ふたたび、”民意”のでっち上げということについて…新花巻図書館の「駅前立地」の闇の構造に迫る!!??

  • ふたたび、”民意”のでっち上げということについて…新花巻図書館の「駅前立地」の闇の構造に迫る!!??

 

 最近、映画「開戦前夜」を観て、ハタと気づかされたことがある。「日本必敗」という日米開戦を前にした「総力戦研究所」(8月15日付当ブログ参照)の科学的な数値(エビデンス)を黙殺した当時の時代の“空気”がまさに、足元の図書館問題と違和感なく、重なったのである。先の大戦の時代も「いったん、走り出したたらもう、止められない」というある種の“強迫観念”が泥沼の戦争にのめり込んでいくきっかけだった。3,500人→75人→42人(対話型「市民会議」)…。こうした数値の逆流に歯向かうように、足元のイーハトーブでもいま、「もう止められない」という大合唱が広がりつつある。その“詐術”を以下に検証する。

 

 

 

 統計学的な蓋然性(確率的な確からしさ)の観点から見ると、この対話型「市民会議」の結果を「市民全体の民意とみなすことには極めて低い科学的な根拠(妥当性)しかない。統計学の原則に照らし合わせると、この調査設計と結果には致命的な歪(ゆがみ)み(バイアス)が生じている。

 

1)サンプルサイズ(42人)による誤差の限界

 

 統計学的に当市の15歳以上の人口(約8万人と推定)を母集団とした場合、信頼度95%で一般的な許容誤差(±5%以内)を満たすには、ランダムに選ばれた最低でも380人程度の有効回答・参加者が必要である。今回、最終的に残ったサンプルサイズ(42人)で計算すると、許容誤差は約15%にまではね上がる。これは市民会議での意思表示として「駅前派が60%、病院跡地派が40%」という結果が出たとしても、統計学的には「実際の市民全体では病院跡地派の方が多い可能性(逆転現象)」を全く否定できない、極めて粗(あら)く精度の低いデータであることを意味する。

 

2)「自己選択バイアス」による無作為性の崩壊

 

 行政側は「3,500人を無作為抽出(ランダムサンプリング)した」と主張しているが、統計学的に有効なのは「抽出された全員(または高い割合で)参加した」場合のみである。

・実際の参加率:75人÷3,500人=2・1%(最終的には42人で1・2%)

・生じた歪み:残り98%近くが辞退した時点で、無作為抽出は完全に崩壊している。この2%未満の参加者は「もともと行政に関心が高い」「時間にゆとりがある」「市の方針に反発がない」といった特定の属性を持つ層に偏る「自己選択バイアス(生存者バイアス)」が強く働いている。そのため、統計学的には「市民の縮図」とは呼べない。

 

2)6,181筆の署名(確定データ)との比較

 

 統計学のサンプリング調査は全体の動向を「推測」するための手法である。一方で、市民団体が集めた、病院跡地への立地を求める直筆署名は行政側が精査した結果、市内在住者だけで、6,181筆に上っている。この数値は全人口8,8530人(令和8年2月末現在)の約7%を占めている。「1・2%の偏ったサンプル」から得られた不確実な推測値とこの署名実数(確定データ)を比較した場合、後者の方が圧倒的に高い確率で強固な民意を証明しているのは明らかである。

 

〈結論〉

 

 統計学的な蓋然性の観点から言えば、最終的にわずか42人による合意(「駅前立地」)を「市民の代表的な民意」と強弁することには科学的な説得力はまったくない。従って、このデータを根拠に駅前立地を「民意に基づく決定」とした行政側の解釈は統計学のセオリーを無視した、多分に政治的なレトリック(作られた民意)であったと評価せざるを得ない。

 

 

 

 

 

(写真は「駅前立地」を最終的に決定した対話型「市民会議」=花巻市花城の「まなび学園」で)

 

 

 

 

 

 

 

 

2026.08.20:masuko:[ヒカリノミチ通信について]

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