山寺芭蕉記念館

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「松かざり」発句短冊 一幅 杉風 筆 江戸時代中期 山寺芭蕉記念館蔵

 

Matsu Kazari (Pine Decoration), haiku poem on tanzaku pape

Sugiyama Sampu

17th–18th century

Ink on paper

37.0×6.0 cm


松かざりはや花鳥をいそぐなる 杉風


[解説]

正月の松かざりに、もうすぐ春の花鳥を賞でる季節がやってくることを予感した句。
杉山杉風(1647-1731)は、鯉屋と称し、幕府に魚類を納めるのを業としていた。江戸小田原町に住する。芭蕉が伊賀から江戸に下るとともに入門し、芭蕉庵を提供するなど、経済的にも芭蕉を助けた。



去来宛芭蕉書簡等貼交幅 一幅 紙本墨書 松尾芭蕉、他 筆 元禄四年(1691)〔芭蕉書簡は右上〕

 

〔解 説〕

芭蕉が門人去きょら い 来にあてた書簡、蕉門の重鎮森川許六の「甲路記」、蕉門俳人や芭蕉にゆかりの俳人の発句二十二句の色紙・短冊が貼り交ぜられた一軸である。去来の門流に伝来したものと考えられている。



「ちりうせぬ」句文懐紙 一幅 紙本墨書 松尾芭蕉 筆 元禄二年(1689)〔句〕本館蔵

〔解読〕

印(不耐 )
むさし野は桜のうちに
うかれいでゝ白かはの
関はさなへにこえ、たけ
くまの松はあやめふく
比になむなりぬ

ちりうせぬ松は二木を
三月ごし
芭蕉庵桃青
(芭蕉・桃青)

 

〔解説〕
元禄二年、奥州武隈の松での吟。『おくのほそ道』には「桜より松は二木を三月越シ」の形が見えるが、推敲の過程で改めたもので、掲出句が初案であろう。門人挙白の『四季千句』(元禄二年刊)には初案で収める。挙白の餞別句「武隈の松みせ申せ遅桜」に応え、桜は散ってしまったが、散ることのない二本の松を江戸出立から三月越しにようやく見ることができた、との意で、初案の方が挙白の句意とよく照応している。

 



「馬に寝て」句文懐紙 一幅 松尾芭蕉 筆 貞享元〜四年(1684〜87)〔推〕 山寺芭蕉記念館蔵
 (附芭蕉翁図 月僊 筆)   


         ばせを
(馬)

に寝て残夢
  月とをし
    ちやのけぶり         

〔解説〕
句文は芭蕉が貞享元年(1684)8月『野ざらし紀行』の旅の途次、東海道の小夜の中山に至った時の感懐を述べたもの。「馬に寝て」の句文は芭蕉自身好んだらしく、いくつかの真蹟が伝わる。当画賛はそれらのいずれとも小異がある。

 



「おもだかの」発句自画賛 一幅 与謝蕪村 筆 宝暦八〜明和初年(1758〜66) 山寺芭蕉記念館蔵

 

     文月八日

おもだかの橋は 引ずや銀河 蕪村(花押)

              

〔解 説〕 

 蕪村の宝暦から明和初年の筆跡の特徴がよく表れている作品。

沢瀉(おもだか)は水田に生える多年草。池辺の沢瀉の影が、昨夜の七夕には水面に映える天の川に渡す橋かと思えたが、八日の今日も昨夜の名残りを偲ばせつつ、季節を過ぎて衰残の姿をさらしているさまを、句・画両面から利かせたもの。



「いざ出む」句文懐紙 一幅 松尾芭蕉 筆  貞享4年(1687) 山寺芭蕉記念館蔵

 いざ出む 雪見にころぶ 処まで
 
 この書き物は「懐紙」という形です。
 1687年の12月初め、芭蕉が江戸から西への旅の途中、名古屋の人家を訪ねてご馳走を頂きました。お酒も飲んで気分もよくなって来たころ雪が降りだし、かなり積もってきました。そこで「外に出て雪見(雪を賞美する催し)をしよう、風流のために滑って転んでもまた良いものではないか」と詠んでいます。




「世にふるも」句文懐紙 芭蕉 筆

山寺/松尾芭蕉像

山寺/曽良像
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