「市長へのメール」…事実上の「回答」拒否~駅前立地への疑念がさらに深まる~問答無用の強行突破か!!??

  • 「市長へのメール」…事実上の「回答」拒否~駅前立地への疑念がさらに深まる~問答無用の強行突破か!!??

 

 「市長へのメール」(4月20日付の当ブログ参照)への回答が30日、届いた。以下にその全文を掲載する。立地場所が当初の「病院跡地」から「JR花巻駅前」へと変わった理由や背景についてはひと言も触れられておらず、一読して「回答」拒否に等しいと感じた。このことは単に図書館問題に限らず、市政全般にわたる“愚民化”の兆候とさえ言える。それにしても、支離滅裂で読解不能の回答を、しかも市長名で送りつけてくる傲慢不遜ぶりには驚きを超えて、怒りさえ覚える。

 

 たとえば、駅前立地を最終的に決定したとされる「市民会議」については、構成人員(75人)に対し全会議4回のすべてに出席したのはわずか42人。6人は一度も出席しなかったことが明らかになっている。このようにこの会議体自体がそもそも、民意集約の機能を持たないままに”見切り発車”したというのが実態だった。果たして、この芥子粒みたいな数字が全人口8,8404人(令和8年2月28日現在)の“民意”を反映していると言えるのか。その蓋然性についての言及はひと言もなかった。

 

 さらに、不特定多数(参加自由)を対象にした重要な市民参画手続きのひとつである「パブリットコメント」(意見公募)には過去に例のない86人(133件)が手を挙げ、うち「病院跡地」への立地希望が47人で「花巻駅前」への28人を大きく上回った。さらに、市民説明会においても前者が32人だったのに対し、後者は半分近い18人だったにも関わらす、その数字の証拠性(エビデンス)は黙殺された。

 

 計画策定時の教育委員だった役重真貴子さんは当時、その手続きについて以下のような疑念を表明したが、今回の回答書の中でも無視され、逆に首長主導の“図書館”行政だったことをはっきりと認める結果になった。

 

 「この市民会議のどっちが良かったということで、決定したように受け取られかねない、そこの分かりにくさはあったのではないかなと私としては、感じています。改めてですけども、その判断材料の一つということで市民会議がありました。それからもちろん6,000人ほどの署名があり、このパブリックコメントを見ても、もちろんどちらの意見もやはりあるということの中で、もちろんその何ヶ所もの市民説明会で話を聞いてきた中で、市民の意見をたくさん集めてこられたということを踏まえ、市として最終的になぜ、それらを全部勘案したうえで、どういう理由でなぜこういうふうに決定したのかということをやはり、もう少しわかりやすく説明しないといけないと思います」(令和7年5月19日開催の「教育委員会議」定例会の会議録から、要旨)

 

 ところで、一方では設計業務を受託した「昭和設計・tデ・山田紗子建築設計事務所共同企業体」の代表企業である(株)昭和設計(仙台事務所)はJR側の事業の大半を請け負う独立行政法人「鉄道建設・運輸施設整備支援機構」(JRTT鉄道・運輸機構)の有資格業者(建設コンサルなどの役務)にリストアップされていることが分かった。「駅前か病院跡地か」―という立地論争の決め手になった「事業費比較」調査を受託したのも同じ有資格業者の「(株)大日本ダイヤコンサルタント」だったことを考えると、当市の図書館行政は前市政から一貫して、JR側とずぶずぶの、いわば“寸歩不離”(すんぽふり)の関係だったことが透けて見えてくる。これほどまでに“民意”をないがしろにした“暴力的”な行政運営は記憶にない。

 

 “呪われた”図書館―。最近、こんな悪夢を見るようになった。『「イーハトーブ“図書館”戦争」従軍記』の終結はまだまだ、霧の中である。ヨボヨボの”老兵”の従軍に終わりはなさそうである。まるで、トランプ米大統領が仕掛けた「イラン」戦争のように…

 

 

 

 

 日頃より市政にご関心をお寄せいただき、ありがとうございます。

 

 花巻市教育委員会議における委員のご発言については、立地場所の考えが分かれる場合に最終的な責任は首長と議会にあると位置づけ、説明責任の履行と合意形成を求めているほか、教育委員会等、行政にとっては政治的合意なしに計画を進めるには負担が大きいことや、早期整備を望む市民の期待に配慮する必要があることを指摘しているものと理解しており、これを受け、これまで市は様々な機会を通じて新図書館整備に係る経緯や計画内容の説明に努めてきたと承知しています。

 

 基本計画の策定にあたっては、ワークショップや試案検討会議、市民会議などを開催し、多様な意見を取り入れる努力をし、その都度結果については市広報や市ホームページにおいて市民の皆様にお示しています。駅前立地の選定理由についても、基本計画策定にあたり実施した市民説明会、図書館協議会においても説明し、その会議録については市ホームページで公表しております。また、パブリックコメントについては、市の考えを一つひとつ個別に回答し、その内容をホームページに掲載しております。これらの過程を経て、新花巻図書館建設場所を花巻駅前として、市議会での関連予算の承認等がなされておりますので、計画に基づいて設計業務などを着実に進めてまいります。

 

花巻市長 小原 勝

 

 

 

 

《追記ー1》~挑戦状!!??

 

 回答書が届いた同じ4月30日付けの地元紙「岩手日日新聞」に市長インタビュー「世代つなぎ、活力ある花巻へ」が一面ぶち抜きで掲載された。その中で、小原勝市長はこう語っている。「駅前という立地を生かして、花巻を訪れた人が交流できる玄関口の役割も持たせたい。東西自由通路と新図書館で新たな都市機能が備わる。公と民で育て、中心市街地へ良い流れを広げていってほしい」―。“民意”を敵に回す挑戦状として、受け止めさせていただく。

 

 

《追記ー2》~4月30日は「図書館記念日」!!!???

 

 図書館愛好者を名乗る方から、以下のような貴重なコメントが寄せられた。山室民子については少しは知っていたが、この偶然性に虚を突かれた。「原点」回帰を促す内容だと肝に銘じた。なお、2021年8月15日付当ブログ「『図書館法』秘話二題~山室民子と中井正一」もぜひ、お読みいただきたい。

 

 「1950年4月30日に花巻ゆかりの山室民子が起草に関わった『図書館法』が公布されたことを記念し、日本図書館協会によって4月30日が図書館記念日と定められた。戦前の記念日は4月2日で、この日は帝国図書館長が天皇に図書館についての御進講をした日であり、4月30日の図書館記念日制定は戦前との決別も意図している。民主的な図書館の運営を定める法律が公布されたことを記念するこの日に、図書館整備に関する手続きの合理性に重きを置いた、言わばお役所の事情を正当化する市の回答がなされたことは大きな皮肉と言える」

 

 

《追記ー3》~静岡、新図書館の整備の見直しへ!!??

 

 東静岡駅南口県有地に全館移転整備を計画している新県立中央図書館について、令和10年度の完成に向けて、令和4年3月に設計委託契約を締結し、令和7年3月末まで基本・実施・修正設計を進めてきました。しかし、国土交通省から「静岡県からの要望(申請)に全額応えることが困難である」旨の連絡があり、その後も協議・調整を重ね、新たな財源確保も検討してきましたが、財源不足を生じることとなったため一旦立ち止まって整備計画を見直すこととしました。新館の整備に関する経緯については、リンク先ページよりご覧ください(静岡県公式ホームページより)

 

  新県立中央図書館の整備に関する経緯

 

 

 

 

 

 

(写真は「共創」を高らかに謳った小原市長の選挙公約)

 

 

 

 

 

 

「市長へのメール」…新図書館の「駅前立地」に至る経緯を市民に対し、きちんと説明せよ!!??

  • 「市長へのメール」…新図書館の「駅前立地」に至る経緯を市民に対し、きちんと説明せよ!!??

 

 たった10分間の「市長との対話」における、市民無視の顛末(てんまつ)については16日付当ブログで詳しく、触れた。とくに、新花巻図書館の「駅前立地」に至る経緯についてはほとんど言及がなかった。また、「病院跡地」への立地を求める署名活動についてはその妥当性に疑義をはさむなど“対話”どころか、話し合いは完全に平行線をたどった。

 

 一方、冒頭の写真は平成29(2017)年7月10日付で市当局からJR側に提出されたイメージ図で、新図書館(当時は3階建て)と橋上化(東西自由通路)されたJR花巻駅とが2階部分で繋がっているのが見て取れる。立地適正化計画の中で「まなび学園」周辺への立地が公表されたわずか1年後には駅橋上化と一体となった、いわゆる「駅前立地」構想(ワンセット)が秘密裏に進んでいたことがうかがわれる。「まなび学園」周辺から「JR花巻駅前」へー。「駅前か病院跡地か」―という“立地”論争の背後にはこうした闇の部分、つまり「既成事実化」の疑念が付いて回り、現在に至っている。迷走に迷走を重ねた経緯について、その説明責任が行政トップの首長にあることは言をまたない。以下に4月20日付で発信したメールの全文を掲載する。

 

 

 

 

 新花巻図書館の「駅前立地」に至る経緯とそれを裏付ける「民意」の認識について、質問します。なお、事態が急テンポで動いている現状から、4月末日までに文書による回答をお願いします。

 

 

1)前市政は「花巻市立地適正化計画」(平成28年6月策定)の中で、新図書館の移転先として「生涯学園都市会館(まなび学園)周辺への図書館(複合)の移転・整備事業」と明記した。

 

2)前市政はその後上記の方針を転換し、令和2年1月29日付で「新花巻図書館複合施設整備事業構想」を公表した。JR花巻駅前のJR所有地に50年間の定期借地権を設定し、賃貸住宅を併設した図書館を建設するという内容で、市民参画の手続きを抜きにしたこの構想は同年11月12日に白紙撤回に追い込まれた。

 

3)前市政はその後も「駅前立地」にこだわり続け、法的な議決権が付与された花巻市教育委員会議定例会(令和7年5月19日開催)で、駅前立地を盛り込んだ「新花巻図書館整備基本計画」が正式に議決・承認された。その後、令和8年1月7日付で設計業務に当たる業者との間で「業務委託契約書」が結ばれ、現在、“駅前図書館”を前提とした業務が先行している。

 

4)上記の市教育委員会議定例会の席上、本来の所管担当である役重真喜子委員(当時)は市長や議会側の責任を鋭く追及した(別添資料を参考)。いわば、身内からの”反乱”である。後継の小原(勝)市政下でもその「説明責任」は依然として、果されていない。行政側のこの“不作為”責任も問われなければならない。

 

 「駅前立地」へ至る経緯の背景には一体、何があったのか。その立地を正当化する合理的な理由を示してほしい。また、6,000筆を超える立地希望があった「病院跡地」についてはどのような検討がなされたのか―詳(つまび)らかにしてほしい。市民“不在”の行政運営はあってはならない。市民へのきちんとした説明とその理解が得られるまで、設計業務は一時中断すべきである。

 

 

 なお、上記「市長へのメール」への回答は市民の知る権利を考慮し、何らかの方法で一般公開することを付記する。

 

 

〈「役重」発言〉~(会議録から、要旨〉

 

 「私はやはりJRの駅前構想というのが市民にとっては突然という形で、市長から発表され、そのあたりからですね、非常に混乱してきたということですので、首長も含めてですが、政治としての議会も含めて、私は非常に極めてその責任は重いと思っていると言わざるを得ないです。ですので、議会でこれをしっかり透明な場所で議論をして、最終的に良い合意形成をしてほしいと思います。かつ市長と議会が今、なぜここなのか、どういうプロセスを経てここなのか。やはり市民の前に出て自分の言葉で説明をしていただきたいと思います。そうしていただくということ、そしてその市民の理解を得ていただくということを前提条件として私自身は決議をしたいと思います」(再掲)

 

 

 

 

(写真は駅と一体化した図書館のイメージ図。前市政はこの種の話し合いが行われたことは認めたが、その理由については口を閉ざし続けた=文書開示請求によって、入手した資料から)

 

 

 

 

 

 

「新図書館」をめぐり、市長と対話…ぜひとも、”オリザ”流を見習ってほしい~市長は「説明責任」を果たせ~一日も早い、図書館“疑獄”からの脱出を!!??

  • 「新図書館」をめぐり、市長と対話…ぜひとも、”オリザ”流を見習ってほしい~市長は「説明責任」を果たせ~一日も早い、図書館“疑獄”からの脱出を!!??

 

 小原市政下における初めての「市長との対話」が16日に開かれ、私は懸案の新花巻図書館について、事前に提出した別添資料(下記)に基づいて質問した。足かけ10年以上にわたった大プロジェクトの対話時間はわずか10分程度。実りのある対話は到底望めないと考え、前もって論点整理の資料を手渡していた。前市政下では当初、「病院跡地」を立地の第1候補に挙げていたにもかかわらず、その後「駅前立地」にシフトした経緯については最後まで当時の首長による説明はなかった。さらに、この立地に最終的に“お墨付け”を与えたとされる対話型「市民会議」もそもそも最初から、構成要件を満たしていなかった―など不透明な部分が多かった。

 

 私の質問に対し、小原勝市長は概略、以下のように答えた。「駅前立地に至る経緯については担当部局(図書館整備室)から説明を受け、まちづくりの観点からも納得できた。ただ、“賢治色”をいかに打ち出すのかという点ではまだまだ、工夫が必要だと思う。市民の方々の知恵をお貸し願いたい」

 

 一方で、①の民意の認識については「単なる数字の比較は選挙の世論調査でも分かるように必ずしも正確ではない」と的外れの強弁をした。そう言えば、前市長も「病院跡地」への立地を求める署名運動について、”捏造”(ねつぞう)をほのめかす発言をしたことがあった。「市民と創(つく)る/羽ばたく花巻」―。選挙カーの訴えが何とも空々しい。ある意味で、根っ子が同じの”暴言”そのものである。さらに、⑤の菊池雄星投手の名誉館長の件については「とても良いアイディアだと思うが、相手があることだから…」と言葉を濁した。③と④について時間切れで、割愛(かつあい)せざるを得なかった。

 

  「もう、時間ですから…」―。ストップウォッチを手にした職員から再三、対話の打ち切りを促された。あまりの執拗(しつよう)さに「強制排除でもするつもりなのか」と毒づく事態に。「市民一丸」(市長の選挙公約)のこれが正体だった。真っ黒けの”のり弁”(開示文書)しかり。まるで、選挙”詐欺”そのものではないか。

 

 「新図書館」問題も大きな争点にひとつになるであろう次期市議選は7月19日告示、同26日投開票の日程で行われる。この“夏の陣”には定数(26)を大幅に上回る候補者が名乗りを上げるとみられ、かつてない激戦が予想される。現在、“駅前図書館”を前提とした設計業務が進められているが、40億超円とも言われる巨額な予算を伴う本体工事の着工は2028(令和10)年度にスタートする。後戻りができない最終ゴールに向けた議論は新体制下の議会側に委ねられることになり、有権者の関心も選挙の行方に向けられている。

 

  「今後のまちづくりに生かしてほしい」―。私は対話の終了に際し、劇作家で演出家の平田オリザさんの最新刊『寂しさへの処方箋―芸術は社会的孤立を救うか』(集英社新書)を贈った。オリザさんは「芸術・文化・観光」をまちづくりの基底に据えており、現在は「兵庫県立芸術文化観光専門職大学」(豊岡市)の学長の地位にある。前著の『但馬日記―演劇は町を変えたか』の中にはこう書いている。「賢治の思いが、100年の時を経たいまよみがえる。熱すぎない、冷たすぎない、その中間に芸術や文化を置いたまちづくりが求められている」

 

 ところで、私は前市長が就任した際も「まちづくりの一助に…」と『ドウリズムの政治』(北山郁子著、2010年)と題する本を贈った。市政運営の要(かなめ)に「道理」を掲げ、旧花巻町長を2期務めた北山愛郎(1905年~2002年)の足跡を辿った内容で、愛娘の郁子さんがまとめた。国政に転じた北山は社会党(当時)の副委員長まで上り詰めたが、足元の前市長は「無理が通れば、道理が引っ込む」―をまさに、その通りに実行した「3期12年」を置き土産に去っていった。

 

 

1)「駅前立地」に至る経緯の再検証と“民意”の認識について。駅前立地に最終的にゴーサインを出した対話型「市民会議」は無作為抽出した市民3,500人に対し、会議への参加を呼びかけた結果、75人が応募し延べ4回の会議が開催された。しかし、すべての会議に出席したのはわずか42人で、6人が一度も出席しなかったことが明らかになっている。

 

 一方、「旧花巻病院跡地」への立地を求める市民の署名数は市側が精査した結果、6,181筆に上った。「42VS6,181」というこの数字の開きをどうとらえるのか。再検証の結果を踏まえたうえで、この「民意」について改めてどう認識したか。

 

 

2)設計業務に当たる「昭和設計・tデ・山田紗子建築設計事務所共同企業体」との業務委託契約書(令和8年1月7日付)によると、「花巻らしい図書館として、宮沢賢治専用スペースの設置」や「(例えば、JR花巻駅東西自由通路など)現在計画中の周辺施設との調和を考慮し…」という条件が付与されている。しかし、現段階のプレゼン資料によると、こうした条件が満たされているとは思えない。

 

 又三郎シャフトや星めぐり回廊など賢治を意識した設計の工夫は見られるものの、やはり牽強付会(けんきょうふかい)―“つまみ食い”(パッチワーク)のそしりは免れない。銀河宇宙という賢治の無限空間をビル群に囲まれた狭隘な立地環境の中で演出できると市側は考えているのか―。図書館と賢治との親和性についての認識を含め、改めて見解をお聞きしたい。

 

 

3)当市は「イーハトーブはなまき」の実現を将来都市像に掲げ、「賢治まちづくり課」を設置している。しかし、イベント偏重やふるさと納税の広告塔としての側面だけが目立つ。市民に根付いた「賢治」のまちづくりのイメージをどう描いているのか。また、市長自身の「図書館像」についても聞かせていただきたい。

 

 

4)市長は県職員時代、「文化スポーツ部長」を歴任した“文武両道”の使い手としても知られている。一方、当市を東西につなぐ駅橋上化事業が新年度からスタートした。この東西自由通路を分岐点とし、西地区は「スポーツ・運動・観光」ゾーン、東地区は「芸術・文化・教育」ゾーンときちんと棲(す)み分けることによって、このまちの輝かしい未来が約束されるのではないか。「将来都市像」と合わせて、考えを伺う。

 

 

5)市議会3月定例会での質疑で「大リーガーの菊池雄星投手を新図書館の名誉館長に」という提言があり、市長も前向きの回答をした。文字通り、文武両道を地で行くこの話題は市民の間でも持ちきりとなっている。市長の熱い思いを改めて、聞かせてほしい。

 

 

 

(写真は献本したオリザ本)

 

 

 

 

≪追記ー1≫~市民一丸!?こんな記事を発見した!!??

●「新興跡地」の後始末もよろしく●

 

 

 岩手県土整備部は10日、東日本大震災の復興道路として整備する三陸沿岸道路(仙台市-青森県八戸市、約359キロ)のルート上にある、釜石市内の住宅などを強制収用する行政代執行を実施した。国土交通省南三陸国道事務所によると、復興道路事業で代執行を行うのは初めて。土地約1500平方メートル、住宅と倉庫(計75平方メートル)などで、土地はここに暮らす80代男性が、住宅などは市内の別の場所に暮らす90代女性が所有する。

 

 この日午前8時15分すぎから、自主的退去と貴重品などの持ち出しを促したが男性が応じなかったため同8時半、小原勝・県土整備部副部長が代執行開始を宣言した。同事務所や県警、釜石消防署の担当者らが同市大町に用意した市営住宅に移るよう、男性を説得。「帰れ」などと応じなかったため、土地や住宅の測量と動産撤去を始めた。11日も説得と撤去を続け、近く男性の保護と建物の解体をする予定(2018年7月11日付「毎日新聞」)

 

 

 

≪追記ー2≫~仮面舞踏会

 

 「市政堂」を名乗る方から、以下のような市政批判の辛らつなコメントが送られてきた。期待感の裏返しなのか。「一見、人柄の良さそうな温厚なお顔。もうひとつのお顔があったということか?恐ろしや~。花巻市民はまんまと騙されちまったってことか…」

 

 

 

≪追記ー3≫~「役重」発言に対する説明責任をただちに果たせ!!??

 

 

 新図書館の「駅前立地」を法的に議決・承認した花巻市教育委員会議定例会(2025年5月19日開催)の席上、役重真喜子委員(当時=岩手県立大学総合政策学部准教授)は市長や議会側の責任を鋭く追及し、以下のように述べた。これについて、前市長と後継の小原勝現市長はその説明責任を回避し続けている。政治の“暴力”を許してならない。私が図書館“疑獄”と呼ぶゆえんである。本来の所管である教育委員会委員の発言だけに、その意味するところは計り知れないほど重い。

 

 「私はやはりJRの駅前構想というのが市民にとっては突然という形で、市長から発表 され、そのあたりからですね、非常に混乱してきたということですので、首長も含めてですが、政治としての議会も含めて、私は非常に極めてその責任は重いと思っていると言わざるを得ないです。ですので、議会でこれをしっかり透明な場所で議論をして、最終的に良い合意形成をしてほしいと思います。かつ市長と議会が今、なぜここなのか、どういうプロセスを経てここなのか。やはり市民の前に出て自分の言葉で説明をしていただきたいと思います。そうしていただくということ、そしてその市民の理解を得ていただくということを前提条件として私自身は決議をしたいと思います」(会議録から、要旨)

 

  

「トンネルを抜けると、も~っと長いトンネルだった」…のり弁物語の顛末記~“密室”行政が各地で問題化!!??

  • 「トンネルを抜けると、も~っと長いトンネルだった」…のり弁物語の顛末記~“密室”行政が各地で問題化!!??

 

 小原(勝)市政がスタートした2月5日付で、新花巻図書館に関するJR交渉の経緯を記録した文書の開示請求をしていたが、ほぼ全部が黒塗りされた“のり弁”だった。首長が代わって、少しは情報開示の立ち位置に変化があるのかと期待したのだったが…。

 

 上田(東一)前市政下の末期、新図書館の設計業者を選定する「公募ポロポーザル方式」(令和7年7月24日)が始められ、約4ヶ月後の12月3日には応募した61企業体の中から1社が選ばれた。この間、10月2日には上田市長が4選出馬の断念を表明するなど慌ただしい動きが続いた。「駅前立地」に向けた最終局面の裏舞台で一体、どんな交渉が行われたのか。ちょうど、「駅前か病院跡地か」ーという”立地“論争に市民の関心が高まっていた時期だった。

 

 この間に該当する非公開の交渉記録は令和7年7月30日付から同12月22日までの計4回分。ところが、「設計・測量業務に向けた現地確認」や「新図書館整備に伴う(JR側との)の打ち合わせ」などの表題部分が開示されただけで、肝心の内容は一字一句残らず、真っ黒に塗りつぶされていた。その分量は何と25ページにも及んでいる。万人に開放されるべき公共図書館がなぜ、秘密裏の中に置かれなければならないのか。本来、公(おおやけ)に開かれるべき神聖な空間について、何か外部に秘すべき事情でもあるのだろうか。

 

 「市民一丸」を掲げる小原市長に求められるのは何よりも透明性のある行政運営である。その尺度になるのは当然、「情報開示」のあり方であろう。前市政ではたまに「チョイ見せ」や「ウッカリ見せ」もあったが、後継市長は鉄壁な”守備固め”か…

 

 

 

 

(写真は開示された“のり弁”。新図書館号は結局一度もトンネルから姿を現すことはなかった)

 

 

 

≪追記ー1≫~清瀬市でも非公開が問題化!?

 

 東京都清瀬市長選で争点となった市立図書館再編問題を巡り、2023年に市が設置した有識者会議「これからの清瀬の図書館を創造する会」の議事録や資料が、1日から市のホームページ(HP)で非公開になっていたことが分かった。市によると、25年度末で閉じる設定にしていたためという。本紙の指摘を受け、6日に再び公開された。

有識者会議の議事録が1日から非公開になっていた清瀬市のHP 

 会議は23年6~10月に3回開かれ、図書館を6館から2館に減らし宅配サービスを導入するという、市の当時の案などが議論された。会議の意見を参考に市が24年2月に立てた「市立図書館サービス基本方針」では「6館体制を見直す」としか表現されず、図書館縮小について住民投票を求める市民らから情報公開のあり方に疑問が出るなど、議論になっていた。市HPは公開期限のルールはなく、平成時代の会議録なども残るが、有識者会議の議事録は当時の担当者が25年度末に指定したという。原田博美市長は6日の会見で、2年の公開期限を「適切だと思わない」と話した(4月8日付「東京新聞」電子版)

 

 

≪追記ー2≫~しょせん…!!??

 

  「市政堂」を名乗る方から、以下のような辛らつなコメントが寄せられた。タイトルはずばり、「しょせん(所詮)」…

 

  「市民の声を聞く“市民一丸“を掲げての当選劇も、どこまで信用できるのか?増税メガネと言われた某総理も『聞く耳』を強調していたっけなァ。 前市政を踏襲するのが楽だし、行政にどっぷり浸かってきた経験が逆に足かせになって、これまでの市政にメスを入れることができないのではないだろうか」

 

 

≪追記―3≫~ありゃまあ。この“迷走”ぶりはイーハトーブ議会とそっくりですな!!??

 

 閉館した4つの図書館の再開を公約に当選した東京都清瀬市の原田博美市長が旧市立中央図書館の再開を断念した問題(4月2日付当ブログ「追記―3」参照)で、原田氏が市議時代に、中央図書館の解体を前提とした中央公園整備工事請負契約議案に賛成していたことが分かった。原田氏ら共産党会派の4人は反対討論を行わず、修正案も出さず、議案は全会一致で可決されていた(9日付「産経新聞」電子版)

  

 

断捨離「大作戦」(「本の目利き」三人衆―その3=完)…「シシ」になった男の“変身術”~あちこちで、“図書館”論争も!!??

  • 断捨離「大作戦」(「本の目利き」三人衆―その3=完)…「シシ」になった男の“変身術”~あちこちで、“図書館”論争も!!??

 

 「国内の山村にして遠野より更に物深き所には又無数の山神山人の伝説あるべし。願わくは之(これ)を語りて平地人を戦慄(せんりつ)せしめよ」―。民俗学の父と言われる柳田国男(1875~1962年)の代表作のひとつ『遠野物語』(1910=明治43年)の初版序文にはこんな不気味な言葉が置かれ、その一節にこうある。「天神の山には祭りありて獅子踊(ししをどり)あり…獅子踊と云ふは鹿(しか)の舞なり」

 

 『シシになる。―遠野異界探訪記』(2025年6月初版発行、亜紀書房)―。著者は“平地人”の代表選手とも言える若き都会人―東京都内の広告代理店に勤めていた富川岳さん(39)で、己自身が「シシ」に変身するという奇想天外な内容である。2016年に地域活性化プロジェクトのメンバーとして、遠野市に移住。河童や座敷童子、山男・山女、天狗など様々な妖怪と神々が跋扈(ばっこ)する“異界”に突然、投げ出された。

 

 柳田が100年以上も前に「戦慄」したのが、附馬牛(つきもうし)地区に伝わる「張山(はりやま)しし踊り」だった。富川さんがその踊り手になるまでのまさに鬼気迫るばかりの“変身”ぶりについては、とても愚筆の及ぶところではないので、ぜひ手に取ってお読みいただきたい。私はためらわずに現代版『遠野物語』と命名した。こんな美しい響きの言葉に耳目を奪われた。

 

 「遠野巡灯篭木」(トオノメグリトロゲ)―。遠野には初盆から3年間、先祖が迷わずに家に戻れるように盆明けまで、軒先に目印の高い木を立てる風習がある。木の先端には提灯(ちょうちん)と戒名を書いた布がぶら下げられ、「迎灯篭木」(ムカイトロゲ)と呼ばれる。一方、冒頭の「メグリトロゲ」は郷土芸能と現代カルチャーを織り交ぜた「コラボ」演出で、コロナ禍の2021年に初演を迎えた。富川さんはこうした活動のあり方を「Reboot Folklore」(地域文化の再起動)と定義している。

 

 「元祖の柳田本を脚本・演出したのが(宮沢)賢治の物語世界ではなかったのか」―。新旧の『遠野物語』を合わせ読むうちにハタと思い至った。そして、その仲介役こそが賢治とも交流があった語り部の佐々木喜善ではなかったのか。『なめとこ山の熊』や『鹿踊りのはじまり』、『注文の多い料理店』、『虔十公園林』などなどその通底性を挙げれば枚挙にいとまがない。元祖本の第8話に“神隠し”の話として「寒戸の婆(ばば)」が採録されている。こんな内容である。

 

 「(松崎村の)寒戸にいた娘がある日、木の下に草履(ぞうり)を残して消息を絶った。その30年後、親戚たちが集まっているところへ、その娘がすっかり老いさらばえた姿で帰ってきた。事情を尋ねる親戚たちに対し、娘はみんなに逢いたくて帰って来たものの、山に帰らなければならないと言って去って行った。その日は風が強かったので、遠野ではそれ以来、強風の日は『寒戸の婆が帰ってきそうな日だ』といわれたという」(要旨、ウイキペディアより)

 

 一方、賢治の代表作『風の又三郎』は二百十日の9月1日、山の分校に転校してきた「高田三郎」君がわずか10日後、風の強い日に姿を消してしまうという内容である。「あいつはやっぱり、風の神の子どもだ」―。分校の子どもは「寒戸の婆」と同じように、その背後に「神の存在」を見ているのである。物語世界に欠かせないモチーフのひとつであるその「風」がいま、窮地に立たされている。

 

 「駅前か病院跡地か」―で揺れた新花巻図書館の立地場所がとりあえず、JR花巻駅前に決まり、現在設計業務が進められている。「賢治のふるさとならでは…」という触れ込みのデザインにずばり「又三郎シャフト」なるものがある。シャフトとは「動力伝導用の回転部品」のことらしいが、プレゼン資料には「各空間からの換気経路」とあり、どうやら“風”の通り道らしい。だとすれば、これほどまでに貧相な発想はあるまい。「どっどど/どどうど/どどうど/どどう/青いくるみも吹きとばせ…」―。又三郎が歌う、空に吸い込まれそうな清らかな歌声はどこからも聞こえてこない。耳に届くのは無機質な電車の発着音だけである。

 

 『「本の目利き」三人衆―その2』で紹介した村上巨樹さんは2年前、JR花巻駅前に古書店を開業した。そして、「シシになった」富川さんも4月18日、後を追うようにJR遠野駅前に同じ古書店「河童ブックス」をオープンさせる。二人に共通するのは村上さんがギター奏者(ミュージシャン)、富川さんがシシ踊りの踊り手(ダンサー)…つまり、記憶を継承する古書群が「芸術・文化」と背中合わせに同居しているということである。まさに「Reboot Folklore」の担い手として、これ以上の人材は見当たらない。

 

 遠野三山のひとつ、早池峰山の存在がなかったら『遠野物語』が誕生しなかったように、図書館のもうひとつの立地候補地である「病院跡地」からは賢治がこよなく愛したこの霊山がキラキラと輝いて見える。賢治の物語世界(ナラティブ=物語性)を駅前のビル群の中に埋没させてはなるまい。「Reboot」(再起動)をさせるためには一日も早く、“賢治”をここから救出しなくてはならない。

 

 

 

 

 

(写真は本を分別・整理する富川さん。「本に囲まれているだけで、気持ちが高まって…」=4月2日午前、花巻市桜町3丁目の自宅で)

 

 

 

≪追記―1≫~“風の夕食”

 

 「そりゃ風だって、一日中飛び回っていたんでは腹もすくじゃろうが。“風の夕食”という言葉を覚えておけ」―。ここまで書き及んできて、アイヌの古老(エカシ)が独り言のように漏らしたつぶやきをふと、思い出した。夕方、風が急に吹き止む―「夕凪」(ゆうなぎ)のことをアイヌ語では「レラ(rera=風)・オヌマン(onuman=夕方)・イペ(ipe=食べる)」と表記する。風はまさに「生き物」そのものなのである。

 

 仮に又三郎を“空調”に見立てるようなことがあってはそれこそ、罰(バチ)が当たる。前回(その2)、当ブログに登場した『宮沢賢治殺人事件』(吉田司著)が“正夢”になってしまう。”賢治殺し”に加担させられるのはまっぴらご免である。ちなみに、アイヌの世界では「風」のことを「レラカムイ」(風の神)と呼ぶ。これを和訳すれば、さしずめ「又三郎」ということにでもなろうか。

 

 

≪追記―2≫~又三郎とは実は私のことだった!?

 

 『風の又三郎』が初めて、映画化されたのは私の生年と同じ昭和15(1940)年である。だから又三郎は私の”分身”だとずっと、思い続けてきた。ところで、映画で分教場の最上級生「一郎」役を演じた俳優、声優の大泉滉さん(故人)は前年、同じ作品が築地小劇場で上演された際は主役の「又三郎」役でデビューした。生前、その辺のいきさつを聞いたことがある。それにしても戦雲が漂う中、こうした演劇や映画が誕生したこと自体に驚愕(きょうがく)させられる。

 

 日露の血を引くアナキスト作家、大泉黒石の子として生まれた。祖父はロシア皇帝ニコライ2世の来日時に侍従役だったことで知られる。主役抜擢のきっかけについてはあのとぼけた表情で、こう語った。「まちなかで学生風の男から子役にならんかね、と。混血だから、髪の毛は真っ赤。貧乏だったから、お願いしますって…」。そういえば、賢治は作品の中で又三郎を「赤毛の子ども」と表現し、分教場の子どもたちにも「あいつは外国人だな」と言わせている。「どっどど/どどうど…」。ビールをあおりながら、あたりかまわずに高吟(こうぎん)する大泉さんの姿が懐かしい。

 

 

≪追記ー3≫~図書館の解体を中断!!??

 

 東京都清瀬市は1日、解体作業が始まっている旧中央図書館の解体工事の中断を決めたと発表した。3月29日に投開票された市長選で大きな争点となったのが、昨年、6館から3館に減った市立図書館をめぐる問題だった。旧中央図書館の解体中止を掲げた、無所属新顔で前市議会副議長の原田博美氏(50)=共産、社民推薦=が、無所属現職の渋谷桂司氏(52)=自民、公明推薦=を破り、初当選した。同市は解体中断を決めた理由について、選挙結果を踏まえ「市民の意向や新たな市政運営方針を総合的に判断した」としている」(2日付「朝日新聞」電子版)

 

 

≪追記ー4≫~一方では、移転・新築オープンへ

 

 新しい広島市立中央図書館が4月1日午前10時、JR広島駅前に開館する。開館に先立ち、報道陣向けの内覧会があり、明るく開放感のある館内が披露された。新図書館は、広島駅と歩行デッキで結ばれた商業施設「エールエールヒロシマ」の8~10階にある。中央の吹き抜けやイベントスペースを囲むように、書棚が配置されている。広々とした通路を周回しながら、本探しを楽しめるレイアウトだ。大きな窓から採光する構造にもなっている。

 

 ただ、地上階から図書館フロアに直通するエレベーターはなく、休日の混雑時は館内移動に時間がかかる恐れがある。松井一実市長は「来館者が増えるきっかけになるならば、うれしい悲鳴」としつつ、「利用状況に応じて、問題が生じれば必ず解消する心づもりだ」と話した。図書館専用の駐車場や駐輪場は設けていない(3月29日付「朝日新聞)=(註)広島市立中央図書館をめぐっては、当市と同じように市民の反対運動や公文書の非開示問題などがあり、オープンが大幅に遅れた。