FPのひとりごと

その他
ビアフラ(の悲劇)を知っている世代は相当限られている
子供の頃のことなので 事情はよくわかっていなかったが
戦争による飢餓でガリガリに痩せた子供たちの姿が忘れられない


ふと なにげに見てしまった我が肉体
それは まさしくビアフラの難民となった子供たちだった
彼らは骨と皮だけのガリガリなのに栄養失調から下腹部が膨らんでいた
彼らには何の責任もないのだが それは正視に耐えられるものではなかった

我が肉体も 一度 筋肉をあらかたそぎ落として体重49kgになった後
暴飲暴食を半年間重ねたことで 9kg増の58kgとなったのであるが
(健常者には暴飲暴食にはならないが 基礎代謝の低い私にはそうだった)
その9kgは無駄肉や油脂となり 我が下腹部にへばりついていたのだ

まあ 自分のことだから言ってもよかろうが
この世のものとは思えないほどの醜い肉体であった
だって ガリガリなのにポッチャリおなか・・ 愕然とした

へこたれました  とことん
つい一年ほど前まで ナル的ボディーをほしいままにしてきて
なにかそんな機会があれば 割れた腹筋を見せんばかりの勢いだったのに
(実際に そんなことをしていたら犯罪になっていたであろうが・・)
あまりの無様な変わり様に声を失った

でも そこが 原点になった
2011.11.24:tnwコメント(0)::[メモ/その他]
入院した事のある方には 頷いてもらえると思うが
病院の食事というのは例外なく“まずい”

まず 味が薄い  味がほとんどないものもある
塩分・糖分・カロリー等の摂取制限という問題があるんだろうが
筋子・たらこ・塩辛を大好物とする小生としては“食った気がしない”
さらに 入院患者の平均年齢に合わせて 歯ごたえのないものが多い
端的に言えば『菜っ葉系』の『煮物』や『おひたし』が異常に多いのだ

こういう『味なし老人食』が入院中は延々と続くわけで
三日もすると 楽しいはずの食事が治療に思えてきて苦痛になる
私は この苦痛を9ヶ月も耐えてきた ほぼ拷問に近い


退院して 一応何でも食えることになった
スープまで全部飲み干したカップ麺の美味かったことといったらない
とにかく9ヶ月の反動で 食べるものすべてが新鮮で美味しかった
おかげで
退院直前 49kgだった我が体重は半年で58kgになった
たった半年で 9kgも太ったわけで とんでもないリバウンドだ
さて
この9kg分の“お肉”一体カラダのどこについたのだろうか?

この頃 私はマイボディーにはノーケア・ノータッチだった
もはや自分の“管理下”におけなくなったものに無関心になっていたのだ

でも ある日 入浴施設の鏡に映った我が身をなにげに見てしまった

この世のものとは思えなかった・・
2011.11.21:tnwコメント(0)::[メモ/その他]
高校時代の私 ウエストが60cmちょいしかなかった
(どうでもいいことだが 藤原紀香のウエストとタメだ)
それで 身長が170cmを超えているのだから
誰に言われるまでもない 『ガリガリ君』だ

スラックスを買おうと思っても 紳士用にはサイズがなく
ときには 女性用のものを買わざるを得ないこともあった
(当時から“そういう”趣味があったんだろうって・・ かも)
特別 食が細いというわけではなかった
2時間目終了後に早弁し 昼は購買で調理パンを買って食い
部活終了後は高梨商店(学校そばのパン屋さん)で買い食いしてから晩飯
という 当時の男子高校生のカロリー摂取の標準形は維持していた
でも いくら食べても全然体重は増えなかった

大学生になった頃 体重は55kgくらいだったが
ガリガリに対するコンプレックスがあり とにかく太りたかった
こんなことを言うと 多くの女性と中高年に顰蹙をくらうのだろうが
突き出たポッコリおなかに憧れた まさに“ないものねだり”だ
炊飯器で炊いた2合のごはんを一回で完食するなどという暴挙をしながら
なんとか体重60kgのラインに達した 素直に嬉しかった

そこから 三十代後半まで 体重と体脂肪率の右肩上がりは止まらなくなり
ついには 栄光のメタボキングにまで登りつめるのであった
(ちなみに 体重はMAX70kg 体脂肪率は20%台後半だった)
で そこから今度は一念発起して脱メタボを果たし
鏡を見てうっとり自己陶酔するナル的ボディーを手に入れた後で
事故って ほとんどの筋肉を落としガリガリ君にまた逆戻りした
我が人生と同じく 急上昇&急降下のマイ・バディー・ヒストリーだ


で 今は って?
そりゃ がんばってまんがな アナタ! ・・ ?
2011.11.18:tnwコメント(0)::[メモ/その他]
事故直後 私の身体は ほぼ9割が不全だった
首から上と腕・指がわずかに動く程度だった
下半身は感覚もなく 全く微動だにしなかったが
時々 ピクッ ピクッと膝が持ち上がったりしていた
おっ これは もしかして・・ などと淡い期待を抱いたが
我が意思とは無関係の 単なる痙攣の一種だった

入院2週間経過後くらいからリハビリが始まった
一日約1時間ほど 身体のいろんなところを動かしてもらうのだ
足は理学療法士の方が汗だくであちこち動かしてくれているのだが
動かしてもらっている方は まったく何も感じない エア・リハビリだ
なんだかんだで約9ヶ月もの間 リハビリをしてもらったのだが
入院直後と退院時では 身体の可動域の改善はほとんど見られなかった


入院期間9ヶ月の間 自分の身体を鏡に映すことはなかった
その直前まで毎日 鏡に向かって自己陶酔していたナルシストがだ
洗面所で首から上は毎日眺めていたが そっから下は見なかった
意識的に見なかったというのではなく そんな気にならなかった
自分の身体に起こっている変化を受け止める素地ができていなかった
まだ“諦める”心構えもなく 勇気も湧き上がってこなかったんだろう

入院して 3ヶ月目くらいに体重測定があった
特殊な測定器に車椅子ごと乗って 後で車椅子の重さを引いた
49kgだった・・
ダイエット中の女子なら小躍りするぐらいの体重なんだろうが
私のベスト体重からは16kgも落ちていた 激減だ
食事は栄養士が管理していて ほぼ完食していたので
落ちた分の体重は ほぼ筋肉の分だったんじゃないだろうか
せっかくつけた筋肉が9ヶ月でほぼ削げ落ちてしまったことになる

私は 高校までは『ガリガリ君』だった
34年後に またそこに戻ってしまったのだった
2011.11.16:tnwコメント(0)::[メモ/その他]
スポーツマンというのは ある意味ナルシストだ
やってる自分 頑張ってる自分 イケてる自分にほれぼれする
そういう面は誰にでもあると思う というか あって当然なんだろう
自分で自分を評価することが続けるモチベーションになっているんだから

私は“事故前”人並み以上にナルシストだった
前提として かなり“鍛えていた”という事実がある
毎日 ランニングと自転車と筋トレを欠かしたことはなかった
冬期間は ランニングと自転車の代わりにエアロバイクを漕いでいた
(床に“汗の海”ができるぐらいハンパなく漕いでいた←んなオーバーな!)
週末は スイム+バイク+ランで4〜8時間は汗を流していた
さらに 週に4日ほどスポ少で子供たちにバレーを教えていたので
エンゲル係数ならぬ“マッスル係数”?は相当高かった

おかげさまで? ほれぼれするような肉体美だった(知らぬが仏)
だって 腕立てと腹筋とスクワットを毎日それぞれ500回もやってれば
だれだって それなりのボディーを形成することはできる
トレーニング終了後は 鏡に己が肉体を映し出し自己陶酔していた
いま思えば これって かなりキモイ絵柄だったんだねえ・・

身長172cm 体重65kg 体脂肪率9.2%±1.5%
これが当時の“ナル的”マイ・ボディー・データだ



4年前に(ありゃ あと10日で『五回忌』だ・・)事故った
重度の脊髄損傷になって カラダにも劇的な変化があった
2011.11.15:tnwコメント(0)::[メモ/その他]
読売巨人軍の内紛は原監督まで巻き込んで大騒動になりかけている
無能なGM vs 会長−監督ホットライン みたいな図式のようだが
んなもなー勝手に社内だけでやってりゃいい こちとらに関係はない

GM(フロント)の今期の補強は確かに効果は見えなかった
山口 松本 ときた育成枠の活用も今期は尻すぼみだった
コーチ陣にも前の尾花(現横浜BS監督)みたいな逸材はいなかった
だからって原クン 江川はないだろう 江川は
個人的な好き嫌いは確かにある 私は江川が嫌いだから
でも そこをのけて冷静に考えても江川のヘッドコーチはないよ

長くスポーツに携わってきた者として一言言いたい
スポーツマンは潔くなくてはならない 
プロならば 勝利や記録に対しては鬼神の如き苛烈な執着を必要とするが
勝負や競技をして一旦出てきた結果に対しては謙虚に受け止めねばならない
真摯に受け止めた上で それを糧に更なる精進を重ねていくのがスポーツだ
それは ルールに対しても同じこと
ドラフト制度はプロ野球界の“就業に関するルール”だ
この制度の是非に関しては いろいろな見方があろう
日ハムに“強引に”指名された菅野君に同情したい気持ちはある
長野のように自分の意志を貫く一途さに心打たれる部分もある
でも マークンのように12球団OKで 指名されたチームで活躍する
という 明るくからっとした潔さこそ スポーツマンの真骨頂だ
それを『空白の一日』だかなんだか知らないが汚い手を使い
ルールをひん曲げて強引にワガママを通した奴は既にスポーツマンではない
スポーツマンたりえない人間に スポーツマンを教えることなどできない
だいたい彼の言動は すべて計算ずくに見えてしまう
スポーツだってもちろん計算(=分析→戦略・戦術)は必要だ
言い方は悪いが バカではできないのがスポーツだ
でも ときに計算(理屈)を超えて バカにならねばならんときもある
逆にそれが人々の感動を呼び起こしたり ときに奇跡を起こす
鉄腕稲尾の日本シリーズ四連投なんて計算が入ったら絶対に出来ない
(江川は天地がひっくり返たって四連投なんてしなかったであろう)

『安定』しか考えていなかった元運動選手に熱い指導などできっこない

原クン 江川はダメだよ

高校時代は凄い投手だったのにねー・・
2011.11.14:tnwコメント(0)::[メモ/その他]