長井市中央地区公民館

▼☆中央地区史跡案内板(15)〜雅外碑

 雅外は明治期の川柳の名家として知られ五十川の悠哉、荒砥の卜枝とともに
西部の三傑とうたわれた。本名は加藤源四郎といい、天保7年の生まれ、郷土の
川柳の始祖は緑庵(みどりあん)太橘であり、太橘の没後文莠が二世となった
が、早世したので雅外が推されて緑庵三世を継ぎ指導者となった。この碑は明
治26年4月1日、培柳社同人が雅外を顕彰するために建てたもので、書は元老院
議官金井之恭の筆である。
明治29年10月15日の永眠。60歳。
(昭和62年度設置)

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