第四十四話「病気を考える。お話」

 今、私は病院に来ています。町で毎年実施している健康診断で、精密検査の必要が有るとの結果が自宅に届いたので、お盆までの現場仕事を終えた今日、病院に来ました。
 皆さんもそうでしょうが、私は必要な時以外、病院に来ることはありません。それでも何年かに一度くらいは、『風邪』や『歯痛』などで、お医者さんのお世話になる為に病院に来ます。私は『病院』と言う存在が怖かったり、嫌いだったりする事は無いので、病院に行くことに対しては、これと言った抵抗もありません。
 それよりも、どちらかと言うと、『通院が長続きしない』方に問題が有るのかもしれません。チョットした体の異常でも気になる方なので、「何か変だな」と思うと奥さんに「○○の具合がおかしいみたい」と報告します。すると、すぐに病院に行かされます。何回か通院して自分の状態、健康かどうかと言うよりは、自分の体の機能的状況が良いのか、悪いのかが、なんとなく理解できると、通院するのが億劫になってきて、病院に行かなくなってしまうのです。
 しかし、今回は町の健康診断の結果で、医師からの忠告(警告?)です。生まれて五十数年、初めての『要・精密検査』との事ですし、診断結果と一緒に、紹介状の様な物も同封してありましたし、『りらく』の連載で御一緒させて頂いている、夢乃一歩さんが勤務されている病院が近所に開院しましたので、この病院にお願いしてみることにしたのです。
 私は、父親も母親も自宅で亡くなりましたので、病院と言う建物に『死にまつわる、嫌な記憶』の様なモノは有りません。唯一、とても仲良くさせて頂いていたサッカー少年団の監督が、病院で亡くなりましたので、病院の建物に入ると、その時のことを思い出してしまいます。全く違う街に在る病院なのに、何故か思い出してしまいます。それはもしかすると、私の心に『後悔』の様なモノが有るからなのかもしれません。
 監督は、仕事が終わった夕刻に、私の事務所に来て、持参した缶ビールの五百ミリリットルを二本飲み干して帰るのが日課でした。事務所が煙だらけになるくらいの煙草を吸いながら、本当に美味しそうにビールを飲みます。そう言えばビールを好む前は、日本酒しか飲まなかった人が、いつの間にかビールしか飲まなくなり、そのうち煙草も止めてしまいました。
 煙の出ないパイポを口に銜え、美味しそうにビールを飲みます。時に咳き込む姿を見ながら「監督、体の具合どうなの?」私は言いました。「病院、行った方が良いよ。」とも言いましたが、病院嫌いの監督は、本当に体が動かなくなるまで病院には行かなかったのです。
 次の年の大雪の日、監督は帰らぬ人になりました。葬儀の時、弔辞を読みながら、涙が止まらなかった事を思いだします。
 監督が元気な頃、私の事務所でビールを飲みながらの話題に「三男が大学を卒業したら、俺の役目も終わる。そうしたらブラジルに、本物のサッカーを観に行くんだ。ヨネさんも一緒に行こうぜ。」と言うのが有りました。「ブラジルは遠いな!」と思いながらも「そうだね。一緒に行こう。」と言うのが私の役目でした。
 今は、ただそう答えていただけの自分に、空しさを感じます。
 先日私のパソコンに、仲良くしている友人から、こんなメールマガジンが届きました。
     ☆
「子どもが独立したら二人で旅行に行こう」「定年を迎えたら温泉巡りをしよう」と、約束をしていた矢先に配偶者を亡くし、大きな後悔に直面する人達がいます。こうした状態を医学博士柏木哲夫氏は『矢先症候群』と称します。
 日本対がん協会の垣添会長は、「人生はいつ何が起こるかわからない。そのつどやれることをやることが大切。毎日の夫婦の会話や、互いへの思いやりを最優先にしなくては」と言います。「すぐに謝ればこじれなかった人間関係」「両親にもっと孝養をつくしておけばよかった」など、後悔や心のわだかまりを残してしまった状態では、明朗の心境にはなれません。後悔のない日々を過ごすため、思い立ったらすぐ会いに行くことです。「ありがとう、ごめんなさい」の言葉を伝えられるのは、今の一瞬しかないと心得たいものです。
      ☆
 このメルマガは、私の心を大きく揺さぶりました。監督と一緒にブラジルに行けばよかった。せめて亡くなる前に「ありがとう、楽しかった」と言えばよかった。
 今日、サッカーを指導してもらった息子とその友人達で、私の建てた監督のお墓に、お盆のお参りに行くそうです。
『合掌』
2012.08.16:米田 公男:[仙台発・大人の情報誌「りらく」]