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ながいまちなみ物語 古地図編 9

  • ながいまちなみ物語 古地図編 9

長井の街並み編。第1回から数回古地図が出てきます。めまぐるしく街並みが変わります。昭和38年の地図で、中央部小出地区。

 

 

①常盤館 昭和3年夏に開館。日活の「地雷火組」が最初の映画。昭和63年のタウンセンターオープンまで続いた。

 

②荘内銀行長井支店

 

③演芸館 開館は大正6年。演芸館の建物は、山形県庁(現在の文翔館)の落成を記念して開催された「奥羽六県連合共進会」の会場に建設され、その名も演芸館として県庁敷地西側にあったものだ。それを長井町の有志が払い下げを受け、そっくりそのまま移築したもの。経営は幾多の変遷を経て、昭和49年、公園整備に合わせて解体された。

 

④つつじ公園 明治29年に松ケ池公園として開園。七兵衛つつじを移植、明治43年にはつつじ公園と呼ぶようになった。以降、町、そして市となってからも整備を重ね市民の憩いの場と。ひょうたん池は、大正3年から大正12年の間で整備されている。

 

⑤殖産銀行長井支店

 

⑥白山神社・長遠寺

 

⑦協同薬品工業 昭和21年に全国製薬(株)東北工場を設立操業を開始、現在の市役所西南に立地した。翌22年に協同薬品工業(株)に改名、昭和26年には全購連(現在の全農)の配置方式による生産工場の指定を受ける。地図上に移設したのは昭和35年。 

 

⑧薬師堂

 

⑨検察庁

 

⑩簡易裁判所 長井区裁判所が設置されたのが明治23年8月1日、大正7年には米沢区裁判所出張所と。簡易裁判所となったのは昭和22年8月11日、小出青年学校校舎であった。現在の場所には昭和24年11月3日、庁舎ができた。

 

⑪長井南高等学校 昭和38年では長井南高等学校である。この前身は「県立長井中学校(大正9年)と「町立長井実科高等女学校(大正10年)だ。女学校は大正14年に県立となる。昭和23年には学制改革により、それぞれ、「長井第一、長井第二高等学校」名を改める。昭和25年には統合し「長井高等学校」と。昭和30年に分離、「長井南高等学校」と「長井北高等学校」になる。長井北高等学校は長井工業高等学校新設(昭和37年開校)のため、昭和37年で生徒募集停止する。そして再び統合するのが昭和39年で、「長井高等学校」となり現在まで続く。激動の時代、複雑な経路をたどる。

新体育館は、昭和34年の年。7月18日に竣工式挙行

2014.08.05:n-old:[歴史的建造物]

ながいまちなみ物語 古地図編8

  • ながいまちなみ物語 古地図編8

長井の街並み編。第1回から数回古地図が出てきます。めまぐるしく街並みが変わります。昭和38年の地図で、中央部宮地区。

 

 

 

 

 

 

①野川橋 野川橋が永久橋となったのは、昭和33年3月21日。市民待望の橋は、大々的に渡り初めで祝った。それまでは木橋で、水害による落橋でしばしば悩ませた。

三代夫婦9組が渡り初めに

 

②屠場 衛生的で本格的な市営の屠場は、新生長井市となった昭和29年の翌年昭和30年6月30日にオープンした。91.75坪の建物と敷地378坪、予算は350万円。

 

③新しい道路 十日町から野川橋までの新しい道路。昭和10年に整備された。それまでは、あやめ公園の西側を走る道路が、成田方面に行く唯一の幹線だった。また、十日町郵便局から長井橋に通ずるバイパス整備は昭和38年から3年間で、地図にはまだ示されていない。

野川に架かる永久橋となった野川橋。橋と十日町を結ぶ一直線の新しい道路。

 

 

④十日町郵便局 新築は昭和30年ころ現在地に。それまでは長沼酒造前にあった。

 

⑤總宮神社・普門坊・遍照寺

 

⑥あやめ公園 この昭和38年、花菖蒲の新種、長井古種が発見された一年後だ。

 

⑦長井工業高校 この校舎は昭和38年当時は建設中。新校舎で授業を行ったのは昭和39年4月1日からで、全部が完成するのは翌年の昭和40年3月31日だ。工業高校が開校したのは昭和37年4月だが、長井北高校舎を使っていた。

 

⑧谷地橋 谷地橋が永久橋となったのは昭和43年1月のこと。昭和38年当時は木橋だった。

 

⑨母子寮 母子寮が竣工したのは長井町時代の昭和28年6月1日だった。

増築中の母子寮

 

⑩東京電器会社 東芝長井工場が東京電器と社名変更、昭和25年2月(長井市合併前)で、昭和45年6月1日にはマルコン電子となった。つなみに、工場前の道路が舗装されたのが昭和36年。

 

⑪長井中学校 町立長井中学校竣工落成式が昭和27年7月12日、盛大に開催された。建坪1209坪、予算が2500万円。

 

⑫百間道路 昭和7年に開通。長井駅西土地区画整理事業が昭和32年から35年で完了、幸町と清水町が誕生した。

 

⑬市立病院 前身は昭和4年に開院した伝染病の長井公立病院。以後、昭和14年には一般診療も行う病院に。昭和35年以降、診療棟を新築、長井市立総合病院になったのは昭和39年4月1日。

 

⑭市役所 昭和33年2月29日着工、竣工は昭和33年11月3日。竣工落成式典と合わせ、盛大な祝賀行事が行われた。そして、新市庁舎の使用に先立ち、11月4日から6日までの3日間、一般に公開、参観者が2万人とある。

市制施行10周年時の記念写真  

 

⑮長井小学校 体操場はのど自慢等多くの事業に使われた。丸屋根の体育館ができたのは、昭和40年だ。

 

⑯職業安定所 市役所西にあった安定所が手狭になったため、昭和37年、長井小学校南に新築ブロック平屋建て。

 

⑰保健所 昭和15年に落成、26年には増築している。

 

 

 

2014.08.01:n-old:[歴史的建造物]

ながいまちなみ物語 古地図編7

  • ながいまちなみ物語 古地図編7

長井の街並み編。第1回から数回古地図が出てきます。めまぐるしく街並みが変わります。昭和38年の地図で、中央部。

 

 

①西置賜地方事務所 旧郡役所に、県の出先機関「西置賜地方事務所」が。昭和17年7月1日から昭和57年3月31日まで。

 

②山形県立長井北高等学校 町立長井実科高等女学校として大正10年に設立、大正14年に県立となる。校舎は、大正13年に着工し盛大な落成式が大正14年10月30日に行われた。昭和23年には第二高等学校に名称が変わり、昭和25年には長井第一と第二高等学校が統合し「長井高等学校」に。昭和30年、長井高等学校を分離、長井北高校と長井南高校に。昭和39年、再び南北高校が統合し、以降北高校舎は学校として使用しなくなった。

 

③長井税務署 昭和4年に現在地に移転新築、昭和49年に再び現地に新築した。

 

④電報電話局 昭和32年7月に完成、同時に長井山形即時通話が可能になった。

市役所庁舎屋上から。

 

⑤両羽銀行長井支店 山形銀行の前身、山形銀行と改名するのが昭和40年4月1日だ。長井には明治30年に宮十日町に出張所を置いたことが始まりで明治34年には両羽銀行長井支店と改称した。その後、栄町(現在地)に新築移転。

 

⑥長井郵便局 栄町に新築開局は、昭和37年10月1日。

 

⑦消防署 大正9年に。望楼の警鐘塔もあった。昭和42年2月1日まで長井の防災の拠点であった。

 

⑧菊水館 大正12年11月に杮落し。昭和49年5月30日に惜しまれつ閉館。

 

⑨長井駅 昭和11年に改築、外観は現在までほぼそのままだ。表記も、最初は「長井ステーション」「長井停車場」と変遷し、ようやく「長井駅」と。

 

⑩日通支店 

 

⑪中央農協 米の集荷所であったが、

  

 

2014.07.30:n-old:[歴史的建造物]

ながいまちなみ物語 古地図編6

  • ながいまちなみ物語 古地図編6

長井の街並み編。第1回から数回古地図が出てきます。めまぐるしく街並みが変わります。本地図は昭和9年6月2日に発行された「長井町勢要覧」に添付されている地図です。駅前通りから南側、小出地区。

 

 

 

長井登記所

 

長井郵便局 この名称は明治36年から使用された。本町に局を新築したが、狭隘となったため改築、昭和7年7月だった。この局舎は、昭和37年まで使用され、その後栄町に移転するこことなる。

 

郡是製糸場 大正9年、羽陽館両角製糸場を買収、用地と工場の規模を拡大して2月1日に操業を開始した。昭和10年には設備釜数505、従業員1021人、購繭数量341622〆、生産高41914〆、純損益金171770円を誇った。 

 

羽陽銀行長井支店

 

長井演芸館 開館は大正6年。この建物は、山形県庁(現文翔館)の落成を記念して、県庁を中心に開催された「奥羽六県連合共進会」の会場に建設された「演芸館」を、長井町の有志が払い下げを受けそのまま移築したもの。白亜の威容を誇り長井名勝にもなった。 

 

松ケ池公園 明治29年に開園。つつじ公園と呼ぶようになったのは明治43年だ。

 

三由軒製糸場 つつじ公園の整備推進に寄与した横山孫助氏が明治20年に立ち上げ、明治28年には四ツ谷に工場を新設。昭和17年の企業整備令で幕を閉じた。 

 

県立長井中学校 県立長井中学校は、大正9年に創設、校舎は大正10年10月15日に竣工した。昭和44年に全面改築されたが、講堂は移築されている。

 

常設常盤館 昭和3年夏に開館した映画館。開設当時は第7ときわ館として営業した。昭和7年ごろには、今泉に第8ときわ館を開館していた。

 

(資料:文教の杜、長井市史)

 

2014.07.29:n-old:[歴史的建造物]

ながいまちなみ物語 古地図編5

  • ながいまちなみ物語 古地図編5

長井の街並み編。第1回から数回古地図が出てきます。めまぐるしく街並みが変わります。本地図は昭和9年6月2日に発行された「長井町勢要覧」に添付されている地図です。駅前通りから北側、宮地区。

 

 

古地図編3・4から21年後の長井市宮地区の姿です。

 

①宮公園(あやめ公園) 大正期から大きく拡大している。昭和5年に山形新聞主催による人気投票で、あやめ公園が名所の部で県一位を獲得、以来、長井町では観光事業に燃えました。民間によるあやめ会館やグリーンホール、そして多くの茶屋が設置されています。

昭和8年、民間で開業した

 

②県立長井高等女学校 町立長井実科高等女学校が大正10年3月31日に創立、その後、大正14年3月27日に県に移管、県立となった。校舎は、大正14年2月11日に起工式を、落成式は同年の10月30日行われた。初めは町立だったことに驚く。 

 

 

落成記念時の絵葉書

 

③郡教育会館(元郡会議事堂) 元郡会議事堂であった建物で、郡制廃止により、大正15年4月1日に郡教育会に。教育会館と図書館になった。

 

④郡農会(元西置賜郡役所) 郡役所は、大正14年6月30日に廃止

 

⑤長井土木出張所(元西置賜郡役所) 

 

⑥十日町郵便局

 

⑦長井税務署 昭和4年に移転新築した。開庁式は昭和4年3月10日

 

⑧長井繭市場 大正15年7月1日に開設

 

⑨長井停車場 大正3年時は「長井ステーション」とされていたが、停車場と。駅舎も入口と下屋が改築変更されている。

 

⑩常設菊水館 大正12年10月に開館

 

⑪両羽銀行長井支店(現在の山形銀行長井支店) 大正15年9月に現在地に新築

 

⑫長井警察署 二代目の庁舎。大正9年12月15日に竣工。

 

⑬長井公立病院 落成式は昭和4年12月26日 

 

⑭長井町役場 役場は、明治27年に新築されたが、昭和9年では2階の窓が障子からガラス窓に変更された程度。左側に、電気部の建物が建てられている。 

 

⑮長井町営電気部 大正3年11月15日、軽便鉄道長井駅開通式の日をもって、初めて電灯が灯されたが、それは山形電気株式会社から電力を買い入れて町内の需要者に供給する町営事業として町役場内に電気部を設け運営した。昭和9年の写真には電気部の建物が役場敷地内に建設されたが、建築年は不明。電気部は昭和18年まで続き、同年1月31日の企業整備令によって東北配電会社に統合され、町営事業に終止符を打った。

 

㉔置賜織物同業組合 組合は、西置賜郡紬織物同業組合(明治36年9月19日)を経て明治43年4月にこの名称となった。写真の建物は、大正4年、西置賜郡営として「西置賜郡立図書館(2階)・物産陳列館(1階)」として建築。郡制廃止後、同業組合の事務所に。

 

㉕山形電気長井変電所

 

㉖山形県蚕業取締長井支所 蚕種検査法制定により、幾多の変遷を経て大正2年にこの場所に。

 

㉘長井農業倉庫 米の集荷所として。

 

㉙長榮館製糸場 

 

㉛山形県太陽自動車学院 昭和2年に設立した自動車学校。写真は昭和3年7月のもの。同年1月に新校舎を作った。以降4年にも校舎を建てている。

 

㉜長井小学校 小出と宮の小学校を合わせた平章小学校(明治15年)から数えると4期目の小学校校舎。昭和7年から昭和9年にかけて整備された。現在残る第1校舎は昭和8年の落成。

 

 

 

2014.07.28:n-old:[歴史的建造物]