居酒屋ぎゃろっぷ

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こっちに4,5年生活していると、アメリカ人と日本人の
表面的な違いのほかに、その違いが一体どこからくるのかが
分かるようになる。とくに最近は「男性像」の違いに驚く。

例えば、ある仮装パーティーの出来事。テーマは「笑える格好。」
私は日本では何の変哲もない「もじもじ君」スタイルの全身タイツで
出席。奇妙なダンスを披露し、参加者の爆笑を誘ったはいいが、
それは「コイツ、頭イカれてるんじゃないか」的なものだった。

逆にアメリカ人の男性達はドラキュラやトラックの運転手といった
私から見れば「一体これで何がおかしいんだ?」的な衣装。
他のパ−ティーなどでも、日本の「王様ゲーム」的なものはご法度。
「彼女を裏切ることになるからキスはしない」と言われて終わり。
全く羽目をはずせず、「呑んだ席の余興」という考えが
まったく存在しない。そして、たとえ笑わせようとしても、
彼らのそれは一つも笑えない。そう思ったことのある日本人は
実は意外に多いと思う。

最近、このアメリカ人男性と日本人男性の違いがどこから
来ているのが分かってきたような気がする。それは、ずばり、
「ジェームスボンドの文化アメリカとお笑いの文化日本」
の違いである。

日本はお笑い文化だ。小さな頃からそれと共に育つため、
笑いに対する目が肥えている。その分、下手な笑いには非常に
厳しい。自然と笑いが高度化し、間接的な皮肉、比喩などに
満ちた非常に計算された、ある種知的なものになる。
そして、「笑いを取る」ことは非常に良しとされ、
それのために何でもする男はちょっと尊敬されたりもする。

逆にアメリカは、007のジェームスボンドが象徴するように、
「レディーファーストでセクシーでクールでタフ」な男が良しとされ
日本のように「面白くて笑わせてくれる」男は「Jerk (まぬけ)」
と呼ばれ女性に相手にされない。私が全身タイツのときも、当時
付き合っていたアメリカ人女性に「どうしてあんなことするの?」
とこっぴどく叱られた。ずばり「キザ」な男が理想の男性像なのである。
そんな文化の中で育てば、人間誰でも自然と面白くもなんとも
なくなるのも全く不思議ではない気がする。

さらに、たとえ笑いと取ろうとしても、「言わないとわからない」
アメリカ文化が全ての笑いを直接的なものにしてしまい、
まるでオヤジギャグの連発。正直、悲しささえ漂ってしまう。

最近、この文化の中にいて、自分が彼らのようになりつつあるような
気がしてならない。日本のアホができるテレビ番組が恋しい。
2004.06.20:えのっち:count(1,099):[メモ/アメリカ・サンディエゴより]
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