ぶっくぶくの部屋
ぶっくぶくの部屋
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筋肉硬直!?
首筋から肩が重苦しくて、あちこちのマッサージ屋さん
に行っている。どこそこがいいと聞けばすぐに。
今までに4、5軒行ってみたが、その時は気持ちいい
ものの、なかなか根治とはいかない。やはり単発で
治るものでもないらしい。
先日はカイロプラクティックなるものを初体験した。
身体のいろいろなツボをかなり強めに刺激アプローチ
するもので、これがナカナカ良かった。
施術してくれた方は大汗で奮闘。
施術後、オレが
「こってるでしょう?」と聞いたら、
「もうこってる以前の問題。筋肉が硬直化してますねえ」だって。
うむ〜、こりゃ気長に通ってみるしかないかなあ〜。
File No.307
『ふしぎなキリスト教』橋爪大三郎×大澤真幸(講談社現代新書 840円)
オススメ度★★★★☆
この本、新書大賞2012で第1位に選ばれたこともあってか、
全国でかなり売れているらしい。
これはオレもちょいと読んでみなきゃ、と思い、さっそく買ってきた。
読んでみたら、これはナルホド売れるわけだわ。
訊くに訊けない、誰に訊いたらいいかわからないようなキリスト教に
関する根源的・基本的な問いと答えを、二人の社会学者の対談という形で、
構成している。
それも、読者の知的興奮を呼び起こすような内容で。
例えば、「アーメン」ってどういう意味なのか?
「その通り、異議なし」という意味で、人の言うことを確認し、
合意することで、いわば反復するような言葉なんだそうだ。
キリスト教はご存じの通り一神教。
では、なぜ一神教は偶像崇拝をいけないこととしているのか?
それは、偶像を作るのが人間だからなのだそうだ。
つまり、人間が自分自身をあがめることになってしまう。
そしてさらに、キリスト教最大の疑問、イエス・キリストは
何者なのか?
預言者の範疇になるかもしれないが、ただの預言者ではない。
メシア(救世主)であり、神の子でもあるという存在。
キリスト教がユダヤ教と違うところは、イエス・キリストの
存在ということに尽きるとも言われている。
そのほかにも、十二使徒のユダは本当に裏切り者だったのか、とか、
アダム・スミスが市場経済を「神の視えざる手」といった革命的
卓見の話だとか、実に興趣尽きない話が展開されている。
最後に、戦後日本の「日本国憲法」「民主主義」「市場経済」
「科学技術」「文化芸術」いずれも、その根源的バックボーンに
キリスト教がある、ということを寓話的に示唆しているのも
読後の大きな余韻となっている。
ハマると眠れなくなるほど面白いかもよ。
2012.04.01:
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やっぱり落語は面白い!
酔っぱらって本も読めないような夜は落語を聴くに限る。
しばらく聴いていなかったのだが、ここ最近また静かに
ハマりだした。
昨晩は志ん朝の「品川心中」に聴き入っていたのだが、
いつの間にか寝てしまって、最後にどうなったかわからなかった。
今晩また最初から聴き直そうと思ってる。
先日、談志の「紺屋高尾」を悦に入って聴いていたら、聴き耳を
たてていたらしい家人が、
「この話、この間歌丸が話してたなあ〜」
そうか、先日米沢に歌丸が来た時、直前になってオレの券を
とっかばいして行ぎやがったんだっけ。
「何年も働いたお金で遊郭で遊ぶ話でしょう。男って今も
昔もバカだずねえ」
おいおい、そういう解釈かい!?
人情の機微がわからん奴は落語なんて聴くなよ、もうっ!
File No.306
『おしまいの噺』美濃部美津子(アスペクト文庫 724円)
オススメ度★★★★☆
落語の前振りをしたのはこういうワケ。
この本は、名人と謳われた五代目・古今亭志ん生の長女が書いた
父・志ん生とその家族の物語である。
志ん生の破天荒な言動や、常軌を逸した貧乏生活については、
志ん生自身が書いた『なめくじ艦隊』や『びんぼう自慢』などで
読んだ。
それはそれは、もうびっくりするぐらいの貧乏ぶり。
落語『文七元結』の中で、遊郭に逃げ込んだ娘をもらい受けにいく
親父が、着るものがなくてカミさんの着物を引っ剥がして着て行く
というシーンがあるが、まさにそれを地で行くような実話だ。
若き日の志ん生は、カミさんが内職で預かってきた着物さえも
質に入れて酒代にしたというから凄まじい。
しかし、もっとスゴいのは、カミさんも娘(著者)も、決して
志ん生を恨んだり憎んだりしていない、ということだ。
「まったく困った人だ」と言いながらも、心の中では、志ん生の
稚気や才能を愛していたことが窺われる。
だいたいこういうオヤジを持つと、子供はグレるか家を離れるか、
憎しみを募らせて手を挙げてしまうか、というふうになるのかも
知れないが、志ん生一家はさにあらず。
志ん生を輪の中心にした優しい愛で包まれている。
だからこそ、志ん生は稀代の名人落語家になり、その子馬生(長男)、
志ん朝(次男)も父のDNAをしっかり受け継いだ名人となった
のだ、と言えるのではないだろうか。
ダンナに男を上げさせたいなら、女房はゴチャゴチャ小言いわないで、
大きな慈愛と信頼感を寄せてやることだ、ということだよねえ。
まあ、オレの場合は何の才能も甲斐性もないから、甘くされると
いい気になって堕落していくばかりだろうけど…。
残念なのは、多くのファンからその才能を愛された志ん朝が円熟期に
差しかかった頃に亡くなってしまったこと。
志ん生も馬生も志ん朝も、もはやCDやDVDでしか聴けなくなって
しまった。
落語はやっぱ噺家の熱が伝わってくる「生」が一番いいなあ。
2012.03.31:
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ちょいデジおやじ
「洗濯機が壊れた」とここ数日家人が騒いでいる。
新しく買い替えるにあたって、性能とか価格とか
調べて選んでくれと言われるのだが、こちとらそんな
煩雑なことはまっぴらごめん。
第一、洗濯機の性能なんてオレにわかるハズがないじゃないか。
洗濯機だけでなく、電子レンジや炊飯器の使い方だって知らない。
最近のテレビやレコーダーのセットだって一人じゃ出来ない。
スマホも当然持ってない。
スマホを自在に操る人はまるでマジシャンのようだ。
要するに「デジタル音痴」且つまれにみる「めんどくさがり屋」。
でも、パソコンやケータイは少し使える。
仕事に必要な最小限だけだけど…。
すべてアナログだあ、とも居直れないんだなあ〜。
こういう中途半端な中年を「ちょいデジおやじ」とでも呼ぶの
かしらん?
まあ、いずれにしたってアタマもココロも基本アナログだけどねえ。
File No.305
『わが母の記』井上 靖(講談社文庫 476円)
オススメ度★★★☆☆
井上靖の著作は中学・高校の頃から親しんでいた。
とくに自伝的作品である『しろばんば』『夏草冬涛』『北の海』
は、著者の少青年期の抒情が、伊豆湯ヶ島や金沢の風景描写とともに
心に刻まれた。
ごく何気にこの本を手にとった後に、来月に映画公開されることを
知った。
そして、この本を読み始めた頃、オレの老母も少し体調を崩して、
老いが確実にやって来ていることを改めて知らされた。
この時期にこの本…、なんだかめぐり合わせみたいなものも感じる。
この本は、著者の母・八重の高齢期の記録のような小説である。
母八十歳の頃の第一章「花の下」。
八重は同じことを何べんも繰り返したり、大昔のことを話したり
するかと思えば、時々正気に戻る、いわば「まだら」状態。
八十五歳の頃の第二章「月の光」。
八重の老耄はさらに進み、家族の認識が出来なくなったり、徘徊
したりする。
そして死期を迎える最終章「雪の面」。
この頃の八重は、老耄ながらも自己主張する体力もなくなる。
そしてだんだん幼女に逆戻りしていく。
父や家族らと暮らした30代・40代・50代、それ以降の記憶
が見事なまでに彼女の中から消去されていく。
息子・娘にとって、これほど悲痛なことはない。
そういう老母の変化の傍らにあって、著者はあくまでも一見冷静そうに
筆を進めてはいるが、嘆息・失望・懊悩の連続だったに違いない。
家族との思い出が次々と消去されていく実母の姿を見て、
平気でいられるわけがない。
母の頭の中には一体どんな想念が浮かんでは消えているのだろうか、
と思いつつ、やがては大きな恩愛で包み込んでいこうとする息子…。
やっぱ、男の多くは母親に特別の情を持っているのかも知れない。
異常な母子愛は別として、フツーの母と息子の間に通う特別の情
みたいなものをマザコンと一括してしまうのは、ちょいと人間が
浅はか過ぎる。
2012.03.20:
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陽春まだ遠し
数日前に上京した折、とある庭園のカワヅザクラが満開に
なっていた。そもそも早咲きで小さく可憐な花をつけて
いるので、そんなに目立たないが、春を実感させることに
かわりはない。
この庭園、20日から桜まつりとなり、庭内のいろんな
桜が次々と花を咲かせていくようだ。
旧所有者である某宮家の優雅な趣向の名残りでもある。
一方、ここ米沢…。
さすがに街の中はめっきり雪が少なくなってきたが、
我が家のあたりはまだメーター級の雪がもっこり。
もうお彼岸だと言うのに、今日は時折よこなぐりの吹雪。
毎度のことながら、なんたる彼我の差。
でも、この雪が清冽な水資源を生み、豊饒の実りをもたらして
くれるのだと思えば、耐えられなくもないか…。
File No.304
『現代語訳 史記』司馬 遷 大木 康=訳・解説
(ちくま新書 780円)
オススメ度★★★☆☆
以前、ある出版社が各界著名人の座右の書に関するアンケート
結果を載せていた。
その第一位が『史記』。それもダントツで。
これはオレもひとつ、と奮起して全10数巻を大枚はたいて購入。
いざっ、と読み始めたが、注釈だけでは四苦八苦。
英語と同じ年数ぐらい漢文も習ったハズなのだが、やはり
余り身に付いてはいなかった。
あえなく挫折。
それからおよそ10年。
この本を本屋で見つけた。
なにせ「現代語訳」というのが有難いではないか。
しかも、新書というボリュームも、オレのオツムには有難い。
で読み出したら、これは面白い。
著者(編訳者)の訳や解説、構成が巧みなのかも知れない。
膨大なボリュームの中からエッセンスを絶妙に編みだし、
『史記』の世界にうまく誘ってくれる。
そもそも、司馬遷が『史記』を書いたのは、まだ紙が存在しない
時代のこと。竹簡や木簡、絹などに書かれたそうで、その量たるや
130巻にも及んでいる。
今から2000年以上も前の超古典なのに、今もって世界の人々に
読み継がれているのはなぜか?
それは、おそらく登場してくる人物たちの際立った個性とその
魅力なのではないだろうか。
中国では後に「科挙」という試験制度が施行され、立身出世への
道がシステム化していく。
しかし、『史記』の時代には、自らの才覚・才能・運・度胸で
自らの道を切り拓いていくダイナミックさがあったのだと思う。
『史記』の中で最大の勝利者として記されている高祖劉邦などは
そのさいたる者だろう。
劉邦のライバル項羽と同席に会した「鴻門の会」は、『史記』
のクライマックスシーンのひとつ。
圧倒的武力優位を誇る項羽が、ここで劉邦を仕留められなかった
ことが、歴史の大きなターニングポイントになった。
劉邦は後に漢王となって、項羽を追い詰める。
項羽は敗走に敗走を重ね、その身体にかけられた賞金と恩賞
目当ての武将たちに五つに引き裂かれるという壮絶な死を
遂げるのである。
因みに、直江兼続から上杉家へと伝わった『史記』は、
南宋時代の黄善夫刊本。現在は国立歴史民族博物館に所蔵
され、国宝に指定されている。
これはガゼン『史記』を読みたくなってきたぞ。
まず漢文の基礎から勉強し直してから…。
うむ〜、そんなことしてると、一体いつになるのやら…。
2012.03.19:
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祈りの日
今朝の読売新聞、コラム「編集手帳」が一面トップに載った。
普通は一面の下段が定位置だから、きわめて異例のことだ。
その見出し
「時は流れない。雪のように降り積もる。
人は優しくなったか。賢くなったか。」
午後には、すめらぎのお言葉が再び国民の心を震わせた。
今日は祈りにつつまれた日…。
File No.303
『上杉鷹山の師 細井平洲』童門冬二(集英社文庫 667円)
オススメ度★★★☆☆
ここ米沢では、細井平洲は鷹山公の師として広く知られている
偉人の一人である。
しかし、細井平洲がどんな人物で、どのくらい米沢と関わって、
どんな教えを施したのか、となると、オレも恥ずかしいことに
詳しくは知らなかった。
そんなことが、この本を手に取るキッカケになったのかも知れない。
これは、基本的には史実に基づいた歴史小説で、多少は脚色も
入っているかも知れない。
物語は、江戸・両国橋付近から始まる。
ここで、一般民衆を相手に野外で辻説法をしているのが細井平洲。
その聴衆の中に、米沢藩の藩医・藁科松伯がいた。
そう、この藁科松伯が新しい藩主となる上杉治憲公(後の鷹山公)の
教育係に細井平洲をスカウトしたのである。
そこから、貧窮の極みに達していた藩財政の改革や、固陋な組織
体制の改革、産業振興、藩校再興による人材育成などなど
治憲公の身命を賭した改革事業が展開していくのである。
改革の精神は、火種のエピソードにもあるように、
「家臣の一人ひとりが自分の胸の松明に火を灯せ」ということ。
これは、ジョン・F・ケネディが米大統領に就任した際に言った
「新しい松明に火は灯された」という精神に通じる。
さらに、オバマ大統領の「Yes we can」は、治憲公の
「なせばなる」と同じことじゃないか。治憲公はケネディやオバマ
より200年も先にこの境地に達している、と著者は指摘する。
なるほど、そうだよなあ。
また、治憲公の一貫した信条は、「民の父母たれ」ということ。
この小説の中でも繰り返し繰り返し出てくることで、その基本は
最後まで少しもブレていない。
ここが凡器の為政者とは違うところ。
いかなるスタンスで人生を生きるのか、ということは、何も為政者
ばかりではなく、オレたちみんなにとって実は大事なことなんだ、
ということも気付かされる。
へえ〜、そうなんだ、と思ったことをもうひとつ。
治憲公治世の頃まで直江兼続の法要が行われなかった。
それは、上杉家窮乏の原因が、時の執政・直江兼継のせいだ
という恨みが根強く残っていたからだという。
その直江兼続を再評価して、上杉家存続に果たした功を追善し、
改めて供養したのが治憲公なんだそうだ。
上杉鷹山公と細井平洲の出会い。
血のにじむような改革の日々。
師との心のふれあい、ゆるぎない信頼関係。
そして惜別。
細井平洲最後の米沢入りを記念して建てられた「一字一涙」の碑は、
著者の心にも、オレたちの心にも切なく響く。
2012.03.11:
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眠気もさめる
ある大学の先生の話を聞いてて、つくづく思うことがあった。
ひとつは、この世の中はわからないことだらけだ、ということ。
だから、われわれ人間はもっと謙虚になって、わからないという
ことを知り、ひとつひとつブレイクスルーしながらわかるための
努力をし続けていかなければならない。
ふたつめは、学問は世の中と関わりながら役に立つものでなければ
ならない、ということ。
そんなこと当たり前じゃん、と思われるかも知れないが…。
そしてみっつめが、ロジック(論理)と伝えることの大切さ。
誰にでもわかるように伝えるというのは、簡単なようで
難しい。
件の先生の話も専門的な内容なのだが、わかりやすかった。
わかりやすい話は眠気もさめる。
そうか、学校の授業中寝てばっかいたのは、何もオレだけの
せいじゃなかったんだ、ってある人に言ったら、
「いいや、それは君の自覚のなさに尽きる!」
ぎゃふ〜ん
File No.302
『我関わる、ゆえに我あり−地球システム論と文明−』
松井孝典(集英社新書 740円)
オススメ度★★★☆☆
松井孝典とは、わが国を代表する地球惑星物理学者。
彼が一躍世間に名を知られることになった三冊の著作を
20年ぐらい前に貪るように読んだ憶えがある。
その三部作とは、
『地球・宇宙・そして人間』
『地球・46億年の孤独』
『150億年の手紙』
である。
この三冊はオレの五つ★級の本で、今も本棚の一等地を
他に譲っていない。
いずれ再読したいとも思っている。
その後も何冊かの著作を読んだが、今回は久々の新刊
ということで、本屋に並んだその日に買って読みだした。
以前の著作は、地球誕生や宇宙創成のナゾに挑む気鋭の
学者のほとばしるような情熱を感じ、ワクワクしたもの
だが、60歳をとうに過ぎてしまった彼が今回書いたのは、
どちらかというと哲学的な内容である。
「我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこに
行くのか」
というゴーギャンの画題をこの本の命題になぞらえている。
これだけ世の中が変化し続けていくと、「我々はどこまで
行ってしまうのか?」とそら怖ろしくなってしまう。
同じようなことは、産業革命で我々「人間圏」が内部駆動力
を持った時もあった。
つまり、自然とほぼ完全に沿って生きていた時代から、
石炭や石油など化石燃料を駆使して自然に抗し、時間距離を
大幅に短縮した。
今の情報化の進展も、われわれ人間の能力をはるかに超える
ツールと化してしまっている。
こうした「進歩」と言われていることは、人間を本当に
幸福にしているのだろうか、人間をとりまく森羅万象を
本当にわかっているのだろうか、ということも考えさせられる。
松井孝典がこの本を書いた動機のひとつが東日本大震災だそうだ。
今回の地震はプレートの歪みによるものだということが広く
知られたが、このプレートテクトニクスという考え方で
地震のメカニズムを説明できたのは、わずかに50年ぐらい
前のことだそうだ。
また、東日本大震災はマグニチュード9、遡上高40メートル
を超える津波がわが国を襲ったが、今から6650万年前の
直径10kmを超える小惑星が地球に衝突した時の衝撃は、
マグニチュード10をはるかに超え、津波の高さは300メートル
にもなっただろうと。
そして、それが地球システムの大きな擾乱となり、恐竜をはじめ
多くの生物種の死滅を招いたことは広く知られている。
つまり、地球システムや宇宙のことについて、われわれはまだ
多くのことをわかってはいないのである。
だからと言って怖れおののくばかりでなく、謙虚に、そして
ひたすら前向きに生きていくしかない、ということを
この本は教えてくれる。
ところで、宇宙は膨張し続けていて、それが加速してるらしい。
さらに、この宇宙には無数の宇宙があり、われわれがいるこの宇宙は、
そのうちのひとつの宇宙に過ぎないという解釈というか考え方が
あるんだって。
もうこうなると、オレのボンクラ頭では想像すら及ばない世界に
なってしまうよなあ〜。
2012.03.04:
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ちょっと楽になったかな
昨年から肩がめっぽう凝る。
それがここ数週間かなり痛くなって、首までつらい。
いろんな人に情報を聞きまくって、とりあえず市内
某マッサージ店に行った。
一見さんの上、予約なしだったので、40分コースなら
ということでさっそく。
まずはアタマ。
う〜む、なかなかキモチいい。
「デカいアタマですねえ〜」
とはさすがに言わなかった、というより言えなかった!?
最初はマッサージ師の方と軽く会話してたのだが、
そのうちムニャムニャ…ZZZZ
この「まどろみ」がええんじゃにゃあ〜。
で、あっと言う間に終了。
ちょっとは楽になったような気がする。
まあ、身体も少々楽にはなったけど、何よりも短時間ながら
精神的なリラクゼーションになった。
こんどは1時間コースでやってもらおうかなあ。
毎週通ってた日には小遣い会計破綻しちまいそうだわ。
File No.301
『運命の人』一〜四 山崎豊子(文春文庫 619〜638円)
オススメ度★★★★☆
全四巻、ようやっと読み終えた。
1週間以上もかかっちまった。
そりゃ無理もない。
毎晩、酔眼を必死にこらして読んで、およそ1時間後には
そのままのかっこうで爆睡にはいってしまうんだから。
そして翌晩は、前の晩の後半を憶えてないので、数頁さかのぼって
読み始める…、そんなことの繰り返しなのよ。
そもそも、日曜日のドラマを観たのがキッカケ。
なかなかオモシロそうじゃん、って思って、さっそく買って
読み始めたら、小説もなかなか面白い。
主人公は毎朝新聞政治部記者の弓成亮太。
昭和46年の沖縄返還にかかわる日米の密約を暴こうとするが、
重大な過誤で事態は深刻化。
「知る権利」を掲げ、国との法廷闘争は最高裁までいく。
そして物語の後半は、事の発端となった沖縄で魂が癒されていく
様が描かれている。
「ヌチドゥ宝」=命あることこそが宝
「鉄の暴風」とも呼ばれる、夥しい米軍の火力で蹂躙され、
悲惨すぎる地上戦の被害をこうむったオキナワならではの
重みのある言葉。
弓成も命を拾い、魂の再生へと歩み出すくだりは感動的だ。
溢れんばかりのエネルギーを正義感・使命感という名のもとに
ギラギラと発露させていく男が、奈落の底に突き落とされる。
身も心も極限まで落ち込むが、力強く再生していく。
そうした男たちへの著者の熱いエールが感じられる。
そう、この物語も実在した人物と実際に起きた事件を
モチーフにしているのだ。
ん?
なんだか既読感があるなあ〜、とうすうす感じていたのだが、
そうだ、『沈まぬ太陽』と似てるんだ。
もちろん題材は全く違うが、矢尽き刀折れた男を追ってるという点で。
両方とも安易なリベンジ物になっていないのがまたいい。
立ち直ってまた栄光の舞台に立ち頂点を極めて行くなんて
ストーリーだったら陳腐すぎるし、甘すぎる。
一方、テレビドラマ。
主人公役の本木雅弘、妻役の松たか子、外務省事務官役の真木よう子、
総理大臣役の北大路欣也、いずれもハマリ役だなあ。
以前の『華麗なる一族』と同様に、少々重いかも知れないが、
プアヤングばかり目立つ近年のドラマの中ではなかなか秀逸な
出来に仕上がっている、とオレは思う。
原作を読んでいない人は、これからの展開に少々オドロくかも
しれないぞお!
2012.02.25:
ycci
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300回記念 五つ★披露!
よくも300回も続いたものだ。
我ながら感心しきり。
この先どこまで続くかわからんけれど、勝手気ままに
やっていくとするか。
で、先日某氏から「八重の桜」についていろいろ話を
聞く機会があった。そう、来年の大河ドラマである。
興味関心が湧いてきて、なんか読んでみたいと探して
いたところ、
そうだ、アノ本があったじゃないか、と思い出し、
本箱の隅からやっとこさ探し出した。
そう、これこそ300回記念にふさわしい。
File No.300
『闇はわれを阻まず 山本覚馬伝』鈴木由紀子(小学館 1575円)
オススメ度★★★★★
この本が上梓されたのは今から14年ほど前。
その頃のオレはノンフィクション物にハマっていて、手当たり次第
貪るように読んでいた。
当然この本もすぐ入手して読んだ。
そして感動した。
しかも書き手は女性。
女性でここまで調べ書き込めるなんてスゴイと素直に感心した。
さらに、密かにリスペクトしたその女性作家が米沢出身であることを
知るとともに、直後に少しばかりではあるものの知己を得たことも
オレにとってはオドロキだったのだ。
21世紀国際ノンフィクション大賞の優秀作に選ばれたこの作品は
鈴木由紀子サンの出世作にして代表作(とオレは思う)。
ひとつの本を2回以上読むなんて余りないオレだけど、
今回14年ぶりに再読してみてまた感動を新たにした。
さて山本覚馬。
会津藩士にして、盟友の新島襄とともに同志社を設立し、京都の
近代化に尽力し、京都府議会初代議長や京都商工会議所会頭などの
要職を務めた。
盲目にして脊椎損傷という二重の障害を負いながらも、会津士魂を
燃やし続け、日本の近代化に身命を賭した男の波乱万丈の人生が
見事に描き出されている。
日本の近代化に向けた提言としては、竜馬の「船中八策」などが
有名ではあるが、覚馬の「管見」はより具体的で、今の世でオレが
読んでも卓見である。
美辞麗句の理念でもてはやされる人物が多いけど、実質的な施策要綱
をキチンと示せるような人はそう多くはない。
「建て前」の社会と言われる所以のひとつだと思う。
覚馬は会津士魂を持ちながらもリアリズムを重視した合理主義者だった
のではないだろうか。そういう人間の力こそが実質的な社会改革に
つながっていくのではないだろうか。
さて八重。
山本覚馬の妹にして、男勝りの行動で会津戊辰戦争に臨んだことから
日本のジャンヌダルクと異称される。
戦後は兄・覚馬のいる京都に身を寄せ、新島襄と結婚し、終生夫に
寄り添いその活動を陰に陽に支えた。
芯が強く、明るく奔放的で、キリスト教の洗礼を受けた開明的な女性。
八重のこともこの本では多く触れられているし、兄・覚馬を中心に
この激動の時代のうねりみたいなものを感じながら読める本なので、
「八重の桜」を観る前の�猴十��瓩箸靴討眄箙イ任△襦�
とは言っても、この本は現在再版されておらず、市場に出回って
いないらしい、と冒頭の某氏がおっしゃってた。
なんかネットオークションでも高値でやりとりされてる
とか…?(真偽のほどはわからないが)
きっと再版されるんじゃないかしら、と待ってみるか、
ダメモトで古本屋にあたってみるか、さもなくば図書館で
借りて読むか…。
いずれにしてもこの本はイチオシ!
さらに付け加えて、
この『闇は…』を凌ぐような作品が彼女の手から紡がれることを
心から期待したい。
2012.02.19:
ycci
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長らくのご無沙汰
いやあ〜、長らくご無沙汰してしまった。
なんやかんやとあって…(言い訳しきり)。
「ぶっくぶくやめたのか?」との叱咤に少しばかり
奮起して、ひさびさのアップ。
本を読んでなかったわけではないのでネタはあるのだが、
いかんせん少し間が空いてしまったので忘れてしまった
こともあって…。
File No.299
『はやぶさ 遥かなる帰還』花井良智(集英社文庫 476円)
オススメ度★★★☆☆
いま公開中の同名映画のノベライズである。
少し前に日本中が沸いた小惑星探査機「はやぶさ」が、如何に
開発され、運用され、そして数々のトラブル・危機を乗り越えて
無事帰還したかを、あまり贅肉をつけないで追っていった
物語である。
「はやぶさ」の偉業の何たるかがよくわかる。
何と言ってもクライマックスは、帰還のための推進力である
四基のイオンエンジンに故障や不具合が発生した時。
かろうじてエンジンCが6割の出力を保っているだけ、という
絶体絶命の事態。
もうすでにご承知の方もいると思うが、ここでエンジニアたちは、
エンジンAとエンジンBをクロス運転させるというウルトラCを
演じたのだ。
「四基のイオンエンジンは、それぞれ、イオン源のスラスターと
中和器のペアで作動します。現在作動可能なスラスターと中和器を、
本来の組み合わせを度外視して組み合わせる……たとえば、
エンジンAの中和器と、エンジンBのスラスターを組み合わせる
という、クロス運転を試したい…」
「はやぶさ」はこんなウルトラCで危機を脱し、帰還できたのである。
この世の中は人知の及ばないことだらけだけど、決して最後まで
諦めない執念と、予期せぬ「応用問題」に対処するしなやかな知力が
一歩進める力となるんだ、ということを我々に教えてくれる。
長い間の通信途絶、7年間に及ぶ宇宙の旅の軌跡と大気圏での消滅、
そして最後に送ってきた地球の写真…、「はやぶさ」には人間の
魂が乗り移っているかのようだ。
なんだか無性に映画も観たくなった。
2012.02.15:
ycci
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心地よい売場
某市の某書店にたまたま入った。
最近は書店も大型ばやりだが、この店は小型に近い中型
といったところ。
この店なぜかしら心地よい。
買うつもりはなかったのに5冊も買ってしまった。
(積ん読増えるばかり…)
なぜ…?
什器(棚)が低いから圧迫感がない、というのもあるかなあ。
でも、そういう書店って結構あるし…。
ほどなくしてそのワケがわかった。
ひとつは平積みの本のセレクトがオレの好みに合ってること。
もうひとつは、小さなPOPのコピーがおざなりじゃないこと。
思わずその本を手にとってしまうようなキャッチなんだなあ。
こういうのって、本を読みこんで、客の立場にたって、踏み込んで、
しかもシンプルに…、なかなか書けないよお〜。
ほんの20分ぐらいだったけど、たいへんタメになりましたとさ!
File No.298
『同性愛の謎』竹内久美子(文春新書 740円)
オススメ度★★★☆☆
この本も件の書店で買ってきたもの。
この著者の名前を見たらピンときた。
そう、『女は男の指を見る』でけっこうスゴイことを平然と
書いていた人だ。
フツーの人が書くとヘンタイに思われるおそれがあるが、この
女史は動物行動学を専門とする学者であるから、きわめて学術的である。
学術的ではあるが、わかりやすく面白い。
今作も買うのが少しはばかれるようなタイトルだが、めったに
たのまない本のカバーをしてタイトルが見えないようにしながら
目を皿のようにしたり、まん丸くしたりしながら読んだ。
ところで、同性愛って遺伝が大きく作用してるって知ってた?
かの有名なキンゼイリポートによると、
男性同性愛者は全体の4%、バイセクシャル(同性・異性の両刀使い)は
10数%にのぼるそうだ。
もちろん多少の誤差はあるだろうが、かなり信憑性の高い数字らしい。
4%というと、「なぜクラスに一人いるのか」という副題がよく
わかる。
男性同性愛者は異性愛者の5分の1しか子孫を残せない。
なのに、なぜ4%という数字が維持され続けているのだろう、
というのが、この本の主題になっている。
それは、男性の性染色体XYのXの方に遺伝子が乗っているから。
Xは母親から受け継いでいる。
なんとなれば、男性同性愛の遺伝は母系で受け継がれている。
母系の伯母・叔母たちが遺伝子の受け継ぎ手なのだ。
その証拠のひとつに、男性同性愛者の母系の伯母・叔母たちは
多産であるという結果がでている。
そして、男性同性愛者のもうひとつの特長は兄が多いということ。
これも統計が如実に物語っている。
なんだかタネあかしをしてしまったような感じだが、この本は
もっともっと興味深いことがたくさん書いてある。
オレはフツーの人なんで、ここで文字にすることは憚られるが、
飲んだ時にでもお話しましょうかあ。
この本を読んでもうひとつ感じたこと。
それは、同性愛者への偏見があまりなくなってきたということ。
バーンスタインやエルトンジョン、フレディマーキュリー(クィーン)
などの超有名人たちも同性愛者であることをカミングアウトしてるし、
同性婚に近い形も先進各国を中心に認められてきている。
4%+10数%はもはや特異なマイノリティではなくなってきている
のかも知れない。
2012.01.29:
ycci
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さらなる高みに行くのか?
風呂上がりに体重計にド〜ンと乗ったら、ドヒャ〜ン!
増えてんじゃん。
総体重に占める割合で言えば約2%増といったところだが、
そもそも分母が大きいから、そこそこの米沢牛だったら
約4万円分ぐらいか(どんなたとえなんだっ)。
これには「油断」と「欺瞞」があった。
オレの体重はもう高値限界で、どんなことをしてもこれ以上
増えることはない、という愚か過ぎる油断。
年末から間断なく続いた宴会。
そこそこ食べて飲んで帰還するのだが、どうも小腹が減っちまって、
「食べてこなかった」
とダダこねて、ムリヤリお茶漬けを用意させて、それを
ハフハフと四食目をかき込む毎晩の欺瞞。
こんなこと今さら反省してもしょうがないけど…。
いつの日か酔ったはずみの
「20歳の時の体重に戻る!」宣言も、今となっては、
ただの暴言・虚言にしか聞こえない。
あまり大言壮語しないで、少し気を付けることにしようっと。
File No.295
『夕映え天使』浅田次郎(新潮文庫 476円)
オススメ度★★★☆☆
あまりパッとしない毎日が続く時は浅田次郎を読むに限る。
一晩二晩、浅田が紡ぐ物語に浸っていると、何だか心が浮遊
していくような感じになる。
この本に収められている六つの物語も、それぞれに滋味深い。
『特別な一日』は、読んで行くと後半にあっと言うような
意趣が隠されている。その意趣がわかると、この物語がさらに
きらめき出す。それが何だかは当然言えない。
それこそ読んでのお楽しみ。
定年間近かの老刑事が三陸の寒村を旅して、時効寸前の事件の
犯人に偶然出くわしてしまう『琥珀』もなかなかいいなあ。
いずれも、以前の浅田の作品を愛読した人には少し物足りなく
感じるかも知れない。
キパッとした結末がないから。
でもオレは、その書き過ぎないところがすごくいい。
先日、ある人と浅田次郎のどの作品が一番面白いか、という
話になって、それは『天切り松闇語り』シリーズに尽きると言う
ことで意見が一致した。
最近、シリーズの続編出てないなあ〜。
あれこそ、読んでいるうちに、天切り松の聴衆の一人になって、
じっと耳を凝らしているような錯覚に陥ってしまう。
File No.296
『9月が永遠に続けば』沼田まほかる(新潮文庫 629円)
オススメ度★★★☆☆
これこそ積ん読の最たるもの。
買ったのは題名と同じ昨年の9月頃だから、かれこれ4カ月も
部屋の片隅で埃をかぶりながら、じっとオレを睨んでいたことになる。
オレの部屋は、こうした未読の本たちの怨念が充満しているようで
時々怖くなる。
「読まないんだったら買うなよっ!」と言わんばかりに。
少々オカルトっぽくなっちまったが、この本もコワい。
なんせ、ホラーサスペンス大賞作品。
だけど、すごく売れてるみたいではある。
主人公である水沢佐知子の周りで次々と不幸や不可解なことが起こる。
物語の中ほどで、その大元になった衝撃的な過去が語られる。
これが女性が書いたものか、と思うほど、その描写は生々しくて
惨たらしい。
ここまで書き込まなければならないのか、と思わせるほど。
人の心に黒々と広がる闇。
闇からの出口を示唆したような結末にはなっているが、
オレは到底それが出口とは思えなかった。
それだけ掘ってしまった闇が必要以上に深すぎたということでは
ないだろうか。
明るさを見出せず、かえって気味の悪い後味。
それも著者の狙いなのかも知れないが…。
これこそストーリーは書けない。
ハマってしまうと夜を徹して読み続けることになるかも知れないので
要注意。
File No.297
『あんぽん 孫正義伝』佐野眞一(小学館 1600円)
オススメ度★★★★☆
つい先日に佐野の『怪優伝』を読んだばかりだが、本屋にこの本が
並んだらまたスグ買ってスグ読んだ。
もちろん単行本で。
繰り返しになるけど、佐野眞一の本なら単行本で買ってでもスグ読む
ことにしている。
日本版スティーブ・ジョブズ物語を書こうとしたというこの本も
オレの期待を裏切ることなく、かなり面白かった。
孫正義とは、言わずと知れたソフトバンクの会長にして、日本有数の
IT億万長者。
先の大震災では100億円の個人寄付をして世間の耳目を集めた。
脱原発の旗振り役になって自然エネルギー開発のためにさらに私財
10億円を投じたものの、政権が代わったり、経団連を敵に回して
しまったりして、ここ最近は少しなりを潜めている感じではあるが。
この孫正義の出自・生い立ち、さらには父母のルーツまでさかのぼり、
徹底的な取材をして書いてる内容は、やはりクオリティが高い。
「人間を描く場合、その人物が絶対に見ることができない背中や
内臓から描く。それが私の人物論の基本的流儀である」
と佐野自身が語ってるように、そのルポルタージュは執拗で容赦がない。
そして、それらの事実を見つめる佐野の眼はあくまで冷静でフラット
である。
功罪合わせ、清濁合わせ、表面や流説に惑わされることなく、深い
焦点深度で対象人物を複眼的に捉えていく。
だから抜群に面白いのだ。
孫は空想的とも言える未来話で人の注目をわざと集めようとする
ところがある。
例えば、人間一人の一生分の情報量が1円のチップに収まってしまう
時代があと15〜20年でやってくるという。
新聞や雑誌・本も要らなくなってしまうとも。
同じような話を10数年前にある通信会社の研究所で聞いたことがある。
その研究員はデモ機を前にして得意気に語り、オレ以外の人は
感心して聞いていた。
だけど、10数年経った現在どうなのよ。
新聞も雑誌も本も無くなっていないではないか。
情報の伝達・蓄積のスピードやキャパシティのことばかりセンセーショナル
に取り上げて、情報そのものが人間の思考や行動というアナログな営み
から生成されているという肝心なことが欠落しているように思う。
身体は大人でも精神は子供のまま、というのと同じじゃないか。
子供のままだったらまだいいけど、やがてはさらに精神が退化して
行くだろう…。
おっとっと、話が脱線してしまった。
孫に対する佐野のスタンスはあくまでもフラットだが、底流には
シンパシーのようなものを感じる。
やはり人物ノンフィクションというのは、人間への飽くなき関心が
ないとダメなんだなあ。
美談ばかり、成功談ばかり、ちょっとした失敗もすべて成功に帰納
させていくような評伝・自伝はいかがわしくて嫌だとかねがね
思っていたところに、
「多くの孫正義伝は、ソフトバンクの成功を起点にして、いわば帰納的に
青年時代の孫の物語を語っている。しかし、人間はそんな美談が簡単に
通用するほど予定調和的にはできていない」という佐野の言葉は
まさに我が意を得たり!
そう、孫正義も美談だけで語られるような単純な人生ではなかった。
それこそ、想像を絶するようなことも…。
これを読んで、オレの孫正義観が大きくかわった。
ちなみに、孫は1957年生まれ。オレとほぼ同世代の人間。
うむ〜、彼我の差は余りにも…。
2012.01.22:
ycci
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雪かき最高潮
今日はまずまずの天気だったので、まさに雪かき・雪下ろし
サンデー。あの家・この家、あの屋根・この屋根。
米沢の人たちは、やっぱり働き者だ。
(必要に迫られて、ということもあるんだろうが)
オレも惰眠を貪ってはいられない、とばかりに朝6時から
出動。その後も11時、1時と合計3回出動し汗だく。
気持ちの満足感とはウラハラに、余りの雪でどこ片付けたか
よくわからない。
しゃくにさわるので、この大雪の情景を写メに撮って
愛媛と東京の友人に送ってやった。
びっくらこいてたなあ〜、ハハハ…。
へ〜んだ、どんなもんだい。こんないっぱい雪あんだぜえ!
……ハア〜ア。
File No.294
『怪優伝』佐野眞一(講談社 1700円)
オススメ度★★★☆☆
佐野眞一の本なら単行本でも高くない、とオレは常々思っている。
だから、この本を見つけた時もすぐ買った。
同氏の『旅する巨人』や『乱心の曠野』ほどじゃないけど、この本の
クオリティも期待を裏切るものではなかった。
この本は、俳優の三国連太郎をモチーフにしたもの。
三国はすでに88歳の高齢ながら、いまだ現役の俳優として活躍している。
オレたちには、『釣りバカ日誌』が最もお馴染みかも知れないが、
実は重量感がある作品での好演が今の三国を創ってきた。
しかも、鬼気迫るような役柄への取り組みによって。
この本の中心は、三国自ら選んだ出演作のベスト10を一緒に観賞
しながら、その時その時の心持や取り組みスタンスのようなものを
回想し、なぞっていく第二部。
因みに、三国が挙げたベスト10は以下の通り。
飢餓海峡
にっぽん泥棒物語
本日休診
ビルマの竪琴(1956年作品)
異母兄弟
夜の鼓
襤褸の旗
復讐するは我にあり
利休
息子
恥ずかしながら、この中でオレが観たことあるのは『息子』の1本だけ。
しかし、観たことがない読者のために、いずれもあらすじが書いてあり、
おおよそのストーリーがわかる。
いずれ何本か観てみたいと思う。
佐野が三国を取り上げようとする気になったのは、死ぬまで演じ続けよう
とする三国の「業」の深さや、華やかさとは裏腹な職人のような律義さ、
そして常につきまとう孤影、というところにある。
スキャンダラスでエキセントリックな俳優とみられがちな三国の
真の姿の一端や、俳優としての実績がよくわかる一冊でもある。
下世話なことかも知れないが、俳優の佐藤浩市が三国の息子であることは
ご存じの通り。しかも三国にとっては三番目の妻との間にできた子。
この親子は共演したこともあるが、公私において殆ど言葉を交さない
そうだ。
そして三国は息子の俳優としての力を殆ど認めていない。
それが佐藤浩市をいっそういきり立たせている。
だけど、現・三国夫人が言ってるように、三国・佐藤ともに気分屋で
チョー気難しい人間なんだそうだ。血は争えない、ということか。
いずれにしても、「人生すっぴん」と恬淡とした境地に達している
この怪優のこれからの人生に目が離せない。
2012.01.15:
ycci
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初回はなかなか
今年の大河ドラマ「平清盛」が始まった。
いつものように、「食わずぎらい」ならぬ「観ずぎらい」ばっかり
でも大人気ないと思い、まあ初回ぐらい観てみることにした。
率直な感想を言うと、なかなか良かった。
平忠盛(清盛の父)役の中井貴一の好演が光る。
何年か前の武田信玄役を彷彿とさせる。
伊東四朗も白河上皇のイメージにぴったり。
ハナから清盛が白河上皇の落胤だとしている設定に
多少違和感を覚えぬわけではないが、まあそこは
ドラマだと割り切って楽しめばいいのかな、って思ったりして。
File No.292
『清盛』三田誠広(PHP文芸文庫 724円)
オススメ度★★★☆☆
昨年末に平清盛の解説本を一冊読んで、おおよその時代感覚は
つかんだつもりでいたが、何となく物足りなくて…。
やっぱり、物語として読んでみたいと思い、あれこれ物色
したところ、手ごろと思えたこの本を手にとった。
著者は小説家なのでフィクションと思いきや、史料・史実に
基づいた評伝のようなスタイルになっている。
この時代のものを読む時に厄介になるのは、婚姻・姻戚関係の
複雑さである。
皇室と貴族の複雑な血縁関係。それに武士まで加わってくる。
当の清盛にしても、実の父母が確実にわかってはいない。
とくに、白河院や後白河院は宮中の女官殆どに手を付けた
というから、その落胤たるや夥しい数にのぼるのではない
だろうか。
清盛は、長く続いた天皇・貴族による政治から、武家政治を
樹立した人間として歴史のターニングポイントにいると
いうことを改めて感じさせる。
また、いつの世も権力闘争は凄まじいなあとも思う。
力が強いものは武力で、頭がいい者は知恵で、力も頭もない者は
狡知(これも知恵か?)や日和見で、それぞれが権力の
高みを目指して行く様は、古今東西変わらぬ人間の業のようだ。
ただ、本当に高みに辿りつく人間と言うのは、それに加えて
「衆望」があると言えるのではないか。
平清盛にも、その後を襲って初の武家政権・幕府を樹立した
源頼朝にも、間違いなく「衆望」があったのだと思う。
File No.293
『鼠』城山三郎(文春文庫 714円)
オススメ度★★★☆☆
城山三郎は亡父が好んで読んでいた作家でもあったので、
その余慶にあずかり、オレもその著作は殆ど読んでいる、
と思っていたのだが、たまたま本屋でこの本を見つけ、
オビに「これが、城山文学だ!」と書いてあった。
まだ読んでいなかった代表作があったか、という思いで
さっそく購入して読み出した。
これは物語と言うより、ノンフィクションに近いもの。
時代は大正年間。大財閥と並び称された鈴木商店の盛衰を、
事実上の経営者であった金子直吉を中心に描いている。
前半は、米騒動で鈴木商店本店が焼き打ちに合うまでの
ことを、色々な関係者証言を集めながら描いている。
本当に鈴木商店は米を不当に買占め、高騰を狙った悪辣な
商いをしたのか、というのが、著者のそもそもの執筆動機になった。
後半は、飛ぶ鳥を落とすような勢いだった鈴木商店が、
経営近代化の遅れや、ライバル三井の策略などによって
凋落し、ついに昭和2年に倒産してしまうまでを描いている。
前半の朝日新聞引用の多さに少し辟易してしまうが、
それをガマンして読み進めていくと、なかなか面白く
なっていく。
この本を読んで初めて知ったが、米沢ゆかりの帝国人造絹糸
(いまのテイジン)は、もともと鈴木商店資本下の会社だった。
秦逸三博士の渡航にも鈴木商店は莫大な渡航費を出している。
かの神戸製鋼所や豊年製油などもそうだ。
時代感覚はいまいちピンとこないが、時代の流れや群盲に
翻弄される企業の姿が見事に描かれている好著である。
2012.01.09:
ycci
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薄曇りなれど寒い
天気薄曇りなれど寒い元旦になった。
まずまずの初日。
元旦参りはいつものコース。
まずは氏神様の愛宕神社へ。そして菩提寺。
次にオレの干支の守り神とされる八幡様。
ここ20年来変わらぬ参拝行事で、これからも
変わることはないだろう。
神殿に向かい、心をまっさらにして二礼二拍手一礼。
「今年こそは安寧を。そして幸せでありますように」
File No.291
『聯合艦隊司令長官 山本五十六』半藤一利(文芸春秋 1400円)
オススメ度★★★★☆
同名の映画「聯合艦隊司令長官 山本五十六」を観てきた。
さぞ混むものと思い前日に指定席券を購入したのだが、
劇場に入って観客の少なさに拍子抜け。
「坂の上の雲」と同様に、こういう硬派の映画って今どき
あまりウケないのかなあ。
映画の内容はなかなか良かった。
とくに、黒島参謀が、
「長官をこのまま日本にかえすわけにはいかんじゃないですかっ!」
と激情したシーンには泣けた。
そうそう、オレたちサムライの血を引く日本男児は、親分として
戴く男に恥をかかせてはいかんのだ。
まあ、あとは観てのお楽しみ。
映画の帰り、さっそくこの原作本を買ってきて一気に読んだ。
読みかけの本をほっぽって。
映画も面白いが、この本も面白い。
山本五十六と言えば、阿川弘之の著作が有名で、オレもだいぶ
以前に読んだことがある。
『山本五十六』『米内光政』『井上成美』が阿川の海軍三部作
であるが、いずれも重厚で正統派、読み応えのある著作である。
それらと比べると、この本は歴史夜話風の語り口調になっていて、
あまり戦史に詳しくない人でも平易に読める。
山本は最後まで対米戦回避の努力をした。
テロの危険に晒されながらも、粘り強く説得したが、すべて
水の泡と帰してしまった。
そして、一番戦争を望んでなかった山本が、皮肉にも開戦の
先陣を切る聯合艦隊司令長官として指揮をふるうことになる。
開戦ぎりぎりまで和平交渉をしていたことから、
それが成立したら、出撃後でも引き返せ、と命ずる。
しかし、一度出撃したらそれは不可能と反発する部下に向かって、
「百年兵を養うはなんのためだと思っているか!
ただ国家の平和を護らんがためである。
もしこの命令を受けて帰ってこられぬと思う指揮官があるならば、
ただ今より出動を禁止する。即刻辞表を出せ!」
と激高しながら一喝する。
本でも映画でも、見どころのひとつである。
ただ残念なるかな、わが郷土出身の南雲忠一はあまり良くは
描かれていない。
映画では、ミッドウェー海戦の敗戦の責を一身に浴びているが、
本を読めば、それだけではないことがわかる。
史実はそうかも知れないが、当時の日本の異常なまでの好戦風潮や
戦場での殺気立った雰囲気を、わが身に重ね合わせてみなければ、
軽々なことは言えない。
「歴史に学ぶ」なんて面映ゆくてあまり言いたくはないが、
この映画と本は、多くのことを現代に生きる我々に教えてくれる。
2012.01.01:
ycci
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良かったのに!?
今日は2011年の大晦日。
多くの家庭で某局の国民的歌番組を楽しんでいるだろう。
我が家の茶の間も例外ではない。
毎年のことながら、よくもまあ、と思う。
オレは中学の頃には「卒業」した。
そんぴん者同類の亡父も歌番組は決して観なかった。
一人部屋でラジオの落語を聴いていた。
オレもマネして聴いてみると、こりゃずっとこっちの方が
面白くて、何だか大晦日にもふさわしいような気がした。
かたやスペシャルドラマ「坂の上の雲」が完結した。
これは良かった!
今までに観たテレビドラマの中でも秀逸の出来。
テレビを殆ど観ないオレが全13話をカンペキに観た。
さぞかし高視聴率と思いきや、ナント平均14.45%だど。
なんで?
オレ的には20%はおろか、30%を超えても良いような内容
なんだけどなあ〜。
世の好みの流れからオレがズレてるってことか?
File No.290
『怨霊になった天皇』竹田恒泰(小学館文庫 590円)
オススメ度★★★☆☆
実は、年内に300回を突破しようと目論んでたのよ。
それが、年末忘年会連チャンの嵐で、到底叶わぬこととなって
しまった。
その上、年末年始に読む本を5冊決めてたんだけど、何やかんや
あって、今日がやっと1冊目。
もうこうなったらジックリ読むことにする!と開き直って…。
この本は、政争に敗れたり謀殺されたり、いわば「憤死」した
歴代の天皇を取り上げ、それが怨霊となって厄難や危難をもたらした
実際の史話をつまびらかにしていく、皇統裏面史のようなもの。
中でも中心になっているのが、第75代の崇徳天皇。
崇徳天皇は、平安末期、保元の乱に敗れて讃岐国(今の香川県)
に流された。自らの舌を噛み切り、その血で天下滅亡の呪いの
経文を書いて憤死したと伝えられている。
没後は様々な怪奇現象や凶事が相次ぎ、その最たるものが、
壇ノ浦で幼い安徳天皇が海中に身を沈め、もって平家が滅亡して
しまったこと。
崇徳院の怨霊はその後長く祟り、幕末の第121代孝明天皇が
自らの命と引き換えにして鎮魂するまで、およそ700年も続いた。
800回忌は、東京オリンピックを直前に控えた昭和39年。
この時は、高松宮殿下などが出席して、御霊鎮めの祭祀が行われた
そうだ。
怨霊と言えば、天皇ではないが、菅原道真が有名である。
位人臣を極めた道真をねたみ、讒言して大宰府に左遷。
道真は悲憤慷慨して憤死。
その後、謀略をはかった藤原家の人々が次々に斃れていく。
著者は、怨霊とは憤死した本人がそうなると言うよりは、後に
残された者たちが作り上げていくもの、と言っている。
何か禍々しいことが起きると、怨霊の祟りかも知れない、
ということになって、その鎮魂を行う。
だから、恨みを残して死んではいけないのだ、とも。
日本は古くから「融和」を大事にしてきた。
人を徹底的に叩きのめすなんてことは余りない(なかった)。
今の世に残る「お祭り」もこの鎮魂をルーツにしているものが多い。
言わば、御霊との融和でもある。
そんなことがこの本の粋になるのだが、少しばかり釈然としないもの
が残った。まるで、魚の小骨が咽喉にひっかかったような…。
それは、怨霊とその祟りというものが、符丁が合いすぎているのでは
ないかという怖れでもある。
現に、著者の身の上にも異変が起きている。
でも、著者が言うように、怨霊や祟りと言うものを信じ、それを鎮め
ようとする敬虔な気持ちを持つことは健全である証拠だ、と。
蔭で悪事を働いたり、人を貶めようとしても、
お天道様はすべてを見てるんだよ。
来年もまっとうに生きなきゃなあ。
2011.12.31:
ycci
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