ぼくのニワトリは空を飛ぶー菅野芳秀のブログ
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【イベントのご案内】
山形県置賜地方では、地域に暮らす人々が互いに手を組み、食と農、エネルギーの自給をすすめる事で、いつまでも安心して暮らせる地域を築いて行こうとする取り組みが行われている。中心になっているのは、住民でつくる(社)置賜自給圏推進機構。 その「食・農部会」では、3月19日午後1時から午後5時まで、高畠町のJA山形おきたま・たかはた支店「ハピネス」で、「つなげよう!おきたまの食と農といのち」と題したシンポジュームを開催する。 第1部、東京大学大学院農学生命科学研究科の鈴木宣弘教授をお招きしての講演会。 第2部では「地域といのちとつながりと」をテーマにした、置賜各地それぞれの現場と会場の人たちが共に熱く語るトークセッションの予定。 参加料は会場費として一人1000円(高校生は無料)。当日参加でも可能。500円でオンライン配信も行う予定。 「食・農部会」では、たくさんの参加者を募っている。問合わせ先は「食と農」講演会事務局まで TEL090―2363―7204(小関恭弘さん)。 |
「こんど、人間以外に生まれなければならなかったとしたら、ぜひ菅野農園のニワトリに生まれたい」
俺がこだわったニワトリを飼う基準、その飼い方。以来、ほぼ40年間,写真のように飼って来た。もちろん美味しい玉子を得るためだけど、これならニワトリでもいい。(いまは雪だが、こんな風景はもうすぐだ。) |
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鈴木宣弘先生講演会のお知らせ
置賜自給圏推進機構<食・農部会>では、来たる3月19日(日)、鈴木宣弘先生をお招きして講演会を開催することになりました。この講演会はコロナの影響もあって,3年間活動を休止していた置賜自給圏推進機構<食・農部会>の再出発の意味をこめて企画したものです。 当日のご参加をお待ちしています。 記 とき:3月19日(日) 午後1時から5時まで ところ:JA山形おきたま たかはた支店ハピネス 第一部 基調講演 「地域農業と循環型社会」 東京大学大学院農学生命科学研究科教授 鈴木宣弘さん 第二部 食と農トークセッション 「地域といのちと、つながりと」 農の現場・食の現場・子育ての現場からのパネラーが熱く語る |
新年明けましておめでとうございます。
年が明け、ようやく年賀状を書き始めています。 今年も横着なご挨拶になってしまいました。 あたり一面が真っ白な銀世界。 元旦の朝、雪で閉ざされた山裾まで行き、私が「山の神さま」と呼んでいる、この地の微生物達へ新年のご挨拶に行ってきました。 もう30年近く続けている行事です。 太古の昔から今日まで、全てのいのちあるものを土に還(かえ)し、次のいのちに繋いできたこの地の微生物たち。土はかつて生きていたモノたちのいのちの集積。山の神さまたちによるいのちの循環。「今年もあなた方と共に・・お見守りください。」 山々は雪でおおわれ、凛とした静寂の中にありました。 それでも何かジワーッとしたエネルギーが身体に沁みこんで来たように思いました。 また一年が始まりました。 今年もどうぞよろしくお願いいたします。2023年元旦 |
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玄米 その2
玄米の事を書いたら、多くの方から共感と示唆に富むご意見をいただき、改めて玄米食への関心の広さを感じた。俺がね、玄米食をやる上で、3つほど心掛けている事があるんだけど・・。 一つは、玄米に飽きたらいつでも休む。ムリせず白米に戻り、また食いたくなったなら玄米食を。とにかく無理しない事。 二つ目は簡単に、手軽に作るという事。手間のかかる事、メンドクサイ事は続かない。そんな性格だから「醗酵玄米」は始めっからムリと諦めている。最近では水漬けすらしない。軽くとぎ、玄米と同じ量の水か、1.05倍の水を入れて炊くだけだ。圧力鍋(ヘイワ)の説明書にもそれで良いと書いてあったし・・。 三つ目、面倒だから一度に1週間分ぐらいを炊く。終わりの頃はモチモチ感が増し、よけいに美味しくなる感じがするよ。あ、そうそう、やってると思うけど、炊き上がったら保温器に入れて置き、時々切り返しをやり、空気を入れる。 とにかく、無理しない事、遊び心を大事にする事。定番の小豆と塩(一合あたり一つまみ)だけでなく、乾燥シイタケや、大豆、ゴマ、鰹節など、〜を入れたらおいしいかもと思えるものを自由に入れて楽しんでいるよ。グ〜タラ人間でも手軽に玄米食を楽しんでいるご報告でした。 |
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「うん、いい映画を観た」
白鷹町の「あゆーむ」で、映画「わが青春つきるともー伊藤千代子の生涯」を見た。映画の広告に「戦争と無権利の時代、反戦と主権在民を掲げ闘いに斃れた若き女性の真実の物語」とあった。硬い話かなと思ったが2時間を超える大作にもかかわらず、時間の長さを感じさせない。引き込まれた。 当時、侵略戦争への道をひた走った日本。国家権力が肥大化し、国民を守るための国家が国民を守らず、逆に国民をして天皇制国家を守るための道具、侵略の尖兵に駆り立てていく。そして敗戦。日本の戦没者数(兵隊、民間人)は約310万人。目をそらしてはならないもう一つの事実。日本はアジアを欧米列強から解放すると喧伝したが、実際は日本がアジアを抑圧し、あらゆる点で収奪したこと。戦場となったアジア全域では2000万人を超える軍民が犠牲となった。日本国民も日本軍国主義の被害者なのだが、同時にアジアを抑圧した加害者の一員でもあるという重く、つらい現実が残った。 もちろん日本国内にも反対者はいた。それらの人たちは日本の良心でもあったろう。だが、国家権力はその数少ない勇気ある人たちを次々に捕まえ、拷問を加え、投獄して行った。それを可能としたのが治安維持法。 「他民族を抑圧する民族の人民もまた、決して自由ではない。」この格言通りの世界がそこにはあった。 この映画は、高まる軍国主義の中で、勇気をもって反対した女性(たち)の物語だ。当時、女性には参政権は無く、「あゝ野麦峠」で知られた同じ長野県の、紡績工場の女性たちの労働争議などを挟みながら、立ち上がっていく女性たちの姿をも描いている。やがて治安維持法下、ことごとく弾圧され、圧殺され、日本は絶望的な戦争へと突入していく。そんな中、伊藤千代子も拷問の末、虐殺されていく。 この映画を観終わった後、感動と同時に、これは決して過去の話ではない、そんな思いが湧き上がってきた。 今また、日本は膨大な軍事予算を計上し、自民党が掲げるGDPの2%を防衛費にすれば、世界第3位の軍事大国に。先制攻撃が出来る国。再び戦争出来る国への道を走り始めようとしている。良心が孤立させられ、平和を求める人たちが「伊藤千代子」になる前に、その道を止めなければならない。そんな気持ちにさせる映画だった。うん、いい映画を観た。 |
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今回は玄米の話。
関心のない方はパスしてください。以下。 我が家はコメの生産農家で、他にも放牧養鶏の玉子と、無農薬大豆の納豆を作っている。 それらは消費者に直に発送しているが、最近、玄米と「分づき米」と呼ばれる5分づき、7分づきなどの胚芽を残したコメへの注文が増えている。半分近くがそうだ。 「玄米の胚芽には様々なミネラルなどの大切な栄養素が豊富に含まれおり、繊維質も多く、便通も良くなるしダイエットにも効果がある。」 良く聞く話だが、それらを美味しく食べるには2つのハードルを越えなければならない。 1,美味しく炊ける圧力鍋と出会うこと。2,胚芽を残しても大丈夫なコメに出会うこと。 まず一つ目。以前、玄米愛好家の人に炊き立てをご馳走になったことがあったが、お世辞にも美味しいとは言えなかった。「玄米だからそこは我慢しないとね・・・」。でも、意義で食べる、頭で食べるというのではなく、美味いから食べるとならなければ長続きはしない。 という事で、それまでに試した炊飯器、圧力鍋は友人所有のモノを含め5〜6個。これが多いのか少ないのかは分からないが、はっきりしていることは、たいがいの人はそこまで探さず、途中で玄米食をあきらめてしまうだろうという事だ。 さて、ずいぶん前の事だが関西の自然食レストランに行く機会があり、その時食べた玄米が柔らかく、美味しかった。探せばきっと美味しく炊ける圧力鍋はあるはずだ。 ある日、同じ県内に自然食のお店を見つけ、試食の玄米を食べてみたら、なんと、関西での記憶にそっくりで、柔らかくふんわりしていて美味しかった。この炊飯器を直ぐに注文した。おかげで今はおいしく玄米ご飯を食べている。 二つ目の大丈夫なコメと出会うこと。コメに農薬が一番残るのは、玄米の表皮にあたる糠(ヌカ)部分、胚芽の部分だ。玄米を食べる場合、その点に注意することが大事で、普通に栽培したコメは玄米食には向かない。 ここからは私見だが、各県に「特別栽培米」というのがある。慣行栽培の半分以下の農薬となっていて、ずいぶんましだとは思うが、それでも玄米食には不十分だ。今でもラウンドアップ(グリサフォート系農薬・除草剤)やネオニコチノイド系農薬(殺虫剤)が広く使用されているが、そんな農薬を使用したコメが、たとえ特別栽培米基準に合っているとしても、俺はこれを玄米で食べることは勧めない。 繰り返すが、もっと多くの人たちが玄米食を楽しめるようになるためには、手軽に炊ける圧力鍋の普及と、それにふさわしいコメ作りの拡大が不可欠だ。それが時代の要請だとも思っている。 その上で・・偉そうだが・・俺が玄米を更に美味しく食べるためにやっていることを紹介したい。それは1合あたり一つまみの自然塩と、小豆を入れて炊くことだ。ゴマや大豆、乾燥シイタケなども試した。いずれも美味しかったよ。 |
朝、真っ白な霧が上がると、にぎやかな光景が顔をだす。紅葉するモミジやドウタン、桜などの木々に、色づく柿やリンゴの実の数々。里の秋はそんな光景にあふれている。
庭のリンゴの樹の下をくぐり、我が家の畑に行ってみると、大根や白菜はすでに充分に成長していた。 雪がくる前に庭木を雪害から守る作業も忙しい。 山里の深まりゆく秋。冬を前に忙しく働く勤勉な農民たち・・。とまぁ、読む方々は全体を美しく想像してしまうに違いないが、このことをその渦中にいる百姓、それも決して若くはない俺の視点から語れば、また違う風景が出てくる。それれも決して悪くはないが、言うほど美しくもない。そしてな、それをただ外から風景としてみていたのではまず、分かるまい。あえて語ればこんな話になる。以下。 寒くなりましたねぇ。 畑で冬野菜の世話をしていますと思わず鼻水がタラァーッと出てきます。ズーズーッとすするのもなんですから、ヒッと手鼻をかむ。鼻水が霧状になって飛んでいきますぞ。決して手にかかったりはしないね。その辺は熟練ですねぇ。慣れたもんですよぉ。 どんよりとした寒空の下、頬っかむりして、蟹股で、少し腰の曲がった大男が手鼻をかみつつ野良仕事に励んでいる。こんな姿は、晩秋の雪国に似合いますねぇ。寒村の風景ですねぇ。絵になりますねぇ。でもどこか切なげですねぇ。哀しげですねぇ。憐れさが漂ってますねぇ。 そう言えば近ごろ、頭のてっぺんで季節の移り変わりを感じ取れるようになりましたぞ。数年前からです。改めて体験してみると・・驚くほど新鮮な感覚ですねぇ。冷気が無防備な頭をジンジン刺激する。こんなことになろうとは想像していませんでしたよ。 秋の陽はすぐに落ちて、夕暮れが足早にやって来る。昔、晩秋の黄昏時ともなれば人恋しさが一層募り、センチメンタルな気分になったものですが、この歳になるとそれは無くなり、ただ恋しいのは人ではなくお酒。色気もへちまもあったもんじゃありません。でも冷えた身体には熱燗が一番。おちょこに注いだお酒をグィッと一つ飲み干せば、熱いものがあっちこっちに浸み込みながら降りて行く。良いですねぇ、この感じ。 飲むほどに、酔うほどにどんどん気分が高揚し、「コメがあり、野菜があれば勝ったも同然!文句アッカ!!」などと鼻息荒くして、ついさっきまで、腰が曲がったの、髪の毛が禿げ上がったのと言っていたのが、古風な言い方だけど、「矢でも鉄砲でももってこい!」となるんですね。背はデカいけど、根が単純なんですねぇ。 冬を含んだ秋。その物悲しさを含め、決して嫌いでないなぁ。秋から冬、それは一つの生命の終わり。鮮やかな紅葉は、枯れ行く冬の前の一時の化粧、終わりゆくいのちの華やぎ。その移り行く季節に浸りながら、我が身の来しかた行く末・・、つまり・・人生を考えて見るのも悪くはない。なっ、分かったべ!ヒッと鼻水飛ばしながら哲学してんだよ。外からではなかなか分かんないだろうがな。 |
紅葉が進む山々、里の銀杏。
それにリンゴや柿などの果物たち・・。 風景全体がカラフルに色づいている里の秋。稲刈りもすっかり終わった。 それはそれとして、世界的な食料不足の中、国内の稲作現場では4割を越える減反に、40年前の半値近いコメ価格がまかり通り、若い後継者は農業から逃げ、あるいは村を出て行き、高齢化ならぬ老齢化に歯止めがかからず、村も、地域社会も力を失い、青息吐息の瀕死の状態が続く・・村の秋。 あっちこっちから、今年限りで「農じまい」の声が届けられる。小農(家族農)の屍が累々・・と横たわるこの国の村。 すでに手遅れかも・・という状況なのだけれど、為政者にはちっとも響いてない。どうするんだろうね、この国の食料、この国の農業。そしてこの国自体。 政治の劣化が、この国で生きる人々のいのちの危機に直につながっている。 |
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雪解けがすすみ、温かな春の陽気が戻ってきました。
と、なると、ニワトリ達は盛んに玉子を産むようになります。
菅野農園の自然卵を食べてみたい方はおいでになりませんか?
この時期ならご提供できます。
味は玉子本来の味。ゲージ飼いの卵のようにエサや飼料添加物で操作された濃密なものではありません。一瞬、アレッと思うような淡白なもの。そこにふくよかな味わいが含まれています。
黄身の色は淡い黄色。人工色素と無縁です。エサの主要穀物はおコメです。(右が菅野農園の玉子です。)
1p(10個入り)680円。送料は首都圏までなら2pで950円、4pまで1,130円。8pまでなら1,330円となります。箱の関係上、4の倍数が良いようですがいくらでもかまいません。ご注文はメッセンジャーかメール(narube-tane @silk.ocn.ne.jp)でお願いします。
(写真をクリックしてみて下さい。アップで見る事が出来ます。この写真は夏のモノです。)
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