2026年度の上杉文華館は「西からの手紙」と題して、国宝「上杉家文書」などを展示します。
書状は一定の規則に則って書かれました。このような規則を書札礼といい、差出人と受取人の関係が反映されていました。それをまとめた書札礼書も作られました。そこ には差出者の社会的地位に応じた規範が示されています。その適用は厳密であり、ゆえに実際の書状の書き方から両者の関係を知ることもできます。
2023年度コレクション展および2025年度上杉文華館では戦国時代の上杉氏に主に東国の領主から送られた書状を、2025年度コレクション展では上杉謙信や景勝、その 家臣らが発給した書状について、書札礼や使用された料紙などについて検討し、展示しました。
2026年度の上杉文華館では、戦国時代に京都やその周辺、中国地方など、越後より西の地域の大名や領主から長尾上杉氏に送られた書状を対象に、書札礼や使用された 紙などについて検討し、展示していきます。東国の領主や上杉氏との相違なども意識しながら、その特徴などを明らかにしていきます。
第4回《室町幕府管領とその周辺》
【展示期間】6月25日(木)~7月21日(火)
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今回は、室町幕府管領の細川氏とその周辺に目を向けます。室町幕府将軍の補佐役であった管領は、14世紀後半、3代将軍足利義満の時代に斯波・畠山・細川三氏の足利一門が交代で務めるようになり、これら三氏を「三職」と呼びました。
明応2年(1493)、細川政元は管領畠山政長を討ち、将軍足利義材を廃して義澄を立てて管領に就任し、幕府の実権を握りました(明応の政変)。以後、細川本宗家(京兆家)が天文18年(1549)まで幕政に大きな位置を占めていきます。
政元以降、細川本宗家も家督をめぐって内紛が起こり、家臣団の分裂や離合、他家における対抗関係と結び付くなどして、16世紀の幕府政治は展開していきます。そのような中で上杉謙信の父長尾為景は本宗家の細川高国と結びました。その関係は高国を補佐した細川典厩家の尹賢や、越後の隣国越中の反乱に援助を求めた越中守護畠山尚順ら、高国派の面々にも広がっていました。
管領クラスや典厩家の有力者から越後守護代長尾為景への書状は、斐紙を横切紙として用いることが原則であったとみられます。また、書止文言はかなりくずした草書の「恐々謹言」、差出は実名または法名に花押を据え、宛名は名字と官途に「殿」で表現されています。これが室町幕府有力者の越後守護代に対する書札礼と考えます。
▼ コレクショントーク
日時:7月11日(土) 14:00
場所:常設展示室 上杉文華館
※入館料が必要です。
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皆さまのご来館を心よりお待ちしております。
【お問い合わせ】
米沢市上杉博物館 0238-26-8001


