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第二章 取締役「妻」という偉大な協力者

創業者から与えられた4つの気づきに付け加え、さらに、妻の存在の偉大さに気づかされました。

 

会社の経営において、経営者の「妻」の存在やその能力が語られることは少ないようです。私の経営していた会社は同族でしたので、大方のスモールカンパニーの構成のように、私の妻も取締役のひとりでした。肩書は「取締役社長室長」というもので、2名の女子事務員のリーダーとして、事務、経理、総務の間接部門を担当していました。

 

M&A成立時には、実印や、銀行員、小切手帳、手形帳等の引き渡しをおこなわなければなりません。読者のみなさんには理解しがたいことかもしれませんが会社の経理は2名の事務員と税理士が担当しており、数々の決済は会社の事務室ではなく創業者の自宅でおこなわれていたのです。私の手元には銀行印や小切手帳、手形帳などはなく、全てが創業者の管理下にあったのです。結果的には、M&Aが進むとともに、銀行印、小切手帳、手形帳、そして会社実印も私の管理下に置かれるようになり、必要な時期にスムーズに買収側に渡すことができました。しかしそこには、私の妻の大いなる功労と、忍耐があったのです。

 

常日頃から私は、私の会社には経営革新が必要であることを妻にも言い続けていました。業界、営業、社内の人事等は掌握できているが、肝心な財務面での決定権と決裁権を創業者に掌握されていることの弊害を訴え続けていたのです。

 

妻は会社では取締役社長室長いう肩書でしたが、わたしと結婚する前は日本航空の客室乗務員をしていました。十年も乗務した経験からサービス教育は一流のものですが、いかんせん小切手や、手形という経理実務には門外漢だったのです。しかし、負けん気と粘り強さをもった妻は知識の習得が早く、しかもわたしより創業者からの信頼が厚く、次第にそれらの業務を任せられるようにきたのです。ただし、それらの実務は会社ではなく、いつも創業者の自宅で行われていました。

 

M&A成立のときのためには、実印や、銀行印、小切手帳、手形帳をわたしの管理下においておかなければなりません。M&Aの実務を創業者が手伝うということはいっさいありませんでしたが、取締役社長室長として間接部門を統括している妻には、この状況にどのように対処すべきかをちゃんと心得ていたようです。ある時を境に妻は、小切手、手形の振り出しをすべて会社で行うようにし、実印と銀行印も会社で管理できるように業務を移行させたのです。前述したように、私以上に創業者夫妻から信頼が厚かったのが妻でしたので、この行動様式をイメージしていただければ、「取締役妻」とネーミングした私の思いが読者の皆さんにも伝わるのではないでしょうか。「取締役妻」の偉業はこれだけに留まりません。

 

M&Aはすべて秘密保持で進められます。このため、スモールカンパニーでのM&A担当者は経営者以外にいません。つまり、社内では私と妻以外にM&Aが進んでいることは誰も知らないのです。M&Aを進めていくうちには、秘密保持のむずかしい状況の中で、通常の支払いにはないM&Aに関する支払いも発生します。

 

さらには、わたしは常に会社にいるとは限りませんので、私の不在中にM&Aの必要書類の準備や様々な事務手続きがが発生します。通常の事務と、M&Aの準備が重なっていたわけです。通常の事務にないM&Aに必要な書類準備を事務員に指示すれば、不可解な業務に様々な憶測が飛び交ってしまいます。スモールカンパニーのM&Aでは、経営者が自ら窓口を担当しなければなりません。経営者一人が東奔西走するには限界があり、どうしてもサポーターが必要になります。わたしの場合は、有能なM&Aの秘書として妻が存在し、側面の業務を全て取り仕切ってくれたのです。

 

さらにある時から、M&Aの葛藤とストレスからくるそれまでにないわたしの荒々しい言動に、家庭内も暗く、家族それぞれが苛立つ険悪なムードの日が続きました。その険悪な雰囲気を取り払ってくれたのも妻の平常心です。子供たちに不安や動揺を与えることなく、経営者としてのわたしと、家族の大黒柱としてのわたしを、いついかなるときも信頼し、どっしりと構えた姿勢は、まさに経営者以上の器であったと言えます。わたしの偉大なる秘書として、家庭においては偉大なる母親として、取締役「妻」という肩書があっても良いのではと思えるほどの活躍でした。

 

M&Aに限らず、スモールカンパニーにおける経営者の偉大なるサポーターは妻です。いや、わたしだけでなく創業者の経営を思い起こしてみると、彼にとっての偉大なるサポーターは、私の母である創業者の妻であったこともしみじみと思い知らされました。創業者の陰にも、やはり、創業者より器の大きい妻という偉大な存在があったのです。

 

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