見立てといえば
西国三十三所第1番観音の青岩渡寺本堂の後方には那智の滝があります。
岩部山の第1番の観音様も、立岩の割れ目を那智の滝に見立てています。
第30番「巌金山 宝厳寺 竹生島 千手千眼観世音菩薩」
月も日も 波間に浮かぶ 竹生島 船に宝を 積むここちして
月の光、日の光に照らされて琵琶湖に浮かぶ竹生島。
女神のいるこの島の美しさはまるで宝船のよう。
参考:竹生島 宝厳寺 ホームページ
◇島を船に見立てています。
また、本尊は弁財天であることから宝船を連想したと考えられます。
(竹生島は日本三弁財天のひとつに数えられます。)
◇船は「弘誓(ぐせい)の船」※とも推測できます。
※観音様のご誓願で、人々を苦しみから救って彼岸に送ること。
船が人を渡すことからたとえた言葉です。
洞穴を琵琶湖に、立像の観音様を竹生島に見立てた造りになっています。
天狗岩
岩部山の展望スポットで、岩部山駐車場から歩いて10~15分ほどで到着します。
(お遍路でいうと逆打ち)
南には吾妻連峰、東に蔵王連峰が望めます。
眺望が良く、戦国時代には山城(岩部山館 別名:月見ヶ城)が築かれました。
この地は伊達氏と最上氏との領境にあたり、隣の中山地区※にある最前線の中山城を擁護し、最上勢の侵攻に備え、複数の館が作られました。
伊達から蒲生そして上杉領となり、慶長五年(1600年)の慶長出羽合戦では最上勢が小岩沢村に侵入、焼き討ちに遭いました。
※昭和32年1月1日に分町(上山市に編入)するまで、置賜郡に属していました。
中川という地名は、明治22年に合併する際、中山村の「中」と川樋村の「川」を参互折衷して中川村とした合成地名です。