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沖縄から日本への…「新しい提案」

  • 沖縄から日本への…「新しい提案」

 

 「辺野古新基地建設の中止と普天間基地代替施設について国民的議論を深め、民主主義および憲法に基づき公正に解決することを求める」―。12月6日付で東京都・小金井市議会(五十嵐京子議長、定数24)から、首相並びに衆参両院議長、総務・外務・国土交通・防衛の各大臣、官房長官、沖縄担当大臣あてに、上記のような全国の地方議会で初めてとなる画期的な意見書が提出された。以下にその全文を掲載するので、まずその内容を読んでいただきたい。

 

 

 沖縄県名護市辺野古において新たな基地の建設工事が進められていることは、日本国憲法が規定する民主主義、地方自治、基本的人権、法の下の平等の各理念からして看過することのできない重大な問題だ。普天間基地の海兵隊について沖縄駐留を正当化する軍事的理由や地政学的理由が根拠薄弱であることは既に指摘されており、沖縄県議会はこれまで何回も政府に対して「在沖海兵隊を国外・県外に移転すること」を要求する決議を可決採択している。

 

 「0・6%に70%以上の米軍専用施設が集中する」という沖縄の訴えには、「8割を超える国民が日米安全保障条約を支持しておきながら、沖縄にのみその負担を強いるのは、『差別』ではないか」という問いが含まれている。名護市辺野古に新基地を建設する国内法的根拠としては、内閣による閣議決定があるのみだ。沖縄の米軍基地の不均衡な集中、本土との圧倒的格差を是正するため、沖縄県内への新たな基地建設を許すべきではなく、工事は直ちに中止すべきだ。

 

 また、普天間基地の代替地について沖縄県外・国外移転を、当事者意識を持った国民的な議論によって決定すべきだ。安全保障の問題は日本全体の問題であり、普天間基地の代替施設が国内に必要か否かは、国民全体で議論すべき問題だ。そして、国民的議論において普天間基地の代替施設が国内に必要だという世論が多数を占めるのなら、民主主義および憲法の精神にのっとり、一地域への一方的な押し付けにならないよう、公正で民主的な手続きにより決定することを求めるものだ。なお、この意見書は米軍基地の国内移設を容認するものではない。

 

 よって、小金井市議会は国会および政府に対し、以下の事項による解決を強く求めるものだ。

 

1、 辺野古新基地建設工事を直ちに中止し、米軍普天間基地を運用停止にすること

2、 全国民が責任をもって、米軍基地が必要か否か、普天間基地の代替施設が日本国内に必要か否か当事者意識を持った国民的な議論を行うこと

3、 国民的議論において普天間基地の代替施設が国内に必要だという結論になるのなら、沖縄の歴史および米軍基地の偏在に鑑み、沖縄以外の全国の全ての自治体を等しく候補地とし、民主主義および憲法の精神にのっとり、一地域への一方的な押し付けにならないよう、公正で民主的な手続きにより解決すること

 

 以上、地方自治法第99条の規定により意見書を提出する。

 

 

 思想的によほど偏向している人を除いては、上記意見書に異議を唱える声は少ないと思う。では、なぜこんなにも「当たり前」の訴えが本土やその議会でこれまで閑却されてきたのか。その前に横たわるのが「NIMBY(ニンビ-)」(Not in my backyard=わが家の裏庭に来てもらっては困る)という、ある意味では当然の住民感情である。これを断罪するのは簡単であるが、今回の意見書はその壁に穴をあけようという新しい試みである。しかし、可決に至るまでは紆余曲折があった。

 

 9月定例会の段階で陳情に賛成した共産党市議団(4人)が意見書提出の段になると急きょ、反対に回った。陳情文の中に「(普天間基地の代替施設について)沖縄以外の全国のすべての自治体を等しく候補地とする」という文言があったため、同議員団は「我が党は安保破棄・全基地撤去が基本的なテ-ゼ」と主張。一時は意見書見送りが懸念された。結局、「米軍基地の国内移設を容認するものではない」という一文を入れることで合意に達し、13対10の賛成多数で上記意見書は可決された。

 

 「沖縄に基地があるのは仕方がない」(本土の保守・無関心層)という自己正当化と、「沖縄にいらない基地は日本本土のどこにもいらない」(共産党をはじめとする革新層)―。この二つの主張は一見対立しているように見えていて、実は沖縄の基地の固定化をその根底で補い支え合っているという点では同根である。私自身、当時花巻市議だった2010年12月定例会で今回の陳情と同じような趣旨で、「普天間飛行場の訓練の一部を受け入れる考えはないか」と当局の見解をただしたことがあった。共産党市議団から意想外の反論が浴びせられた。「女性暴行など米兵による犯罪と騒音被害は想像を絶しており、花巻市民がそれを受け入れなければならない理由などない」―。”対岸の火事”を決め込む姿勢に腰を抜かしたことを覚えている。

 

 今回、陳情を提出した沖縄出身で小金井市在住の米須清真さん(30)はこう述べている。「(意見書は)国内への基地移設が前提ではなく、『本土』の人たちに自分の問題と考えてもらい、国民的議論につなげるためのものです」(10月14日付「朝日新聞」)、「小金井市の市議たちが陳情内容に真剣に向き合ってくれた結果だ。全国各地で取り組みが広がれば…」(12月7日付「琉球新報」)…。小金井市議会の対応は花巻市議会の玄関払いの扱いに比べれば、大きな第一歩といえる。

 

 「沖縄発/新しい提案」の実行委員会責任者で司法書士の安里長従さん(46)は「辺野古移設の理由は『軍事的な理由でなく、本土の理解が得られないから』という本土と沖縄の不合理な区分に問題の根本がある。差別の問題だ。…きちんと自由と権利の問題だと伝えなければならない」(12月3日付「琉球新報」)と話し、その考えをまとめた同名の著作の中では「日本への民主主義の提案です」と記している。そう、民主主義の実践を呼びかける実に素朴な訴えにもかかわらず、それに背を向け続ける本土(ヤマト)への異議申し立てでもある。私はこの問題を議会で提起した際、「不道理」という言葉をあえて使った。「『沖縄』問題のことごとくが道理に合っていない」と考えたからである。

 

 「辺野古新基地建設」の工事を県民投票(来年2月24日)まで止めるよう求めるホワイトハウスの請願サイトの署名が目標の10万筆を突破し、1月7日の期限までに20万筆を超えるのは確実な情勢になっている。日本国憲法(第16条)も国民ひとり一人に請願(陳情)権が付与されていることを定めている。民主主義を構築するための、その行使こそが大切な一歩になるはずである。

 

(写真は世界一危険な基地と呼ばれる米軍普天間飛行場。この返還の交換条件とされているのが名護市辺野古への「移設」計画である=インタ-ネット上に公開の写真から)

《注》~日本国憲法第16条

  何人も、損害の救済、公務員の罷免、法律、命令又は規則の制定、廃止又は改正その他の事項に関し、 平穏に請願する権利を有し、何人も、かかる請願をしたためにいかなる差別待遇も受けない。

 

《追記》~ブログ休載のお知らせ

 妻の喪中に当たるため、年末年始をはさんだしばらくの間、当ブログを休載させていただきます。来年こそ我が「ヒカリノミチ」に新たな光明が差し込むことを願いつつ…。良いお年をお迎えください。

 

「征伐」から「処分」、そして「保護」へ

  • 「征伐」から「処分」、そして「保護」へ

 

 名誉と尊厳を保持して、次世代に継承することは多様な価値観が共生し、活力ある社会を実現するために非常に重要」(12月19日)―。こう発言した同じ人物がわずか5日前には「辺野古移設が唯一の解決策。(沖縄の民意無視という指摘は)まったくあたらない」と述べている。前者はアイヌ民族を支援するための立法化、後者は米軍普天間飛行場の辺野古移設(新基地建設)をめぐり、土砂投入を強行した際の発言である。「ジキルとハイド」、いや古代ロ-マの「双面神」(ヤヌス)も顔負けのこの人物こそが影の総理ともささやかれる菅義偉官房長官である。二つの顔を使い分けることによって、この国の中央集権化(ヤマト化)は推し進められてきた。それは次のような三段階を経て、現在に至っている。

 

【第1期】~征伐期

 古代東北において、朝廷が蝦夷(えぞ=現在の東北地方)に対して行った征討。774年から811年まで続いた戦いは「38年戦争」とも呼ばれ、現在の中央集権化の基礎を築いた。「蝦夷征伐」とも。

【第2期】~処分期

 明治政府は1872(明治5)年、琉球国を廃して琉球藩とし,中央政府の管轄とした。 1875年には中国との関係を廃絶することを要求するなど政府の処分の方針を伝え、79年3月、琉球藩を廃して沖縄県を設置する旨を通告した。ここに琉球王国は約500年にわたる歴史を閉じた。

【第3期】~保護期

 1899(明治32)年、アイヌ民族の同化政策を進める「北海道旧土人保護法」が制定された。「保護」の美名に隠れたこの法律は1997年に「アイヌ文化振興法」が制定されるまで100年近く続いた。

 

 「征伐」→「処分」→「保護」…。巧妙に装いを変えながら、その根っこに貫徹するのはヤマトの揺るぎない「支配原理」である。「そう、この列島の北と南からヤマト(本土=内地→中央)の支配原理をあばき出す。その原点の戦いがいま、始まったのさ」(12月11日付当ブログ「沖縄―弔いの旅路」参照)―。旧知の沖縄・読谷村在住の彫刻家、金城実さん(79)の絞り出すような言葉がまだ、耳の底に響いている。

 

 京都大学(旧帝大)の人類学者らが1929年、今帰仁村(なきじんそん)の百按司(むむじゃな)墓から持ち出した遺骨の返還を求めて、「琉球民族遺骨返還研究会」(松島泰勝代表)は今月4日、京都地裁に提訴した。原告のひとりに金城さんも名前を連ねている。これに先立つこと6年前の2012年9月、北海道浦河町のコタン出身の小川隆吉さんら遺族3人が北海道大学を相手に、遺骨の返還と1人当たり300万円の慰謝料支払いを求める裁判を札幌地裁に起こした。2年前に大学側と和解が成立、12体分の遺骨が墳墓の地に再埋葬された。このほかにも全国12大学に1636体と、特定できない515箱分のアイヌの遺骨が収蔵されていることが判明している。金城さんが「この列島の北と南から…」と言ったのはそのことを指している。

 

 『武士道』の著作で知られ、国際連盟事務次長を務めた「新渡戸稲造」(1862-1933年)は、蝦夷征伐の拠点のひとつである岩手県の出身である。「願はくは/われ太平洋の/橋とならん」というメッセージや五千円札の肖像画など明(めい)の部分に光が当てられることが多いが、実は北海道大学の前身である札幌農学校時代に「殖(植)民学」を講義していたことは余り知られていない。こんな記述を残している。「北海道の殖民が大した困難を伴わなかったのは、原住民のアイヌ民族が、憶病で消滅に頻(ママ、「瀕=ひん」の間違いか)した民族だったからである」(『新渡戸稲造全集』第2巻)。北大名誉教授の井上勝生さんは自書『明治日本の植民地支配北海道から朝鮮へ』の中でこう指摘する。

 

 「この頃(1895年)の形質人類学では、欧米の影響を受けて、文明発展史や民族の優劣と関連させて、頭骨の形の解剖学的比較研究が、最新の学問として流行していた。新渡戸は、頭骨の比較研究に知識と強い関心を持っていた」―。金城さんの言葉の歴史的な意味が輪郭を伴って、せりあがってくる思いがする。「征伐・処分・保護」という支配原理を同一線上で同時に思考しなくてはならない。戦後日本の「知性」はそうした営為を怠ってきたのではないか。

 

  沖縄はもうすでにして、現代版「征伐」の段階に入っていると言わざるを得ない。そして、それに加担しているのが最初の征伐の対象だった、この蝦夷の地の民だったとしたら…。被差別者が差別者に容易に変身する「被支配原理」もまた、歴史が教えるところである。

 

 

(写真は土砂の強行投入に抗議する人たちに連帯を誓う玉城デニ-・沖縄県知事=12月15日午前、沖縄県名護市の米軍キャンプ・シュワブ前で。インタ-ネット上に公開の写真から)

 

 

 

《追記—1》―アメとムチ

 

【東京】政府が2019年度の沖縄関係予算案に、沖縄振興一括交付金の補完を名目にした「沖縄振興特定事業推進費」を盛り込むことが20日、分かった。事業費は30億円。関係者によると、県が市町村への配分額を決める一括交付金と異なり、県を通さない新たな交付金として、国が市町村へ直接費用を充てられるという。市町村事業への予算配分で国の直接関与を強め、沖縄県の自主性を弱める懸念も含み、今後議論になりそうだ。
 

 同推進費は予算案で新たに盛り込まれた。新設の目的として、市町村の事業に迅速・柔軟に対応して推進するとしている。政府は19年度沖縄関係予算案を3010億円とする方針を固めている。総額では18年度当初予算と同額となるが、このうち一括交付金は前年度比95億円減の1093億円と縮減され、12年度の制度創設以降、最も低い額となる。(12月21日付「琉球新報」)

 

 

《追記―2》~民意はお構いなし

 

 沖縄県名護市辺野古の新基地建設に向け、沖縄防衛局は20日、米軍キャンプ・シュワブ沿岸部で埋め立て土砂の投入を続けた。着手から21日で1週間。県民や国民の批判をよそに、作業を加速させている。20日は名護市安和の琉球セメントの桟橋にダンプ498台で土砂を、シュワブに車両261台で石材やセメントを、それぞれ搬入。2日連続で2カ所同時の作業となった。2カ所で県警が抗議の市民を規制した。土砂の運搬船は従来の4隻態勢から6隻態勢に増えた。順番に安和桟橋で土砂を積み込み、シュワブ沿岸の「K9」護岸に陸揚げした。その後、ダンプが辺野古崎近くの「N3」護岸に運び、埋め立て区域内に投入した。(12月21日付「沖縄タイムス」)

 

 

《追記―3》~「征伐」の手法(芥川賞作家、目取真俊さんのブログ「海鳴りの浜から」=12月23日付)

 

 目取真さんは2016年10月、大阪府警から派遣された機動隊員から「土人」発言を浴びせられた。連日のように埋め立て反対のカヌ-を漕ぎ出し、辺野古の海で何が起こっているかの詳細なレポ-トをブログにつづっている。そこにはむき出しの暴力の実態が克明に記されている。「日本一の無法地帯」の現場で一体、何が起きているのか。

 

 

 22日(土)はカヌ-16艇で松田ぬ浜を出発した。抗議船2隻と合流し、午前中はK9護岸で陸揚げされる赤土混じりの岩ずり(土砂)の陸揚げ作業の様子を監視したあと、ランプウェイ台船が入れ替わるのに合わせてフロ-トを越え、抗議行動を展開した。埋め立て用に使用されている「岩ズリ」の赤土の含有量が問題となっている。下記のブログで詳しく検証されている。https://blog.goo.ne.jp/chuy/e/62f6664d09e564244df9daf72b66a525K9護岸の近くで見ていると、ランプウェイ台船に積まれている「岩ズリ」は、土が流れ落ちたのか表面は岩が多く見えるが、ショベルカ-で掘り崩すと大量の赤土が含まれているのが分かる。

 

 22日は天気がよかったので、K9護岸をダンプカ-が往復するたびに、赤い土ぼこりが舞い上がっていた。沖縄防衛局は沖縄県の行政指導に従って、埋め立てに使用している土砂の投入を即座に中止し、県の立ち入り検査に応じるべきだ。安倍政権は新基地建設のために法も論理も倫理も踏みにじっている。安倍首相や管官房長官は、よく恥ずかしげもなく「法治国家」という言葉を使えるものだ。

 

  抗議をしているさなかは自分もカヌ-を漕いでいるのでカメラを扱えない。拘束後にしか写真を撮れないのがもどかしいが、カヌ-メンバーは工事を止めるために、みな必死でカヌ-を漕ぎ、海保に拘束されたあとも抵抗を続けている。空になったランプウェイ台船が離岸して沖に移動したあと、次の土砂を積んだ台船がK9護岸に向かっていく。午前中でK9護岸の近くまで移動すると、午後1時頃から土砂の陸揚げ作業が再開された。

 

 K9護岸での土砂陸揚げと並行して、朝早く大浦湾に入ってきたガット船から、空になったランプウェイ台船に土砂を移し替える作業が進められた。2隻のランプウェイ台船を交互に使い、1日にガット船3隻分の土砂を陸揚げし、埋め立て現場に投入するサイクルができてきている。このサイクルをどう遮断し、遅らせていくかを玉城知事まかせにしてはいけない。

 

 沖縄県が行政権限を駆使して、工事を止めるために尽力するのは当然として、それをあれこれ評論するだけで、自分は各工事現場で行動しなければ、工事が止まるはずがない。辺野古のゲ-ト前、海上、安和の琉球セメント桟橋、高江のヘリパッド建設現場と抗議現場が増えることで、より多くの人手が必要となっている。 抗議行動を分散させるのは沖縄防衛局の狙いでもある。年末の忙しい時期だが、時間のやりくりをして各現場に駆けつけましょう。

 

 午後は抗議船に乗って辺野古側の状況を見に行った。N3護岸では土砂を積んできたダンプカ-がやってきて、投入のために海の方に降りていく。ドロ-ンで空撮された映像を見ると、海の破壊が進んでいて胸が痛むが、それで諦めて目をそむけてしまえば、破壊は拡大する一方だ。残された海の生き物の命を救うのは、私たちの努力しかない。

 

 K4護岸の上ではクレ-ン車やショベルカ-を使い、護岸の修復作業が進められていた。この護岸の高さはまだ半分でしかない。この高さまで土砂を入れて満杯にしても、さらにその倍までかさ上げしないといけないのだ。さらにその先には水深の深い大浦湾の工事がある。その大浦湾側の護岸工事を日本政府は2020年以降に先延ばししている。

https://ryukyushimpo.jp/news/entry-852512.html?fbclid=IwAR1BsISiNbfaVNjU-oJ2weDnYTaCXnXfxxwteZ6v2UPHBYkpWrnHlSrugLs

 

 軟弱地盤の問題について目途も立たないまま、辺野古側での埋め立てを進めることは、莫大な予算の浪費でしかない。展望もないまま暴走し、ブレ-キも効かない安倍政権の「あおり工事」を許してはならない。これは「沖縄問題」ではなく、日本全体に打撃を与える「日本問題」なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

沖縄-弔いの旅路

  • 沖縄-弔いの旅路

 

 「あんたが来るっていうので、今朝、近くの海岸を散歩していた時に見つけたんだよ。9月の台風で流れ着いたと思うんだが、ジュゴンになった奥さんはきっと、こんなサンゴ礁の世界に生きているはずだよ」―。沖縄・読谷村在住の彫刻家、金城実さん(79)はこう言って、妻の遺影の前にサンゴを置き、ろうそくと線香をともした。私の沖縄の旅はいつも“金城節“を聞くことで最終章を迎える。反戦・反基地・反差別の彫刻家として知られる金城さんの話には沖縄の受難の歴史がびっしりと詰まっているからである。今回はこれに妻の弔いが加わった。供えられた泡盛の香りがあたりに漂った。

 

 「電話では何回か話をする機会はあったが、お会いできなかったのが残念だ」と金城さんは話し、ジュゴンの化身として死後を生きる妻の姿をスラスラっとデッサンした。さすがは彫刻家である。アトリエのまわりには様々な表情をした野仏がずらりと並んでいた。近くに沖縄戦で住民が集団自決(強制集団死)した自然壕(ガマ)「チビチリガマ」がある。避難した約140人のうち、83人の住民が非業の死をとげた。昨年9月、まだ遺骨が残っているガマが荒らされた。県内に住む16歳~19歳の少年が器物損壊の疑いで逮捕された。少年たちは「心霊スポットだと思った」と自供した。保護司に任命された金城さんは沖縄戦の記憶を野仏に託すことにし、少年たちと一緒に制作した。いま、12体がガマの周辺に安置されている。

 

 沖縄国体(1987年)の際、読谷村のソフトボ-ル会場に掲げられた日の丸を引き下ろして焼いた事件で、当時の沖縄の置かれた立場を訴えた知花昌一さん(70)は現在、僧侶の資格を有し、民宿も経営している。金城さんを訪問する際の常宿でもある。平和運動を続けている知花さんが言った。「やんばるの森の中に山小屋がある。沖縄が好きだったという奥さんの供養をそこでやらせてほしい」。金城さんも同行することになった。妻とは生前、辺野古の現場やヘリパット(垂直離着陸機)の着陸基地の建設が強行された「高江」を訪れたことがある。山小屋はその現場に近い大宜味(おおぎみ)村にあった。夕日が沈む眼下に、美しいサンゴ礁の海と白い砂浜で知られる古宇利島(こうりじま)が見えた。知花さんの読経が濃い緑が織りなす森の中に響いた。「良かった。弔いの旅に同行できて、オレもうれしいよ」と金城さんが小さな声でつぶやいた。

 

 「琉球人遺骨返還、京大を提訴/尚氏子孫ら、自己決定権訴え」(12月5日付「琉球新報」)―。妻の散骨を終え、石垣島から沖縄本島に移動した5日、社会面トップにこんな記事が載っていた。1929年、京都大学(旧帝大)の人類学者らが今帰仁村(なきじんそん)の百按司(むむじゃな)墓から持ち出した遺骨の返還を求めて、「琉球民族遺骨返還研究会」(松島泰勝代表)が京都地裁に提訴したことを伝えていた。原告団は「現在も続く日本の植民地主義を許さず、琉球の人々が自己決定権を行使する裁判だ」と主張していた。原告のひとりに金城さんも名前を連ねていた。

 

 2年前、同じように研究用に供されていたアイヌ民族の遺骨12体分が85年ぶりに墳墓の地(アイヌコタン)に再埋葬された。返還訴訟で札幌地裁と和解が成立した結果で、このほかに全国12大学に1636体と、特定できない515箱分のアイヌの遺骨が収蔵されていることが判明している。同様の裁判は北海道の各地で続いており、今回の琉球人遺骨返還訴訟はこれに続くものとして注目される。21年前、先住民族の権利を主張して起こされた「二風谷(にぶたに)ダム建設」裁判で、札幌地裁は民族的マイノリティの権利保護を定めた国連自由規約に基づき、アイヌ民族を初めて「先住民族」として認める画期的な判断を下した。

 

 「そう、この列島の北と南からヤマト(本土=内地→中央)の支配原理をあばき出す。その原点の戦いがいま、始まったのさ」―。金城さんの覚悟が伝わってきた。もうひとつの大きな運動が同時に開始されようとしている。妻にふさわしい弔いの旅のフィナ-レだと思った。

 

 

(写真は拾ってきたサンゴを飾り、妻の遺影に語りかける金城さん=12月8日午後、沖縄県読谷村のアトリエで)

 

 

 

 

 

妻はマンタ、いやジュゴンに変身し、サンゴ礁の海へ

  • 妻はマンタ、いやジュゴンに変身し、サンゴ礁の海へ
  • 妻はマンタ、いやジュゴンに変身し、サンゴ礁の海へ

 白砂のように細かく砕かれた妻の亡骸(なきがら)はまるで、小型のマンタかジュゴンにでも変身したかのようにして、サンゴ礁の海へと静かに消えていった―。今年7月末に旅立った妻(享年75歳)の散骨の儀式が12月1日、娘夫婦と二人の孫が暮らす沖縄・石垣島で行われた。式には東京に住む妹と弟も参列。思い出をつづった折り鶴や好きだった花々などを海に投げ入れ、最後の別れを惜しんだ。

 

 1日午後2時半すぎ、7人を乗せたチャ-タ-船が石垣島最大の名蔵(なぐら)港を出港した。汗ばむほどの快晴。太陽の照り返しがキラキラと反射する。ほぼ、凪(な)ぎ。約20分後、湾外の散骨の現場へ。水溶性の白い袋に詰められたパウダ―状の粉骨があっという間に海水と溶け合い、その部分が白濁色に変わった。波間に揺れる亡骸が一瞬、小型のマンタのような、あるいはジュゴンのような輪郭を刻んだように見えた。その周辺を折り鶴たちが浮き沈みした。妻が亡くなる直前まで聴いていたバロック音楽のCDがセットされ、船内にはパッヘルベル(ドイツの作曲家)のカノンの世界が静かに広がった。

 

 「君が大好きだった沖縄の守り神・シ-サ-を大勢、従えての最後の旅立ち。真っすぐにニライカナイ(黄泉の国)に向かってください」―。私は折り鶴にこう書き、こんな風に結んだ。「孫たちもサンゴ礁の彼方におばあちゃんの化身を見つけ、元気に育ってくれると信じます。ありがとう。そして、さようなら」ー。妻の霊は白雪をいただく故郷の霊峰・早池峰山と、南の島・ニライカナイの海に抱かれながら、永遠(とわ)の眠りについた。本当にこれで終わったんだと思った。

 

 「咳(せき)をしても一人」―。帰路の船の中で、孤高の俳人(尾崎)放哉のあの名句が口をついて出た。そういえば、同じ漂泊の俳人(種田)山頭火にも「鴉(からす)啼(な)いてわたしも一人」という句がある。「独居老人」などというお仕着せがましい言葉ではなく、私は「一人」の思想を考え続けながら、これから先の短い人生を歩んでいこうと思っている。「おばあちゃんは死んだんじゃない。ジュゴンに生まれ変わったんだよ」―。そんな励ましの言葉を口にする孫たちの成長ぶりに、老残のわが身はうれしさのあまりに震えてしまう。

 

 

 

(写真は散骨する私。亡骸はまるで生きているようなマンタかジュゴンの姿に。「自然に還る」とはこのことか、と得心できた気がした=12月1日午後3時ごろ、石垣島・名蔵港の南東約2カイリの海上で)

南の島はいま…

  • 南の島はいま…
  • 南の島はいま…

 キラキラと輝くサンゴ礁の海を眼下に望みながら、航空機は高度を一気に下げて滑走路に滑り込んだ。2年ぶりの石垣島入りである。オフシ-ズンのためか観光客の姿はまばらだったが、かつてない緊張感が伝わってきた。陸上自衛隊のミサイル配備計画の賛否を問うための住民投票条例の制定を目指す署名の締め切りが今月30日に迫っているせいだった。しかし私自身、この署名運動の存在をここに来るまで知らなかった。本土側の「無知・無関心」に便乗するようにして、沖縄・南西諸島の軍事要塞化は着々と進められ、素手でそれに抗(あらが)う地元住民の動きが本土側に伝えられることはほとんどない。

 

 防衛省は南西諸島防衛の一環として、石垣島に地対艦・地対空ミサイル部隊など陸自隊員500~600人の配備計画を進めている。今年3月の市長選では容認派の現職が当選し、7月に受け入れを表明した。これに対し、配備反対派の市議が中心になって過去2回、配備の是非を問う「住民投票条例」の制定を求める動議を提出したが、いずれも賛成少数で否決されている。このため、「石垣市住民投票を求める会」(金城龍太郎代表)が条例制定を市長に直接請求する署名運動を展開。10月31日から1か月間で「1万人」を目標に掲げた。地方自治法によると、必要署名は有権者の50分の1以上で、すでにその10倍近くの署名が集まっており、12月5日に市選管に届け出ることにしている。

 

 一方、米軍普天間飛行場(宜野湾市)の移設に伴う名護市辺野古の埋め立ての賛否を問う県民投票は来年2月24日に実施されることが決まった。この県民投票条例案をめぐっても、石垣市議会は9月定例会で反対する意見書案を与党などの賛成多数で可決し、宜野湾市議会も12月定例会で同趣旨の意見書案を可決する方向にある。南西諸島の防衛ラインについて、防衛省は2年前に与那国島に駐屯部隊を配置したほか、宮古島にもミサイルの配置を計画している。

 

 日本全体の「安全保障」はこのように南西諸島を含む沖縄を“人質”にとるか形で強引に進められ、その犠牲を一身に背負わされた地元の苦悩は一切、顧みられることはない。いつでもそうなのだが、この「不条理」を突き付けられることから、私の沖縄における第一歩が始まる。妻の散骨を目的とした今回の旅もそんな風にして始まった。

 

 

(写真は熱帯樹に囲まれた庭先にはためくミサイル配備反対ののぼりと配備賛成の旗=11月28日、石垣市内で)

 

 

《追記》~共産党が意見書、同意へ(10月16日付当ブログ「共産党のダッチロール」参照)

 

【東京】辺野古新基地建設中止と米軍普天間飛行場移設を全国で議論することを求める陳情に伴う意見書案採決が見送られている東京都の小金井市議会で、意見書案が29日開会の12月定例会で可決される見通しになった。国内論議の必要性は維持し、国内移設容認ではないとの文言が追加された。12月6日の本会議で可決する見通し。

 27日までに、陳情に賛成した市議会会派と、陳情に賛成しながら意見書案審理の段階で態度を翻した共産党会派とが調整し、陳情者も共産側も同意できる修正案でまとまった。意見書案につながる陳情を提出した県出身で小金井市在住の米須清真さんは「文言の調整があったが、納得のいく形で着地点が見えてきた」と語り、本会議での可決に期待を込めた。

 以前の意見書案から、タイトルにあった「全国の自治体を等しく候補地とし」の文言を削除し、本文の最後に「なお、この意見書は米軍基地の国内移設を容認するものではない」と追加した。議論のプロセスも、以前は2段階目にあった「普天間基地の代替施設を沖縄以外の全国のすべての自治体を等しく候補地とすること」を削除した。26日の議会運営委員会で共産会派の水上洋志市議が「陳情に賛成の議員や陳情者と努力してきた。私たちも同意できた」と述べ、修正意見書案に賛成する考えを示した(28日付「琉球新報」電子版)