生活に取り入れたり、仕事で生かすなどしていただけると本望です。
◎ 「どうぞお先に」一歩譲る心を持つ
「我先に」といった言葉は、人との競争で先を争う時に使われる。その結果、“早い者勝ち”といった言葉も、日常茶飯に使われる。まことに切実な場面を想像させる。
ほとんどの場合、「人を押しのける」、世知がらく、さもしい様子が目に浮かぶ。
車の運転などは、運転者の性格がそっくりそのまま表れる。渋滞している時、ほんのわずかな隙間をめがけて割り込む運転ぶりなどは、貧しい人柄の人がハンドルを握っているような不愉快さを感じさせる。
飛行機から降りる時、ドアが開くまでの短い時間でも、誰もが少しでも早くと先を急ぐ。
わずかな隙間があると、そこに体をねじ込んでくる人がいる。そんな時に、「どうぞお先に」と言えるかどうか。
こちらも急いでいるのだ。そんなことを言っていたら、厳しい競争社会から脱落するという人もいるだろう。
しかし、人を押しのけてでも先に行こうとする人がいたら、「どうぞお先に」と言ってみよう。
ちょっと損をした気分になるだろう。あるいは、余りにも強引すぎると、「くそっ」と腹立たしくもなる。
しかし、到着する時間など、ほとんど差がない。人に一歩譲ったために、バスに乗り遅れたり、電車の席を取れなかったりするといった、小さな損をするかもしれない。
しかし、「一歩譲る」心が自らの中に育ち始めると、「思いやりの心」が育ち、やがて人間として成長し始めるのだ。
人間性が育つと、大きな徳が身につき、大きな得を取るようになる。
◎ 独り占めは、人格三流
空港から市内のターミナルまで、しばしばバスを利用する。バスに乗った時、人間模様が分かる。
自分の横の席にドカンと荷物を置く人、あるいはあえて窓側ではなく、通路側に座る人がいる。どちらも、隣に人を座らせまいという魂胆が見える。
なるほど、二人が座る席を、独り占めすれば快適だ。まして、隣にどんな人が来るかも知れないから、自己防衛しているとも言える。
しかし、その行為は、その人の人間性を丸ごと表している。
無言のうちに、「座らせてやるものか」と叫んでいる “さもしさ” が見えるのである。
荷物を膝に抱えてでも、「どうぞ、お座りください」と隣の席を空ける行為は、まさに “志の実践” の第一歩である。
一見、譲ったら損だと思うこともある。しかし、それは小さな損である。小さな損が気になるようでは、人間一流にはなれない。
人より半歩でも前に行こうとする利己心は、人生の大きな収支を考えたら、結果的に大きな損につながる。
利己心をいかにして克服するか、それこそ人間一流への道だ。
難しい人生の教訓本を読むことも時には必要であるが、日常の生活において、「どうぞお先に」と譲る、絶え間ない努力こそが、あなたを人間一流に育てていくのである。
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<コメント>
小さな損もしたくない、と思うことが確かにあります。
コラムの中の、「さもしさ」、「貧しい人柄」、「利己心」というズバッとした指摘がグサッときます。
自分のスタートの遅れをその後の「せかせか運転」で何とか取り戻そうとする。私はよくあります。
たまに若者から「どうぞお先に」と道を譲られたりすると、「しまった」と思います。この若者の方がよっぽど人間が出来てる、と(汗)。
「人間力を高める」というとたいそうなことをしなければならないと思いがちですが、やるべきことは身近な日常の積み重ね。
ちょっと損をするような一歩譲り。 「どうぞお先に」 「どうぞお座りください」「どうぞ◯◯◯」と、いつも自然体で表せるようでありたいと願っています。
所属している倫理法人会でも、週1回の6時からのモーニングセミナーを活力あふれ整った場にするために、役員が5時くらいから準備をしてくれています。
時間とエネルギーが損だと言ってたらできません。人が嫌がること、避けたいと思うこと、でも誰かがやらなければならないことを進んで引き受ける。身近な徳積みです。

