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白布温泉(四国八十八か所巡りの石像)

  • 白布温泉(四国八十八か所巡りの石像)
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白布三十三観音の奥に四国八十八か所巡りの石像が祀られています。笹野観音の住職が巡礼し、分霊を受けた四国八十八か所の石塔です、昭和50年に完成、安置されました。四国八十八か所とは、真言宗の開基 弘法大師が42歳の時、四国を巡礼して開いた八十八か所の霊場・・・人には88の煩悩があり、それを一つ一つ消滅させていくために霊場まわりをしたのです。人の厄災を除く意味で、霊場巡りをするともいわれています。約千四百キロのコースで、人々の往来や文化交流の道としても発展してきました。お遍路をする人は「お遍路さん」と呼ばれ、信仰だけでなく「自分を見つめ直す旅」「人生の節目の旅」として歩く人も多いという・・

2026.06.24:li-no3:コメント(0):[歴史探訪]

白布三十三観音1729年享保14年

  • 白布三十三観音1729年享保14年
  • 白布三十三観音1729年享保14年

白布温泉から数百mほど天元台高原湯元駅に向かう途中に白布三十三観音があります。1729年(享保14年)に建てられ、上杉藩の歴代藩公も参詣した由緒正しい場所、案内板に東屋24代当主が、幾世の安らかなる事と、温泉の永遠の栄えを祈願して、石工と共に西国三十三観音を巡礼し、分霊をうけ建立した「石造野立の三十三観音」。庶民の物見遊山は江戸時代後期から急速に発展し、宗教的な参拝や巡礼などを理由に藩の許可が下りやすく、関所の取調べも比較的楽だった事からお伊勢参りや金比羅参り、富士山登拝など、村人達は毎年少しづつ資金を貯め、数年に一度代表者が参拝する例が多く、そこの分霊の勧請や境内の砂、御札などを持ち帰り村で祀ることがありました。分霊を勧請してそこを参拝すると同じ御利益があるとされました。

2026.06.22:li-no3:コメント(0):[歴史探訪]

徳昌寺と良寛

  • 徳昌寺と良寛
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川崎に住んでいる弟も定年し、毎年5月連休の混み合う前に山形に帰省するようになり、いっしょに旅行するようになりました、今年は寺泊に一泊しての良寛をめぐる旅となりまして、生誕の地、良寛資料館、五合庵、そして良寛ゆかりの寺である徳昌寺(とくしょうじ)に寄りました。良寛さんは天保2年(1831)、木村家で息を引き取る。 享年74歳、良寛は曹洞宗の僧侶で、師の大忍国仙や宗祖道元の教えをよく守り、生涯、寺を構えず、妻子を持たず、物質的には無一物に徹し、清貧の思想を貫いたという人でありますね、曹洞宗で与板城主であった直江山城守の菩提所であり、良寛ゆかりの寺である。徳昌寺、住職と良寛さんは法友で、先に亡くなったら導師を務めるという約束のとおり、徳昌寺の住職が良寛さんの導師を務めました。良寛さんが木村家に寄付させた、日本に二巻しかない明版大蔵経本を所有しています。境内には良寛さんが晩年の友人山田杜皐に宛てた三条地震の見舞の手紙が碑になっており、良寛という人の大きさが碑文から感じられる、良寛さんに触れ合えた思いがします・・文政11年(1828年)11月12日、良寛71歳のとき、三条地震があり、与板も大きな被害を受けたとあり、翌年春、徳昌寺で地震の犠牲者を供養するための大法要が行われました。このとき良寛は、その盛大さと、費用が全て与板藩主・井伊直経の寄進によるものであることを聞き、非常に感激して詩歌を作っています。この詩歌は、良寛と親交があった徳昌寺の住職・大機和尚の百年忌(昭和27年7月)にあたり、本堂前に碑として建てられました。この大機和尚は、良寛の葬儀で16カ寺の住職が読経した際の導師をつとめた人です。寺には良寛の過去帳も残されています。

2026.05.19:li-no3:コメント(0):[歴史探訪]

五合庵-国上寺

  • 五合庵-国上寺

新潟寺泊泊して、良寛さんの地巡り、国上寺内にある五合庵に寄りました。この庵は、良寛和尚が諸国行脚の末、越後に戻った寛政5年(1793年)から約20年過ごした庵。国上寺本堂を再建した客僧「萬元上人(ばんげんしょうにん)」が、毎日米五合を給されていたことから「五合庵」と呼ばれています、国上寺から吊り橋を渡って少し下ると、良寛さんが暮らした「五合庵」がありますが、国上寺から五合庵へは10分はかかるのかな、なかなか険しい石階段です・・・・つくと、茅葺の8畳間くらいの小さな庵、良寛はここで托鉢に出たり、座禅をしたり、『源氏物語』や『万葉集』、『永平録』などを読んだ。そして、多くの漢詩・長歌・短歌を生み出したとされる。良寛40代のころのことですね

「焚くほどは風がもてくる落葉かな」は、良寛が詠んだ句で、彼のシンプルな生活や自然への感謝を表現しています。句碑は五合庵の横に建てられてます

2026.05.15:li-no3:コメント(0):[歴史探訪]

国上寺

  • 国上寺

新潟の寺泊に泊り、良寛さんの地巡り、良寛さん誕生の地から資料館をみて、国上寺(新潟県燕市国上)を訪ねてきた。この寺院は和銅2年(709)弥彦大明神の託宣によって金地大徳を開山として創建された真言宗豊山派の寺院・・開山1300年の越後最古の名刹。現在の堂宇は客僧万元上人が中心となり享保3年(1718)に再建し、県内最古とある、酒呑童子や源義経・弁慶伝説も残る。良寛ゆかりの五合庵はこの寺の敷地内にある。本尊は行基作 阿弥陀如来像、境内客殿に各1体良寛座像がある。 雷神により掘られたという雷井戸があり、年中水が枯れることがないと言われている。弘法大師ゆかりの「五鈷掛けの松」がある。

2026.05.14:li-no3:コメント(0):[歴史探訪]