武田 信玄(たけだ・しんげん)。
謙信公とは戦国時代の双璧をなすと言われる宿命のライバルで甲斐国の大名。「信玄」とは法名で、諱は晴信(はるのぶ)。
甲斐守護を代々務めた甲斐源氏武田家の嫡男として生まれ、隣国の信濃に侵攻、上杉謙信と川中島の戦いを行ないつつ勢力を広げて信濃をほぼ平定。甲斐、信濃、駿河、西上野、遠江、三河と美濃の一部を領するが、上洛の途上、三河で病を発し信濃で病没した。越後の上杉謙信と5度にわたって川中島の戦いで干戈を交えたことでも有名。
風林火山の軍旗を用い、甲斐の虎と呼ばれ、率いた武田軍は戦国最強と評される。大正期には従三位を贈られ、今もなお広く人気を集めている戦国武将の一人。
→ウィキペディア
→関連書籍
HOME > 記事一覧
武田信玄
2007.03.03:事務局:[上杉まつり用語集]
上杉謙信
戦国時代の武将で、越後の戦国大名。
出家前の名は長尾 景虎(ながお かげとら)。
越後国の守護代を務めた長尾氏に生まれ、兄の晴景の養子となって長尾氏の家督を継ぎ、上杉憲政から上杉姓と関東管領職を譲られ、周辺の武田信玄、北条氏康、織田信長らと合戦を繰り広げた。
武田信玄と戦国最強の双璧をなし、自ら毘沙門天の転生であると信じ、越後の虎とも越後の龍とも呼ばれる。室町幕府最後の関東管領でもある。
その尋常ならざるカリスマ性、戦国武将の中でも抜きん出た指揮統率能力の高さ、電撃的かつ正確無比の速攻という軍略からか、軍神とも称される。
より詳しく
米沢観光物産協会ホームページ「上杉謙信公」
→ウィキペディア
→関連書籍
2007.03.03:事務局:[上杉まつり用語集]