株式会社長井製作所

株式会社長井製作所
ログイン

「新規職種の技能検定に挑戦」のサムネイル「東北経済産業局長の講演会」のサムネイル「ベトナムビジネスミッションに参加」のサムネイル「技能検定試験 実技の部」のサムネイル「長機協 新春祝賀会」のサムネイル
技能検定の受験は、1年に前期・後期の2回行われますが、多数の職種に分けているので、同一職種で2回のチャンスがある訳ではありません。

従来、山形県や長井市、長井商工会議所から、補助して頂き、弊社加盟の長井機械工業協同組合で勉強会を開いて、取組んできた職種(プレス加工・ワイヤーカット加工、NCフライス加工、マシニング加工、樹脂成型加工)は、何れも前期で行われました。

今年度は、山形県でも初めての「プレス金型製作」という職種が後期日程となっており、組合員4社より5名の受講者で、弊社 元工場長が講師役となり、研修を重ね受験しました。

初めてですから、受験生も緊張したようですが、試験官も初めてであり、不安の中に受験完了。

先日、合格発表があり、5名の受験で4名の合格、80%の合格率となりました。
日本の製造業は、長年為替相場の円高で海外移転、技術の空洞化が懸念されていましたが、アベノミクスで、変化しようとしています。

景気が良くなってからでは遅過ぎます。普段の努力で人材育成、技能継承が必要と考え、鋭意努力しています。
明けましておめでとうございます。

暦のお蔭で、年末年始休暇が9日間もあり、平常のリズムを取り戻すのに若干、苦労しています。

昨年末の政権交代を受け、円安・株高となり始め、築地のマグロ初競りでとんでもない高額落札が出るなど、明るい話題が多くありますが、奇を衒う現象で実態は、あまり変化が出ないのではないでしょうか。(悲観的すぎるかな!)

初詣の神頼みなら良いと思われますが、政治に期待しても裏切られるのが 目に見えるようです。
マクロ経済は、ミクロ経済の集積であって、現状分析は出来ても、将来を予測した経済政策等で変動するものではないと思います。
つまり、我々一人一人の日々の改善努力が半年後、1年後の実績となって現れる結果論ではないかと思います。

この気持で、精進努力しましょう。

仕事初めに当たり、社員一同に話した中味です。
お得意先様初め、御協力頂いている皆様、この1年、地道に努力致しますので、宜しく御指導・御鞭撻のほど お願い申し上げます。
「新規職種の技能検定に挑戦」の画像
山形県内では、取得者が存在しなかった「プレス金型製作」の技能検定に、組合員各社より、5名が挑戦する事になり、勉強会が始まりました。

羅針盤も、海図もない暗中模索の船出ですが、30数年前、「金属プレス加工」に挑戦した先輩が、コーディネーターとなって、実技・学科の過去問題を取り寄せ、真剣に勉強しようと張り切っています。

従来の講師に教わる形式と異なり、不安な中にも意欲が伺え、頼もしく、技術の空洞化を吹き飛ばしてくれるものと期待しています。
「東北経済産業局長の講演会」の画像
先頃、山形県企業振興公社が実施した、経済産業省の予算を活用したベトナムビジネスミッションに、組合員3社が参加した縁で、東北経済産業局の山田尚義局長を当市にお呼びする事が出来ました。

折角の機会ですので、国の産業振興政策をお聞きすると同時に、当方からも現状や要望を申し上げ、且つ、工場見学で当地区の技術レベルを再認識して頂こうと企画しました。

その後、懇親交流会が内谷長井市長、馬場商工会議所副会頭、吉田西置賜産業会長にも御参加頂き、盛大に挙行出来ました。

組合メンバーの他に、次世代グループの亦楽会メンバーも入れた処、山田局長から、事業相続の長期的目標を持った素晴らしい活動とお褒めの言葉を頂きました。
「ベトナムビジネスミッションに参加」の画像
山形県企業振興公社のベトナムビジネスミッションに参加してきました。

日系企業の初任給がワーカーで11,500円、スタッフ・エンジニアで23,000円程度の低人件費の魅力で、工業化を目指すベトナム政府、外国資本が工業団地を沢山造成していました。

都市部の道路には、オートバイが溢れんばかりに通行し、自動車社会になるのも時間の問題のようですが、農村では、二期作の田植え時期で、機械化されず、手作業と正に日本の高度成長直前の姿に似ています。

進出している日系企業は、ほとんどが大企業ですが、中小企業でも技能技術の指導をしながら、チャレンジされている会社もあり、我々も国内だけでなく、グローバルに取組む姿勢が必要と痛感してきました。

現地企業も、教育機関も、日本のJICAなどの指導を受け、技能検定などの基準作りに取り組んでいました。


朝の通勤風景


現地企業の風景


農村の田植え風景
「技能検定試験 実技の部」の画像
長井商工会議所主催の基盤技術研修で、勉強した成果が問われます。
今年度、金属プレス加工の技能検定実技試験が弊社を会場として実施されました。
この研修を受講していない 他都市からの受験者もいましたが、長井機械工業協同組合のメンバー会社の受験生は、1級技能士への挑戦が多数おり、真剣な眼差しで頑張っていました。合格を祈念します。
早いもので、つい先日お正月だったのに、3か月も経過し、新年度となってしまいました。今年は、大雪だったせいか、除雪で積み上げた雪が未だ消えず、梅も桜も開花が遅れているようです。

久し振りに、新卒新入社員を迎え入れました。
求人活動はしていませんでしたが、弊社のホームページを見て、求人していないのか問合せがあり、予定外の中途退職者が発生したので、履歴書等の応募書類を送るよう伝えました。
本人の申告では、物作りに興味があり、工業高校を受験したかったが、親の希望で、自宅から自転車での通学範囲とされ、普通高校に入り、卒業後、どうしても物作りがしたいと工業系の専門学校に入り、卒業予定とのこと。
平成生まれのゆとり教育世代で、円周率π=3と教えられた筈で不安もありましたが、工業系の専門学校だからなのか、π=3.14と回答しており、長い目で育てれば、有用な社員になるかと期待されます。
1週間の座学研修を修了し、今日から、現場での見習い実習です。
ニュースは、社会の中の一面でしかないが、オレオレ詐欺だとか、子育て放棄とか、家族間の殺人事件などの悪い面ばかりで溢れています。又、生活保護という行政のセーフティーネットがあるにもかからず、電気・ガスを止められ、アパートの中で死亡していた等というニュースもありました。

その都度、行政やマスコミは、より緻密な民生委員や児童相談員の行動を要求し、更には法律の整備を要求しますが、信頼に基づく人間関係の構築無しでは、その効果は期待できないのではないでしょうか。

年寄の話で、昔は良かった等というつもりはありません。しかし、人という字は、お互いにもたれ合って出来ていますが、民生委員や児童相談員という資格だけでは、信頼関係が無く、もたれ合ったり、相談する事など無いでしょう。

免許や資格を持つ事は、信頼できる人への必要条件でしょうが、十分条件ではないのです。

この必要条件としての結果が、個人情報保護法なのでしょう。でも、この法律は、人間関係を新たに築く上ではネックとなり、悪法(江戸時代の生類憐みの令に匹敵する)というべきだと思います。

信頼関係は、地道な人間関係を時間をかけ続けて、始めて成立するものなのではないでしょうか。
奴隷制社会や、封建制社会の歴史的発展の後、人間社会の理想的発展の到達点としての民主主義社会と学校で教えられてきたが、本当にそうなのか疑問になって来ている。
民主主義の衆議決定方法は、多数決の原理である。多数決で決定した事項は、全て正しいと言えるのだろうか。「赤信号、皆で渡れば怖くない」という皮肉な偽言もあるのだ。

議会制民主主義の先進諸国では、不利な少数派の議事妨害で決議をするのに多くの時間を要しているし、昨年アラブの春と言われイスラム圏の一般民衆が独裁政権を倒したが、少数政党が乱立し不安定になったり、軍事政権となったりしているのが現実なのだ。

日本の政治を見ていても、選挙で当選した代議士先生は、選挙公約が抽象的であったり、逆にあまりにも具体的で大衆は理解出来ておらず、しかも低投票率なのに、国民の信任を得たとの意識で行動しているが、利益誘導であり、人気投票で選ばれたと言わざるを得ない状態である。こんな状態で、理想社会と言えるのだろうか。

大衆迎合の政治家も、批判の矛先を官僚に向けようと努力しているようだが、戦前の軍人も官僚も、国家社会を統治する為の手段でしかなく、それを統御出来ないような政治家しかいないようでは、民主主義社会などというより、無政府社会に近いのではないだろうか。
毎日のニュースを見ていても、ゴネ得がまかり通り、モラルが失われ、個々人が最小単位の家族社会すら形成出来なくなっているように思える。
弊社も、ISO9000を取得しており、品質マニュアルを軽視出来ないのですが、マニュアルを遵守していれば、どんな場合でも対応可能と考えるのでは、如何なものでしょうか。

昨年の3,11の大震災発生後の福島第一原発での東京電力、経産省保安院、内閣府の対応は、想定外の地震・大津波とばかりに、対応手順(マニュアル)が無かったように言い訳しています。

小職が経営の第一歩を踏み出す際、先輩経営者に、「失敗しても言い訳をするな」「部下の言い訳を聞くな」「言い訳を聞く経営者は無能」などと、言われたものでした。
会社の中では、言い訳を聞かないようにしていますが、現因を追及する際、言い訳の分類をしてみると一番多いのが、「マニュアル通りにしていたが、マニュアルにない想定外の原因があり出来なかった」というもので、自分は100%正しくてマニュアルが不完全であるとか、他人の所為や周囲の外部環境に原因があるという無責任パターンである。
マスコミの表現方法にも問題あると思うが、毎日のニュースを見ていてもほとんどが同様の論調になっている。

私の育った家庭環境では、「人間は不完全なものであり、自分一人が正しい等という事はない。色々な問題は必ず発生するもので、その発生した問題をどのように解決するかが大事なのだ」と教えられていました。

不慮の事故や品質不良問題が長時間発生しないと、緊張感が失われ、「安全神話」とも言うべき魔神が牙を剥きだします。マニュアル遵守は必要な事ですが、長時間の無事故で「安全神話」にとらわれると、マニュアルを無視または軽視してしまうのは人間の性なのかもしれません。
その上、マニュアルを絶対と考えて、自由度の無い考え方では、発生した事故や品質不良に想定外との言い訳ばかりとなってしまいます。

不慮の事故や品質不良は必ず発生するものと覚悟し、発生したら、どのように対処するかの覚悟が必要なのではないでしょうか。
「長機協 新春祝賀会」の画像
新年を迎え、OB会員をお招きし、新春祝賀会を開催しました。

各社景況の明暗はあるものの、今年の抱負をOBも含んだ会員全員に発表し、決意を新たにしました。

組合としましても、次世代や技能者の教育を重点目標に、生産基盤技術研修・創邑会研修を積極的に支援する事と致しました。
弊社の電話番号の由来は、弊社創業者の先祖が「三由軒横山製糸場」という名称で事業を営んでおり、旧長井町に電話局が開設されると同時に設置申し込みをし、当時の電話番号は12番であった由。
輸出先のアメリカとの戦争が始まり、1941年に製糸場を廃業し、1942年弊社創業、電話番号は、そのまま引き継いでいました。

町村合併で長井市となった後、電話交換機が手動から自動化される際、番号が4桁となり、既存番号の12番に、2000番が加わり、2012番となったのです。
その後、市内局番が1桁から2桁に変わりましたが、番号はそのまま継続しています。

という事は、1942年創業の弊社は、創業満70周年となります。人間の年齢に例えれば、古稀の年祝に当たります。
70年の歴史の中では、技術が日々進歩しており、得意先も変わり、従業員も変わりました。

でも、人間性重視の経営姿勢を貫き、新しい事にチャレンジする心構えで、今年も頑張ります。
皆様のご指導、ご厚誼をお願い申し上げます。
昨年は、2008年のリーマンショックの落ち込みから、復活出来る年と期待したのでしたが、3.11の東日本大震災、引き続いての原発事故、夏以降にはヨーロッパ諸国の財政危機で為替相場がユーロ・ドル安で超円高、秋には海外進出で日本企業が最も多いタイの洪水被害と、大変な1年でした。

私事ですが、かつて売上不振の中で、重大労災事故や得意先の不渡り事故等を連続して経験し、心身共に疲れ果てていた時に、ある人に「これだけ悪い事が続いたのだから、後は良い事が続きますよ」と言われ、慰められた事がありました。人間の記憶なんていい加減なもので、その後、良い事の記憶はありませんが、悪い事が続かなかった事だけは確かです。

現代は、経済がグローバル化し、情報が瞬時に世界中を駆け巡るので、面的に把握する傾向がありますが、時間的に(歴史的)にそれも長期的な視点で見る必要があるのではないでしょうか。

先人の言葉に「人の一生は、重き荷を負うて遠き道を行くが如し。急ぐべからず」とあります。悪条件は全て重き荷と考えるべきではないでしょうか。現代人は、先人の平均寿命をはるかに越しているのです。「雨だれ 石をも穿つ」の言葉もあります。
そんな言葉を噛みしめながら、この1年頑張りますので、皆様宜しく御指導、御厚誼頂きますようお願い申し上げます。
この言葉は、東洋思想と言っても良いんでしょうが、洋の東西を問わず歴史を紐解くと、専制政治や共和政治でも永久に続いたものはありません。発展途上から、権力を握った途端、坂から転げるように姿が消えてしまいます。
権力を握るという事は、上り詰めた結果であり、上り詰めれば下るしかなくなるのだから当然と言えば当然の結果です。

専制政治の王様とか、皇帝と異なり、日本の天皇制は全く異なり、神代の昔から万世一系として連綿と続いています。
それは、日本の天皇制では幕府政治(征夷大将軍)等のように、実権力は武家に与え、朝廷では心を惹きつけて王権を維持しようとする形になった為、被支配層からの反発が無く、連綿と続いている原因ではないでしょうか。
現在の平和憲法は、欠陥憲法との批判がありますが、天皇を「国家の象徴」としている点は、実権力が無く、改憲しなくても良いのではと考えます。

国の勢力も、世界の警察と言われたアメリカの現状は、当に凋落傾向にあります。

こう考えると、学校の成績や企業の業績目標を1番にしようと考えるより、2番にしようと考えた方が良いのかも。
1番の人の実力を知らなければ、2番になるのは、非常に難しい事で、1番以上に努力しなければなりません。
民主主義の基本は、自由・平等・博愛と言われ、人間社会発展の究極の体制と言われてきました。民の自由な主張は種々雑多であっても衆議を一致させるには「多数決の原理」という事です。しかし、対立主張が拮抗する場合は、平等を主張して多数決さえ出来ない状況となります。(総論賛成各論反対の現在の日本の政治にその姿が垣間見えます。)
我々が学校時代に教わったのは、「少数意見の尊重」があっての「多数決の原理」でなければならないとの事でしたが、現状では、少数意見はつぶされて多数の暴力とでもいうべき姿となっています。

戦後の日本は進駐軍の政策により、農地解放・婦人参政権付与・財閥解体などの社会主義とまでは行かないが、平等、弱者救済などの政策に重点が置かれてきたように思われます。弱者救済については、博愛の精神にも適うもので、素晴らしい事なのですが、「過ぎたるは及ばざるが如し」の格言もあるように、生活保護給付が自治体により異なりますが、まじめに働いて国民年金を納付した老齢基礎年金より多く貰えるという矛盾が発生しています。
又、生活保護給付の対象者を見ていると、一生懸命に働いて早く保護対象から外れようと努力している人もいれば、アルバイトや非正規雇用でも収入があれば、生活保護が貰えなくなるといって怠けている人も見受けられます。

平等と公平という言葉は、同意のようですが、どのように感じられますか。平等は単純平均、公平は諸条件考慮の平均というように感じられませんか。
但し、諸条件考慮の判断が人により異なる処に問題がありますが、単純平均で怠け者を生じさせるよりはベターではないでしょうか。

先人の書物に「平等悪」という言葉がありました。当に平等という言葉が悪魔のように聞こえます。
powered by samidare
powered by samidare