最上義光歴史館

最上義光歴史館
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今日で9月も最終日です。
一昨日あたりからぐんと空気がひんやりしてきて
もうすっかり秋ですね。

さてさて9月は義光会会員のスキルアップ講座「義光塾」が
3回開催されました。

様子の一部をご紹介します↓



↑義光塾1回目のテーマは「松島の歴史と美術」
講師は山形大学基盤教育院講師の佐藤琴先生でした!




↑2回目は「少しディープな多賀城の歴史?」という題で
山形県立米沢短期大学教授の吉田歓先生にお話していただきました。




↑3回目は「義光とその息子たち」という題で
一橋大学博士後期課程の胡偉権先生にお話を伺いました。

どの講座も大変盛況でした(^^)
まさに学問の秋ですね!!
講師の皆様ありがとうございました。


9月20日に義光会のみんなで
毎年恒例の現地研修会に行ってきました!

今年は研修地は宮城県!
多賀城跡と松島瑞巌寺、そして
伊達小次郎の墓をめぐってきました。

まずは多賀城を見学しました。



大きい石段ですね!
現地のボランティアガイドさんに詳しく分かりやすい説明をしていただきました。


次は、松島瑞巌寺です。

修復が完了したばかりの本堂も見学してきました。


最後は登米市津山町にある伊達小次郎の墓に行きました。

雨の降る時間もありましたが、
楽しい旅行になりました。来年も楽しみですね♪
「企画展示 「最上家とみやびの文化」はじまりました!!」の画像
企画展示 「最上家とみやびの文化」




【会 期】
平成28年9月14日(水)〜平成29年1月22日(日)  

【内 容】
このたび新たに山形市が購入した「三部抄」(最上家親、剣豪小野忠明、勝海舟ゆかりの和歌の参考書)など収蔵資料を中心に最上義光連歌と最上家ゆかりの連歌に係わる資料を7点展示し、最上家の文化水準の高さや連歌師里村紹巴と最上家との係わりなどを紹介しています。
  
【展示資料一覧】
○「連歌新式」最上義光注/里村紹巴加筆(写本)
○「三部抄」里村紹巴筆(里村玄仍加筆)/伊藤芳夫コレクション
○「紹巴法眼自筆之発句」里村紹巴筆/光明寺所蔵
○「賦何船連歌」最上義光等連歌巻/慶長元年十二月二十五興行
○「何路連歌百韻」慶長二年八月七日興行
○「賦何墻連歌」最上義光等連歌巻/慶長三年卯月十九日興行
○「賦春何連謌」最上義光等連歌巻/慶長五年正月興行/光明寺寄託
   

【みどころ】
1.『三部抄』
里村紹巴が最上家親に贈ったときに記した奥書には、家親を「義光の三男」と記しています!!通説では家親は義光の二男です!!



2.『三部抄』
里村玄仍(紹巴の息子)が記したもう一つの奥書には、剣豪で有名な小野忠明(御子神典膳)が家親にお願いしてゆずってもらったことが記されています!!忠明は一刀流を引き継いだ剣の達人です!!徳川秀忠に剣を教えていた人物だから、秀忠に仕えていた家親も一刀流を習っていたかもしれません!!



3.『三部抄』
本資料には「勝安芳」というハンコがおしてあります!!「勝安芳」って誰だろう!?そう!!勝海舟のことです!!ハンコは勝が自分のモノであることを示すためにおした蔵書印です!!この本は最上家親→小野忠明…そして勝海舟も持っていました!!





≪最上家とみやびの文化≫
最上義光は連歌が得意な武将です。連歌は、都の貴族や知識人たちが行っていた“みやびの文化”を象徴する文学的な遊びです。細かいルールと古典の知識、そして文学的な才能を必要とするため、戦を生業とする武士たちはあまり得意ではありませんでした。義光が残した連歌は現在33巻248句確認されています。戦国武将のなかではトップクラスです。また、当時一流の文化人ばかりが集まった連歌会にも参加しています。このことは義光も同レベルの文化人として認められていたことを証明しています。さらに驚くべきことは、難しい連歌のルールを自分で一冊の本にまとめてしまったことです。義光は連歌の知識と才能が豊かな文化人としての一面も持っていた武将だったことがわかります。
 また、このたび新たに山形市が購入した「三部抄(さんぶしょう)」は、義光の連歌の師匠である里村紹巴が義光の二男(※「三部抄」では三男)家親の依頼によって書き記した和歌の参考書です。父義光だけでなくその子どもたちも一流の文化人たちと交流し、文学的な活動を積極的に行っていたことを証明しています。
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