卯の花姫物語 4-① 姫が身辺愈々危うし

姫が身辺愈々危うし
 斑目四郎は,時を移さず古寺の坊舎に、正式に鎮守府将軍の上使として使者が乗り込んで行った。鎮守府将軍の上使の乗り込みとあっては、当時としては事の如何んを免るさぬ絶対の無上命令であった。卒然の上使到来を迎えた別当坊では狼の極みに達した状態であったが、早速く一山を挙げて恭々しくお迎えして奥の上段に招じ案内して,別当上人以下の役僧の重なる者一同低頭して、上意の趣き委細承はらんと云うて平伏した。
 上使はいと横柄に申し渡す様上意と一声呼はつて,当寺に於いて逆賊安倍貞任が娘卯花と申する者を長年に亙って囲い置いたる段、許し難し。この度新規に招抱えた家来大忍坊覚念と云う者、元当山の役僧であったと云う者の訴人によって明白に判明した。速やかに召し捕って係の大将斑目四郎武忠殿が御手許に引き渡す様申付くる者也、期日は三日の間に実行致せば,格別の御慈悲を以て姫が死罪を免るし、武忠殿に終身御預けに御下たし仰せ付る者也加えて当山の逆財の娘隠匿の罪一切を放免してつかわす者也、右条々違背致さば速やかに大軍を差し向け、当山を一時に踏み潰して終うと云う申し渡しであった。
 表面の形式として一同謹んで受け奉る旨を申し上げ多。それから上使いを餐応の間に招じて厚く待遇した。其席上で上使の人が上人に密かに云うには,兼ねて御察しとも存じますが、主人武忠は非常な姫にご熱心で御座いますから、姫が心一つでどの様にもなるので御座います。禍がかえって幸福にもなると云うもので御座いますから、まあ・・そこの処を善処してくださる様に。まあ・・何でも具合のよい様に立ちまわるのが賢い方法でござる。そうしてこれなる書面は主人武忠から姫に宛てた恋文で御座います。之を御渡しと共に御上人様からも宜しく御頼みで御座いますと云うて、使者の同勢は引き上げて行ったのである。全く世上表裏の場面と云うものは凡てこんな面白いものである。表向きにはあの様な権柄づくに堂々とやってきた者が,裏にまわってはまるで哀願のあぺこぺこで,尾をふって食を求める犬みたいな者である。そうして人間が色情で表面にあらわれる様子と云うものも,又大したものであると云う事になるのである。
 しかしながら其哀願を姫が叶わせなかったばっかりに,古寺の焼打ちとなって表れたのである。
2013.01.08:orada:[『卯の花姫物語』 第4巻 ]