『てつがくカフェ@やまがた』 に参加して

 『てつがくカフェ』とは、私達が通常当たり前と思っていることから一旦身を引き離し、「そもそもそれって何なのか」といった根本からの問いを投げかけ、自分自身の考えをたくましくすることの難しさや楽しさを体験してもらうことを目的としているもの。


先日、ぷらっとほーむにて『てつがくカフェ@やまがた』(奥山心一朗さん)に参加してまいりました。
今回のテーマは【大人になる、ということ】です。
私はこのテーマにとても興味がありました。
ちょうど数ヶ月前から、今まで私が考えていた「大人」に対する定義が崩れ始めていたというか、変わりつつあったというか。そんな状況と重なってこれはいかなくっちゃと。
ファシリテーターは会場でもある「ぷらっとほーむ」 の共同代表 滝口克典さんでした。


みなさんはどう考えますか?
大人になる、ということ。

 

客観からと主観からの定義
人それぞれ大人の捉え方って違うし

成熟とか成長とか・・・

何気なく「大人」って使ってるけど、改めて聞かれると、それはいかに漠然としてあいまいなものであると私は感じた。

成人と大人の違いは?
法律上の大人
「大人」という状態
自立、責任、権利、倫理、義務・・・
いわゆる地域社会で言われる大人ってどういうの?
そもそも「大人」になることがいいことなのか?
昔で言う「大人」と現代で言う「大人」
大人への憧れがあった時代、大人になりたくないと思う現代
大人にならなくても生きていける世の中
一人の人間の中に「子ども」と「大人」は混在している
果たして今の社会に「大人」はいるのか?


 

2時間半 頭をフル回転させて、あれこれ大人について意見を交わした。

他の人の話にじっくり耳を傾けた。

自分も話しながら、自身の考えにハッとしたりもする。

自分がこうなりたいと思う大人像についても対話を深めた。

 

とても短い時間軸の中で損得ばかりを考えて生きている大人がいかに多いか。
大人ゆえに「自己責任」という言葉に隠れている周りの無責任さ。
自分で自分の面倒を見れない人がこぼれ落ちる今の社会で、他人への思いやりとか配慮の大切さ。

 

大人になる、ということの対話を通して、これからの社会で取り組まねばならない問題に気づかされた。
この『 てつがくカフェ』には答えがないそうだ。

そして、私はますますモヤモヤして家路につくことになったのである。

しかしながら、このモヤモヤ感がきっと大事なのであろう。

わたしは「大人になる、ということ」について日常でも考えることとなり、自分なりの定義をかたちづくっていこうとするわけだから。
 

 


 

 

2013.08.26:aiko:[◎つぶやき日記]

この記事へのコメントはこちら

※このコメントを編集・削除するためのパスワードです。
※半角英数字4文字で入力して下さい。記号は使用できません。