム、ム…、ちょいと難しいゾ、これ。
稀代の批評家と稀代の数学者、ともに20世紀の日本が
生んだ「知の巨人」と言われるにふさわしく、対談内容も
オレにはとってもハイレベル。
でも、ところどころ、すごく共鳴できる部分もあった。
例えば、岡潔が、
「…矛盾がないということを説得するためには、感情が
納得してくれなければだめなんで、知性が説得しても
無理なんです。…人間というものは感情が納得しなければ、
ほんとうには納得しないという存在らしいのです」
と言ってるところ。
あれ、何だかこの言葉、妙に既知感があるなあ。
どこでだったんだろう、とあれこれ考えているうちに
思い当たった。
そう、村上春樹の『1Q84』だ。
「話さなければわからないことは、話してもわからない」
というようなフレーズがあったっけ。
確かにそうかも知れない。
だからオレも、人の話を聞いてる時、ぜんぜん心に入って
こないことがある。オレの感情が受け入れOKをしていない
時だ。
逆に、自分が話している時も虚しくなることがある。
それは、相手が受け入れOKのサインを発していないと
察知した時だ。
「だから、沈黙は金なり」なんては思わないが…。
「知や意によって人の情を強制できない、これが
民主主義の根本の思想だと思います…」
という岡の言葉は、まさに極めつけ。
また、岡は「思索は言葉なんです。言語中枢なしに
思索ということはできないでしょう」とも言っている。
これも同感。
本を読んだり、人と対話したり、ものを書いたりという
「言葉」を介してしか思索できないし、また、仕事も
できない、とオレは思う。
人の情緒を呼び覚まし、感情を揺さぶるような「言葉」
を紡げるようになりたいものだとは思っているが、
まだまだほど遠い。
知の巨人・小林秀雄にして、それを一生の仕事として
きたわけだから、さながら「無知の虚人」のようなオレでは
何をかいわんや…。

こんなにほめて☆2つってアリ?
それは、ハズかしながら「無知の虚人」にとっては、
ちょいとムズカしかったからかなあ〜。
ところどころはよくわかるし、共感も覚える。
全体としても、なんとなくわかるような気はするんだけど、
ビッグネームすぎて、構えちゃったのかな…。




先々週、突然死したオレのPC、ついに復活はなかった。
しかし、昨日、大きくパワーアップして生まれ変わった。
スピードもサウンドも画像もキータッチもとっても快適。
ありがとねT君。
でもよ、PCも車もどういうメカニズムで動いてんだか
良くわからんのだよオレ。
要は「快適に動けばいい」っていう典型的メカ・オンチの
タイプ。
なんか、オレの生活の土台ってちょっと危ういカンジ…。

File No.150
『サクリファイス』近藤史恵(新潮文庫 438円)
オススメ度★★★★☆

いやあ〜、面白くてイッキに読んだ。
先週末に東京に行った帰りの新幹線で読み出したら
止まらなくなり、危うく米沢を乗り過ごすところだった。
はじめ、後ろのガキがウルサくて気に障ったが、
そのうちオレの隣に来て指で腹を突かれるまで気がつかなかった。
周囲の雑音にナーバスなオレとしては珍しい。
その子にニッと愛想笑いしてやると、恐れをなして逃げてった。
ったくもう、子供にもモテない。
それはともかく、この本は、プロのロードレーサーの物語で、
大藪春彦賞も受賞したサスペンスである。
さらに、本屋大賞の第2位にもなっている。
オレ自身がロードバイクに乗り始めたからなお面白く感じる
のかも知れないが、自転車のことをほとんど知らない人でも
ゼンゼンだいじょうぶ。
ストーリーはさながらロードレースのようにスピーディーに展開
する。ごちゃごちゃ贅肉のようなストーリーはあまりない。
思わせぶりなところもなくて、すごくいい。
ロードレースは1チーム数人で構成され、たった1人のエースを
勝たせるために、他のメンバーは持てる力をありったけ出して
サポートにまわる。
その分、チーム内での心理的葛藤も多いが、強いチームほど
結束力も強い。
主人公の白石誓は、ある国内チームのサポートをしていたが
やがて…。そのチームのエースである石尾には劇的で感動的な
結末が…。
「えっ〜、そういうことだったのか!」というエンディングは
秀逸だったなあ。
書けないのが少々ツラい。

ストーリー以外でもいろいろ興味深いことが多かった。
登坂はプロでもツラい(当然だけど)ということ。
ガッシリした体型の人はなおさら。
つまり、デブにとって登坂ほどツラいものはない、という
ことかな(うぷっ)。
そして、こんな記述も。
「心肺機能がなにより大切な自転車選手で、煙草を吸う人間は
いない」
うげっ〜!耳が痛すぎるっ。
うむ〜、減量して禁煙しなければ、オレの自転車生活の未来は
暗いかもなあ…。


先日、某所で某氏とオレの会話から抜粋。
オレ「白布まで自転車で行ったことあるんスか?」
某氏「うん、何回かな。ここ最近行ってないなあ」
オレ「舟坂峠の下から白布まで1時間切れますか?」
某氏「ど〜かなあ。明朝試してみっか?」
オレ「みっかって、オレも?」
某氏「当然だべ。5時頃よ」
オレ「いやいや、オレはいいっス。脚力も肺活量もまだまだ…」
某氏「足りないのはそれだけか?」
オレ「えっ、まだ何か…」
某氏「根性が足りないんでないのか!」
オレ「……」
ああ、口はわざわいのもと。

File No.149
『ゲゲゲの女房』(実業之日本社 1200円)
オススメ度★★★☆☆

ご存じ、現在のNHK朝ドラの原案になった本。
オレも何回かテレビ観たことあるが、なかなかに面白そうだ。
ヒロインの松下奈緒もハマってるし、脚本・演出・脇役もいい。
時間帯も変わったせいか、視聴率も良好のようだ。
この本の著者は武良布枝、ゲゲゲの女房本人の回想録のような
ものでもある。
見合いから結婚までわずか5日。
相手のことを何も知らず結婚し、異郷の地で苦労を重ね、そして
「終わり良ければすべて良し」と達観できる女性のおおらかさ。
水木しげるが夜を徹してカリカリとマンガを書き込む背中を
見ながら、女房は愛情を醸成させていく。
売れない時代が続き、まさに「赤貧」の時も、この愛情と
おおらかさがあったから乗り切れたんだと、読んでいてつくづく
思う。
そりゃ、書けないような辛さや恥ずかしさ、悔しさもあっただろう。
回想というのは、得てして過去を美化したり、意味づけをしたり
しがちで、そういうところが読者を白けさせてしまう。
だから、自身の回想録や自叙伝というのは難しいのだ。
フツーの人だってそういう傾向が多分にある。
だけど、この本は(編集者がいいのかも知れないが)、身の丈を
常に意識していて、イヤミなところがそんなに感じられない。
だからドラマも多くの好感を集めているのだろう。
自分の母親とほぼ同年代の方の回想だから、はっきり言って
やや退屈に感じる部分もあるが、読み終えてみると、
永年培った夫婦関係というのは、なかなかに味があるって
思ったなあ〜。
25年ぐらいではまだまだ。
しなびるほど味が出てくる。

すこし前に、「見つめるナベは煮えない」ということを書いた。
つまり、まだか、まだかと思いながら事を待っていると、
それが長く感じると言う意味だろう。
それを言い換えると、「見てる坂は登れない」とオレの場合は
なる。
登り坂にさしかかると、その頂上を見ながら走ると遅々として
進まずイヤになってしまう。そこで、一計を講じてみた。
頭を下げ、足元をみながらひたすらこぐ。
そうすると、時間と登坂距離の見通しの関係が切れて、何となく
精神的にラクになる、ような気がする。
人生すべからくそういう傾向があるかもしれない。
先の困難な道のりばかりを見て(考えて)いると、チャレンジ
精神が徐々に萎えてくる。少し、先が見えない方がいいのかもなあ。
ん、何のはなし?

File No.148
『生きる意味』上田紀行(岩波新書 740円)
オススメ度★★★☆☆

昔からオレのような凡々人は秀才に弱い、ことになっているらしい。
でなきゃ、こんなベタな(失礼!)タイトルの本はまず買わなかった
ろう。
先日、生まれて初めて東京工業大学のキャンパスに入る機会があった。
ここは、わが国の理工系の秀才が集まる大学らしく、それだけでも
オレには縁遠く、畏怖の対象ですらあった。
そして、菅首相もここの出身とのこと。
どおりでキレるお方だ(キレすぎると前首相は言ってるが)。
で、おそるおそる大学内の本屋さんに入ってみたら、案の定、
理工系の難しそうな本がズラリ。
そこはスっとばして、文庫・新書のコーナーを見たら、
「東工大生に一番読まれている新書」というPOPが目につき、
思わず買ってしまったのが、この本。
読んでいくうちに、なんでこの本が東工大生に一番読まれている
のかがわかった。
この著者が東工大の先生なんである。(なあ〜んだ)
それも、学生評価によるベストティーチャーにも選ばれたことも
ある人気の先生らしい。
この著者の専門は文化人類学、つまり文系。
理工系の大学で、文系の先生がベストティーチャーに選ばれたの
だから…。
読んでいくと、確かに面白い、というよりも心に響いてくる。
それは、著者自身がノイローゼになって大学を留年してまで
悩みぬいた実体験があるからだろう。
そうした体験を踏まえたメッセージをわれわれに贈ってくれて
いる。
小さい時から与えられた価値観から抜け出せない自分、生きる
意味を見出せないと思っている人は、ぜひ読んでみるといいかも
知れない。
「世界にはいたるところに中心があり、その中心どおしがお互いを
尊重し合う社会への道がそこにある。与えられた『生きる意味』を
生きるのではなく、ひとりひとりが自分の人生の創造者となるよう
『生きる意味』を再構築していくことは、私の尊厳とあなたの尊厳を
ともに回復していく歩みなのである」
これをキレイ事だとか、理想論だとかで片付けてしまうとしたら、
それこそ救い難いことだと、オレは思う。
オレ的な単純な結論は、これからも自転車だけでなく、自分の
心が自然にワクワクすることに積極的に関わり、その人間関係の
中で「生きる意味」を深化させていくこと。
かなり自分に都合の良い解釈ではあるが…。


2週間ぐらいご無沙汰してしまったかな。
原因のひとつは連夜の飲み会。
もちろん仕事がらみばっかだけど、自分で自分の
首を絞めていることもあるんで、なんとも…。
もうひとつはPCが壊れたこと。
先日アップしようと思ってPCをひらいたら、
突然、ディスプレイが緑一色(青じゃなくて)になって
ウンともスンともいわなくなっちまった。
わが社のPC.Dr.にみてもらったら、どうやら
ハードディスクがやられたらしい。
その上その日は、前夜の飲み会で大事な手帳を紛失したらしく、
とっても、とってもユーウツな一日だった。
手帳はあったが、PCの復旧見通しは立たず…。

で、先週の桧原湖一周サイクリング大会。
絶好の天気にも恵まれサイコーだった。
前夜の壮行会の盛り上がりをそのままに、わがチームは
スタートから先頭集団に!
(まあ、スタート付近に並んでいただけの話だが)
総参加者数約1200名。
さぞや、名車や鍛え抜かれたサイクリストがズラリ、と思いきや、
子どももいっぱい、ママチャリもチラホラ。
ロードバイクは全体の4分の1ぐらいかなあ。
ちょいと拍子抜け。
でも、競技じゃなくレクリエーションなんだからと気を取り直して
レース、いやコースへ。
最初はラクチンだったが、後半からが少々キツイ。
大汗かきながら何とかゴール。付近の様子を伺うと、100位以内
に入ったのではないかと…。
先着のチームメイトにして準エース級は、なんと3着ゴール!
ワンダフル!
で、1位は?
それが、若き女性の方だったらしい。
この方、なんと、大会当日の朝、練習に桧原湖からスカイバレーの
頂上まで行ってきたんだって!
どの世界にも上には上がいるもんだ。

ん?、これは自転車ブログじゃないよな…。

File No.147
『世界極悪人大全』桐生 操(文春文庫 705円)
オススメ度★★☆☆☆

酔眼をこすりながら、毎晩寝床で30分ぐらい、少しづつ読んでた。
ナントまあ、世の中にはこんなに極悪人がいたもんだ。
最初の近・現代編の独裁者・暴君の項は、時代が近すぎて妙に
ナマナマしい。
毛沢東、スターリン、ヒトラーなどなど、歴史の教科書でも
おなじみの面々だが、その暴虐ぶりはすさまじい。
ワルのスケールが違うって感じかなあ。
その時代その場所に生きてなくてホントに良かった。その頃に
比べれば、今の世の中そんなに悪くない、と安堵したような
気になって毎晩アンミンにつくことができた。
ちょっと笑えるのは第3章のペテン師たち。
「そんな幼稚なペテンにひっかかるヤツいんのかよ?」と
思わせるが、実際いたのである。
例えば、その昔西洋でのこと。見たことも聞いたこともない東洋
(日本や台湾)のことを皆にしたり顔で話し、勝手に創作した言語
を操り、本まで出したという超努力型ペテン師。
このご仁、ウソがバレて、さびしい晩年をおくっていた時、
ことの顛末を告白した本を出したと言う。
一度読んでみたいもんだ。どんな創作日本語を話してたんだろう。
まあ、世の中は常人やオレのような凡人では想像さえつかない
ことが起きる奇々怪々な闇に包まれているということか…。
言い方をかえれば、凡々たる一人の人間が把握できることなんて
タカが知れてるということ。
だから人間は謙虚であらねばならないんだなあ。
ウム、ベンキョーになった。


今日は田植え日和。
長らく低温の日々が続いて、今年はどうなることやら、
と思っていたが、このところ春本来の陽気が戻ってきたようだ。
で、さっそくビーグル・ブルー�兇望茲辰独瑤喀个靴拭�
どこもかしこも、田植えの人がおおわらわ。
農家の人たちの苦労を見るにつけ、豊作を願わずにはいられない。
もっとも、豊作過ぎても考えものらしいが…。
市場経済はなかなか難しい。

File No.146
『黒い看護婦』森 功(新潮文庫 438円)
オススメ度★★★☆☆

これも古本屋さんでまとめ買いしてきた本の一冊。
憶えているだろうか。
平成14年に世の中をあっと言わせた、福岡の女性4人組による
保険金連続殺人事件。
女性だけ4人、しかも「聖職」とも言うべき看護婦が起こした
残忍極まるあの事件を追ったドキュメンタリーである。
いやはや驚きを通り越して、戦慄をおぼえ、「ほんとかよ」って
何度思ったことか。
よく、「事実は小説より奇なり」と言うが、
事実は小説より圧倒的にリアルであり、且つ恐ろしい、とつくづく
思わせられた。
主犯格の吉田純子が、その飽くなき金銭欲と虚栄心を満たすため、
次から次と詐欺・だまし、そして殺人に手を染めていく。
他の3人は共犯でありながら、吉田純子の詐欺の被害者でもある。
だましの手口はそれほど巧妙ではない。
時には、余りにも幼稚過ぎてあきれてしまうぐらい。
なぜ、こんな稚拙な手口にいとも簡単にひっかかってしまうのだろうか。
きっと、冷静な判断を下せる心理状態ではなかったのだろうが…。
とくに、第4章「最初の殺人」で、仲間の一人である和子の夫を
殺害するシーンは、皮膚が粟立つほど迫真で、言い知れぬ恐怖を
感じた。
小説の殺人シーンなんかメじゃない迫力。
そりゃそうだ、ほぼ事実のことなんだから。

こういう本を読むと、非行や犯罪の抑止力って何だろうって
考えてしまう。
さっきもある会合の飲み会で、ある人とこれに似たような話に
なって、基本的な思いが一致して、思わず握手したくなった。
人を非行や犯罪、自死に追いやらないようにする最大の抑止力は、
多くの人たちとの親密な関係性を持つことにある、と思う。
多くの人が自分を気にかけてくれてる、自分に愛情を注いでくれる、
自分を心配してくれてる、自分は多くの人たちの愛情のおかげで
生きてこれて、これからもそういう関係の中で共に生きていく…
という自覚。
でも、そうなるためには、自分も多くの人に愛を注がなくては
ならない。
愛し愛されながら人と人との関係性を築き、それが小さな怒りや
憎悪を乗り越える。そうしながら、人間は精神とかモラールの
バランスをとっていく(つまりオトナになっていく)のだと
オレは思うのだが…。
とまあ、エラそうなこと言ってるわりには、オレもオトナに
なり切れていないなあ、と反省することしきり…。

本題にもどって。
著者は、この事件を総括的にこのような言葉で締めくくっている。
「ありふれた中年女性による猟奇的な犯行。それこそが、看護婦
4人組の連続保険金殺人の特徴であり、それゆえ捉えどころのない
奇妙な感触が残る」と。
最後に裁判所の公判で、死刑を宣告された直後の吉田純子の口元に
笑みが浮かんでいるのを著者は見逃さなかった。
何とも奇妙で、背筋が寒くなるような余韻でもある。



この間の休日、今シーズン初めて山に行った。
山登りではなく、山菜採り。
20年ぐらい前に知人に連れられて行ってからやみつき。
自転車と同じで、あまり主体性のない始まりだったが、
どんどんのめり込んで行った。
何がそうさせたか?
山から帰って気がつくと、山や山菜のこと以外なあ〜んも
考えていなかった、ということかな。
キャリアはある程度長くなってきたが、未だにリュック半分
ぐらいしか採れない、というか採らない。
最初はリュックぱんぱんの人が羨ましかったが、今はぜんぜん
気にならない。
山菜採りはほどほどに楽しみながら、実は、深山の春に浸って
いることが、オレの精神衛生上すごくいい。
(負け惜しみじゃなくて)

File No.145
『やれば、できる。』小柴昌俊(新潮文庫 362円)
オススメ度★★☆☆☆

以前、古本屋さんで100円均一の文庫本を20冊ぐらい
まとめ買いしたことがある。
特別に読みたい本があったワケではなく、ただ手当たり次第の
いつものビョーキ。
で、買った本は何ヶ月も積まれっぱなしの状態に。
先日、長編の『不毛地帯』を読み終えた後、短編をさらっと
読んでみたくなって手にとったのがこの本。
ご存知のとおり、小柴昌俊センセイは、「宇宙ニュートリノの
検出に対するパイオニア的貢献」で2002年のノーベル物理学賞
を受賞した方である。
同じ年に、民間企業のサラリーマンである田中サンもノーベル賞を
受賞したため、話題をさらわれてしまった感はするが。
この小柴センセイ、順風満帆の研究者生活ではなかったようだ。
小児マヒにかかったり、陸軍幼年学校入学の夢に挫折したり、
旧制高校の入試に失敗したり、東大物理学科をビリで卒業したりと、
波乱万丈だった。
でも、いくらビリとは言え、天下の東大での話だからなあ。
本の中で東大在学中の成績表が公開されているが、オレにはそんなに
オドロキはなかった(悲しいことに)。
「まあまあじゃん」ってカンジ。
基準がゼンゼン違うんでしょうナ。

ところで、ニュートリノってなに?
小柴センセイは、オレのような理系オンチの読者も想定して、ちゃんと
説明してた。
「ニュートリノは物質を形作る素粒子の一種で、宇宙の始まり、
ビッグバンで大量に生まれたと考えられている。…1センチ立方に
約300のニュートリノが存在し、宇宙に満ち満ちている…。
電気的に中性であることからの命名で…」云々。
で、小柴センセイとそのチームは、「カミオカンデ」という装置で
超新星が爆発したときに生じたニュートリノを世界で初めて
検出したというワケ。
その爆発は、なんと検出の17万年前に起こったものらしい。
地球から遠く離れたところで17年前に爆発した超新星の
ニュートリノを、岐阜県の山奥で、世界初の検出に成功したのだ。
遅ればせながら、スバラシイ!

ちなみに、ニュートリノの検出装置(というか大仕掛け)の
「カミオカンデ」って、なんか専門用語だとばっか思ってた。
が、その命名の由来は、岐阜県の神岡(KAMIOKA)から
とったものなんだって。
ある理系出身の知人に質問してみたら、
「みんな知ってんじゃあないの、そんなこと」
(ゲッ、ウソ、知らなかったのはオレだけ?)
「そ、そうだよなあ…」

まっいいか、ホントに遅ればせながら、小柴センセイがどういう
人で、どういう業績でノーベル賞を受賞したかがわかっただけで、
この本を読んだ甲斐があったというもんだ(と思うことにしよう)。

もし、読んでみようと思う人がいたら、
第5章「17万光年の彼方からの贈り物」は圧巻の面白さだよ。

あ、そうそう、もうひとつ。
小柴センセイが外国での研究生活から帰国してからのこと。
どんな偉い人に対しても、違うものは違うと主張し、指摘された方も
それを真摯に受け止め、真理を追求していくという合理的な言動が
身についていて、それが、日本的な組織から疎外され、いやになった
というようなことが書いてあった。
これには、ハっとさせられた。
(組織上あるいは年齢が)上の者に対して「それは違う(と思います)」
と敢然と言えるか。下の者からの異議や指摘に素直に耳を傾け、
その方が正しいと思ったら、考えや方向性を修正していくような
しなやかさをオレは持っているだろうか…。
(文句や感情、個人的見解、思いつきなどを異議主張と勘違い
しているような例もあるだろうけど)
「まっ、めんどくさいからいいや」とテキトーにおもねったり、
ダンマリを決め込んだりしていると、その組織は知らず知らず
空洞化し、瓦解していくのではないか…、と思う。
仕事上は是々非々で物が言える雰囲気を作っていかなきゃなあ。
後にひかず、根に持たず、ドロドロしないで明快に、フランクに。
小柴センセイでさえ苦労したんだから、
言うは易く、行いは難し、かもしれないけど…。



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